おっさんと給仕する日々
ユウジが婚約披露宴の為に旅立った数日後、俺はいつも通りの日常に戻った。
今日はたまたま普段よりも早く目が覚め、食堂が混み合う昼前に食事を済ませた。
昨日からの雨がまだ止まずに降り続いている。
雨天は冒険者が嫌がる天気の一つだ。
森の中では足元が覚束ないし、周囲の音や匂いも雨で消えてしまい、危険かどうかの判断が遅れてしまう。なので、雨が降ると殆どの冒険者は体を休めたり、武器の手入れをしたりして次の冒険に備えている。
なので、宿の食堂はほとんど埋まっていて、その全員が冒険者だ。
楽な恰好をしているが、屈強な体を持つ者が大半だ。
そして、俺は何をしているかというと、給仕として働いている。
何故、給仕をしているかって?
そんなもん、勢いとノリだ!
いや、冗談だ。給仕の娘2人で仕事が追い付かなくなった時に、大変そうだから自分で食器を持ちカウンターまで下げに行ったら、給仕の娘に料理を運ぶのを手伝ってと頼まれたからだ。
普段は女将が手伝うんだが、今日は会合でいないと。
いつも世話になっているんだ。料理を運ぶのと食器を下げるのぐらいなら手伝おう。
別に、これを機に給仕の娘たちとお近づきになって…なんて下心は、そんなにない。
そして、忙しい昼食時間が過ぎた。
そろそろ終わりかなと、思った時にそれは起こった。
食堂の中央付近で食事をしていた年若い貴族風の男が突然立ち上がり、同席していた男に怒鳴りだした。
あの貴族はかなりの量の酒を飲んでいたからな。
酒は飲んでも飲まれるな。って言葉を教えたい。
さて、怒鳴り続けた貴族は男に飲みかけのワインを男に浴びせて部屋に帰っていった。
ワインを掛けられて男は意気消沈しているな。
話だけでも聞いてみるか。
「よお、どうした?何か困りごとか?」
俺は濡れたタオルを手渡しながら声を掛けた。
「ああ、すみません。お見苦しい所をお見せしました」
俺は貴族が座っていた席に座り、男の話を聞いた。
なんでも、貴族の次期当主が決定して箔をつけるために噂の銀色の騎士を士官させたかったが、行方も分からず数日探したが結局見つからず、このありさまだと。商売に失敗して首を括ろうとしたときに、若様に助けて貰った恩があるので、どうにかして願いを叶えてあげたいと。
なるほど、未確認生物並みにに見つからない相手を必死に探しても無駄だな。
それに、それを探せって言うほうが無茶だと思うぞ。
意気消沈している男を見ると同じ男として何とかしてあげたいと思うのが心意気。
そもそも箔をつけるのに他人の力ではダメだ。
宝剣とか何か珍しい高額な一品物の方が他の貴族が羨ましがるし、のちの家宝にもなるだろう。
「よーし、話はわかった。これは絶好の恩返しの機会だ。箔をつけるのに最高の物を明日の朝までに準備しておこう」
「え?いいんですか?」
「ああ、あんたの若様に対する恩義の思い。深く感動した。ぜひ、手伝わせてくれ」
そういって俺は宿を飛び出した。
目指すは海だ。
以前、あいつを目撃した時に何かあれば狩ろうと思っていた。
海の中にいるドラゴン。こいつは海の中で最強を誇る魔物だ。
色んな種類がいるが、どの種族も例外なく鱗を持たないツルッとした体表をしている。
おっきな鰻みたいな感じだな。
とても強靭かつ弾力のある海竜の肌には通常の剣や魔法が効かず、どの船も海竜のテリトリーには近づこうとしない。
以前、孤島のオークキング狩りの時に海竜らしき影を海中に見つけていたんだ。
今回はそのドラゴンの革を使ったマントだ。一品物だし、確実に話題になるし、箔が付く。
俺は海上を走りながら海竜を探した。
いた!
