おっさんの綺麗好きな日々
冒険者ギルドの仕事をしてから5日たった。
俺は仕事の疲れ?から宿のベッドと食堂を往復するだけの日を過ごしていた。
けっしてグータラしていたわけではない。
今日も昼過ぎに起きて食堂で飯と酒を飲む。一人じゃ寂しくないかって?
俺は酒と正面から向き合って飲みたいんだ。無駄な会話なんて必要ない。
たとえ、それがブドウジュースのように薄いアルコールだとしても…?
「って、おい!ワインじゃなくてジュースじゃないか!」
俺は給仕をしていた娘に声を掛けた。
「おじさん、毎日飲んでて飲みすぎよ。たまには休んだほうがいいわ。」
ツンとした表情で言い放つ娘。
俺はこの娘の名前がわからない。彼女が宿屋の長女か次女か判別できない。
同じような体格に服装、姉妹なので顔も似ている。もう、若い子の判別が不可能な年齢なんだ。
違う名前言って傷つけるなら、名前を言わずに呼んだほうがいい。
おじさんあるある…だよな?
さて、食堂で酒の提供を拒否されたわけだが…
酒を飲まないと指の震えが収まらねぇ…、なんて、冗談だ。
さて、どこかに飲みに行くかね?
って、宿を出ようとしたが外は土砂降りの大雨じゃないか。
どうりで、食堂に人が多くいたわけだ。
さて、困った。
とりあえず、部屋に戻って考えてみた。
眠くはないし、スマホやテレビゲームがあるわけでもない。
読書かと考えたが、この宿に置いてある本は全て読みつくした。
ふと、床をみると数本の抜け毛が…
普通の冒険者の場合は仕事に行っている間に掃除してくれるんだが、俺は毎日部屋にいる。
だから、掃除のために朝から出かけるか、自分で掃除しなければならない。
よろしい、ならば戦争だ。
勤労は貴いものだ。ちょっと気合いれて掃除したら、あっという間に夕方だ。
ベッドと簡易な机しかない6畳ほどの部屋の部屋。実際にはトイレとシャワー室(両方とも魔道具で衛生的)があるのでもっと狭いのだが。
そんな部屋の清掃を3時間もしていた。
金属の取っ手なんか鏡面になるまで磨いた。
拘る男は一味違うな。
それに見て欲しい。窓ガラスが見えないくらい磨かれている。
いつの間にか雨が止んでいたんだな。
ベッドのシーツも新しいのに交換して、折り目に気を付けて高級ホテル並みのベッドメイキングなんてしてみたんだ。
全てが輝いて見える。素晴らしく美しい。
労働の喜びを感じる程よい疲労感。
嗚呼、労働って素晴らしい。
今日の夕飯はいつも以上に美味しいだろう。
宿の食堂で注文して待つ。
今日はご機嫌に鼻歌も自然に出てしまう。
「どうしたの?ご機嫌じゃない?」
給仕をしている娘が朗らかな笑顔で声を掛けてきた。
「ああ、今日働いてやっぱり労働っていいものだと再認識したよ。」
笑顔だった娘の顔が一瞬で般若に変わった。
「はぁ?部屋でフンフン言いながら掃除しただけで何が労働よ!自称冒険者が何いってるの?そんなことしている暇あったら外で働いてきなさーい!」
娘みたいな年齢の子に怒られた。
まぁ、よくあることだ。
たしかに俺は他の冒険者とは違い屈強な鎧も切れ味の鋭い武器もない。持っているのは普通の鉈だ。
しかも、最近は手入れしていなくて錆ついてきている。
そんな人物がベテランの冒険者に見えるはずがない。
ただのおっさんが武器も鎧もなくCランクだって言ったら、正気を疑う。
そう、思うと怒ってくれたのは彼女なりの優しさなのかもしれない。
おじさん、ちょっと感動しちゃった。
さて、料理もワインも届いた。
今日も一日ご苦労様と自分に言いたい。