16 再びまみえたその涙
駐車場のモンスターを怒涛の勢いで駆逐して、俺たちは入り口へと向かった。
本来そこにあったであろう自動ドアは無残にも砕かれており、雑多に物が積まれたバリケードが外からのモンスターの侵入を防いでいる。
多少の破壊はあったようだが、見たところ奥行きが結構あるため、モンスターの侵入口はまだ作られていないようだ。
とりあえず大声で呼びかけをしようと思ったが、よく見ると奥でウェアウルフが普通に歩いている。おそらく内部でスポーンした個体だろう。
刺激してこのバリケードを壊されるのも嫌だったため、呼びかけは断念せざるを得なかった。
入るためにそれを俺たちが壊してしまうのもどうかと思われたが、その問題はすぐ解決した。
入り口から続いていた流血の跡。それはバリケードの端へと続き、床にびっしりと誘導線を残していたのだ。
調べると、そこに置かれていた商品カートは簡単に動かせるようで、どかすと人が通れそうな道が出てきた。
肥満体型の俺でも通れる穴をしゃがんで抜けると、入り口から見えたウェアウルフが唸り声を上げながら襲いかかってくる。
足払いからのかかと落としで瞬殺し、周囲の警戒をしたものの、他に襲いかかってくるモンスターはいなかった。
「待って、なに今の動き。ウェアウルフって動きが速すぎて、なかなか攻撃が当たらないモンスターなんだよ。なんで、そんなあっさり倒せるのさ?」
「速いといっても、動き回るのが速いだけで飛んだりするわけじゃないだろ? 足さえ封じれば、攻撃なんかいくらだって入れられるさ」
「うーん、大川先輩はやっぱり化け物ですね」
「同感」
吾妻ちゃんと咲に距離を置かれた気がするが、それよりも、バリケードの近くに見張りが立っていないのが気になるところだ。まさかさっきのウェアウルフが見張りじゃあるまいし……いや、テイムされていた可能性は……やっぱり無いな。
テイムに必要な条件の一つに、対象よりも自分のレベルが高い、というのがあったはずだ。今倒したウェアウルフのレベルは9で、あのオークキングで大量経験値を得た利根ちゃんの『隷属魔法』でもテイムは出来ない。
オークキングと同じような『王』を倒していたのなら、こんなところに引きこもる必要はなく、支配権が及ぶ所に移動するだろう。
移動したのなら、こんな所に見張りを置く意味がないし、倒していないのなら、俺や浅間よりもレベルが高い人間はそうそういないはずだ。
そんな風に、俺が考えに没頭している時だった。
「なにか、聞こえる」
「えっ?」
ボソッと耳元で呟かれた咲の声に、俺も耳を澄ましてみる。静まりかえったホームセンターで、確かに遠くから何かの音が……
「助けて!! ングッ」
♢♦︎♢♦︎
一際大きく響いたその声に、俺たちは即座に動き出した。止まったエスカレーターを駆け上がり二階の奥へ向かう。
荒らされた店内で、ホームセンターには似合わないカップ麺やお菓子のゴミがちらほらと目についた。駅とは大違いだが、確かに人間が住み着いている形跡だ。
俺たちがたどり着いた布団売り場。近づくにつれて徐々に聞こえた人の声に、しかし俺は素直に喜ぶことはできなかった。それを見た途端に、自分の中に溜まっていた熱が一気に引いたような感覚を覚える。
「うおっ、またなんか来たぞ」
「ああん、なに見てんだコラ!?」
「おっ、可愛い子はっけ〜ん。どうどう、君たちも一緒に気持ちいいことしない?」
――――――女の子が、十数人の男たちに組み伏せられてその制服を破かれていた。
力任せに全身を押さえつけられ、口を塞がれながら彼女はその瞳に涙を浮かべている。
自分の信じてきたものが自分の手から失われて、この世すべてが憎たらしく思えて流れるその涙を、俺は知っていた。
冷静に物事を考える余裕もなく、怒りがふつふつと湧き上がってくる。
その色に父さんの未練を表していたそれを、その中に白鳥先輩の悔恨を含んでいたそれを、俺は認めることなど出来ない。
故に俺の全身全霊をかけて、俺は泣いている人を助けなければならないのだ。それこそが、俺の生きる意味なのだから。
「あっ、男はお呼びじゃないから帰っていいよー」
「おいおい、こいつらだってせっかく生き残りに出会えたんだからよ。少しくらい仲良くしてやったっていいんじゃねえか?」
「奴隷のあいつも、最期にいい仕事したしな」
「痛え! こいつ、俺の指を……」
「助、けて!!」
その声を聞いた瞬間、俺の体は動き出していた。未だその顔に気持ち悪い笑みを浮かべる奴らの腹に、腕に、胸に蹴りを入れていく。
一刻も早く彼女から奴らを引き剥がすために、ステータスに任せて奴らを蹴り飛ばした。
悲鳴をあげる間も無く、壁まで飛ばされた奴らを無視して、彼女の体を起こす。レインコートを脱ぎ捨てて、下に着ていた学ランを震えているその肩にかけた。
「大丈夫ですか? どこか痛むところは?」
「……」
「咲、この人に『回復魔法』を」
何も喋ることができず、未だ涙が溢れる瞳で彼女は俺をじっと見つめていた。彼女の右手首が大きく腫れているのを見て、咲のもとへ彼女を連れて行く。
「『ヒール+』」
黄色い光に包まれて、手首の腫れも奴らに掴まれていた跡も全てが消えていく。下着がはだけている彼女を咲に任せて、俺は壁際の奴らに向き合った。
俺が与えたダメージも人によって個人差があるようだ。腹を抑えている奴もいれば、すでに立ち上がっている奴もいた。
