3 被害者は0人だった
ゴブリン処理をする間に、ステータスの恩恵か、壁に乗れるくらいまでジャンプ出来るようになったので、しっかりと確認しながら落とすようにしていた。
「なんでそんなとこまで行ってるの? 投げちゃえばいいじゃん」
「……悪いな、俺のやり方を押し付けちゃって」
「へっ? なんのこと?」
「下に人がいないか確認したんだよ。幸い、ゴブリンに降られた人はいなかったみたいだ」
「……えっ?」
一緒に投げていた彼は言われて気づいたようで、顔を真っ青にしていたが、被害者がいない事を理解するとホッとため息をついた。
……彼を、彼女たちを助けるためにやった事で、たとえ被害者が出ていたとしても後悔なんかしない。しないが、今回、運が良かった事はしっかり胸に刻んでおかねば。
電車の最後尾から順々にゴブリンを片付けていると、先頭の方で戦っている人にたどり着いた。
「いや〜、助かりましたよ〜。お客さんを助けなきゃって1人で頑張っていたんですが、私のコレじゃなかなかトドメさせなくてですね〜」
警棒片手にゴブリンたちを翻弄していた女運転手さんである。所々に返り血が付いているその姿は、スピーカーから聞こえていた声と全くマッチしない。
というか、鉄道会社の運転手って警棒常備してステップを踏みながら戦えるのが普通なのだろうか? いや、そんなわけないだろ。何者だ、この運転手さんは?
ちなみに一緒に処理していた彼は、
「よっしゃあ! スキルポイントゲッツ! これで僕でもあいつらに勝てるぜ!」
と言って、少し離れたところでブツブツ呟いている。
「投げて落とせば良かったんですね〜。この高さならゴブリンも死んじゃうでしょうし〜」
「いえ、思いつかなくて良かったと思いますよ。俺もさっき確認してホッとした所ですから」
「えっと、どういう事ですか〜?」
「投げる前に、下を確認できなかったんですよ。人がいるかどうかをね」
ハッとした顔で驚いた運転手さんは、次の瞬間、俺の頭を撫で始めた。
……何やってんの、この人!? 恥ずかしいんでやめてもらいたいんですが!?
「大の大人が逃げ出す状況で助ける側にまわってくれたんですから〜、誰もそんな事責めませんよ〜。お姉さんパワー分けてあげるので〜、元気出してくださ〜い」
「……そんなに顔に出てますか?」
「ちょっと落ち込んでるかな〜、って感じですね〜。お姉さんも助けてもらってるので〜、命の恩人にはやっぱり元気出してもらいたいかな〜」
頭を撫でられるのなんて初めてだ。まあだけど、心なしか気持ちが明るくなったような気がした。
窓にヒビが入っていたり、ドアがひしゃげかけていた所もあったが、車内に侵入される事なく凌ぎ切ったようだ。裏に回れば開いたドアがあるのに、正面を突破しようとしていたって事は、知能は低いのかもな。
殺意だけは本物だったが、戦う相手としてはだいぶ格下の相手だったらしい。それでも、初見じゃ結構怖かったけど。
車内に残っていた20人ちょっとを一カ所に集めた集団。俺と彼以外、全員が女性だ。爺さん婆さんがいないだけマシだろうが、移動はちょっと大変そうだ。
「えー、これから隣の庭内駅まで徒歩で移動したいと思います。管制センターとの連絡が取れない現状で、電車を走らせる訳にも行きませんので」
運転手さんが皆の前で喋っている。ハキハキと話しているが、先程までの間延び口調が素なんだろう。
残ってしまったのは、騒動中動けなくなった人ばかりだ。気の強い人がいるわけでもなく、彼女に先導されて俺たちは移動を始めた。
「あのー、すいません」
「ん? ああ、君か。怪我はなかったか?」
「ええ、おかげさまで大丈夫です。あの、助けてもらってありがとうございました、先輩」
例の後輩(?)ちゃんである。
「えっと、ごめん。俺、君の名前知らないんだ」
「まあ、自己紹介したことないですし、有名な先輩とは違いますしね」
「えっ、俺って有名なの?」
「そりゃあ、噂になっていますから。例の件で」
「例の……あれか。そうか、下級生にも伝わってるのか、あの事件」
あまり、いい思い出ではない。あれからサッカー部にはいられなくなったし、友人と思っていた連中とも疎遠になってしまった。
「私、1年C組の最上 香澄っていいます。まあ、よく見かける顔だなって認識されてると思いますけど」
「うん、まあその、ごめんな。ゲームばっかやってるオタクがいつも隣で」
「へっ? いえ先輩がゲーム好きなのは知ってますけど、なんで私謝られたんですか?」
「そりゃあ、隣でゲームやってるデブがいたら嫌だっただろうし」
「……私、ちょっと太ってるくらいで人を嫌いになんてなりませんけど」
なんと! この世にそんな事を言ってくれる女の子がいるとは!
