40話 彼(♀)
半分泣いているような顔をして少女は戻ってきた。女性の体になって初めての排泄を終えてきたところである。
生まれ持った性別とは勝手が違う行為のため、幼女同伴でそれは完遂された。
同伴。同じ個室に二人で入ったのだ。
理苑が泣きかけているのはそこに原因があるらしい。
「だから、振り向かないでって言ったじゃん!」
「こうなったのは妾の責任かて、主に手取り足取り教えるのは当然のことよ」
「あ、真弥! お狐様に変なとこ見られたー!」
なぜか俺に泣きついてくる元少年。
見られたことに羞恥を感じるのはわかるが、そんなに騒ぐことだろうか。
なぜならば――。
「理苑さ、神様と一緒に風呂入ったんだろ?」
そう。もう見られているはずなのだ。
それを指摘された友は俺の服をキュッと握って赤面する。
「その時はタオルで隠したよ……。バカぁ……」
コイツは本当に男だったのだろうか。
潤んだ瞳、透き通る声。体の見せ方、声の出し方、その他も全てがプロレベル。
ビジュアルのせいなのか? なぜ俺は親友をかわいいと思ってしまうんだ?
そこまで知識がないはずなのに、理苑の挙動はルンをも凌駕するほど魅惑的だった。
「しかもさ、ただ見られるだけじゃなくて、してるところを見られたんだからね……」
発言の中身が恥ずかしいものだからか、声のボリュームが小さくなっていく。
聞こえるようにと理苑は俺の耳元に唇を近づけた。彼のほうが身長が低いため、背伸びでごまかしながら。
背伸びをするとバランス感覚が難しいのか理苑がこちらに体を委ねた。重みとともに、香りや肌の柔らかさ、温かさも伝わる。胸の膨らみも鮮明にわかってしまう。
なんで。ダメだ、男なのに。
悩殺一歩手前、俺はどうにか理性を振り絞って理苑の肩を掴んだ。
そのまま力をかけてストンと背伸びを戻すことに成功。
理苑はどうして自分が遠ざけられたのかわからず、キョトンとしていた。
「真弥……? 大丈夫?」
「……お前、いつも女性用のシャンプーとか使ってる?」
「え? 昨日はそうだけれど、いつもは使ってないよ」
昨夜、女性二人で暮らす場所に泊まったのだから甘い香りがするのも当然なのだろうか。
タイミングが悪すぎる。どうしてそんな時に女になるんだ。
なんでこんなにもかわいいんだ!
発狂しそうだった。
無自覚に扇情的な友。しかし相手の本質は男だという罪悪感。
友を傷つけるわけにはいかないんだ! 耐えろ、俺!
「なんでそんなこと聞くの?」
理苑の無邪気が殺しにかかってくる。
言い訳を考える暇もなく、そのままを伝えた。
「髪、いい匂いしたから……」
「そう? 自分じゃあんまりわかんないや」
とりあえず落ち着こうと思い、会話が一段落したところでちゃぶ台の前に座った。
「ひとまず話し合おう。理苑が戻らないと心臓に悪いから、そこ中心に」
切り出すと幼女も座り、理苑も。
彩葉さんは幼女が散らかした酒瓶の片付けに追われていたので来ず。
理苑が着席すると「うわっ」と彼の驚いたような声がした。
「どうした、理苑」
「見て! 体、柔らかい!」
正座をするような体勢から腰を下ろすと、両足が外側に向いて床の畳と尻が接する。
女の子座り……!
たまにベッドの上で結月がやっていたけれど、まさか他の女性がする女の子座りを拝めるとは。
いや、理苑は男か。
「そんなことより理苑が戻る方法を考えるぞ!」
ごまかすように話題を転換した。
理苑へ、ではなく自分に向けての発言だ
最初に解決の糸口を唱えたのは幼女。
「話は簡単じゃ。妾に妖力があればよい」
と話す。
「でも僕、来月まで待てないよ。明日学校だし……」
「うむむ。謎の病とでも説明できぬものか」
「どうしてもダメなら、そうするしかないかな……。またお姉ちゃんにイジられる……」
「なぁ、今日中は無理なの?」
来月まで美少女な理苑と登校だなんて考えられるか!
ムダに疲れるし、心臓が落ち着かないはずだ。
「来月の妖力を前借りできぬかアルシャに聞いてみるかのう」
アルシャ。
誰だそれは。
「貴様ら、名を知らなかったのか。あの大天使のことじゃよ」
大天使、シエルの母親。
そうとしか言えなかったが彼女の名はアルシャらしい。
「そういや、神様の名前はなんなの」
「……妾の名か。そもそも妾に名がつけられたのかすら怪しいの」
つんつんと突かれた感覚。横を見ると美少女が何か言いたげだった。
耳を傾けると、またもや小声で話される。
「けっこう暗い過去があるみたいだから、お狐様のことはあまり触れないほうがいいよ。聞くなら彩葉さんにね」
「わかった、オッケー」
耳がくすぐったくて集中できなかったが、かいつまむと「これ以上聞くな」だろう。
そもそも何年生きているんだ、この幼女は。
「えっと。それで、その妖力の前借りってできるのか」
「頼んだことは一度もないが……。やってみてもよいぞ」
幼女はせっせと働く巫女を呼んで「アルシャと話をしたい」という旨を伝えた。
あくまでも神は動かないつもりらしい。
「じゃ、あたしは行ってきますよ。くそ忙しいのに話できるかなぁ」
一睡も寝ていないまま外出とは、幼女の人使いが荒すぎやしないか。
心配する間もなくいそいそと彩葉さんは出ていった。
「昼前には帰ってくるはずじゃ。それまで待っておれ」
幼女はそう言って立ち上がるとテレビの方へ。何をするのかと思えば、ゲーム機のコントローラーを握った。
「神様ってさ、いつもこうなの?」
今度は俺が理苑をつついて質問をする。
「うん、だいたいゲームやってる。他はパソコン触ったりとか、お酒飲んだりとか」
えぇ……。
本当に神なのだろうか。
「公務ってかさ、仕事はないの?」
「神社にお客さんがこない限りは……。いいよね、僕もあんな暮らししてみたいなー」
「老後生活……」
本人に言ったら怒られるであろう悪態をつくと、隣から音が聞こえた。
空腹を知らせる音だ。
「あ、まだ朝ご飯食べてなかった……。お狐様、なんか食べてもいい?」
狐はテレビを見たまま、振り返ることもなく答える。
「適当に食え。できれば妾の分も頼むぞ」
美少女はその返答を聞くなり俺の方を見る。
何か伝えたげだと察した直後、その真意が発せられた。
「ね、真弥。お願いしてもいい?」
手を合わせて、首を傾げて。
『お願い』より『おねだり』な親友の要望を断ることなんてできなかった。