「い……痛え……がはっ」
「お、俺の腕!? 腕が変な方向に曲がって……」
「なんだよこいつ……化け物みてえな蹴りしやがって」
「おいこら! 出会い頭に攻撃してくるとか、頭沸いてんのか、てめえ!!」
「知らん。俺はただ、今にも強姦されそうな人を助けただけだ」
どう見たって、さっきの現場は合意の上でのそれじゃなかった。それに、彼女が流していたあの涙は心が折れる一歩手前に人間が流すものだ。
彼女があの状況に追い込まれる前に、よほど酷い出来事があったんだろう。
「はあ? 警察がいねえ世界になったんだ、別に女で遊んだって良いじゃねえかよ!」
「オレ達は力を手に入れたんだ。何をやったって許される、強者としての力をな」
「見た目の割にいい動きすんじゃねえか、デブ。言っておくが、さっきの蹴りなんか全然効いてねえぞ!」
立ち上がって俺をにらんでいる奴、半分もいないんだが? なんでそんな余裕があるみたいに言えるんだか。
「お前みたいなデブがオレ達に敵うと思ってんのか? おらどうした、かかってこいよ!」
「どうするの、大川。罪を犯したら、自衛隊が来て逮捕してくれるんじゃなかったっけ?」
「ふん、国の助けなんか俺ももう期待しないぞ。女の人が襲われているのに何も出来ない政府なんか、残っていたとしても当てにならん」
災害から既に一日が経過しているのに、ヘリコプターの飛ぶ音さえしないという事も考えれば、既に消滅していると考えてもいいかもしれない。
「キレてる大川先輩、カッコいい! ほら、慎之介くんも頑張らないと」
「由紀ちゃん、割とシリアスな場面なんだから、そういう発言はしないでね……で、こいつらどうする? まさか連れて帰るなんて言わないよね?」
「当たり前だろ。こんなやつら出禁だ、出禁」
「あれ、出禁で済ませるんだ。てっきり再起不能なくらいにボコボコにするのかと思ってたんだけど」
「いや、俺たちが手を出すまでもない。なんでこんな偉そうなのか分からんが、普通に雑魚だ。その辺で勝手に野垂れ死ぬだろ」
相手の力量は先ほど蹴った時点ですでに判明している。蹴りの感触的に、少なくともステータスの耐久値は高くないように思えた。
庭内駅という安全な場所を確保している俺たちでさえ、食料問題など生きにくい世の中になっているのだ。俺より弱いくせして力がどうのと言っているこの連中が、どういう結末を迎えるのかは想像に難くない。
「んだとこら! 『ファイアーボール』!!」
「『ファイアーボール』」
向こうの一人が撃ってきた火の球は、浅間がノータイムで作った火の球で打ち消される。相手の球の方が小さいのを考えても、やはりそこまでレベルが高いわけじゃなさそうだ。
「くそっ、お前らも手伝えよ!」
立ち上がった全員によって様々な火魔法が連射されるが、浅間は悉くそれらを無力化していく。モンスターとの戦闘も数をこなしていないのか、敵の魔法はただ魔法を放っているだけで戦術もなにも無かった。
一方、一日半を戦闘に費やした浅間の技術は相当なもので、そこには昨日の電車内での面影は全くない。
「ゴブリンメイジより攻撃が単調なんだけど……弱すぎない? こいつら」
「輝いてるよー、慎之介くん。それじゃあ大川先輩、この人たちは放置って事でいいんですかね」
「とりあえず、出禁のブラックリスト用の写真を用意しないとだな……ファイアファイアうるさいぞ」
「ぐはっ」
魔法の撃ち合いに不利を感じたのか、撃ちながら近づいてきた一人の胸を蹴る。
息が出来ず目を見開いている男の顔写真を、雨対策でビニールに包まれた浅間のスマホで撮影した。
「これ、閉じ込めておいてくれ、吾妻ちゃん」
「了解であります! そーれ、『ストーンウォール』!」
吾妻ちゃんの土魔法によって、男は立ったまま四方を石の壁で囲まれる。
「な、なんだよそれ。そんな魔法オレ達は使えないぞ!」
「そっちのヒョロ男もそうだ! これだけ人数差があるのにどの魔法も打ち消しやがって!」
「チートだ、チー」
「チートって言うんじゃねえ!!」
「ぶえっ」
俺はその言葉がとにかく嫌いなんだよ! こっちは必死に生きのびようとしてんのに、努力もしない奴になんで責められなきゃならないんだ!!
「今度のキレ方はカッコ悪い……慎之介くん、なんでこのタイミングで大川先輩あんなに怒ってるの?」
「大川は、むやみやたらにチート扱いされるのが嫌なんだってさ」
「ふーん。案外子供っぽい所もあるんだね」
後ろで二人が何かを話しているのを他所に、敵の真っ只中に飛び込む。
突然攻勢に回った俺に対して弱腰になった奴らを一人一人蹴り上げて、倒れたままの奴も含めて全員分の写真を撮った。
「よし、撤収するぞ。吾妻ちゃん、俺たちが外に出たら魔法の解除だ」
「はーい」
「……待ってくれ」
石のオブジェに背を向けて帰ろうとする俺たちは、咲に介抱されていた彼女に呼び止められる。
戦闘の間に咲が俺たちの素性を説明済みで、精神的なショックが大きかったのか足元は覚束ないものの、肩を借りれば歩ける程度には回復したようだ。
「どうしました? ひょっとして、何かあいつらに取られたものが?」
「いや違う。その……」
話しかけてきた彼女は、しかし何かを口にすることもなく言いよどんでいる。話すか話すまいか決めかねていたようだが、こちらが辛抱強く待っているとその口を開いた。
「まだ、彼が生きているかもしれないんだ」