28話 反省と責任
親友――理苑がどんな人間かと問われたら俺は「気弱なやつ」と答えるだろう。
気弱と聞くとマイナスな点に思えるが、俺はそこを欠点だと感じたことはない。
気弱だからこそ、寄り添えるやつ。
支えてくれるだけじゃなくて、支えやすい。真っ直ぐに喜んでくれたり、飾らない言葉で伝えてくれたり。
今の関係を築けたのは彼の性格のおかげだとつくづく思う。
思っていた。
それなのに。
その親友が狐の主……?
自分が見ている狐耳幼女は神のはず。
『主』とは、つまり首絞め神様より目上なのだろうか。
フィリードと俺とは逆の関係だ。主従と従主。
「主と初めて会った時はお前もいての。妾が神と名乗っても、お前はその前に鬼と会っていたせいで何も驚かんかったな」
幼女は聞いてもいないのにベラベラと語り始めた。
「リオンのことは前々から主にしたいと思っておったのじゃが、偶然お前と神社にやってきたきての。いい機会だと思って突発的に……。お前は覚えておらんと思うが」
確かにあった。
吸血の前日、一日だけすっぽりと抜けていた記憶が。
「ルンだけじゃなかったんだ。記憶を操れるのって」
俺が退屈そうにあくびをするルンを見て言うと、幼女は警戒心を剥き出した。
「そやつ、記憶もいじれるのか!? 噂には聞いておったが『悪魔』とは恐ろしい種族じゃの……」
すると、今度はルンが得意げに。
「ルンちゃんは気持ちよくさせる天才だからね。気持ちいい状態だと、脳もバカになってくれるんだよ」
ルンは幼女の小さな全身に視線を這わせ、舐めるように見た。
どうやらこの少女、幼女いじめにハマったようだ。
と、次は彩葉さんから言葉が飛ぶ。
「この神社さ、巫女のあたしと神様自身しかいなかったから、神主が必要だったんだよ。あのチビ助少年をスカウトしたのはそういうわけで――」
ルンが「チビ」に反応。
「チビっ子くん、かわいいよねー。女の子だったらもっと愛でてたかなー」
幼女は「愛でる」に反応した。
「や、やめてくりゃれ! 主の体ではあんな感覚受け止めきれぬ!」
ルンの「愛でる」は絶対に常人よりディープなものだ。
幼女は身を持って知ったから、より理苑に危険が迫っていることを察知していた。
「女の子だったらの話だってばー。もしかして、ご主人様取られそうだったから嫉妬? ペットのくせにぃ」
「わ、妾は神であるぞ! 犬畜生などと同価値に物言いなぞ、許される行為ではない!」
幼女は強気な発言をしたが、俺に首絞めをしていた時のような己を信じて疑わない自信は失せていた。
ビクビクと臆病にしか反発できていない。
「……いつか持ち帰って、一日中楽しみたいなぁ」
ルンがポツリと言う。
誰を見て発言したわけでもないので、恐らく無意識なものだったのだが、むしろ幼女にとっては恐怖であった。
そんなにお気に召したのか、この悪魔。しかも、よりによってその相手が幼女とは……。
せめてシエルくらい大人びている見た目の人をそういったものの対象にしてほしい。
人外の会話はひとまず置いておき、俺は神主について質問があった。
「あの、彩葉さん。理苑の目的はなんなんですか?」
「目的?」
「俺は吸血鬼を見つけるってゴールがあるんですけど、理苑はなんだろうなって。……やっぱり、戦争に勝つことですか?」
悪魔と天使の戦争。天使の上司が神だとしたら、神も戦争に加担しているはず。
すると、理苑が天使側、俺は悪魔側で敵対してしまうのだろうか。
「少年。いろいろ気にしてるようだけど、ただ形式的に神主って存在が欲しかっただけなんだ。明確なゴールは設定してないよ」
「じゃあ、悪魔と天使って隔たりがあったとしても、俺と理苑は今まで通りで大丈夫なんですね?」
「あー、うん。契約戦争ならいいんじゃない? ガチになったらどうなるかな……」
歯切れが悪い。
曰く、その理由は「天使と悪魔は対面することがないほど不仲」だからだそう。
悪魔と天使の関係について、参考資料がルンとシエルしかいないが、二人は特殊。
実際の悪魔と天使はもっと犬猿の仲らしい。
今はまだ一触即発のピリピリとした空気はあるものの、関係を持っている人間を束縛するほど過激ではないそう。
しかし、本当の殺し合いになればどうなることやら……。
「『神ともあろうお方がなぜ悪魔と話すのか』みたいに言われるんだろうけど……。まぁ、この子がもともと妖怪だし、ちょっとは見逃してくれるかもね」
「……ルンが神様に手を出したのって本当にとんでもないことだったんですね」
「まったくだよ。面倒なことになったら責任とれるのかね」
彩葉さんはルンに嫌味ったらしく言った。
トラブルメーカーはケロリとしているが。
「だっておにーさんが殺されそうになってたんだもーん」
ルンの正論に彩葉さんはあっさりと折れる。
「……それはごめん。神様も、理苑のお友達になんで手出ししたんですか」
「こやつらが妾の言うことを聞かなかったから……。は、反省しておるぞ! というか、反省させられたんじゃが」
幼女はルンをチラリと見たが、能天気な悪魔は気がつかなかった。
「あとは少年の気持ち次第だけど……。やっぱり怒ってる?」
彩葉さんがこちらに尋ねる。
首絞めが苦しくはあったが、ルンがそれ以上の復讐を代行してくれた気もする。そのせいか、不思議と幼女に負の感情を持つことはなかった。
「怒ってなんかないですよ。理苑も絡んでることですし」
彩葉さんは「ありがとね」と小さく言ってから微笑み。
「とりあえずガチ戦争になる前にあたしから話しとくよ。神様がぐうたらしてるからさ、お偉いと話すのはいつもあたしなんだよね。少しくらいは信頼あるはずだから」
と続けた。
姉御肌と言うべきか、ヘタな人外たちよりも頼りになる気迫だ。
彼女に任せておけばきっと事態は好転する。
俺の心はそんな安心感で満ちていた。