26話 ハード・バイト
神とはどんな存在であるか。
絶対的なもの、人類を超越したもの。
最強と言っても過言ではなさそうなほどの存在。
そんなチートみたいなものに対抗できるのは、同じくらいセコい力を持つやつだけだろう。
神対悪魔の始まりだ。
ルンは幼女の背後から気配を消して近づくと、狐耳に噛みついた。
「うぎゃ!」
幼女が甲高い声を発したと同時に、俺の呼吸が楽になる。
だが、自分の体がうまく動かない。
全身に酸素が行き渡っていないせいで手足が痺れているらしい。
しかし十分だ。苦しみから開放されただけで。
俺の安堵をよそに、幼女と少女は戦いを続けていた。
「なんじゃ貴様は! そんなところ、噛むでない! あぅ……」
「神様ってわりに弱いねー。ほぉら、がぶがぶ」
どこか微笑ましいようなやり取りに見えなくもないが、これはれっきとしたバトルだ。
悪魔の攻めに神も抵抗する。
「うるさい虫が! 妾への無礼、償ってもらうぞ!」
悪魔の方向を向き、神が手をかざした。
きっと俺にやったものと同じ『妖術』だろう。
悪魔は少し苦しそうにしたが、まだ留まっていた黒い円に再び入って逃亡。
しかしこれは逃げではなく、回避だった。
またもや神の背後から円が出現。
にこやかな悪魔が出てくる。
「首絞めなんて過激派なんだねー。でも、ちょっと鬱陶しいかな」
そう言うと、早くも悪魔は切り札を使った。
神の耳元で『囁いた』のだ。
「おすわり」と。
全身の力が抜けたかのようにペタリと幼女が座り込む。
幼女は何をされたのか理解できていないようだった。
ルンが意地悪な笑みを浮かべ、言う。
「もう煮るなり焼くなりできちゃうね。……おにーさんからのお仕事はクリアしたと思うし、お楽しみタイムに入っちゃおっか」
優しく幼女の頬を撫でる少女。
幼女はくすぐったそうにして、精一杯の抵抗を見せた。
「よ、よせ! うぅ、なぜ体が動かぬ! お、覚えておれよ。後で何倍にもして返してやるからの!」
「できないよ。……だってぇ、ルンちゃん無しじゃ生きられなくしちゃうから」
ルンはゆっくり振り返り、俺を見て続ける。
「いいよね、おにーさん?」
この一言に幼女は絶望を表した。
さっきまでの余裕を失い、懇願の叫びを放つ。
「ゆ、許す! 妾への無礼も、宣戦布告も総じて許してやる! だからほら、お互い水に流して――」
「ルン。徹底的にやれ」
許すわけないだろう。
苦しかったし、痛かったんだぞ?
それに、俺は悪魔と契約するほどの悪者なんだ。そんなに大きな器があるわけじゃない。
俺の返事に悪魔が笑った。悪魔に似合うような、相手へ恐怖を植え付ける笑みだ。
幼女は唯一動く顔を横に振り、最後の抵抗を見せる。
「わ、妾は高貴な神じゃぞ! こんなことをして、許されるとでも――」
ルンが幼女の目を覗き込んだ。
恐ろしい笑みに驚いて、幼女が「ひっ」と怯える。
「それじゃ、始めちゃおっか」
少しずつ幼女の華奢な体躯を倒し、その上にルンが馬乗りになった。
そっと狐耳に舌を這わせ、呪文のように洗脳を施す。
「気持ちいいよね? ほら、もっと落ちちゃえ。気持ちいいので頭いっぱいにしちゃえ。もう無力なんだから、素直に従っちゃえ」
幼女の口から声が漏れてくるが、それはルンのモチベーションを上げるだけ。
攻めは一層激しくなっていく。
「ほらぁ、もう気持ちいいことしか考えられないね。もっとしてほしいって体が反応しちゃってるよ」
耳から首、それだけでなく着物をはだけさせて脚まで舐め始めたルン。
少女が幼女の自由を奪い、こうして襲う姿は犯罪ギリギリな絵面だ。
俺は誰か一般人が通りかかったらどうしようかと不安でもあったが、そんなこと、人外は気にかけていない。
「もう負けちゃお。ほら、気持ちいいって言ってごらん」
「だれが……そんなこと、っお!」
ルンが幼女の抵抗を確認すると嘲笑を見せた。
「あはっ! そんなこと言うけどさ、実はもう、『おすわり』してなくてよかったんだよ? あれれ。動けるはずなのに善がって、快楽に溺れちゃっているのに『そんなことない』?」
