21話 期待はずれな花々
窓ガラスの先に人間でない存在がいるなんて、もう見慣れた光景だ。だが、その人物に関しては初対面。
自分はいつから、こうも人外を引きつけるようになったのか。
ただ、もうカーテンを開けてしまったので、このまま門前払いなんてこともできないだろう。
先客がいるが、そこは仕方がない。
「……どうぞ」
家に人外を招き入れる。
もはや珍しくもなくなった光景だ。
金髪の女性は少し申し訳なさそうにして我が家へ入った。
「ごめんなさい、夜遅くに押しかけてしまって――」
その時、彼女の目に、俺の背後からひょっこりと顔を出していたルンが映った。
「ルン!? なんであなたがここにいるのですか!」
「あれー、シエルちゃん。運命だね、こりゃ」
金髪の女性がルンから距離をおくように後ずさった。
どうやら二人は知り合いのようだ。
金髪の女性はルンよりも背が高く、彼女らが同じ年齢には見えない。
それでも何かしら繋がりがあるということは、金髪の女性も悪魔なのだろうか。
「まさか……! 自己紹介もせず失礼ですが、もしやあなた、この悪魔と契約してますか?」
わなわなと尋ねてくる女性。
俺は頷いた。
「契約はしてますけど……。なにか?」
「相手は悪魔なんですよ! あ、く、ま! なんで契約しちゃっているんですか!」
いきなり気が荒くなる女性。
なぜかと聞かれても、悪魔の存在を妹に見られてしまったから仕方なくだが……。
俺が経緯を説明する前にルンが首を突っ込んだ。
「おにーさんとルンちゃんは相思相愛の仲だもんねー。お互いに必要としあってるというか――」
しかし、さすが知り合いと言ったところか、女性はルンの言葉を鵜呑みにはしなかった。
「なるほど。あなたがしゃしゃり出るということは、彼の本心で契約したとは考えにくいですね。まさか、『囁き』で強引に……!」
「……あの、説明しますよ? 囁かれてないですし」
俺が話し出すと、彼女はハッとした。
「あっ、ごめんなさい! 勝手に話を進めてしまって! まずは自己紹介、でした」
彼女はペコペコと謝った。
それに合わせて金髪も揺れる。
「私はシエル、天の使いでございます。以後お見知りおきを、シンヤさん」
暖かく、柔らかに笑うシエル。
天の使い。間違いなく天使のことだろう。
――ってこの天使、「シンヤさん」と言ったか?
初対面だよな……?
「単刀直入に申し上げますと、吸血鬼の社会づくりを手伝わさせていただきたいのです。悪魔なんかより役に立ちますよ!」
「え……? なんで?」
悪魔には手伝う理由がある。
なぜなら吸血鬼も悪魔属、つまりは同胞だからだ。
人間にだって人種があるし、それと似たようなものだろう。
しかし天使は?
何も理由がないのではないか。
俺の質問に対して、シエルは少しだけ不満げに答えた。
「突然上が言い出したんですよ。吸血鬼を救おうって」
ルンがピンときたように話す。
「また無茶振り狐さん?」
「ええ、またですよ……。『鬼なんて聞いたのは久しぶりじゃの。合縁奇縁、せっかくじゃし仲良くしておくか』なんて急に言いだして。お酒入ってると本当に面倒ですよね、あの方」
「天使も大変なんだねー」
「はい……。ずっと妖怪やってればよかったのに、私の母が神様出世を勧めたせいで……」
悪魔と天使が普通に会話を交えている。
本当に戦争なんてやっているのか、これ?
「話に置いていかれてるけど、結局シエルさんは何しにきたの?」
「本当は契約をしたかったのですが、悪魔との重複はちょっと……。ということで、ルンとの契約は取っ払ってください」
この言葉にルンはすぐ反発した。
「シエルちゃんずるいー! おにーさん、天使がそばにいたら夜更かしすらできないよ。間食だって咎められるよ!」
「そんな束縛しませんよ! それより、こんなハレンチサキュバスと一緒にいては貞操が危ないです! すぐに離れたほうがいいですよ」
え、ルンってサキュバスだったの?
俺はルンの目を見つめ、顔で訴えかける。
それに対するルンの返答は、真上に掲げられた親指であった
「悪魔属のサキュバスだけど?」
「契約破棄で!」
やっべぇ、一緒に夜明かしたことあったよな。
たしか安眠催眠とかで……。
「大丈夫だって! おにーさんなんかに手は出さないから。ルンちゃんはもっと可愛い女の子に――」
「契約破棄ぃ!」
結月が危ない!
よかった、この事実を知れて。天使に感謝だ。
だが、悪魔も諦めが悪かった。
「待って! 明日、フィリーちゃんも呼んで決めようよ! フィリーちゃんは絶対に悪魔派だって」
ううむ、さすがは悪魔。そう言われると、たしかに俺個人での決定はまずい気がしてきた。
勢いを失う俺に、天使が背中を押す。
「待たないでください、シンヤさん! 私と契約していただければ、あなたの面倒を付きっきりで見てあげますよ。家事だってやりますし、妹さんの助けにもなるのでは」
「待って、そもそも俺の名前と妹のこと、なんで知ってんの!」
「お名前や家族構成、その他もろもろは、すべて上の方から聞かされていまして……」
その『上の方』はどこから情報を得たんだ。
もしや監視されているのか……?
天使にも闇があるような気がしてきた。
「おにーさん、フィリーちゃんのことを考えたら絶対にルンちゃんと契約してたほうがいいって!」
「シンヤさん、妹のことを考えれば自ずと答えは出るはずです。私と契約しましょう!」
「おにーさん!」
「シンヤさん!」
両手に花なんて言葉があるが客観的に見れば、今の状況はそう言うべきなのだろう。
美少女に挟まれて関係を迫られ、まさに自分の取り合い。
「私のためにケンカするのはやめて!」と言うこともできそうなくらいだ。
だが、悪魔は恐ろしさが見え透いているし、天使は未知数の怖さがある。
五十歩百歩。
悩みに悩み、怯えに怯えて出した結論は『決定権の放棄』だった。
「わかった。明日、フィリードに決めてもらおう!」
今日は自分のかっこ悪さを思い知らされた。