38.5話 トリック・オア・ブラッド!
ハッピーハロウィン!
性癖100%を超越し、下心300%な番外編が爆誕しました。
いつもより長い上にめちゃくちゃイチャつきます。
結月、ルン、フィリードファンは必見ですが本編のストーリーとはそこまで絡まないため、飛ばしても支障はありません。
時系列は気にするな!
10月31日。
今日がどんな日であるかは多くの人々が知っているだろう。
ハロウィン。
起源がどんなものであるかは詳しく知らない。けれども物心ついた時から『ハロウィン』といえば『お菓子』『仮装』なんてイメージがあった。
ホラーテイストな服装をしてお菓子をねだるイベントだが、最近だとただのコスプレ大会になっている気がする。どちらにせよ楽しんでいる人の勝手だから、それが良い風習か悪しき風習かを言うつもりはない。
結局のところ、自分にとってハロウィンは『なんでもない日』だったからだ。
仮装なんてしないし、誰かからお菓子をもらうこともない。
妹にちょっとしたお菓子をあげれば喜ぶくらいか。だがそれもハロウィンでない日だってできるはず。
本当になんでもない日常だ。
ということで、日常通り学校から帰ってきた。
季節が傾き、夜が早くやって来るようになってきた時期。空はもう薄暗くなっている。
「ただいまー」
妹の靴があったので、彼女が先に帰宅していたようだ。
少ししてから「おかえりー」と声が帰ってくる。
声の遠さから自室にいるとわかった。
「結月、プレゼントだぞー」
言いながら階段を上がり、妹の部屋へ。
実は適当なコンビニでシュークリームを買っておいたのだ。妹の笑顔を見るタイミングは多いほうがいい。
俺がシュークリームを手渡すと、妹が嬉しそうに笑う。
コレコレ! この感覚がたまらない!
「ありがと、兄さん」
「いいってことよ。今日はあげないとイタズラされちゃうからな」
やっぱりハロウィン最高! この機会に毎週シュークリームデーを設けようかな。
俺が嬉しいと感じるポイントはただ結月が喜んでくれたことではない。彼女はその場で食べてくれるのだ。
袋をきれいに破き、パクリと一口。
もぐもぐと咀嚼する結月はこちらを不審そうに見た。咀嚼したものを飲み込んでからその理由を口にする。
「兄さん、そんなに見つめられると食べづらい……」
俺は嬉しさのあまり妹の口元をじっと見つめていたのだ。
だが、指摘されたからといって折れることはない。
「気にするな。続けろ」
「命令形……」
軽蔑するような目で見られてしまったがまだ嬉しさが勝る。
妹が小さく口を開けて、もう一度シュークリームに噛みつく。
数回咀嚼した後、自分の口の横についたクリームを舌で舐めた。
生クリームが苦手な彼女だが、カスタードクリームなら話は別なのだった。
「シュークリームってきれいに食べるのが難しいから余計に恥ずかしいんだけど……。もしかしてそのために選んだとか?」
なんだ「そのために」って。
シュークリームがうまく食べられない羞恥プレイなんてあってたまるか。
「お兄ちゃんはがっかりだぞ。妹が変なことを考えるようになるなんて……」
「じゃあ見ないでってば! 変なこと考えてるのは兄さんでしょ!」
背を向けて見られないように食べ始めた妹。
くっ、さすがにここまでか。もっと笑顔を補給しようと思ったがガン見は避けるべきだったかな。
俺は仕方なく退出。
これの仕返しなのか、夕食の時には妹が俺の口元をじっと見ていた。
残念ながら俺にはノーダメージである。
まぁ、そんなこんなで我が家のハロウィンは終了! やはり特別ではなく、日常的な幸せを堪能する日だった。
そこから先も変わらず。
夕食の後は風呂に入り、歯を磨き――そしてベッドにダイブ。
ふかふかな寝具が自分を包容し、深い眠りへと――。
「お、にー、さん!」
自分の上から少女がのしかかってきた。
絶対にルンだ。目を開けずともわかる。
きっと俺の真上に黒い円を展開したなんてところだろう。
「ルン、もう寝るから。どけ、重いぞー」
「女の子に『重い』とかサイテー。本当はこうされて嬉しいくせに」
いつにも増してウザったいサキュバス。
ベッドの上、仰向けに寝た状態で彼女が馬乗りになるのはとてもまずい光景な気がする。だからといって、それが嬉しいなんてことはないが。
とりあえず彼女がどうしてやってきたのか聞かねば。
「何の用だよ。眠ぃって……」
