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君が起こした奇跡

作者: 三歩

 携帯電話って、とても便利だ。目の前にいない人とどこでも会話が出来る。最新の携帯電話は、文章を作って、手紙の如く相手に伝えることが出来る。内蔵するカメラを使って記念写真も撮れてしまう。おまけにゲームまで出来てしまう。


「完璧だぁ!!」


 携帯ショップから出てきた俺は、思わず紙袋を両手で掲げて叫ぶ。周りの人達は、ブレザー男子中学生のさぞ不思議な光景を見てヒソヒソとしているようだが、今の俺にはそんなことどうでもいい。中学校を卒業して、ようやく持つことの出来た、俺だけの携帯電話。母親に車で連れてきてもらったが、なんと俺は歩いて帰ると宣言し、車で20分という道のりを駆け出す。元々学校への通学路から少し離れた繁華街なので、帰宅するのに心配なことはない。そのため親もそのまま車に乗って買い物へと出かけた。

 その時俺が、携帯と自宅の鍵以外を車の中に置き忘れているのに気づくのは後の話だった。


「気分が良いぜ!ねーちゃんやにーちゃんから散々馬鹿にされたが、俺だってもう大人の仲間入りだ!それに、もう中学で携帯を持っている奴も少ないから、俺が先を越してるってわけだ!」


 一足に先の大人の階段を昇った気分の俺は、この先の道のりに不安を考えず全力疾走で通りを抜けていった。記念すべき卒業式となった。日もまだ高いし、ちょっと寄り道するぐらいは良いだろうと、いつもの帰宅通路から道を変えてみることにした。母親の不安が伝わったのか、空色は午前と比べて曇り空が広がっていた。



 因みに俺は、生まれてこの方一人で遠出をしたことがない。友達にいつも先頭を自転車で走ってもらうばかりで、俺はついていくだけだった。だからこそ、道は4方向しかないというイメージしか持ち合わせていない。まっすぐ行く道に家があるのなら、右に曲がってまっすぐ進み、ある程度から左へ曲がれば着く、といったとんでもない理論を考えつく。


「ふう、さすがに変な所にきてしまったか。」


 一応コンクリートの道が続くので人気のある道へと続くんだろうと思うが、右を見れば雑木林、左を見れば田んぼ道に廃屋がちらほらの場所。山の中へと続く道だが、俺に微塵の不安など無い。何故なら、


「携帯があるからだ!」


 最近の携帯電話は、どうやら自分の位置がわかってしまうらしい。受付の綺麗なお姉さんが親切に説明してくれていたのを覚えている。どうやって使うかはまだよくわからないが。万一迷ったときにはピコピコ操作すれば何かと解決してくれると信じ、更に道を突き進む。

 一瞬だが、何かくぐもった音が聞こえた。俺は意気揚々とした歩きを止め、空を見た。気づいたとき、俺は後悔する。真っ黒い雲が空を一面覆っており、ひとつの結論に導くまで時間は掛からなかった。


「うそ!夕立!?」


 春は天気が荒れやすいため、こんな天気は山間部ではよくあることだ。しかし、状況に巻き込まれればそうも言ってはいられない。くぐもる音の正体も、雷だと知ったのはその音が次に近づいていたからだ。それから大きな粒の雨粒が落ちてくる。

 俺の携帯は最新機種らしく、雨にも強い防水タイプとは聞いている。しかし、携帯が無事でも俺が無事ではすまなくなる。ひとまず前か後ろに進むかを考えたとき、少し先の景色に木造のバス停が見えた。引き返して廃屋に向かうよりも距離が短いため、走って向かうことにした。

 運が良いことに、雨は俺がバス停に入った瞬間、堰を切ったように降り出した。


「うわー。古いバス停だな。こんなのがあるなんて知らなかった。」


 はじめて来た場所なのだがさも知った道を歩いてるかのように独り言をつぶやく。前にテレビで故郷を歩いていた芸能人が、古いお店を見つけたときにこんな台詞を言っていたのを覚えている。もう俺も大人だし、言ってもいいだろう。

 バス停は小さいが、数人入るには充分なスペースだった。長椅子には4人ほど座れる広さで、後ろには足付きの長机がある。その上には古びた新聞紙や、ボロボロでよく見ないと確認できない色褪せた時刻表、そして黒いカバン。


