43話 愛ゆえの言動
状況を整理しよう。
俺の男友達、理苑が女になった。
男だけれど、妖術で女の体に変化している。
それでもってディーアという男が、ルンのことを好いていた。
ディーアは男だけれど、単純に見た目が女性。
そして、そんな格好をする理由がルンに振り向いてほしいからだとか。
さてさて、そのルンはというと女体化した理苑にぞっこん。
気持ちはわからなくもないが……。
「ねぇ、お名前は?」
ルンが理苑に尋ねた。
その表情は緩みきっていて、彼女の中にある下心が丸見えだ。
「あの、僕、理苑です……。お狐様が酔った勢いで僕の性別をいじって……」
「うわぉ、知り合いだったんだ! じゃあ余計な自己紹介も必要ないね。さっそく本番に移行して――」
「待て待て、ルン! 俺の大切な友達に手出すんじゃねぇよ!」
「おにーさんは代わりにディーアちゃんを使っていいから。ごゆっくりー」
「『使う』って言い方やめろ! お前なんでもありかよ!」
自由奔放――。
ルンの辞書に自重の文字はない。
「ねぇ、リオちゃんもさ、イイことしたいよね……?」
ルンが右手を理苑へ伸ばす。
その指先が首の側面をゆっくりと撫で、それに合わせて理苑の体も小さく震えていた。
「やっ……! ちょっと、やめて……」
「やめないよー。リオちゃんの本音、その体に聞いてるから」
ルンが指先で首をくすぐった。
撫でていた時よりも理苑の反応が大きくなる。
「ここ? ここがいいの?」
「こ、これ以上は、ほんとに……」
「だよねー。でもそれって、みんなの前ではの話でしょ? だから、二人っきりで――」
ルンが理苑の耳に口を寄せた。
サキュバスのテクニックがあれば誰でも落とせる。
それは理苑も例外ではない。
「邪魔じゃ、ボケー!」
だが、ルンが囁きかけた時、そこにドロップキックを食らわせた人物が。
誰あろう、神である。
「今の主の体はな、妾が理想的な抱き心地を求めてつくったものなのじゃ。貴様のように下品な悪魔が気安く触れるな!」
「痛いじゃん、このドM変態老いぼれおばさん! 一生ルンちゃんの前でヨダレ垂らしておけばいいのに!」
「誰がババアじゃ! 妾は幼女ぞ!」
「あぁ、なるほど。リオちゃんの身代わりに自分がめちゃくちゃにされたいってことね。さすが、Mの神様は違うなぁ」
ルンの挑発に幼女はブチギレた。
妖術を発動し、ルンを吹き飛ばそうとして――。
「あ……。妾、妖力が枯渇しとるんじゃった。ふん、今日のところは見逃してやろう」
「逃がすわけないでしょ!」
不利だと感じ、話を終わらせようとした幼女にルンが飛びかかる。
「狐ちゃんから魔法を抜いたら、いよいよただの変態幼女だよね。リオちゃんも入れて三人で楽しもっか!」
「やめろ! なんなんじゃお前! 女子なら見境なしか!」
「かわいかったらなんでもアリっていうかー。とにかく今は、気分ノッてるから」
ルンは小さな口から舌の先だけを出して唇を湿らせた。
その姿はまさしく淫魔。
「じゃ、おにーさんとディーアちゃんは外で待っててねー。神様とその主が社の中で落とされちゃった後の姿、楽しみにしてて――」
「ちょっと待ったー! なーんかボクが無視されてる気がするんだけど!」
しばらく黙っていたディーアが激怒した。
そう、ルンがここまで来たのはディーアから逃げたからであって理苑たちを襲うためではない。
ディーアが絡まなかったら全く話の進展がないのだ。
「ディーアちゃんとはお付き合いしません。もうそれでこの話は終わりだよ?」
「いいや、諦めきれないね! せめて、ボクの何がいけないのかを教えてってば」
「男性だからだよーだ!」
「女装してるじゃん! お、おかげで、これが癖になったんだから……。責任取ってよ」
「取りません!」
両者、一歩も譲らなかった。
好きと嫌いの二項対立。
このままでは永遠に続きそうで、真弥が仲介に入る。
「ディーアはどうしてルンにこだわるんだ……?」
「はぁ!? 人間の目は節穴だね、ホントに。もっとよく見てよ、ルンの全身を!」
ディーアが熱を帯びた。
「まずは脚。見た目は控えめなのに触るとこの上なく柔らかい脹脛に、弾力のある太もも! 靴がなければ思わず舐めたくなるような足裏まで見れちゃうんだよ!」
早口すぎる解説についていけない。
ルンの女体へ注ぐ熱意はなかなかだが、ディーアの愛もかなり熱狂的だ。
「お尻は小さめだけど、だからこそ可愛さがあるんだよ! お腹もちょっとだけあるくびれがキュートだよね。おへそも魅力的! ここも舐めたくなるよ」
「ちょ――。ディーア、もう十分……」
「まだまだ! 背中はなぞりたくなっちゃうよね。いい感じに入ってる線がセクシー! 前にいけば胸。ここは語りきれない夢が詰まってるから割愛!」
もうルンはドン引きしていた。
目は蔑み、口は固く結ばれている。
「次は脇。一回、拘束して脇のくすぐりだけで歪ませてみたいって夢があるけど、まぁそれは置いといて……。腕は細いし、肩の艶もそそるね!」
「……ディーアちゃん、そういうのが付き合えない原因だよ」
「あぁ、愛らしい声もいいよね! その声は生み出す喉も好きだよ。整った顔立ちと、それを最大限に引き出す髪型もセンスよし!」
「ここまで嬉しくない褒められ方って初めてかも……。ディーアちゃん、キモいよ」
ルンの口からは罵倒しか飛んでこなかったが、ディーアにとってはご褒美だった。
どんな内容でも声が聞ければそれでいいようだ。
「性格もボクのドストライク! つまりまとめると、最高の女性ってことだよ!」
「……でもルンは嫌がってるけど」
ルンは激しく頷いた。
本気でディーアを拒絶している。
「ねぇ、人間。たしか君には吸血鬼の恋人がいたよね」
「恋人じゃねぇよ! フィリードはあくまでも主人で、俺は下僕だから!」
ディーアはにんまりと笑って、交渉のカードを提示してきた。
「もしボクがルンと付き合えたらさ、まだ生き残ってる吸血鬼の居場所を教えてあげてもいいけど……?」
「知ってるのか!?」
「うん、ボクだけがね。ほら、協力する気になった?」
ディーアに協力すれば、すなわちルンを裏切ることになる。
ルンはよく『悪魔の囁き』を駆使してくるが、これもまさに悪魔の囁きだ。
吸血鬼を選ぶか、悪魔を選ぶか――。
真弥の眼前には、首を横に振って拒絶するルンの姿があるだけであった。
最後まで読みいただきありがとうございます!
気分で、また頑張っていくぞ!