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吸血のススメ~主人と下僕の社会再建物語~  作者: ごごまる
第一章 初めての下僕とその吸血
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1話 眠れない夜

 毎日のほとんどを学校で過ごし、家に帰れば家事に時間を費やす。

 そんな毎日を送り始めてから四年ほどになる。


 母が自分の幼いころに他界し、父がずっと自分と妹の面倒を見てくれた。

 しかし、ある日その父も仕事のためと言い残してどこかへ。

 たまに連絡もくるし送金もされるから、本当に遠い場所で働いているのかもしれない。


 それ以来、残された自分と妹は支えあって暮らしてきた。


 世の中には思春期に入ると極端に兄を嫌いになる妹が存在するそうだが、我が()の妹は該当せず。


 唯一の家族ということもあるからだろうが、兄の話を素直に受け入れてくれるのだ。

 彼女の素直さには本当に助かっている。


 妹のおかげか、自分の境遇をつらいと思ったことはそれほどない。

 親のいない空間は自由が多いと捉えることもできるから、束縛されて生きていくよりかはずっと楽しいだろう。


 代わり映えはしないけれど、幸せな日々。

 特別な経験などせず、このまま人並みに生きていくのだと思っていた。


 今日の夜までは。


 ――――――――――


 明かりを消した部屋からだと、月の光がより一層強く感じられた。

 いつもは月なんて見ないのに今日はなぜか目に入ってくる。


 月はいつでも形を変えていく。

 だから今見えている月は、きっと今のうちでしか見ることができないのだろう。


 そう考えたら、なんだか今日を終わらせるのが惜しい気持ちになってしまった。

 その気持ちのせいですぐに寝ようという俺の計画が崩れる。


 たまには月を見ながら物思いにふけるのも悪くないだろう。


 明日も平日。

 学校へ行かねばならない。

 特別大きな不満があるわけでもないが、休めるものなら休みたいものだ。

 誰しもがそう思うだろう。


「このまま夜が続けばなぁ……」


 そうすれば、ずっと寝ていられるのに。


 だが、夢を見ても現実は変わらない。


 俺はすぐに寝ないようにと、月を眺め続けた。

 寝てしまえば、明日は一瞬で訪れる。

 一秒でも明日を遅らせたかったのだ。


 月の表面をぼーっと見ていたが、ふとある異変に気がついた。


 月の上に小さな黒い点。


 飛行機でも横断しているのだろうか。

 それとも自分のように寝れなくなった鳥でも飛んでいるのか。


 最初は呑気にそんなことを考えていたが、すぐに状況は変わった。


 月にある点が、だんだんと大きくなっているのだ。


 いや、違う。

 自分の方向からはそう見えているだけ。


 本当はどうなっているのか。

 それはすぐにわかった。


 一瞬にして月は黒に染まった、のではなく。

 月と自分の前に障害物ができたのだ。


 それは飛行機でも鳥でもあるはずがなく。

 風貌は人間。

 しかしながら背からはコウモリのような翼が生えていた。


「吸血鬼……?」


 特徴的な外見にピンときた。

 それでも吸血鬼なんているはずがない。


 伝説上の存在。

 フィクションのもの。

 これが吸血鬼の正体であるはず。


 幻でも見ているのだろうか。


 自分が呆然としていると、吸血鬼が窓ガラスをノックした。

 ゴンゴンと特徴的な音が鳴り、その音につられて吸血鬼を注視する。

 すると、吸血鬼は窓の鍵を指差しているではないか。

 開けろと伝えたいようだ。

 

 ただでさえいきなり現れた存在に混乱しているのに、そんなやつが家に入ろうとするなんて。


 俺は断固拒否しようと思ったが、なかなか動かない自分にいらだったのか、吸血鬼がノックとは思えない力で窓を殴った。

 先ほどよりも大きく、鈍い音が部屋に響く。


 このままだと窓の耐久力を使いきることになりかねなかったので、慌てて窓の鍵を下ろすことに。


 ゆっくり、ゆっくりと窓本体をスライドさせる。

 外と空間が繋がり、空気が変わった。

 少し冷たい風が頬を伝う。


 吸血鬼は裸足。恐らく、地面に一度も着地せずに来たからだ。

 何も言わずに部屋へ侵入してくる。


「に、人間じゃないですよね……?」


 未知の存在にオロオロと話しかけてしまう。

 その態度が気に入らなかったのか、吸血鬼はギロリとこちらを睨んだ。


「人間なわけないでしょ。見ればわかるじゃない」


 初対面で妙に高圧的だ。

 第一印象、最悪。


 吸血鬼は姿や声から女性だとわかった。

 若いが自分よりも少し背が高く、おそらく歳上だ。

 彼女は夜空と同じような色をしたドレスを着ていて、翼を出すためか背中部分にだけ布がない。


「あ、あの、ここに来た理由を教えてほしいんですけど……」


 なるべく丁寧に。穏やかに。怒らせないように意識して声を発する。

 そんな自分の気遣いは気にもかけず吸血鬼は話を進めた。


「来たってよりかは、これから行くってカンジだけど。あんた、名前教えて」


 唐突に言われて困惑。


 なぜ名前を……?

 まぁ、それくらい教えても害はないか。


「名前は……。山石(やまいし)真弥(しんや)ですけど……」


 俺が名乗ると、吸血鬼は頷いて言う。


「はいオッケー、人違いじゃなくてよかった。じゃ、行くから掴まりなさい。人間が私に()れられるんだから感謝するように」


 何もわからないまま強引に腕を引っ張られた。

 窓の方向へ引っ張られているようで、嫌な予感がする。


「ちょっとストップ! 状況が全く理解できてないので……!」


 さすが吸血鬼か。思ったよりも力が強い。

 握ってくる手を振りほどくことができず、恐怖心が湧き上がる。


 彼女は(だる)そうにした後、続けた。


「行くのは私の家。全部そっちで言うから、今は黙って誘拐されなさいよ」


「ゆ……! あの、それって……生きて帰れます?」


「さぁね、あんたの返答次第。そろそろ行くよ」


 吸血鬼は腕を掴んでいたのと逆の手で腰を持ち、俺を軽々と持ち上げてしまった。

 彼女の胸があたり、その体温が夜風の冷たさを和らげる。


「それじゃあ、レッツゴー!」


 助走をつけ、窓から飛び降りた。

 絶叫マシーンに乗っている時のような浮遊感。

 このまま地面まで落ちてしまうような感覚だったが、もちろん落ちてしまうなんてことはない。

 バサバサと羽ばたく音が聞こえ、それに合わせて視界が動く。


 こうして俺の日常は崩れ去った。

 ここから先は非日常な特別な毎日が待ち受けていたのだ。

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