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吸血のススメ~主人と下僕の社会再建物語~  作者: ごごまる
第一章 初めての下僕とその吸血
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4話 本能的欲求

 首に生温かい感覚。少しぬめりとした液体がつき、硬いものが押し付けられている。


 あぁ、吸血されるなんて日本人初じゃないか。

 いや、秀一さんがいたな。

 じゃあ二人目か。


 吸血されたら、俺は一体どうなるんだろう。

 このまま失血で死ぬのかな。


 ……。

 ……あれ?

 全然吸われてる気がしないぞ。

 痛くもないし。


「……フ、フィリード?」


 呼ぶとフィリードは口を離した。


「何よ。行為中に喋るのは減点対象なのだけれど」


 俺は自分の首を触った。

 外気にさらされて冷たくなった唾液があるだけで、穴が開いていたり、出血していたりはなさそうだ。


「血、吸えてないよな」


「ええ、もちろん。……これは言葉足らずだったわね」


 言うとフィリードは俺の首に唇をつけ、その距離のまま話を再開した。


「私、吸血鬼としては未熟なのよ。半分人間だし。だから、満月の夜以外は牙の調子が悪くて、吸血なんてできないわ」


「じゃあ噛むなよ。冷や冷やしたっての」


「それはちょっと興奮しちゃって。欲求不満って言うべきかしら……。噛んでいると気が紛れるから」


「気が紛れる?」


「あなただって、いろんな方法で欲求を発散するでしょう? 吸血衝動って食欲と、あと……」

 もうひとつは、種を残したいって欲を混ぜたようなものかしら、と彼女は言った。


 さらっととんでもないことを言われたが血を飲むことは、要するに体液を飲むことであるから『そういう系』の気持ちがあってもおかしくないのかもしれない。


「満月でしか吸血はできないから、頻繁にモヤモヤしちゃうのよね。でも、そんな時は甘噛をすれば解決」


「そ、そう……」


 話題を変えよう、うん。

 話がとんでもない方向に発展しそうだったので、俺は適当に別の感想を述べた。


「……眷属って、思ったより大切にされるんだな。少し安心した」


「大切も何も、眷属は義理の家族ってほどよ。下僕、困ったら私を頼りなさい」


 フィリードは意気揚々と語った。


「じゃあ、帰らせてくれよ。そろそろ本格的に眠いのだが」


「……前言撤回。下僕、距離感を大事になさい。私はあなたのわがままをある程度受け入れるわ。だからあなたは私を信頼して。黙って後ろをついてくること」


「そう言われてもなぁ……」


 初対面だし、母親なんか最初は窓から捨てようとしてたし。

 フィリードが悪いやつじゃなくても、まだ時間が必要だと思う。


「仕方ないわね、少しずつで構わないわ」


 フィリードは唇を離し、ベッドからも降りた。


「さて、信頼のためにも約束を守らないとね。そろそろ今日が終わってしまいそうだし」


「お、帰れる?」


「もちろん。このまま軟禁していたら犯罪になるじゃない」

 眷属に怖い思いはさせないわよ、とフィリードは言う。


「お母様。……あら、どこへ行ったかしら。お父様も」


 帰りの便も優しくないほうの吸血鬼らしく、だが、彼女は部屋から姿を消していた。

 夫もいない。


 最後に見たときは、たしか口喧嘩をしていた……いや、惚気(のろけ)てたんだっけ。どっちだったか。

 とにかくそんなことをしていた二人がいなかった。


「困ったわね、お屋敷は広いから面倒なのよ。しかもお母様は携帯を持ち歩かないから、なおさらね」


「携帯、持ってるの?」


「えぇ。あ、ちゃんとスマホよ。お母様だって使いこなしているわ。持ち歩かないけれど」


 それは本当に使いこなしているのだろうか。

 いや、それはどうでもいい。


 他に帰る手段は……。


「フィリードは飛べないの?」


 彼女なら荒い運転もしないだろうと考え、聞いてみた。

 しかしその質問が嬉しかったのか、フィリードはさらに笑みを浮かべる。


「もちろん飛べるわ。……よっと」


 彼女の背中から翼が出てきた。

 勢いよく現れた翼はやや強い風を室内に起こす。


「ふふん、いい顔をするわね。驚いているのかしら」


 母のほうが一回り大きな翼だったが、まじまじと見ると翼には神秘的な何かがあるように感じる。

