38話 今後と気持ち
自宅の玄関。
朝から疲れた目をした彩葉さんがやってきた。
昨日から始まった異種族会談は夜通し続き、つい今終えたらしい。
話し合った結果、シエルと幼女は正式に吸血鬼への支援を認められた。しかし、天界の世論だと悪魔批判が根強く、大規模な協力は望めないそう。
「でも、支持派もいないわけじゃないからさ。ここから広がっていくはず」
彩葉さんの発言は楽観的にも思えるが、自分たちにできることはこれ以上なく、その考えが正解かもしれない。
「昨日の戦い、どうしてタイマンだったんですか。普通は複数人で戦うはずだったんじゃ……」
「あぁー、ごめん。あたしの情報が間違ってたってことじゃないんだけど――」
天使と悪魔の契約戦争。最初はそれぞれの契約数で競う平和的な争いだったが、身分の高い神に手を出したサキュバスをきっかけに殺し合いへ発展した。
だが、天使側でトラブル。正義を掲げ、一心不乱に契約を伸ばそうと張り切ったせいで戦いに回せる人数が揃わなかったのだ。ほとんどが契約者を持ち、その人に手いっぱい。
不戦敗になるわけにもいかず誰よりも悪魔を嫌っていた大天使が一人で戦いに挑んだ。
対して悪魔は、最初から天使を殺すなんてことは考えていなかった。
悪意の塊。他人を傷つけるためにできた存在。
そんな集団ならいつでも天使なんて滅亡させることができたのだが、最優先は吸血鬼の捜索。どうせだから天界の住民を利用しようと試みた。
天界に力の差を警告するため、デリンは単身で勝利を掴み取ることに。
つまりは偶然、それぞれの理由で単独出撃を行ったのである。
「――でもまぁ、結果オーライ。改めてお疲れ様」
「い、いや、だから俺、何もしてないですって……」
戦争で人外の本気を知ってしまったから、自分が本当に小さな存在に思えて仕方がない。
このままでいいのか、不安になる。
そんな顔を見られてしまったのか眼前の女性はフッと笑ってから穏やかに話した。
「自信持ちな。特別な力が無くても、特別な環境には適応できてるんだから。気持ちは大事だよ」
「気持ちですか……」
自分の気持ち。
急になんて自信は持てないし、疲れている人にこうして気遣わせてしまっていることに後ろめたささえあった。けれども、今、自分が伝えるべき気持ちは他にあるはずだ。
「……彩葉さん、ありがとうございます。吸血鬼のためにいろいろしてもらって――」
「そんな。あたしは神様の希望に添ってるだけだよ。少年も、吸血鬼ちゃんのためでしょ」
「そう、かもしれないですね……」
はっきりしない俺の答えに、彩葉さんは手招きをしてひそひそ話を始めた。自宅の玄関前で誰かが話を盗聴しているはずもないのに。
妹だってまだ寝ている。
それでも小声で話すのは彼女なりのからかい方なのだった。
「あの吸血鬼のこと、好きなの?」
小指を立てての質問に心臓が跳ねる。
「はぁ!? そんな関係じゃ――」
釣られて自分も小声になっていたが、本来なら大声で叫んでいただろう。
「だって昨日、皆の前でアツいの見せつけてたじゃん。いいねー、あたしも高校生やり直したいな」
「だから違いますってば! そんなこと言ったら、神様と理苑だってそういうことになりますよ!」
自分の気持ち。
まさかこのことも考慮して発言したわけではないだろうが、不意に頭をよぎってしまう。
フィリードはかわいいけれど、それだけで恋愛的に好きと断言するのも違う気がするのだ。思春期特有の「相手への期待感」はあるものの、はっきりと惚れたなんて言えない。
そもそも好きってなんだよ。
恋愛経験のない自分はその気持ちさえわからないのだった。
考えれば考えるほど悶々としてしまう。
「はっはーん、さてはあんたもチェリーだな?」
小さかったボリュームを元に戻して言われた。
俺の苦悶の表情はお構いなしに彩葉さんのニヤケは頂点に達する。
「手探りって感じ、バレバレ」
「べ、別にフィリードのことは好きじゃないです!」
経験の薄さがバカにされているようで反射的に反発。
彩葉さんはその反応にも余裕そうに笑った。
「今は、そうしておこっか。じゃあね、お疲れー」
言うことを言い終えたら逃げるように巫女は帰って行く。
熱くなる頬を冷まそうと神社の方へ向かう彩葉さんを見て、昨日のことを思い出した。
理苑は昨夜、いつ帰れたのだろうか。幼女は1杯付き合えと言っていたものの、そんなすぐにお開きにするような性格には思えない。
果たして友はちゃんと眠れただろうか。
玄関の扉を閉め、朝食の準備に。まだ結月は起きないし、昨日の詫びも入れて作ることにしたのだ。
もちろん、自分が妹に振る舞いたいという気持ちもあるけれど。
何を作ろうかと冷蔵庫を開けてみたり、妹の好物を思い出したりして数分が経過したが、そこで新たな事件は起こった。
ガチャンと扉の開く音が聞こえたのだ。誰が入ってきたのかと驚いたが、急いで玄関に向かうと立っていたのは彩葉さん。
「ど、どうしたんですか……?」
猛ダッシュで戻ったのか、肩で息をする状態の彼女は呼吸を整えてから答える。
「理苑が、女の子になった!」
俺は異なる言語で話されたかのように、発言の内容を理解できなかった。