30話 作戦会議
「はい、全員が静かになるまで30分かかりました!」
神社内に一声が響く。
それは巫女の声だった。
結局、あの状況をまとめた猛者はおらず。
喧騒が自然消滅するまでカオスは続いたのである。
人数は9人しかいないというのに、どうしてこんなにもやかましいのか。
しかし、自由に動ける状態だったのがいけなかったのだろう。皆が室内に入り、一度腰を下ろせば暴れる者はいなかった。
その隙に彩葉さんの話が続く。
「えっと……。まず、吸血鬼の方々には謝罪します。あたしたちの不備で巻き込んでしまって申し訳ない」
「ホントよ。昼間に外出なんて信じらんないっての」
愚痴を放ったのはシュリネス。
黙って話を聞いていられないのか、この吸血鬼は。
その隣に座っている夫が「ごめんね」と巫女へ謝った。
「シュリーはこれが自然体なんだ。誰かが嫌いってわけじゃないから、気にしないで」
「でも好きはあるよ! ダーリンのことが!」
「お母様うるさい! 私が恥ずかしくなるから人前でベタつかないで」
フィリードの一言でシュリネスはようやく口を閉ざす。
巫女が疲れたような表情をしてから説明を再開。
「……はい。天使と悪魔が戦争をするわけですが、長引くとお互いにデメリットしかないし、何より吸血鬼さん捜索の難航から種族絶滅に拍車がかかりそうなので、戦争を終わらせます」
では具体的にどうするのか。
それは悪魔軍と天使軍、それぞれの大将を無力化して引き分けにさせるというものだった。
引き分けにさせて、その後は……?
むしろ勝負がつかなかったわけだから、長期化してしまうのではないか。
「彩葉さん、そこからどうするんですか? 引き分けで解決します?」
俺の問いかけに彩葉さんは。
「しないね」
と。
「でもこっちには天使より立場が上の『神』がいて、悪魔と仲のいい『吸血鬼』もいる。敵の言葉に耳を傾けなくても、仲間の言葉なら少しは聞いてくれるっしょ」
対話。
一番平和的な解決法だろう。だが、本当にそれだけで解決すれば世の中の争いはみるみる消えていくはず。
そのことは彼女も承知だった。
「もちろん、こんなのじゃ引き下がってくれない連中ばかりだと思う。そしたら最悪、武力だよね。殺さない程度に」
武力行使は理苑と俺にとって一番恐ろしいものだ。
だって、やるからにはやられるかもしれない。それに殴り合いの喧嘩さえしたこともないのに人外と戦うなんて不可能じゃないか。
このことについては理苑が先に発言してくれた。
「僕たちがいて、大丈夫ですか? 何もできなくて足手まといになりそうな……」
「ううん、逆にそれでいいよ。少年二人には、作戦のひとつ『人質』として役立ってもらうからさ」
「人質って……。ぼ、僕たち、死にませんか……?」
「大丈夫。シエルがガーディアンになってくれるからさ」
理苑がシエルを見ると、彼女は頷いた。
「理苑くんは必ず守ります。安心してくださいね」
あくまでも「理苑くんは」か……。
だとすると自分はどうなる。
「俺は……? 誰か守ってくれないの?」
この流れだとルンが近くにいてくれるのだろうか。
彩葉さんの返答は予想と違うものだった。
「君はご主人様に守ってもらいな。シエルで二人ともはキツイでしょ」
「ふん、最初からあんな乳が重くて鈍そうな女に下僕を任せておくわけないわ。私のほうが下僕と息ピッタリだしね」
正直フィリードもほとんど人間と変わらない気がするが、緊急事態になればルンを呼べばどうにかなるはず。
「話戻すよ。両大将の無力化は、主に悪魔にやってもらうと思う。そのサポートに神様と吸血鬼さん。それと、あなたは……」
巫女は秀一さんの扱いに困っているようだ。
秀一さんって特殊能力とかあるのかな……?
今までそういった光景は見たことないが。
「僕も戦えるよ。懐かしいね、フィリーが生まれる前にもファイトしたことがあったっけ」
経験ありなのか……。
秀一さんの一生がとても気になるところだ。
「そのかわり、夜だと助かるかな。僕ら一家の本気はそこでじゃないと発揮できないからね」
彩葉さんは「了解」と言ってから話を続ける。
「時間とか場所はまた知らせます。なるべく近場、夜で。少年たちのために平日も避けようか」
少し前のやかましさはどこへやら、着々と話は進む。
チームのメインウェポンとなるのはルンの『囁き』。両大将を催眠にかけ、終戦を宣言させれば勝ち。
元・アヤカシの『妖術』や吸血鬼の身体能力で悪魔をサポート。
戦闘能力がほとんどない組は戦況管理と、最終手段として人質に。
俺は『吸血鬼社会の数少ない眷属』として悪魔が怯むだろうし、理苑は『自分たちより身分の高い神の主』として天使が怯むだろうという算段だ。
そして人間の戦争とは違い、この戦いは代表者数名で行うものらしい。
てっきり軍勢を率いてやってくると思っていた。
規模が大きいのか小さいのか微妙な争いだし、もはやスポーツ対決とかでもいいと思うが……。
まさか自分が人外と会うだけでなく、こんな非常事態に巻き込まれるとは。
それでもこの戦いが終わってくれれば、吸血鬼捜索がさらに進むはずだ。
どうして自分がこんなことに参加しているのかを考える必要はない。
自分はただ、与えられたことを信じて為すだけ。それが下僕の仕事――『距離感』なのだ。