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吸血のススメ~主人と下僕の社会再建物語~  作者: ごごまる
第二章 悪魔と天使の契約戦争
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24話 下僕は主人のモノ

 彩葉さんと会ってから数日後。

 ようやく再びシエルと話す機会を得た。というのも、フィリードの説得に成功したのだ。


 あれからフィリードはずっと()ねたままだった。やれ(うなじ)が魅力的だの脚がセクシーだの声がエロいだの言ってみたが、彼女にはどれも響かず。


「どうせ男なんて乳しか見ていないのよ! 下僕の言葉からは誠意が感じられない!」


 そんなことを電話越しに聞いた。

 だが「心外だ。フィリードの生脚を何度チラ見したことか」とも言えるわけがない。


 主人が喜ぶような言葉は何か。

 俺は考えた。考え続けた。

 そして、神の一手を導き出す。


「吸血された後の朝。フィリードの胸、触りそうになったわ」


「……さよなら」


 すぐに電話は切れた。


「大丈夫、シンデレラバストでも魅力はあるよ」と伝えたかったのだが、逆効果だったか。

 しかしその後、反省文を書いては送り、書いては送りを繰り返したら徐々に機嫌を取り戻してくれたのだ。


 早速フィリードを自宅に呼び込んだ。

 ということで、シエルとお話ができるようになりましたとさ。めでたしめでたし。

 だと思っていたのに。


 今、俺はベッドの上でフィリードに踏まれていた。顔を。


「げ、ぼ、く! 誰があんなふざけたフォローを許したなんて言ったのよ! 私、一言も言ってないわよね」


「で、でも、シエルと会うって言ってくれたし機嫌が直ったのかと……」


「ふふん。ええ、機嫌はいいわね。憎たらしいやつの顔を足蹴にできているのですもの!」


 相変わらず生脚でいたフィリード。彼女のすべすべとした足裏が直に自分の頬を圧迫する。


「お母様の言うとおりだったわ。仲直りしたい時は踏めばいいって」


 やめろ。

 母より父を頼ってくれ。


「それでも、なんで顔なんだよ……!」


 母親以上だぞ。


「一番屈辱的でしょ! ほら、下僕らしく受け入れなさい!」


 さっきからフィリードはヒートアップしているが、彼女が乗せている足にさほど力は入っていなかった。

 下僕と言っておきながらも、ちゃんと人権を確保してくれるのはありがたいところだ。


 ふにふにと足の指が頬をつつく感覚に微笑ましささえ覚えた。


「……ちょっと下僕、なんでニヤニヤしてるのよ」


「……フィリードは優しいなって」


 それを聞いたフィリードはさっきまでの勢いを殺し、俺の顔から足をどけた。


「ふん、あなたが特別なだけよ。初めての下僕だし、お母様の選択だし」


「特別……?」


 ダメだ、その言葉に惑わされるな!


 人間には理解できないだろう、主人と下僕の関係性なんて。

 いい感じの雰囲気だとしても、甘い言葉を言われてもフィリードは『主人』だ。

 相手にそんな気持ちはない!


 頭ではわかっていた。だが、思春期の欲求は一時停止を知らず、ついつい口走ってしまう。


「あの、俺のことさ、どう思ってる……?」


「うん? 下僕だと思っているけれど」


 お、おう……。

 聞きたいのはそういうことじゃないんだよ……。

 いや、それはつまり、やはり相手にそんな気持ちはないと――。


「『下僕』は私の所有物。……だから、その。あんな天使になんて奪われちゃダメだからね」


 ……急にデレたが。

 うちの主人、結局は下僕が天使のことを(かば)ったことに嫉妬していただけでは。

 こんな時なんて言い返せばいいのだ?