「置忘れか?」


 とりあえず俺は長椅子を回り込み、後ろの長机の鞄へと近づく。見た目は俺の学校の指定鞄に似ている。そしてよく見ると、ショルダーベルトを付けるリングに何かついている。細長いそれは、とっても小さな鉄の球がびっしりと連なっており、接続部は窪みのある金属が付いている。

 よく見たことある、キーホルダーの輪だ。でも、肝心なキーホルダーのメインともいえる物がついていない。バスに乗る際に鞄を忘れ、しかもその人はキーホルダーのフィギュア(としておこう。)まで落としている。なんとも不幸な奴だ。

 まあそんなことはどうでもいい。雨が降ってきてしばらく帰れないのなら、ここで開放するしかない。母親には「絶対に家に帰るまで開けるな!アンタは落としかねない!」と強く強く何度も何度もねちっこく、そりゃもう携帯を買う前からこっぴどく言われてきたが、今はその母親はいない。


「開けて中を見たら、また戻しとけばいいさ。」


 残念だったなマザー。俺は大人の階段を進みたいという衝動には逆らえない。あぁ、衝動って言葉かっこいいな。またアニメを見返さなくては。忘れん坊さんの鞄は放っておき、ひとまず長椅子に座る。雨風は強いが、幸い中へは入ってきていない。屋根が長いということもあって助かる。

 袋から携帯のイラストが描かれた箱を取り出し、膝の上で丁寧に蓋を両手で握る。


「いでよ、けーたいでんわー!」


 雨の音に負けない大きな叫び声と共に、ゆっくりと蓋が開かれる。現れたのは、最新機種の携帯電話。艶のある黒のボディ。画面が大きく、汚れ1つない綺麗な枠。傷をつけるのが嫌になってしまう。後ろを見れば堂々たるメーカーアイコン。これもまたカッコいい。そして、カメラ機能という物に凄く興味を持っていかれたのだ。それはこれだ。


「この機能知らなかったらホラーだな。勝手に点いちまうんだもん。」


 内カメラ機能。なんと便利な!変顔し放題だ。早速写真をパシパシと何度か取ると、写真の履歴を見れるボタンを押した。


「おー、こりゃいい。面白いなぁ。確かこんな画像を、どうやってか最初の画面に設定できるんだっけかな。確か、ここを押して、後は。」


 俺は記憶を辿りながらそれぞれのボタンを押していく。恐らく最後のボタンでろう場所に、左の人差し指でボタンを押す。それと同時に、画面が真っ暗になった。


「あ、消えた。」


 確か数十秒操作がないと、省電力のためと言っていた。電池が勿体無いから消えるというが、画面が消えてしまっては起動できる少し不安になる。てか消えるの早すぎだろ。覚えたての人にはなんて不親切な携帯なんだ。俺は再度電源をつけようとする前に、ふと黒くなった画面を見た。


 俺の顔が、映っている。そして、俺の左後ろに白い服が見える。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


 背筋が凍った。何も無いはずの背後に、何かを感じる。携帯の黒い画面から目を離せない。間違いなく、後ろに服が見える。赤いリボンが見える、学生服。セーラー服というのか、カッターシャツとは違う長袖の白い制服。ここまで観察したんだ。間違いなく、後ろに誰かいる。どうすればいい。

 ダッシュで逃げる。いやいや、大雨で雷もなっているし、そもそも幽霊って疲れないから追いつかれて終了。

 知らない振りしてこのままいる。消えなかったらどうする!?持久戦は明らかに俺が不利のため、これも却下。

 目を瞑って、そのまま寝てみる。金縛りか!それに目を瞑ったら無防備になるだろ!

 振り向く、しかないのか。


「・・・・・・・頼む頼む頼む頼む。」


 ボソボソと言いながら、消えていてくれることを願う俺。大丈夫だ。幽霊って言うのは鏡やカメラといった物を媒体として映り、そのほとんどは加工技術の際にできる一種のバグだ。特番で言ってたことだけど、今はそれを信じる。信じるしかない!