「この嘘つき」とルンが貶す。
ルンの口撃に合わせて幼女の小さな肩がビクビクと震えていた。脚もジタバタと暴れたり、ピンと伸ばしたりを繰り返している。
このサキュバス、男より女相手のほうがイキイキとしているのはどうしてだろうか。
俺の目がなければこのまま一線を超えてしまいそうな勢いだ。
ルンはまだまだ楽しみ足りないようで、幼女の反応を観察しては詰って嬲って好き放題していた。
「さっきからおかしいなー。ルンちゃんが叱ってあげるたびに感じてない? 高貴な神様がドM? まさかねー」
俺がされた仕打ちは間違いなく地獄のような拷問だったが、こちらも同じ。満たしているものが苦痛か快楽かの違いだけだ。
プライドの高そうな神からすると、快楽で歪む羞恥を晒すほうがよほど残酷なのかもしれない。
ルンが狐耳に息を吹きかけながら言った。
「試してみよっか。本当に神様なのか、それともただの変態さんなのかさ」
優しい笑みとは裏腹に、両手を幼女の細い首へとかける。
ほんの少しだけ呼吸がしにくいくらいの力加減でその首を握っているようだ。
妖術の仕返しか。ルンは幼女の首を絞めながら耳を食み始めた。
苦痛と快楽の狭間をさまよう幼女は体をのけぞらせ、濁った声で叫び始めた。
これでルンは確信する。
「はははは! なーんだ、変態さんじゃーん。ルンちゃん、相手を傷つける趣味はないから優しくしてあげたけどさ。もしかして、もうちょっと強く絞めたほうがいい?」
聞くが、もはや幼女は会話できそうにないほどの骨抜き状態。
発せられている言葉は甘い鳴き声だけ。
頃合いだと見込み、ルンがラストスパートを畳みかける。
「もう顔ぐちゃぐちゃだよ。ヨダレも出てるし……。そんな惨めなドM変態は、心の底で負けたいって思ってるよね。いいよ、負けさせてあげる」
ルンが狐耳を吸うように刺激すると、幼女は大きな悲鳴を出す。
その声や表情に神の威厳は片鱗もなかった。
「じゃあ変態さんの負ーけ。ついでに、ルンちゃんのペットになっちゃえ!」
幼女の全身が大きく震えた。
ルンは立ち上がり、にこやかにそれを観賞する。
「あっ……! やっ……!」
声にならない声を出して幼女の痙攣は続く。
それを尻目にルンが俺に感謝を告げてきた。
「おにーさん、ありがとね。戦争、これがきっかけで勝てちゃうかも」
「……戦争って契約数じゃなかったっけ」
「それはトントンだったから。おにーさん立てる? もっと近くで見てほしいんだけどさ」
俺は転倒した痛みを抱えながら立ち上がった。
しかし――。
「近くで見ろって、このロリをか? さすがに犯罪な気がするけど……」
虚ろな目、体液が伝う口元、はだけて際どくなった紅白の着物。
これはアウト。相手がルンじゃなかったら俺は通報していただろう。
この事案に対し、ルンは誇らしげだった。
「神様とタイマンで無力化させたんだよ、サキュバスの子娘が。もう契約なんて関係なしに負けを認めるしかないでしょ?」
「……『悪魔の囁き』、ずるいな」
正々堂々と戦えばルンに勝ち目はなかったはず。
しかし一瞬でワープすることができる黒い円、そして相手の快感を思うがままに操れる能力を駆使して勝利を掴み取ったのだ。
幼女がどれほど位の高い神かはわからないが、最低でもシエルよりかは高い役職。シエルとルンが同じくらいだから、つまりは自分の部下くらいの立場と同じ敵に負けてしまったことになる。
悪魔の下っ端が神と同じ戦力と証明できたわけだから、悪魔のほうが強いという結論で終戦してもいいのかもしれない。
さて、このままの状態で放置するのはまずいので、俺は幼女を神社の建物――社殿に運ぶことに。
痛む体を屈めて、抱きかかえようとして。
砂利の音が聞こえた。
まずい、誰かに見られてしまったか。
反射的に音のした方向を見ると、そこには私服姿の巫女がいた。
巫女、彩葉さんだ。
「あらら。派手にやったねぇ、吸血鬼クン。あたしの『大事な人』にさ」
戦争は終結どころか、激化の兆候を見せてしまった。