「そうか? そう言ってくれると嬉しいよ」
(それに、助けてくれた先輩かっこよかったですし……)
「うん? 何か言ったか?」
「い、いえいえ、特に何も!」
しばらく二人で話していると、ある学生が近づいてくる。一緒に戦った彼だ。
「ねえ君、ちょっと話いいかな?」
「ああ、いいぞ。俺は2年A組の大川 正信だ。こっちは1年のガミちゃんだ」
「先輩、紹介するならちゃんとしてください。最上 香澄です」
「あ、ああ。うん、よろしくね。ぼ、僕は2年C組の浅間 進之介っていうんだ」
ふむ、同じ学ランだったから学校が同じなのは分かっていたが、同学年か。
「それでちょっと相談なんだけどさ、レベルどれくらいまで上がってる?」
「レベルか、5だぞ」
「僕と同じか……それでさ、スキルは何を取る予定か聞いてもいいかな?」
「スキル?」
そういえばスキルポイントもいくつかもらっていたな。
「まだ調べてないな。どうすれば選択できるようになるんだ?」
「ステータスって言えば、頭の中の情報がメニュー画面みたいに出てくるよ」
「そうか……ステータス」
そう呟くと、目の前にホログラムのような平面画像が浮かんでくる。レベル5のステータス情報に加え、装備画面やスキル画面などへの切り替えも可能なようだ。
「これは、浅間にも見えているのか?」
「いや、見えないね。可視化する手段も今のところ分かっていないよ」
「そうか」
「あのー、お二人は何について話しているんですか」
そう彼女に聞かれて、不可思議現象の考察を一度止める。
「あ、ありのまま今起こった事をはな……」
「いや、そのモノマネは長いから止めろ……さっきまでの俺たちの動きを見ていれば分かるだろうけど、まあ簡単に言うとゲームみたいなルールが現実に追加されたって事だな」
俺の説明を真面目に聞いてくれるガミちゃん。何も倒していない彼女は、ステータスを得る前、いわばレベル0の状態だろうに、この荒唐無稽な話を信じてくれた。
「ゴブリンを倒したのは、俺と浅間、あと運転手さんだけだから、このステータスっていうのも皆には感じることはできないんだろう」
「そうか、あの女の人も仲間に入れといた方がいいかも」
「このパーティってやつか。8人までしか入れないなら、経験値共有も考えて、俺たちは別れて他の人と組んだ方がいいと思うぞ」
「……先輩たち、受け入れるの早くないですか? 私なんて、まだ全然理解できてないのに」
いかん。彼女への説明のはずが、また考察に戻ってしまった。
「こういう妄想みたいな話は、物好きな連中が『俺の考えた最強設定』って感じでネットにあげてるんだよ。ネット小説って聞いた事ないか?」
「ああー、あれですよね。ライトノベルって言うんですっけ。小説の仲間って感じのやつ。私読んだことないですけど」
「まあ、俺はそういうの読んだりしてるから、ちょっと飲み込みが早いんだ」
黙っているが、浅間も似たようなもんだろう。どうやら女子が苦手らしいな。
「おい浅間。スキルの相談も運転手さんと一緒にやった方がいいんじゃないか?」
「……そうだね。一回休憩を提案してその間に話そうか」