 ゆっくりと、少しずつ俺は画面から視線を外し、首を回し、体を傾けながら、左後ろを振り返った。


 セーラー服を着たずぶ濡れの長髪な女の人が立って


「うううぅぎいいいやああああああぁぁぁ!!!」


 思考停止、もうだめだ。瞬間の解説もできないまま俺は椅子からバス停の外へと飛び跳ねた。その時幽霊が、俺の右腕を左手で掴んだ。あ、呪われる。

 気を失いかけそうになったとき、右手で握っていた携帯がふっと離れた。あぁ、ごめん母ちゃん。携帯、やっぱ落とした。あと命も。


「おっと。」


 地面へと落ちる前に、幽霊が右手でキャッチした。俺は膝から崩れ落ちそうになったが、携帯を握った右腕を伸ばして、幽霊が俺の脇を抱えた。


「・・・え?」


 支えられたと思った俺は、ぼやけた視界を上に向けた。


「大丈夫?」


 長い髪の、とても綺麗な女の子が目の前にいた。目が凄く大きくて、日焼けした俺とは全く違うとても白い肌。唇を見れば、青くない。とても柔らかそうなピンク色をしている。


「え・・・あの。誰、ですか。」


 あれ、おかしい。血の気が体から抜けていった感覚から、途端に血流が全身に激しく巡り回る感覚に切り替わった。おまけに幽霊に誰ですかと質問する始末。


 改めて見てみると、普通の人間だった。制服を見るとブレザーじゃないから、同じ中学ではないようだ。それに、少し身長が高い。


「ごめんなさい、驚かせてしまって。私は鷲塚商業の3年、【今井結(いまいゆい)】。」


「お、俺は荒林中の3年、【福田友晴(ふくだともはる)】。

それより、何でいきなり背後に立ってるんだよ。驚いたじゃねえか。」


「ごめんなさい。声を掛けようと思ったんだけど、かけづらくて。その、携帯に向かって、百面相やってたから・・・ふふ。」


 口元に手の甲を近づけて上品そうに笑う今井結さん。俺、馬鹿にされたのか。百面相だと!


「な、なんだよ!面白がってみていたのかよ!ひでー奴だ。」


「ご、ごめんなさい。でも、本当に可笑しくて。ところで、コレって何処の機種なの?」


 尋ねてきた今井結さんの手には、俺の携帯が握られていた。ジロジロと俺の携帯を見ているが、これは良い気分だ。俺よりも年上で携帯電話を沢山使ってるのにわからないとは。


「へへん、良いだろう。お姉さんも持っていないような、最新機種だ!」


「へぇー。買ってもらったんだね。ちょっと触ってもいい?」


「おう!」



 不思議そうに見つめては、少し自分のほうへと傾けた。ボタンを押していくと、突然。


「ぷ、あはははははは!!」


 笑い出した。何だ急に笑い出して。変な人だ。


「な、なに笑ってるんだよ。」


「だ、だって、これなに・・・?あはははは!」


 見せてくれたのは、俺の変顔。さっき撮っていた写真だ。カメラモードになっていない所を見ると、ちゃんと保存はできているようだが。


「・・・おおおおおおおおい!!」


 見られた!くっそ恥ずかしい画像を!


「か、かか、かえせー!」


「あ、ちょっと!きゃあ!」


 物凄い速さで俺は結さんの手を携帯ごと鷲掴んだ。勢いあまり、体は宙を飛んでいた。結さんと俺は激しくぶつかり、背中から結さんは倒れた。そして俺も彼女に向かって倒れこんだ。


「いたたた・・・。」


「お、お前なんて奴だ!人の携帯を見て、俺の顔を笑いやがって!」


「だって、いきなりこんな顔が現れたら・・・誰・・・だって。」


 事情を説明しようとしていた結だったが、何故か最後の声が途切れ途切れになる。


「なんだよ、はっきり言え・・・よ。」


 立ち上がろうと左手に力を入れると、ぐっしょりとした濡れた布の感触と共に、柔らかい感触が伝わってきた。何だこれと視線を向けたら、彼女の、服に触れてというか、なんとも言いにくい部分に俺の手がある。


「・・・・・・・へ!?」


 胸。これが、女子の。


「う、うわああああごめん!!」


 俺は飛びあがり、結からどちらの手も離した。結はすぐに胸を隠すようにして両手を包み、恥ずかしそうな表情をして俯いていた。やばい、俺変態なのか。俺は変態と呼ばれてしまうのか。


「ご、ごめん!あれは携帯を守ろうとしてその!た、頼む!このことは黙っててくれ!」


 俺は両膝をつき、拝むように手を合わせた。なんという恥ずかしい姿を見せているんだ。いや、これも仕方がない。こんな話が広がれば、クラス中の笑いものには留まらず、学校中へ広がる可能性も否定できない。そうなると、俺はどんな顔をして登校すれば!


