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吸血のススメ~主人と下僕の社会再建物語~  作者: ごごまる
第一章 初めての下僕とその吸血
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2話 犯行動機

 空中に浮いたまま、しばらく時間が経った頃。

 いつの間にか自分の家より数倍以上の大きさもある、まさに豪邸と呼ぶにふさわしい建物が見えた。

 

 その建物の端、一番上の階にある窓から中へと入る。

 もちろん自分の意思ではなく、吸血鬼に運ばれて、だ。


 入るなり、すぐさま窓に隣接していたベッドに投げられた。

 ベッドの反発力で体が跳躍。

 直後、吐き気が脳内を巡る。


「死ぬかと思った……。うぇ、気持ち悪……」


 吸血鬼の飛行は思ったよりも速く、荒いものだった。

 

 ふわりとした、だが不快感のある感覚が連続的に襲いかかってくるのだ。

 冗談ではなく本気で内臓が出そうなほど。


 ジェットコースターが乗れない人とかには心底おすすめできない。

 よくよく考えると、飛行するものに我が身ひとつで乗るなんて自分もどうかしていた。


 帰りは大丈夫だろうか……。

 それなりに遠そうだし、また飛ぶのか。

 とても不安である。


 体調不良な俺に対して吸血鬼は呆れているようだった。


「この程度で情けない……。ほんとにコイツでよかったのかしら」


 連れてきておいてそのがっかりした感じはなんだ。

 心の中で不満が募ったが、それはすぐに消え去る。


 そんなことよりも俺には聞きたいことがあったのだ。


「……着いたんなら説明してほしいんですけど。なんで俺がこんな目に――」


「はい、黙る。もうちょっとで説明役が来るから待ちなさい」


 説明役とは。

 別の吸血鬼だろうか?