「ちょっと、聞こえてるの? えっと……ちゃんと私の近くにいなさいよ?」


「は、はい」


 なんだこの空気。

 相手が恥ずかしそうにするから、こっちも気にしてしまう。


 しかもフィリードの言葉ひとつひとつが思わせぶりではないか。

「私の所有物」とか「近くに」とか。

 誰か、吸血鬼専門家とかいないものか。

 とにかく助けてくれ。恋愛経験ゼロの俺に模範解答を授けてくれ!


 解答をカンニングすることはできなかったが、状況は変わってくれた。

 シエルがやってきたのだ。


 シエルはすでに空いていた窓から入り、着地する。

 羽のふかふかとした質感が見るだけで伝わった。


「こんにちは、フィリードさ――」


「下僕、見ちゃダメよ」


 俺がシエルの姿を目に映して数秒のことだった。


 自分の両目に少し冷たく、しなやかなものが触れる。

 フィリードが両手で俺の目を覆い、視界を隠したのだ。

「だーれだ」みたいなシチュエーションに緊張する。


「えーっと、シンヤさんもこん――」


「聞こえないわね! ね、下僕!」


 俺の耳元で爆音が鳴る。

 その正体はフィリードの声だが。


「フィリードさん、さっきからなんなんですか!」


「ふん。うちの下僕に色目使った罰よ。金輪際、下僕を呼ぶの禁止! その乳を見せるのも禁止!」


 シエルはフィリードの言葉に何かを察したようで、励ましの言葉をかけた。


「ごめんなさい、まだ気にしていらしたのですね。大丈夫ですよ、胸で人の良さは判別されません」


 天使は善意の塊だ。

 清く正しく美しく。


 しかし、今の発言は空振りの善意。むしろフィリードの琴線に触れた。


「なによ、この……! この……うぅ……」


 じわじわとフィリードの声が震えてくる。


「下僕ぅ……。私、やっぱり許せないわ……!」


 背中にフィリードの顔が当たっている感覚がした。

 また泣いているのだろうか。


「ふ、フィリードさん! 元気出してください、ほらっ!」


 トントンと何か音がする。

 フィリードの両手アイマスクで何も見えないが。


「この外道! あんたが跳ねるとその憎っくき乳も揺れるのよ!」


 どうやらシエルがジャンプしていた音らしい。


「シエル、もう話さな――」


「ダメ、下僕! 名前読んじゃダメ!」


 もう話さないほうがいい、と言いたかった。でも主人が許さないとなるとどうしようもない。


 その後もシエルは空振った善意を押し付け、フィリードは泣きわめき、もう地獄絵図。

 ついには激怒したフィリードがさらに事態を混沌(こんとん)へと導いた。


「もういいわ! 吸血鬼も悪魔に加担して参戦するから! 戦争よ!」


「待ってください! 私達はそんなこと望んでなんか……」


「あ、でも吸血鬼は契約の数なんてハートフルな戦いはできないわね! やっぱり血を見ないと!」


「あ、謝りますから! どうか落ち着いて――」


「手始めにあなたから殺そうかしら! うん、それがいいわね!」


「ひぃ……!」


 ドタドタという足音。羽ばたいた音。その後に静寂。

 静寂の中、フィリードは達成感がにじみ出た声で「ふぅ」と言った。


「帰ったわよ。これで契約商談は終わりね」


「帰らせた、だよな……。強引すぎない?」


「いいのよ。罰なんだから」


 フィリードがパッと手を放した。

 自分の眼球に光が届く。


「……やっぱりシエルに妬いてただけ?」


 俺はフィリードに投げかけた。

 フィリードはそっぽを向いて頬を掻き、答える。


「妬くもなにも、最初から私のモノなの。あなたは。既成事実があるからなおさらよ」


 既成事実とは吸血のことだろう。

 照れ隠しか、フィリードは言い残すとそそくさと家を出ていった。


 一人残された室内。

 開けっぱなしの窓からそよ風が吹く。

 俺には優しいと感じられた風だが、その風上――神社から不穏が迫りつつあるとは思いもしなかった。

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