「お願いだ!このとおり!」


 更に必死なお願いに対して、結はゆっくりと顔を上げ、目をつぶって拝む俺を見る。


「・・・うん、大丈夫だよ。それに、今は二人だけ出し。」


 大丈夫という声に安堵した後、二言目にもはっと気がついた。そういえば、今は二人だ。俺とこの人以外に誰もいない。だから、これが広がることは絶対にないということか。


「これ、返しておくね。」


 その言葉に、俺はもう1つ気づいた。そういえばずっとコイツに携帯を預けたままになっていた。


「あ、ああ。」


「ごめんなさい、あんなに笑ってしまって。」


「いや、俺こそ・・・ごめん。」


 お互いに再び謝罪をする。そして、彼女の手から携帯がようやくもどって来た。あれだけ揉みくちゃしていたのだが、携帯はひとまず無事だった。そして相変わらず、雨脚は弱まる気配を見せない。


「そういえば話し戻るけど、ここで何してたんだ?」


 ようやく振り出しに戻れた。この質問を投げると同時に、俺は一度椅子に腰をかける。


「ちょっと、探し物を。」


 それを見た彼女も、自然と椅子に近づいて腰をかけた。間は人が2人入るくらいのスペースを取っている。


「こんな雨の中?鍵でも落としたのか?」


 俺の質問に、首を横に振った。


「ううん、ちょっと大切なものを、ね。」


「大切な物?そんなの落としちゃダメだろ。」


 これだけの雨の中探していたんなら、相当大事な物に違いない。それを落とすなんて、見た目以上にドジな人だと分かった。


「そうだね・・・。なんで落としてしまったんだろうね。」


 落ち込んだような声が聞こえた。ふと結さんを見ると、凄く落ち込んでいた。


「お、落ち込みすぎだろ!」


「事実を突きつけられたら・・・ごもっともと思い。」


 本物の幽霊に見えてきた。その時、もうひとつ思い出したことがあった。後ろを振り向くと、先程のキーホルダーの鞄がある。


「もしかして、あの鞄は結さんの?」


「うん、そうだよ。」


「なんか、俺の通学鞄と似ていたから、てっきり同じ中学かと思ったよ。」


「それは正解だと思うよ。私の鞄、中学の時に使っていたものだから。」


 結さんは鞄に振り向きながらそう説明すると、立ち上がる。鞄へと近づくとそれを手にし、再び椅子に座る。先ほどよりも俺の傍に座り、鞄を良く見せてくれた。


「ほら、内側のネーム刺繍の位置とか、一緒でしょ?」


「おお、本当だ!じゃあ、結さんは俺の先輩になるんだ。」


「そうだね。そうなるね。」


 俺が嬉しそうな顔を浮かべると、ちょっと驚いた結さんだったが、自然と笑顔で頷いてくれた。


「じゃあ!体育の細川って知ってるか!あのヒョロヒョロで今にも骨が折れそうな奴。」


「あ、知ってるよ。ホネー、ホネーって呼ばれてたね。」


「おお!!おんなじだ!

じゃあさ、理科の向井先生は?あの人面白いんだぜ!芸能人目指していたーとか言ってネタをするけど、ぜんっぜん面白くねえの!」


「向井先生かぁ。私は先生が違うから、よくおぼえていないかな。理科は確か、直山先生だった気がする。あ、でも卒業式の時にやってた一発芸は滑ってたよ。」


 一緒だ。今日も盛大に滑ってた。

あれこれと先生の質問をしてみたが、とても楽しかった。アホな先生の中、こんなに頭良さそうな女子と、俺みたいな阿保が育つんだなーと、知ることが出来た。環境のせいじゃなかったのか。

今日まで色々教えてくれた先生のこと、忘れないようにしておかなくちゃな。特に直山先生は。芸能人になれたらおちょくってやろう。まあ無理か。


「それじゃあ、学校の校舎の位置とか覚えてる?」


「どうだろう。例えば?」


 俺は、会話をしていることに何の抵抗も無かった。人見知りというわけでもないが、初対面なのにこんなにお話しするのが楽しくなるなんて。先輩はとっても優しくて、美人で、頭もよさそうだし。話していると、なんか気持ちがいい。久しぶりに長話しているような気分だ。


「あ、雨が止んできた。」


 そう先輩が言うので、バス停の外を見た。確かに、今は風に煽られて小雨が降っているだけで、夕立は過ぎたようだ。これでなんとか家には帰れそうだ。斜面となるコンクリートの道路には、雨水が流れている。川程ではないけど、どんどん流れている。