孤島のオークの島が見える海中にヤツがいた。
俺はそのままのスピードのまま海中に飛び込み海竜の首に体当たりした。
海竜は気を失ったのか大人しくなった。
俺は海竜の首を抱きながら解体するためにオークの孤島に向かった。
無事に浜にたどり着き、海竜を浜に上げた。
俺は海竜だとおもったが、海龍のようだった。
海竜には無い鱗を持ち、腕や足にはヒレがなく、小さな手足。
極めつけは頭部に金色の角と毛髪がある。
西洋のドラゴンではなく、東洋の龍のようだな。
こんな生き物は生まれてから35年、聞いたこともなかった。
それに、俺の超速タックルを受けた首の鱗が傷一つないんだ。
きっと硬くて良い鱗なんだろう。
とりあえず、数枚引きちぎるか。
俺は龍の腹あたりの大きな鱗を強引に引き抜いた。
「のわー!痛いのじゃー!」
これは驚いた。言葉を発する魔物がいるのか。
それは、さておき、もう一枚。
ブチッと引き抜く。
「止めんかー!何をするんじゃ!」
海龍はごろごろ転がり、俺と距離を開けた。
「これは、驚いた。魔物が言葉を話している」
「わしは魔物でない。海の神、海神龍じゃ」
「海の神さまね。まぁ、それはいいからとりあえず、ウロコをよこせ」
「やめーい!ものすごく痛いんじゃ!」
海神龍はそういうと体が一瞬発行した。光が収まるとそこには老人が立っていた。
「これなら、もう鱗はとられまい」
っち、まあいい。すでに鱗を2枚とったんだ。これでなんとかするか。
「鱗のないお前なんて、ただのジジイだ。もう用はない」
「なんじゃと、無礼な。儂は海から人間を見守っていたんじゃぞ」
「誰も見守ってほしいと言ってないし、そもそも、海神龍なんて今知った存在だ。それに、見守るっていっても何もせずに放置していたんだろ。それを見守るって聞こえのいい言葉にしているようにしか聞こえん」
「…もうよい、消えよ」
老人は無表情になり腕を上げると、俺に向かって落雷が落ち爆発した。
「無礼者じゃったな。…あー、痛いのう」
海神龍は爆発した後を見ると姿をもとに戻り、海に入っていった。
俺は、その姿を遠く離れた海の上で見ていた。
落雷が当たる瞬間に、遠くに飛び跳ね爆発したように見せかけて逃げたんだ。
もちろん、剥ぎ取った2枚の鱗を持ってだ。
なんだか、めんどくさそうなジジイだったし放置が一番だな。
さて、街に戻るか…
で、街に戻ってきたんだが、色々あったように感じたが、街を出てから1時間も経ってないんだ。
俺は鱗をもって鍛冶屋に向かった。この未知の素材を加工してもらう為だ。
「無理だ。見たことの無い素材を持ち込まれて明日の朝までに形にしろなんて無理だ」
と、こんな感じで断られた。
仕方ない、俺がなんとかするしかないか。
俺は必要そうな物を幾つか買い宿屋の納屋で作業を開始した。
出来た。
すでに夜は明け初めている。
完成したのは透明に近いライトグリーンの鱗に装飾もなく金属のフレームを覆った大きな盾だ。
鱗はとても硬く、切断が難しかったので、鱗の形のまま周りを鉄で覆い取っ手をつけただけの簡単な物だ。素人の仕事としては上手く出来ていると思いたい。
細かな装飾や調節は貴族のボンボンに任せるしかないな。
さて、もう一枚の鱗だが、実は作業中にペキッて折ってしまった。
鱗が中々切れず力を入れたら2つに折れてしまった。
細長いのと円形に近く手ごろなサイズの大きさになったので、暇になったら盾でも作ろうかな?
「これは素晴らしい!見た事も無い素材だ!」
貴族の若様は派手で目立つ大きな盾に大喜びだ。
「若様がこんなに喜ぶなんて…。本当にありがとうございます」
「気にするな。俺はあんたの心意気に感動して動いたにすぎない」
「ありがとうございます。それでお代は…」
お代という言葉で浮かれていた若様も俺を見てきた。
「そうだな…。若様、余裕がある時でいいんだ。誰か困っていたら、助けられる範囲でいい。助けてやってくれ。時には裏切られることもあるだろう。だが、善行によって得られた信頼は金では買えないんだ。貴族の当主になれば、裏切りを目の当たりにするかもしれない。だが、信頼から得た真の忠臣ならば、裏切られることもないだろう。…ああ、俺、今もの凄く眠いんだ。何言ってるか分からないかもしれないが、お代はいいから寝させてくれ」
俺はそう言って部屋に戻った。
「若様、彼のお言葉ですが…」
「ああ、しっかりと胸に刻もう。貴族として、いや、人としての生き方を教えられた気分だ」
「なんとも素晴らしいお方でしょうか。このような貴重な素材をタダで頂けるなんて、高名な貴族か大富豪に連なる人物でしょうか?」
「わからぬが、彼の思いに恥じない生き方をしよう」
「さすが、若様でございます」
後の時代の調査で、鱗はあり得ないレベルの魔力が物質化した物と判明した。調査した時代でも同じものを作るには不可能な代物。もちろん、過去ならば理論も証明されていない。
そんな物が代々引き継がれ、遠い未来ではオーパーツ扱いされるとは、この時だれも想像しなかっただろう。
なお、翌日目が覚めたラグは給仕姉妹から勝手にいなくなって心配した。と、言われフラグが立ったと勘違いしたとか。
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