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吸血のススメ~主人と下僕の社会再建物語~  作者: ごごまる
第二章 悪魔と天使の契約戦争
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27話 火に油、ペットに首輪

 彩葉さんはずっとこちらを睨んでいた。

 後ろを向いた瞬間、こちらに飛びかかってきそうなほどの気迫。


 俺も彩葉さんから目を離せない。

 ずっと昔から目つきがきつい人だとは思っていたけれど、睨まれるとこうも恐ろしいのか。

 目を離せないのは警戒が半分、恐怖からの硬直が半分であった。


 あちらは何を思って直立不動なのだろう。

 あちらから動いてもらわないと、こちらも動けないため時間が無駄に流れてしまう。

 1ミリずつ後ろに下がれば気づかれずに逃げれるかな?


 静寂の中、状況を打破する戦略を思い描いていた。


 しかし、いつも静寂を切り裂いては余計なことをぶちまける悪魔が控えていることをお忘れなく。

 今回もまた、挑発を繰り出してしまった。


 まだぐったりとしている幼女を抱きかかえて言う。


「『大事な人』だっけ? もうルンちゃんのペットだよ。ほら、見て見てー」


 ルンが幼女の頬を舌先で撫でる。

 幼女は無抵抗。何をされても逆らえなくなっていた。


「あは、ルンちゃんが寝取っちゃった! ざんねーん」


 人を煽ることに喜びを示すルンだが、彩葉さんはそこまで動揺することもなくため息だけついた。

 その後、歩いて接近してくる。


 俺は彩葉さんがぶん殴ってきたりするのかと身構えていたが、そういうことではなかったようだ。

 彩葉さんは幼女を見て言った。


「これはまずいかな……。暴力沙汰じゃないだけマシか」


 目つきは鋭いが、その声は穏やか。

 だが彩葉さん個人は怒ってないものの、一連の事件にはまずいことがあるようで。


「一回うち来な。その子はあたしが持ってくから」


 と言いつつルンから幼女を引き剥がし、お姫様抱っこで運ぶ。

 ルンは残念そうにしていたが、おとなしくしているように言い聞かせた。


 さて、彩葉さんのうち――すなわち家だが、それはどこであろう目の間に見えている建物だった。

 社殿。


 外からはわからなかったが、中は生活感に満ちていた。

 冷蔵庫や洗濯機、テレビの近くには据え置きのゲーム機さえある。


 彩葉さんはすぐ近くにあった布団に幼女を寝かせようとしたが、幼女は服を掴んで拒否。


「イロハぁ、このまま。このままでいさせてくれ……」


 まだふにゃふにゃとした声だが、彩葉さんは照れくさそうに受け入れる。


「しょうがない神様ですね……。甘え上手なんですから、もう」


 彩葉さんは胸にうずくまる幼女の頭を愛撫してから本題に入った。

 促され、ちゃぶ台を囲んで座る。


「さて、この子をこんなにしたのはあんただよね。あんたは……吸血鬼じゃないね?」


 彩葉さんの問いかけにルンは答えた。


「ルンちゃんは悪魔だよー。あ、サキュバスだから、そんなに強くないからね。気持ちよくさせる才能なら自信あるけど……」


 ルンがヘラヘラしていると、幼女が呻く。


「こやつ、真性の悪魔じゃ! わらわの体を汚して、こうも平然としておるとは――」


「あっはー、ペットらしく首輪買っておこうか? ()()()()


 ルンの言葉に幼女は身を震わせた。

 彩葉さんがあやすようにして抱きとめる。


「今ので感じちゃうの? ルンちゃんは真性の悪魔でも、ザコ神様は真性の変態だね」


 彩葉さんが呆れたように俺を見る。


「吸血鬼少年、早くとめてよ。今、ちょっとイラついてる」


「ご、ごめんなさい! ルン、シャラップ!」


 ルンは悪びれた様子もなく、口だけを閉ざした。

 この悪魔、いつか(しつ)けないと。


「ん、ありがと。じゃあ大事な話ね。少年、よく聞きな」


「……はい」


 どこか不穏な空気。

 時計が秒を刻む音が3回ほど聞こえ、彩葉さんの話へ。


「実はこの子の生活って監視されてんだよ、シエルって天使の母親にさ。もとは極悪な妖怪だったから」


 極悪な妖怪。元・アヤカシ。

 首絞め拷問はそれを裏付けるほど苦しかったな。


「で、そこのやんちゃ悪魔がこの子を犯しちゃったじゃん? 多分見られてんだよね、それも」


「……見られてたら、どうなるんですか」


「そりゃ、高貴な神に手を出したわけだからカンカンに怒ってんじゃないかな。契約戦争が、本当の戦争に変わる可能性まである」


 淡々と彩葉さんは言うが、それってとんでもない話では。

 つまりは、ルンが幼女をいじめたせいで血を流す戦いに進化するかもしれないということだろう。


 でも、俺に首絞めしてきたのはそっちだし。その原因はフィリードとシエルか。

 いや、フィリードが拗ねたのは俺のせい?

 よそう。誰のせいかなんて重要じゃない。


「この子は神だけど、気まぐれで動くからさ。そんなに権力は握ってないの。だから戦争をとめられないしさ……」


 彩葉さんはガシガシと頭を掻いて続ける。

 少し申し訳なさそうに。


「どうなるかはまだわからないけどさ。うちの陣営が堅物でごめん」


 巫女が謝ると、幼女がそれに反応した。


「待て、妾が謝罪するべきじゃ。『正義』の名を借りれば暴虐さえ正当化される環境の中ででしゃばってしまった。申し訳ない」


 幼女は巫女の胸に顔を押し当てたまま言った。


 首絞めは苦しかったが、俺たちが素直に神の協力を受けていればこうはならなかったはず。極端な話、神様の首絞め動機は究極的なツンデレみたいなものか。


 そもそもどうやって俺が吸血鬼だってことを知ったんだ?

 近所とはいえ外見だけじゃわからないだろう。

 フィリードと歩いていた時に盗み聞きされたか?


 理由を知りたくなった俺は本人に聞くことに。


「あの、神様さぁ。なんでフィリードのとこじゃなくて俺の家にシエルを送ったの? 俺が吸血鬼だって知ってたんだよね」


 幼女はむくりと顔を上げた。

 とろんとした目で見てから返答がくる。


「聞いたんじゃよ我が(あるじ)から」


「主……?」


 幼女は「あぁ、言ってないのか」とつぶやいてから体をこちらに向けた。

 彩葉さんの体にちょこんと収まった神様。やはり年端もいかない幼児のように見えるが、その見た目に似つかないほどハキハキと喋っていく。


「我が主はな、リオンじゃ。お前とは仲が良いのだろう?」


 理苑――親友の隠し事は、神の口から明かされた。

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