「じゃあね、友晴君。」


 結先輩はそう言うと立ち上がり、バス停から歩き出した。鞄を椅子に置いたまま。


「あれ、帰るの?鞄忘れてるよ。」


「ううん、落し物を探しにね。急いで探さないと、日が暮れちゃうし。」


 せっかく晴れたのに、また探すとは。ますます落し物が気になる。でも、早く帰らないと母ちゃんから心配されそうだし。歩いていく結先輩を見ているうちに、その結先輩の足取りがおぼつかないことに気がついた。なんだか、ふらついている様な。しかし、予想は的中していたようだ。


「うぅ・・・。」


 力が抜けたかのように、先輩がしゃがみこんだ。


「せ、先輩!」


 俺は心配になって、携帯を椅子の上においてから先輩に駆け寄る。息が少し荒く、顔が赤い気がする。


「大丈夫、ちょっとふらついただけだから。大丈夫だよ。」


 いや、これは大丈夫ではない。俺のにーちゃんも大丈夫大丈夫と無理に部活へ行こうとしたものだから、試合中ぶっ倒れて救急車で運ばれていた。原因は前日の雨の中で練習をしたことによる体調不良。そして目の前の先輩も、まさしく同じ状況に立っているのだと気がついた。


「先輩だめだ!それ絶対体調悪くなってる。無理すると、本当に倒れてしまうぞ。」


「でも、探さないと・・・。今日しか、探せないから。」


 なんでそこまで必死なのか、本当に気になる。質問したいという気持ちを抑えなければ。あまり会話をさせるのも辛いと思うし。


「私、高校を卒業したら、引っ越すことになってるの。」


「引っ越し?先輩もここに住んでるの?」


「住んでいたが正解だよ。本当は私、町から離れた高校に通う予定だったの。でも、、、ある時。」


話の途中から、また頭を抱えて俯く。話続きが気になるけど、今はそんな場合じゃない!


「もう今日出来ないと、ここはもうすぐ。」


「なら、俺が探すから!この辺りなんだろ!」


「え、でも・・・。」


「大丈夫大丈夫!俺こう見えても目が良いから!かくれんぼで、この草むらの中に隠れられても、絶対見つける自信がある!」


「かく、れんぼ。」


 今一瞬、何故か結先輩が驚いた表情を見せた。


「ん?どうしたの?」


「・・・なんでもないわ。」


 結先輩は答えてくれなかったが、今しかチャンスは無いか。無理に動こうとしなくなったしな。


「ほら、結先輩。俺に捕まって。」


 俺は結先輩の肩を持ち、立ち上がろうとする。その時触れてわかったが、体が物凄く熱かった。先輩も何も言わず、無言で俺に体を預けてくれた。身長差があるため、先輩の肩を抱えるためにつま先で歩くはめになるとは。憎いぜ、この低さが!

 先輩を椅子に座らせ、そのまま横に寝かせる。そして俺は着ているブレザーを脱いで、先輩の体に掛ける。気持ち程度にしかならないかもしれないけど。


「先輩、落し物ってどんなのだ?」


 辛そうな先輩には申し訳なかったが、どんな大きさでどんな形と色をしているのかを聞かなければ途方にくれてしまう。何とか聞き出そうとすると、特徴を教えてくれた。


「星・・・。流れ星のキーホルダー。2つ、並んでいる。色は銀色・・・。」


 流れ星のキーホルダー。手の形から見て、大きさは英単語帳くらいか。持ってただけで使ったこと無いが、あれで皆よく勉強していたなー。


「よしわかった。俺に任せとけ!」


 そう言って俺はキーホルダーを探しに、長い戦いの戦場へと降り立った。

 アニメの世界なら、この台詞が出た後は上手くいくはずなのだが。現実はそう甘くないのだと知ることができた。


 戦場を説明するなら、山奥の道路を間に、左は雑木林、右は田んぼと背の低い雑木林がある。つまり、草がボーボーで横から見るだけでは全くわからない。地形さえも、何が落ちているのかさえも。だが恐がっている暇も抵抗している暇も無い。探す時間は限られている。日が沈んだら見えなくなるし、それに先輩も、用事があるようだった。急がないと。だが、探しても探しても、ゴミばかり。蛇まで出てきたときには腰を抜かした。草を全部抜こうとしたが、葉っぱしか取れず手も臭くなるから1本目であきらめた。