「おにーさん、鈍感。トリック・オア・トリートだってば」
どうやらお菓子をもらいに来たようだ。それにしてもこんな時間に来て、叩き起こしてまで菓子が欲しいのだろうか。ねだるなんてよりも乞食だ。
「お前にやる菓子はねぇよ……。おやすみ……」
そもそも来るなんて考えてもいなかったから買っていない。
返事を聞いたルンが俺の上から退ける。やけに素直だと思ったその時。
「はい、トリーック!」
と叫んだサキュバスは部屋中の窓を全開にし、俺の体から毛布を引き剥がした。
一瞬にして冷風が室内を支配する。
「さむっ! おいバカ、さっさと閉めろよ!」
ルンは奪い取った毛布を自分に巻いて余裕に笑っている。
「お菓子がないのが悪い! 当然の報い――ってやめてよ!」
ルンに巻かれた毛布を取り戻すべく、力づくで引っ張った。
そこまで腕力のない彼女から奪還するなぞ簡単だ。
しかし、彼女も粘る。最後まで毛布から手を放さず、綱引きをしているようだった。
俺が少しずつ毛布を回収すればルンもそれに合わせてこちらに前進。腕力では負けると悟ったルンは『対決』から『協和』へと移った。
彼女もベッドに上がり、毛布の中に潜り込んできたのだ。
ルンは肩出しにミニスカートという防寒性0な服装だったため、同じ毛布に入ると素肌の体温が感じ取れる。
人肌の優しい暖かみが主張していた。
その暖かさを求めて俺たちは物理的に寄り添い合うことに。しかしながらお互いを許したわけではない。
「お前が窓開けたんじゃねぇか! お前が閉めろよ!」
「だってお菓子くれなかったんだもん!」
ルンは体を震わせて抱きついてきた。
どうして薄着で来たんだ。
最初から窓を開けるなんてことを企画していたらその服で来ないはず。
コイツ、突発的にやりやがったな。
ルンは寒がるが俺もその気持ちは一緒だった。
抱きついてきた無防備な少女に俺もさらに身を寄せる。
「おにーさん、早く閉めて」
「バカ、お前がやるんだよ! ……暖まったらでいいからさ」
「おにーさん、やっさしー」
さっきの「暖まったらでいい」という発言、本当はルンというカイロを失ったら凍えそうだったから言ったまでだ。だから俺は優しくない。
ルンの全身を包むようにして抱くとさらに暖かさが伝わってくる。
思わず肩を擦ったりと少し変態な行動に出てしまった。
「今日は積極的だね」
ルンの声はちょっとだけ震えている。
寒さで小さくなる彼女は性格こそ残念なものの、もう一人の妹ができたような感覚であった。
「寒いんだっての。お前も肌触っていいぞ」
「……うん」
手を握るとかそういった行為を許可したはずが、彼女は俺の服の下に潜り込んで頬を寄せた。
ルンの冷えた頬を胸部で、それも直接触れることになるとは。
「うわ、おにーさん暖かい!」
「そっちの頬は冷たいけどな」
冷たい頬はともかく、生暖かい吐息はどうもくすぐったかった。
「おにーさん、ちょっと震えてるけど……。これは寒さじゃない、よね?」
狙っているのか、ルンが一言を発するたびに彼女の息が肌を這う。
サキュバスは俺の反応を見逃さず、いつもの調子でからかってくる。
「あれれ。もしかしてここ、弱い?」
「それ以上変なことしたら追い出すからな」
「はい。ごめんなさい……」
謝ったルンは俺の服から出るとおとなしくなった。
きゅっとくっついたきり無言で服の上から体温を味わっているようだ。
しばらくの間ずっとそのまま。さすがにそろそろ窓を閉めてほしいので、さり気なく声をかけた。
「ルン。もう暖まったか?」
しかし少女から返事はなし。
それどころかピクリとも動かないし、顔は俺の服にうずめている。
これは……。
「おーい。寝たのか……?」
呼びかけたり軽く揺らしたりしたがピクリとも動かない。
待て。これは誰が寒い思いをして窓を閉めないといけないのだ。
すやすやと眠る少女を起こしてまで、しかもその後に極寒を体感させてまで窓閉めを命令するのは酷なものだ。
俺がどうしようか考えていると、開けた窓がいいタイミングで功を奏した。
来客があったのだ。
「トリック・オア――って、暗いわね。下僕、もう寝てるの?」
外からの光がうっすらと俺の主人を照らす。
今日は赤いドレスをその身にまとっていた。
「起きてるぞ。……突然だけどさ、窓閉めてくれない?」
「本当に突然ね。それぐらい自分でやりなさいな」
