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「じゃあ、いってきます!クアラもお仕事頑張ってね」
「ああ、いってこい。楽しんでな」
ミナラに貰った靴で駆け出していくリンの姿に目を細める。
スマル率いる仔狼たちのグループに仲間入りをしたリンは毎日楽しそうに出かけていく。
俺は寂しいが、仕方がない。スマルに代わって“先生”をやるわけにもいかず、長としての仕事が山積みなのだ。補佐のナタシアが逃がしてくれるわけもなく、今もなお棍棒を持って扉の前に待機している。
「おい、そろそろその物騒なものを片付けてもいいんじゃないか?」
「長が真面目に仕事を片付けてくれるなら私はいつでも手放しますよ」
くそ真面目なこの雄は、カルシアの弟で村一の棍棒使いである。さすがの俺も武器もない身一つではこいつに敵わない。
「……真面目にこなしているつもりだが?」
「ハッ、戯言を。私の目を盗み、何度リンさんを追いかけに行ったのかお忘れですか?」
「……心配なんだよ。出来ることなら四六時中傍にいたい」
「あなたがそこまでの幼仔好きとは知りませんでしたよ」
「幼仔が好きなわけじゃねえ。リンだけだ。―――俺の本能がリンを必要としている」
雄としての生存本能。即ち番を魂で選定しているということ。
今までのクアラさんは、どんな雌にも靡かなかった。
長に選ばれる者は必ず、他の村や種族から形式上の嫁を受け入れたりする。だがその見合いの顔合わせでも選ばなかった。もしかしてイ●ポかなと思っていたこともあるが、たまにその手の誘いに乗っているのを見たことがあったのでその疑いは消えた。
独身を貫く雄は少なからずいる。
しかしどんな雄でさえ性的欲求は本能的にあるため、嗜み程度には遊ぶ者がほとんどだ。かといって雌の発情期以外で致したところで、仔は産まれない。遥か昔ならいざ知らず、現在では発情期に致したところで身籠もる確率はかなり少ないが。
そんな嗜みすら彼は硬派だった。
けれど今の彼はどうだ。見ず知らずの仔を拾いそして悩殺された、文字通りに。
以前の彼だったら、元々書類整理は得意ではなかったがそれでもまだ真面目に取り組んでいた。
「リンに会いたいッ!」
――見る影もない。
真面目がなりを潜め、残ったのはこの煩悩の塊。
長に番が見つかったのは私としても喜ばしいことだが、相手は年端もいかぬ幼仔が相手だ。
「机の上にあるものを片したら、会いにいけますよ」
「……やってやらぁ……ッ!!」
「その粋です」
さっとさりげなく書類を積むことは忘れない。
リンさんという餌、もとい褒美があるだけで扱いやすくなったのは僥倖だが、こんな長でいいのかと聞かれたらノーコメントで応えたい。
◆
「今日はリンが最初の授業ということで、森に行ってみよう。リンはルージュと手を繋いで……おい、アザリ。なんで君が来てるんだ」
ルージュがリンの手を握り、その反対の手をアザリがさりげなく握る。
「そりゃ先生、リンは俺が守るからさ。なんなら抱っこしたい」
「欲望が口から飛び出してるぞ。狩り組はなにしてるんだ」
ズビシッとすかさず繋いだアザリの手の甲にチョップして外させる。
「その狩り組に行ってこいって言われた」
阿呆どもは大方賭けでもしているのだろう。
クアラとアザリ、どちらがリンの心をを射止めるか。あいつら、狩り組の連中はこういう娯楽が好きだからな。
「まったくしょーもない奴らだ。まあ、先輩として引率を許可してやろう。ちゃんとフォローするんだぞ」
「スマル先生サーンキュッ」
「えーアザリにいちゃんじゃなくて俺カルシアねーちゃんがいい!」
「ぼく、リシルさんがいい!」
後ろをついていた二匹が口々に言い、スマルが「アザリは人気がないなあ」と笑った。再びリンの手を笑顔で繋ぎ始めると、その隣でルージュが口を「あたしは別にアザリでもいいけど」と呟いた。
「さっすがルージュ、分かってるなあ!よしよし」
その声を拾ったアザリがルージュの頭をわしわしと撫でて笑う。
「もう!毛並みが崩れるじゃない!もう!」
怒ったそぶりを見せたが、これは照れ隠しだなと挟まれたリンは感づいていたようだ。
他者の感情には鋭い仔だと感心する。そういえばと思い返せば、周りの様子を読み取っては、自分のあり方を考えている節が見られる。特に大狼からの視線や態度には瞬間的に悟っていた。精神年齢が高い、最年少でありながらもこの仔狼らよりも圧倒的に高い。―――不思議な仔だ。
「はい、じゃあ気を取り直して出発!」
お待たせしました。文武両道のナタシア氏登場です(笑
次はリンサイドからいきたいな。