 しばらくして、先輩が目を覚ました。そのときは、既に辺りに差していた日の光は無かった。バス停の中にある電灯が光っており、最初はまだ日が昇っているのだと錯覚した。


「キーホルダー!」


 驚いて起き上がった先輩。それと同時に、俺が掛けていたブレザーが落ちる。


「これ、友晴君が。」


 落ちたブレザーを見て、俺が掛けてくれたことに気がついたようだった。それから椅子を立ち上がると、バス停の外へとでた。

 そこに立つまでは気づかなかったが、外は異様な風景に包まれていた。月明かりは何処にも無く、暗闇が辺りに広がっている。それだけではない。昼頃に吹いていた夕立とは違う冷たい、強烈な風が吹いている。

鬱蒼としているはずの雑木林は闇に溶け込んでおり、恐ろしく不気味な音を鳴らし続けている。

 それを見た先輩の顔が、恐怖に怯える表情へと変わっていた。


「・・・あの時と、同じだ!」


 先程のブレザーを見て、先輩は直感した。俺がまだ、キーホルダーを探していることに。


「友晴君!!」


 先輩は大声で俺の名前を叫んだ。だが、風の音の前には雑音にすらならない。ゴーゴーと鳴り止まない風の音の中、先輩は駆け出した。


「友晴君!!もういい!!もういいから!!」


 先輩は俺の入った茂みに、駆け込むようにして入ってきた。大人でも、この茂みにしゃがみこんでしまえばどこにいるかわからない。そしてついに、先輩が恐れていた事態が起きる。

 大雨だ。夕立とは比べ物にならない豪雨。服を着ているはずなのに皮膚を直接殴りつけるような激しい雨粒は足元をぬかるみに変えるまで数分もかからなかった。


「友晴君ー!!」


 それでも先輩は、俺を探し続ける。もうバス停の位置さえも、近いはずなのに見えなくなっている。


「はあ・・・はあ・・・!友晴君ー!」


 進む足がどんどん重たくなってくる。そして、辺りを包み込む恐怖に、先輩は怯えていた。顔を流れる水に、涙も交じっているなどわからない程の強烈な雨。


 その時、轟音が鳴った。辺りの木々を押し倒すような、激しい音。そして、地鳴りが響く。立つことさえおぼつかなくなるほどの揺れが、先輩に襲い掛かる。



 4年前。記録的豪雨がとある町で起きた。それは前代未聞の豪雨となり、町には避難命令が出ていた。山間部に住んでいた数十世帯の住人も逃げ出そうとしたが、それは叶わないこととなった。昼の夕立で緩んでいた地盤が耐えられなくなり、土砂崩れが起きたからであった。地滑りを起こした山肌が、強烈な雨の中でできた濁流に引きずられ、その全てを飲み込んでいったからであった。

 そして、今井結も、この山間部の住民であった。

 しかし、彼女は奇跡的にも助かっていた。その日は中学校の卒業式であり、また彼女は町から離れた高校へと進学することが決まっていた。その嵐が起きる日、彼女はその場にはいなかったのだ。


 だが、彼女にとって、とても悲惨な事件も起きていた。


「いやああああああ!!!」


 結はその場にしゃがみこむと、頭を抱えて泣き出した。


「ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!」


 何度も何度も、謝る。ただ一人しかいない草むらの中で、大雨に打たれる中で、ずっと謝り続ける。


「私が!!!私があの時、落とさなければ!!!あの時、頼まなければ!!私も一緒に、探していれば!!」


 後悔を思い出しているのか、自分の責任を次々と言葉にし、叫び続けている。服は泥だらけになり、顔中にも雨粒で跳ね返った土がついていく。


「ごめん・・・!!ごめんなさい!!!」



 ごめんなさい、ハルくん


―――――――――――


まさか、嬉しさのあまりに、

あそこから歩いて帰るとはよく言ったね。


だってよぁ、携帯だよ携帯。

ついに俺も大人の仲間入り。だな!


ほんと、ずっとハル君は変わらない。

・・・でも。高校、別々になっちゃったね。


しかたねえよ。俺頭悪いし。はははは!


笑い事じゃないよ!なんで落ちたのよー・・・。


まあ大丈夫だって。俺は荒林から通学することなったから、ひとまずここにいるわけだし。それにほら。

俺まだやることあるしさ。


やることって何?


キーホルダーだよ。


・・・え、もしかして今から探す気!?


当たり前だろ!俺がやったヤツなんだからよ!

それをお前がかくれんぼで草むらに落っことしたときたもんだ。

中学にもなってかくれんぼなんてーっていいながら、

滅茶苦茶本気で隠れてたしな。


・・・ごめんなさい。

鞄につけて置けばよかったんだけど。


まあいいってことさ。それよりこれみろよ!

