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縁の糸  作者: 優愛
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不思議な店


部活帰り、私はとぼとぼとゆっくりと歩いていた。

今日は満月で、街灯も夜の街を照らしていてどことなく綺麗に思える。


「はぁ〜…、疲れた…。」


私の名前は風原明日奈。

家庭部所属の高校二年生。

ただのお菓子作りが得意な、普通スペックの一般女子である。


…あれ……こんな道、あったっけ……。


ふ、と気づいた私の視線の先には、提灯がゆらゆらと揺れる裏路地があった。


提灯、ということは居酒屋なのかな。

繁華街に入るのには勇気が要るし、居酒屋には生まれてこの方入ったことはないけれど、今の私は部活帰りで、お腹が空いていた。


腹が減っては戦はできぬ、なんてどこかで聞いた慣用句を思い出しながらフラフラと私は誘い込まれるように裏路地に入っていった。





裏路地に入ると、まるで時代劇の中に来たかのような長屋作りの家々が立ち並び、その先には数メートル間隔で提灯がぼんやりと辺りを照らしていた。


LEDを使っているのか、提灯という見た目にもかかわらずオレンジ色の光は広範囲を照らしてくれているため、全くの闇夜というわけでもない。私はどこか、お祭りにいるようで、わくわくとした気分になった。


ピン、と自分の勘が囁いた店の暖簾をくぐると、


「いらっしゃいませ〜」


と陽気な女性の声が響いた。


女性を見ると、やはりそういうコンセプトの店がここら一帯には集まってるのだろうか…時代劇に出てくる女性の出で立ちをしていた。お客も着物の人が6割で、あと4割は洋装、軍服、猫。…………猫!?


軍服まではまだコスプレかな、でいけるけれど、自分よりも座高が高そうな猫が服を着てカウンターに座り、軍服を着た人と喋っている。ちら、と見えた顔も猫の顔。………私は白昼夢(もう昼ではないけど)を見ているんじゃないのか、と目を白黒させた。


「…あ? なにジロジロ見てんだ」


鋭くなる金の眼光に、ひぃっ! と叫びそうになる。というか、叫んだ。


「こらこら、せっかく来てくれた人間のお嬢さんを脅してどうするんだい? うちの常連が怖がらせて悪いねぇ、これ、お詫び。」


そう言って出された味噌汁に、「あ、いえいえそんなっ! 」と声をあげる。気にしないでください、と言って返そうとしたその時、私のお腹がグギュルルルルルと鳴った。


「遠慮せずに、さぁどうぞ。」


にこっと微笑まれ、操られるかのようにふらふらと椅子に座って器を覗き込む。いつか高校で取り扱っていた教科書の中に蝋燭の火に揺られ照らされる味噌汁の器の漆や中身の味噌汁が、格段と美しいとあったけれど、たしかにこれは頷ける。


蝋燭ではないけれど、店内に飾られた小さい提灯に照らされた味噌汁は、漆の器と相まって、暗く、キラキラと輝いているようにみえる。


「いただきます。」


手を合わせ、出された割り箸を使っていただく。

中は赤味噌のようで、今まで家は白味噌の味噌汁ばかりだったので慣れない味に戸惑うけれど、これもこれで美味しい。


結局全てを飲みきって、「ご馳走様でした、女将さん! 」と言って器をさげた。


「はい、お粗末様でした。」


「嬢ちゃん、いい飲みっぷりじゃねぇか! ここの女将の作るもんはどれも絶品だぜ? 」


豪快に笑って着物の人が飲んでいるらしいお酒を掲げてそう言った。


「もう、源さんたら。それにそう言いながら貴方が今掲げてるのはどこでも手に入る酒じゃありませんか。」


「なぁに言ってんだい、女将の仕入れる酒はまた特段にうめぇよ! 」


またグイッと飲む飲んだくれの源さん、と呼ばれていた方に思わず苦笑する。


「まあ、お口に合ったようで何よりだわ。……あ、いらっしゃい棗。」


「……女将、いつもの。」


にこやかに言う女将さんにぶっきらぼうに棗、と呼ばれる人はそう言った。


そのままカタン、と椅子に座る棗と呼ばれた青年に、私はなんだかカチン、ときた。せっかく女将さんがニコニコ愛想よく接客してくれてるのに、なんだその態度は! と。母が接客業で働いていていつも愚痴を聞いているせいか、こういう無愛想な客をあまりよろしく思えなかった。


「ああ、ああ、いいのよ。お嬢さん。私の為に怒ってくれてありがとうねぇ。棗はいつもこんなんだから、私は慣れてるし、大丈夫よ。」


とまたも女将さんはニコニコしてそう言った。……が、私の頭に疑問符が浮かんだ。


「……あ、あの、私そんなに顔に出てました…? 」


「おう、ガッツリとな! 」


そう笑って答えるのは先程源さんと呼ばれた着物を着た男性だ。


「うるさかった。顔が。」


「顔がうるさいってなによっ!! 」


恥ずかしさに顔を真っ赤にさせそうになった時、別の意味で棗の発言に顔が真っ赤になった。顔がうるさいなんて表現は聞いたこともないが、意味的に花も恥じらう女子高生には失礼な表現であることには間違いないはずだ。


「……….あんたはもう帰った方がいい。


アイツらの仲間にされて、帰れなくなるぞ。」


「はぁ? 」


突然そう零された棗の発言にまたもや疑問符が浮かぶ。なんだアイツらって。なんだ仲間って。


「ほらほら、そろそろ帰らないと親御さんが心配するんじゃない? 」


「そうだった! 」


女将さんの発言に自分の父親ことカミナリメンドクサイジジイの顔が頭をよぎった。奴は基本自分に甘いが、門限にはうるさい。


大急ぎで荷物をまとめ、「女将さんありがとうございましたぁ! 」と言って店を早足で出る。


「帰りは元来た道の通りに帰ってねー、気をつけるのよ、明日奈ちゃん! 」


「はーい!! ご馳走になりましたぁ! 」


と言って店を出て、教えられたとおりに走って元来た道を戻る途中で気がついた。


そういえば、私って女将さんに名前を教えたっけ?


「まぁ、いいや! 」


私は深く考えることを放棄した。

今は晩御飯のことを考えるのが重要である。

女将さんからいただいたお味噌汁だけでは腹が減るというものだ。


私は晩御飯に想いを巡らせながら家路を急いだ。


……家路を急いでも3分間に合わず、カミナリメンドクサイウルサイジジイにカミナリを落とされることなど、知りもせずに。


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