 知らない女性と二人っきりは気まずかったが、黙れと指示されたからにはそれしかすることがなかった。

 静かな空気と月明かりだけの部屋。ベッドの上ということもあり、少しウトウトしてしまう。


 眠りに落ちかけた時、部屋の扉から誰かが入ってきた。

 その人物が明かりを点けたのだろう、月ではない光が部屋中に溢れる。


 夜に慣れた目が光で痛む。


 暗い中でわかりにくかったが、よく見ると吸血鬼は紅い髪に紅い瞳をしていた。

 初めて見る赤毛に引き付けられてそちらばかりを見ていたが、先ほど入ってきた人物がお構いなしに話を始める。


「やぁやぁ、いきなりで悪いね。そろそろ協力者が必要だったんだ」


 その人物は男性であった。


 雰囲気はとても穏やかそうだが、外見は穏やかを通り越してみすぼらしいとも捉えられてしまう。

 服が大きめなのか、首筋から首の付け根、鎖骨まで見えていた。


 彼が説明役ならばこちらの質問に答えてくれるはず。


「あの――」


 俺が話しかけた瞬間、赤髪の吸血鬼が男性へ飛びつく。


「ダーリン、ただいまー。ほら、ほら! おかえりのあれ、早く!」


「はいはい、落ち着いて。お客さんの前なんだからさ」


 もちろん俺の言葉は誰にも届いていない。


 いや、それよりも、このアマ。

 さっきまでツンケンしてたくせに急に態度変えやがった。

 しかもダーリンて。

 人前でダーリンて。


 お客さん――つまりは俺のことなのだが、吸血鬼は俺を邪魔者と言いたげなほど殺気立てている。


「いいってば。コイツ窓からぶん投げて終わりにしようよ」


 吸血鬼がグイと俺の胸ぐらを掴んだ。


 豪邸の高さから落ちたらどうなるかわからない。

 頭おかしいよ、この吸血鬼。


「ダメだよ。彼、死んじゃうって」


 男性がそれを制してくれた。

 この人が常識を持ち合わせていなかったら自分は死んでいたのかもしれない。


 吸血鬼は何事もなかったかのような様子。代わりに男性が申し訳なさそうな顔をしていた。

 落ち着いたところで話が始まる。


「さてさて、山石くん。はじめましてだね。僕は秀一(しゅういち)、人間だけど彼女の夫なんだ」


「どうも……」


 自分の疑問に答えてほしい一心だったが、男性、もとい秀一さんがついに説明を始めたため、何も言わず聞くことに。


「まず……。うん、驚いただろう。突然空を飛ぶ女性が寝込みを襲ってきたのだから。説明はされていないだろうね。彼女はそういう性格なんだよ」


 へらへら笑う秀一さん。

 こっちは一つも笑えないが。


「うむ、まずは理由だ。君をここへ導いた理由。彼女が吸血鬼だってことは言われたかな」


「人じゃないとは言われました。見た目でなんとなくわかってましたけれど」


「よろしい。『珍しいこともあるもんだ、吸血鬼に簡単に会えるなんて』そう思ってくれたかな」


「……いえ」


 珍しいなんて思えるほど、現実を受け止めきれていなかった。

 混乱しかしていない。


 俺が答えると秀一さんは少しだけ残念そうな顔をする。


「あー、本当は思ってほしかったけれど。だって簡単じゃないんだよね、吸血鬼に会うって。なんせ、彼女が最後なんだから」


「最後……?」


「ああ。最後の一人なんだ。恐らくね」


 彼女をちらりと見たが、壁にもたれ、腕を組んで目を閉じていた。

 心なしか険しい表情で。


「それでだよ。そんな超少数民族だと肩身が狭くてね。彼女と暮らすにはそこまで困らないんだけれど、僕達には娘がいてね……」


「娘……」


「その通り。人と吸血鬼の混血さ。娘が今後成長するためにも、そして吸血鬼の繁栄のためにも、吸血鬼のための社会が必要だ」


 秀一さんは一呼吸おいてから強調するように言った。


「その吸血鬼のための社会を再びつくってほしい。君に」


 とんでもない無茶振りだ。

 民がいて、そこをまとめるだけでも人間は苦労しているのに。

 

 それなのに人数の揃わない種族を、ただの高校生が繁栄させるなんて。 


「いや、どうやって……」


 自然と言葉になってしまったが秀一さんは答えを用意していた。


「うんうん、そこだよね。一つは――」


 指を立てながら話が続く。


「僕たちの娘、彼女のパートナーになってほしい。いやいや、なにも結婚したりとかそういう意味じゃないさ。むしろ娘はやらん」


 何も言っていないのだが……。

 この人も本当はまともな性格じゃないのかもしれない。


「よくあるだろう、吸血鬼が人間を吸血によって眷属にするみたいな伝説。そういう関係になってほしいんだ」


「は、はぁ……」


 俺、吸血されるのか?

 大丈夫なのか?

 吸血されると死んでしまうなんて言い伝えもあったような。


「あとは、生き残りの捜索。望みは薄いけれど、もしかしたらどこかに同胞がいるかもしれないんだ。きっと数えられるくらいだろうけれど」


 彼は言うと、頭を掻いた。


「これは、僕らだけじゃキツイからね。あらかじめ大規模な捜索をお願いしておいた。まだ返事はないみたいだけれど」


「捜索って、誰に?」


「そこはあとで彼女から聞くといい」


 彼女、誘拐吸血鬼のことだろうか。

 またもや吸血鬼を見たが、さっきから少しも動かずに同じ姿勢をしていた。


「あぁ、ごめん。そうだね、そっちじゃないんだ。この件に関しては『彼女』が適任だ」


 話が噛み合わない。

 どういうことだ。こっちじゃない彼女がいるのか。


「そうか、まだ紹介していなかったね。いや、話には出ていたか。僕はどうも口下手でね。ごめんごめん」


 秀一さんは仕切り直して続ける。


「僕の言いたかった『彼女』。それは自慢の愛娘さ」

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