じゃーん!


それって・・・。


いいだろう!最新機種!

やっと買ってもらったんだ。

それにほらカメラ付。パシャっ。


ちょっと、とらないでよ!


はははははは!それにほら!

これライトも点くんだぜ!

これで探せるだろ?


そんな小さな明かりじゃ、絶対見つからないよ。

それに、夕立も落ち着いたから、

今のうちに帰らないと。それに、もう行かなくちゃ。


・・・そうか。もう今日だっけ。


・・・うん。


・・・なら、俺、約束するよ。

お前が次帰ってきたとき、キーホルダー見つけといてやる。


そんな、無理だよ・・・。

あんなに小さいのに。


ばーか。見失うわけ無いじゃんか。

・・・一生懸命、選んだわけだし。

だから、安心していって来い。

俺、待ってるからさ。


、、、うん。


それに、キーホルダーは流れ星だろ?しかも二つくっついてると来た!こりゃ願いを叶えまくりだな。


、、、願い。そうだね、お願いしなくちゃね。なんだか、子供っぽいな。大人の一歩じゃなかったの?


う、うるせぇー!!


あははははははは!

―――――――――――


 昔の約束。ハル君との思い出。私の志望校合格祝いに買ってくれた、流れ星のキーホルダー。2つ並んでいて、とても綺麗な流れ星。

 ハル君と私で、1つずつ持っていた。ハル君は絶対に無くさないようにって、鍵と一緒に付けていた。私は、どこに飾ろうか悩んで、結局スカートの中に入れっぱなしになっていた。最後の思い出だからといって、一緒にかくれんぼや鬼ごっこをした。とても楽しかった思い出。


「本当に、楽しかったな。」


「!!!」


 嘘、じゃない。顔を上げた先に、ハル君がいた。


「は・・・ハル君!」


「よ!久しぶり!!といっても、もうさっき会ってたな。」


「友晴君・・・。やっぱり、友晴君だったんだね!」


「結も、でっかくなったなー。高校生て言えばもう大人じやん。それに、あの時は、胸なんて。だぁー!

俺も高校行きたかったぜちくしょー!」


そこにいるのは、あの頃と変わらない友晴君。コロコロと表情が変わって、とっても元気で、明るくて。いつもそばにいることが、いつか私にとって毎日がかけがえのない日になっていたんだ。


「ごめんな。俺、死んでしまって。」


「謝らないで!悪いのは私だもん!私がキーホルダーを落とさなければ・・・!」


「ううん、お前のせいじゃない。俺、結が帰った後、キーーホルダー見つけたんだ。雨はもう降っていたけど。」


「え・・・。」


「まだ、降り出してすぐだったし、俺もすぐに帰ればよかったんだ。でも、帰れなかった。」


「・・・なんで。」


「・・・方向音痴だから。」


「・・・・はあ!?」


「じょじょ、冗談冗談!!


実は、俺。ずっとココのバス停にいたんだ。」


「なんで、帰らなかったの?」


「・・・。」


 ハル君は、あの時の姿のままだった。卒業式が終わって、2人で思い出のバス停に来てから遊びまわった。そのときのままのハル君。ハル君は頭を掻きながら、恥ずかしそうに、小声でこう言った。


「さ、寂しかったから・・・、ここで泣いてたんだよ。」


「・・・・・なに、それ。」


「だああああー!深く聞くな!男にだって色々あるんだよ!

俺だって、お前と・・・一緒にいたかったけだしな。それに、さ。

嬉しくても、泣いてたんだよ。」


「嬉しくて?」


 どうして、嬉しくても泣いていたの?その答えは、ハル君がブレザーに手を入れて、それを出してくれた。


「・・・キーホルダー。」


 それは、2つの流れ星がくっついたキーホルダ。とっても小さな鉄の球がびっしりと連なっており、接続部は窪みのある金属が付いているはずのそれは、付いていなかった。


「約束だからさ。見つけてやるっていっただろ。」


「嘘・・・、本当に!」


 ハル君は、それを握って近づいてくる。何だろう、嬉しいのに。嬉しいはずなのに。涙が止まらない。あふれ出てくる。体が、震えてしまう。嬉しいのになんで、恐がっているの。

 ハル君は私の前でしゃがむと、手を伸ばしてきた。私は恐る恐る両手を伸ばし、ハル君の手の下に持って来た。ゆっくりと手の平が開くと、ポトっと手の平にキーホルダーが落ちた。