ムッとした表情が容易に想像できる声。
フィリードはロマンチストな部分がある。そんな彼女からすると出会って早々に雑用を頼むのは不愉快なものだったのだろう。
「ごめん。でも、ほら。コイツ……」
布団の中で静かに息をする少女。これがあると動けないのだ。
フィリードはルンの顔を見るなり「もう。しょうがないわね」と俺の要望を聞き入れてくれた。
薄いガラスがひやりとした風を遮っていく。この調子で直に室温も上がるはずだ。
「ありがとな。ルンがさ、お菓子をもらえないからって開けやがったんだよ」
「あら。つまり私も無駄足だったのかしら」
その発言から察するに、フィリードも菓子乞食か。
「前から『来る』って言ってくれれば買ってたっつーの。またいつか機会があったら買ってあげるからさ」
「へぇ、そう」
生返事をした主人はルンと同じようにベッドへ侵入。俺は腹側にルン、背中にフィリードのぬくもりを感じながら横たわっている状態になった。
首の後ろから両腕が伸び、軽く抱きしめられる。
「今日はハロウィンだもの。お菓子をくれないのならイタズラしないとね……」
背後からの静かな声が全身を熱くした。
特に顔や耳に熱が集中する。
「それとも、最初からイタズラされたかったのかしら?」
サキュバスよりもサキュバスしている吸血鬼。
まずい。股間にも熱が集中するかもしれん。
ブツの先にはルンが。寝ているからといって触れてしまうのはこちらが嫌だ。
なんか負けた気がする。
「黙っちゃうのね。図星だから? それとも悔しい?」
「……自分と戦ってるから」
囁き声の練習とかしてるのか。
そう思うくらいレベルが高い。股間に響く。
「そのまま戦ってなさい。せいぜい負けないように、ね?」
ゾクリとした感触。首と肩の間を舌で舐められているようなのだ。
「な、何やってんの!?」
「イタズラよ。……下僕が動けないってわかったら、ちょっと燃えてきちゃって」
「燃え――え?」
つまりフィリードもピンクな気持ちに……。
「イタズラ心がね、燃えてるのよ」
落胆したような安心したような。とにかく複雑な気持ちになった。
しかし彼女のギリギリなイタズラは続くばかり。
首の側面を犬のように舐めた後は歯を立てる。心なしかいつもよりも噛む力が強い。
「フィリード、ちょっと痛いかも……」
「必要な痛みよ。本当はこの先を飲みたかったのだけれど」
今日も満月ではない。
最近、甘噛みの頻度が増えているように思えるが彼女の吸血衝動が高まっているのか。
噛んで、舐めて、貪って。
耽美。時間が二人だけのために流れている瞬間だった。
フィリードの口から漏れる音。舌や歯の感覚。
首元を支配する甘さに負け、ついつい前にいる少女を強く抱いてしまう。
すると――。
「ん……。あれ、おにーさん? どうしてルンちゃんにメロメロなの」
「ひゃ! ル、ルン、起きたのね。おはよう!」
進行形でイタズラをしていたフィリードが飛び跳ねた。
さすがにびっくりしすぎたからか、ルンは見透かしたように言う。
「フィリーちゃん、まだ夜だよ。ね、おにーさんがギュッとしてくれたのって本当はフィリーちゃんに――」
「おっと、まだ寒いな! あー、ルンの体あったけー!」
「むぐっ!」
それ以上言われると俺が恥ずかしさで爆発しそうだったので、あれて抱きしめることで口を塞ぐ。
ジタバタ暴れるルンをどうにか押さえ、フィリードにアイコンタクトを送った。
フィリードも我に返り、自分の行動がどれだけ恥ずかしいことか痛感したのだろう。そそくさと帰る準備を進める。
「下僕、それじゃあね! あ、えっと、ごちそうさまでした!」
彼女は顔も見ないで空へ飛び立つ。
変な意味はないはずだが「ごちそうさま」と言われると意味深にしか捉えられない。
フィリードが出ていった窓からまたもや風が吹き込んだ。
「ぶはっ! おにーさんのエッチ!」
「うっせぇ! お前が余計なこと言いかねないからだ!」
「百万歩譲ってルンちゃんを押さえるのはいいよ。だけど、その……当たってるから」
「……へ?」
当たっている……?
俺が目を下半身に落とすのと、ルンのヘラヘラとした笑いが聞こえたのはほぼ同時だった。
「おにーさんの、エッチ」
ハロウィンは『なんでもない日』。
非日常な毎日が俺にとっては日常に変わりつつあった。
そんなドタバタした日常が好きか嫌いかは言うまでもないだろう。