23話 友の苦悩
朝日が照る中、俺たちは歩いていた。
ともに歩く相手はもちろん友――理苑。
一緒に歩く仲は変わらないのだが、理苑は劇的に変化した点がある。
それは、吸血鬼の話をしなくなったこと。
いや、吸血鬼だけではない。悪魔も、天使のことを言ってもだ。
すべて頷くだけになってしまった。
ルンに不名誉な名前で呼ばれたことを根に持っているのだと予想しているが、真意は不明。
少し不安だ。
「……なあ、理苑」
「ど、どうしたの」
「なんか隠し事してないか?」
突拍子もない俺の質問に理苑は反応した。
「ないない! なにもないってば!」
「……絶対あるよな」
不自然なまでに否定するのは隠し事の証拠。
俺の親友は嘘をつくのが下手なのだ。
秘密があるのは仕方がない。プライバシーだから。
でも、それがうちに秘めた悩みだったら怖いから聞いているのだ。
無理にとは言わないが親友の悩みくらい相談にのりたい。
ルンに身長をからかわれたのが嫌だったのだろう、と。
しかし人のコンプレックスは繊細で、安易に首を突っ込めば逆効果になるかもしれない。
主人の胸部でそれを学んだのだ。
とりあえずNGワード、「身長」「小さい」「低い」に気をつけよう。
「なんでも相談のるぞ? 言いたくないならいいけどさ」
「本当に! なにもないよ!」
話せば話すほど、動揺しまくりであった。
もはや軽いパニック。
これ以上しつこくすると爆発するかもしれん。
ここが引き際だろうか……。
と、俺たちの前方から女性が歩いてきた。
大人の女性。
どこかで見覚えのある顔だ。
こちらの視線を感じたのか、女性も俺たちの存在に気がついた。
しかし、女性は俺たちと言うより――。
「よっ、理苑! 今日もちっちゃいねー」
親友しか見ていないようだったが。
理苑は女性の声に気がつくと、今日イチの焦りを見せた。
「い、彩葉さん!? 待って、まずいってば!」
理苑はイロハという女性のもとまで行き、なにか耳打ちをし始めた。
知り合いなのはわかったが、どんな関係なのか。
女性は成人に達していそうだ。二十代に見える。
それにしても「ちっちゃい」って言ったぞこの人。
残念、それはNGワードだ。
理苑が耳打ちしながらチラチラとこっちを見るので、どうも内容が気になる。
理苑はこそこそしているが、女性の態度は堂々たるものだった。
耳打ちが終わるとこちらに話が向く。
「君も近所だよね。よくこっちに来てくれたの覚えてるよ」
女性が話した。
「こっち……?」
「神社だよ、神社。覚えてるっしょ?」
あぁ! 見覚えがあると思えば、巫女さんだ!
新年は毎年必ず行っている近所の神社。
いつからかそこで働き始めていた人。それが彼女だ。
どうして理苑と知り合いに……?
こっちは名前さえ知らなかったのに。
「うちのおみくじ、絶対に当たるってSNSで拡散してよー。稼がないと食べていけなくてさ」
「えっ、本業なんですか」
バイトかなにかだと思っていた。
「失礼だな。あたしは事情があってさ、巫女一筋でやってるから。それに――」
女性は理苑の頭に手を乗せてから続ける。
理苑は一瞬だけ驚いたようだったが、派手な抵抗はしなかった
「大事な人のためにも、なっ!」
直後、ポンポンと手を弾ませる。
理苑は赤面してからうつむいてしまった。
大事な人……?
「……理苑とはそういう関係なんですか?」
「ん? あぁ、ごめん。ほら、この子いい感じに小さいからさ。つい頭触っちゃうんだよね。『大事な人』ってのはまた別」
そう言いながらも友の頭は撫で続けられた。
理苑はぎゅっと制服のズボンを掴んでいる。
恥ずかしさで悶えているようだ。
「じゃ、そろそろ行くわ。『大事な人』待たせてるし」
女性は理苑に乗せていた手をひらひらと振ってから神社の方向へ去ってしまった。
いまだうつむいたままの理苑に話しかける。
気になることがたくさんある。
「……なんで知り合いになったの? どういう関係?」
「な、なんでもないよ! あっちから勝手に絡んでくるの! いつの間にかとんでもないことに巻き込まれるし、二人してからかってくるし。うんざりだよ……」
理苑は「お姉ちゃんが増えた気分」と吐き捨て、大きくため息をついた。
「いつから? 最近だよな」
「え、真弥も一緒に――」
理苑が言いかけて、すぐに口を閉ざした。
彼の目がキョロキョロと泳ぐ。
「えーっと、うん。最近だよ。最近……。神社で声かけられて……」
「ふーん」
よくわからないが、理苑は歳上の女性を引きつける力があるのではないかと思えてしまう。
最近、吸血鬼だの悪魔だの天使だの引きつけて……。
俺は短時間でうんざりするほど人外と交流したが、理苑も同じような気持ちだろうか。
姉とイロハさん。今後も増えるんじゃないか?
それにしても、理苑の低身長と童顔が原因だろうか、どの女性も好意的に接するものだ。
さっきも頭、撫でられてたしな……。
自分からすれば羨ましいと思わなくはないが、きっとこれもコンプレックスに感じているはず。
デリケートな問題だろうと詮索はせず、俺は黙って歩を進めることにした。