「今日、ずっと探していただろ。先に見つけていたこと報告出来ないままだったから、どーしよっかねぇと悩んでいたけど。

よかったな!見つかったんだからよ!」


 にかっと笑った、ハル君の笑顔。ずっと見てきた、ハル君の笑顔。私は手の平をゆっくりと閉じ、胸の近くに持って、大事に握り締めた。


「あ、ありがとう。ありがとう、友晴君!」


「いいってことよ。

じゃ、俺行くから。」


 突然ハル君は立ち上がると、さっさと歩き出した。私から離れていくように。


「は、ハル君!!」


「今度は、絶対落とすなよ。俺、もう探せないから。」


「まって!!!いかないでハル君!」


 立ち上がりたいのに、その場から動けない。動け、私。動いて、私の足!!


「ハル君!!」


 またお別れなんて、嫌だ。離れてしまうなんて、絶対に嫌だ!!!


「ゆーいー。大丈夫だー。お前ならー。大丈夫だー。」


 遠ざかっていくハル君の声。姿さえも、小さくなっていく。やがて、その姿が見えなくなった。


「・・・・う、」


 いなくなった。


「うわああああああああ!!!」


 涙が、まだ出てきた。どんどん流れてきた。涙が枯れはてるなんて言葉、あれは絶対に嘘だ。全然止まらない。




――――――――――――――――――――――

 本当に、これでお別れなんだ。そう、ハル君はもうこの世にはいない。だけど、ハル君が見つけてくれた。ここな戻ってこれて、本当に良かった。


 そう、これでお別れだ。

 でも、いつだって傍にいてやる。お前を、見守るよ。


――――――――――――――――――――――




「・・・。」


 目を覚ましたのは、すっかり夜の更けた外。横たわっていたのは、冷たい道路の上。目の前には、稲を刈られて空っぽとなった田んぼが広がっている。


「・・・あれ。」


 右手に、何かある。ゆっくりと開くと、それは握られていた。


「・・・私の、キーホルダー。」


 2つの星が並んだ、キーホルダー。それを見たとき、何故か少し笑顔がこぼれてしまった。


「約束、守ってくれたんだ。ありがとう、ハル君。」 


でも、それだけじゃなかった。


「・・・あれは!」


 何かのコンクリートの土台の上に、小さく光るものがあった。私は起き上がり、ゆっくりと立ち上がった。一歩ずつ、一歩ずつ近づき、光る物の前に立った。


「ここは、バス停があった場所。」


私がキーホルダーを探しに来た時と同じ、土台のコンクリート。ここで、ハル君はずっと。

 膝を曲げ、左手を伸ばし、それを手に取った。ジャリッと音をならしたのは、キーホルダーによく付いている金属の輪。そして、


「・・・。」


 私は、空を見上げた。今日の空は、よく晴れていた。そして、無数に瞬きながら流れていく、流星群が見えていた。


「・・・本当に、願いは叶ったんだ。」


 再びゆっくりと立ち上がると、傍に置いていた鞄から携帯電話を取り出した。ホームボタンを長押しして、「カメラを起動して」と声を掛ける。

 画面が切り替わり、カメラモードが起動した。鞄につけていた金属の輪を取り外し、キーホルダーへとりつける。そして、もう1つの金属の輪とくっつけた。それを右手で空に高く掲げ、左手でカメラのシャッターボタンを押した。


「私達は、ずっと一緒だね。」


 空を流れる、流星群。その星星と一緒に輝くのは、2つのキーホルダー。


 これは、君が起こした奇跡。

 君といた、あの時から、今日までの軌跡。



最後まで読んでいただき、ありがとうございました。携帯電話という単語は、次第にスマートフォンという名前やアンドロイドという名前に変わってくるので、呼び方にはほとほと困りました。

奇跡って夢物語と思う部分があるかもしれませんが、私は奇跡を信じたいですね。でも、奇跡が起きるには何かのきっかけがあります。そのきっかけは、既にあなたは作り出しているはずです。忘れてはダメですよ。あなたが歩んできた軌跡を。

今回は豪雨災害も舞台とさせていただきました。読み進める間に気を害した際は、読むのをやめていただいて構いません。そして読んでくれた方には、少しでも、災害の恐ろしさを知っていただけたらと思います。

でも、悲しいばかりにはしない!あんまり書くと、あとがきからネタバレに発展しかねないので、ここでだんまり!

では、またお会いしましょう。

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