 もしかすると俺が翼フェチなのかもしれないが。


「あ、飛べるけどね、あなたを運ぶのは無理よ。お母様ほどエリートじゃないもの」


 人の運搬って相当な技術だったんだ。誰かをおぶって歩くくらいの行為かと思ってた。


 しかし、俺はこの報告によって運転手変更ができないとわかってしまったわけだ。

 軽く絶望。秀一さん、車持ってないかなぁ。


「ちょっと待ちなさい。お母様を探してくるわ」


 そう言うと、彼女の翼がフッと消えた。細かい霧のようになった翼は影に落ちて消える。

 フィリードは静かに歩いて部屋を出ていった。


 一人になり、静けさが戻る。


 さっきまで自室のベッドだったのに、いつの間にか吸血鬼の屋敷にいて、その娘と行動することになった。

 ほぼ強制的に今の状況になってしまったが、そこまで悪い気はしない。


 吸血鬼と眷属の距離感はまだよくわからないが、フィリードが俺のことを特別に見てくれてるのはわかった。

 下僕呼びは最初不安であったが、普通に優しい。

 彼女の母親みたいな横暴さがなくて本当によかった。


 血を吸われることに対しては怖気づいてしまうが、そこも慣れていくしかない。

 満月、次はいつだろうか。


 あとは悪魔。フィリードの友達に近日会うのだろう。

 やっぱり角とか生えてるのかな。


 想像もしていなかった非日常に、俺の胸は高鳴っていた。

 不安もあるが、それ以上に

「……楽しくなってきたな」


「フィリード、この男やめときなさい」


 音もなく部屋にひっそりとたたずんでいた吸血鬼親子に変なつぶやきを聞かれてしまった。

 娘は何も変わらなかったが、母が俺を睨みつけている。


「あんた、この子の下部になったからって浮かれすぎじゃない? その身を犠牲にしてでも主人を守るのよ。できるの?」


「お母様。私はそこまで下僕に求めていないわ。むしろ私が下僕を守る側」


「何言ってんの。高貴な存在が動かなくていいのに」


「お母様、高貴さはもっと深い器で出さないと。上品に」


「……あなたの信念に口出しはしない。けど、私だったらダーリンくらい度胸がないと却下かな」


「あら、いっつもお父様基準ね」


「好きだからね。あなたもいい男見つけなさいよ」


 なんだ? 今度は親子喧嘩か?

 そんなこと俺がいないときにやってくれよ。


「あ、あのぅ、俺、家に帰りたいのですが……」


「だまらっしゃい、この下等種族め!」


 えぇ……。

 娘よりもこの親吸血鬼が一番ヤバいわ。


 そういえば、ずっと『吸血鬼』だな、この人。いや、この鬼?

 ずっとこれだと不便だよな。


「……すんません、名前、聞いていいっすか」


「あれ、名乗ってなかったっけ」


 声にドスがきいていた。

 素直に怖いからやめてほしい。


「……聞いてないっす。ごめんなさい」


「はぁ……よく聞きなさいよ」


 吸血鬼は咳払いをひとつ。


「私の名はシュリネス・ブライム・ストルク。何を隠そう、吸血鬼界の王である!」


 この声量を我が家でやられると近所迷惑になるのは確実だろう。


 だけど、え、王? マジ?

 思ったよりもすごい鬼かもしれない。


「で、かわいい娘のフィリード・デイル・ストルク。私以上に血が大好き」


 そっちの名前はもう聞いた。

 フルネームは初耳だが。


 あと血が好きって、その情報はいるのか?

 吸血量が多いとかか?


「下僕、吸血鬼は私たちだけだから、必然的に王を名乗れるのよ。お母様なりのジョークだから笑って」


「わかりにくすぎだろ……。フィリードが血好きってのはどういう意味なの?」


「……それは知らなくてもいいことよ。忘れなさい」


「フィリードは私より欲張りさんってこと。いろんな意味でね」


「お母様、それ以上言わないで……」


 どういうことだ?

 裏の意味がありそうだが、フィリードのために詮索はしないでおこう。


「……さて下僕、なるべくすぐに知り合いと話をつけておくわ。あなたの部屋の窓から入るように言っておくから、然るべき対処をお願い」


「ほら、行くわよ人間。私の気が変わらないうちに帰らないと途中で落とすかもね」


 こうして嵐のように起きた事件は、嵐のように過ぎ去った。


 帰りの運搬も最悪の乗り心地だったのは言うまでもない。

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