4
あのクアラが大事そうに抱き上げ連れてきたのは幼仔。
この静けさに緊張してか、ふるっと震えながらも椅子の上に下りる。そこで幼仔とは思えないほど丁寧な挨拶と共にぺこりと頭を下げる。
な、なに、なんなの……可愛すぎるでしょ!?
そりゃまったくあたしらとは違う容姿だけど、それにしても可愛すぎやしないかい!?
クアラは拾ったらしいけど、……まさか誘拐してないわよね。
その可愛さに目を奪われたのはあたしだけじゃない。
リンと名乗った幼仔の挨拶が終わった瞬間、皆が彼女の姿に集中した。久方ぶりの小さな幼仔となれば、大狼、特に仔狼たちの手が離れた親たちはもちろん、あの独身のクアラが離したがらないのだ。雄も雌も、リンより年上の仔狼たちも目を輝かせている。
なにより両手広げて駆け寄るリシルに思わず身体が動いた。
「この変態がっ!!」
――ったく、相変わらずヒョロイわね。
吹っ飛んだリシルは放っておいて、リンの頭に手を置く。柔らかな、仔特有の毛並みを撫でる。
「大丈夫かしら?あいつ、リシルは変態だから気をつけなさい。あたしはカルシアというのよ、よろしくね」
「は、はいっ!よろしくおねがいしましゅ」
最後を噛んでしまったのが恥ずかしかったのか、あわわと頬を押さえて赤くなっている。
――やだ、ほんとに可愛いじゃない。
「クアラ、あたしに」
「嫌だ。駄目だ。絶っ対に許さん!!」
「渾身こめて言うんじゃないわよ」
「言うぞ!仮にお前に預けたりなんかしたらリンが筋肉質になっちまうだろうが、それは断固として」
「「拒否する!!」」
いつの間にやら復活したリシルがクアラの後ろから飛び出してくる。
……ああ、腹立つわ、このクソ兄弟。
◆
やいのやいの騒がしくする三匹が肉弾戦になりそうなのを察知した他の大狼たちがリンを守る。
「あのバカたちはいつもあんな感じだから気にしないでね。私はミナラ。こっちはスマル、私の夫よ」
「スマルだ、よろしくなリン」
眼鏡をかけた紳士のような少し老けた狼と年の差カップルの若くて可愛いミナラ。
ミナラ、クアラ、カルシアは同じ年に産まれたらしく、ミナラは二匹プラスリシルの扱いがよく分かっていた。
「はい!よろしくお願いします」
「そんなに畏まらないで。クアラが保護を申し出たのでしょ、ならあなたはもうこの村の仔よ」
ふふふ、と朗らかにミナラが笑うとスマルも頷いた。そのスマルの足下からもこもこの毛並みを持つリンより少し大きな仔狼たちが顔を見せていた。
「スマル先生、俺たちも挨拶したい!」
「あたしも!」「ぼくも!」と我先にとばかりに現われるもこもこ。
リンの視線は彼らに釘付けで、同様に仔狼たちもリンに釘付けだ。
「リンは君たちよりもずっと小さいんだから、優しくな」
「リンはお座りしてていいからね」
ミナラがリンを抱き上げ膝の上に乗せる。驚きと恥じらいがありながらもおとなしく座った。
「ほんとにあなたは小さくて柔らかいわね。靴は少し厚めの方がいいわ。服も可愛らしいのをいっぱい作るわ、あとで採寸させてちょうだいね」
「ミナラさん、作ってくれるの?」
「ええ、もちろん。私はそういうのを生業にしてるからね、はい、ほら一列に並んで」
スマルの前に一列に並ぶもふもこに、リンは目を輝かせた。自分よりも背丈はあるが大中小と並んだ三匹の仔狼たちだ。
「あたしはルージュ!この中でいっちばん上なんだから、特別におねーちゃんって呼んでいいわよ」
「オレはナチア!カルシアねーちゃんのいっちばん弟子なんだぞ!!」
「ぼくはユオキ。んーと、本を読むのが好きだよ。今度読んであげるね」
くりっとした緑の瞳が可愛らしい一番年上のルージュから始まり、やんちゃな印象を受けるナチアと、真逆のほんわかとしたユオキ。
「あともう一匹アザリっていう仔がいるんだが、彼はもうすぐ成熟期を迎えるから狩りの手伝いに出ているんだ。戻ってきたら挨拶に向かわせよう」
スマルが笑って告げてくれた。
「せいじゅくき、てなんですか?」
「我々は五十年を節目に大狼になるんだ。その節目の年を成熟期と呼ぶんだよ。ルージュは三十年、ナチアとユオキは二十年だね。君は見たところ、まだ十年に満たないぐらいだろうか」
リンは目を丸くした。彼らの寿命はどれくらいなのだろうか。最早百や二百生きそうな話し方だ。それを問おうとする前にルージュの手がリンの脇の下を捉え「抱っこさせて!!」と掴みあげられる。
「うぁっ、!?」
「ルージュ!!!」
ミナラが止める間も無く持ち上げられた。狼族は総じて力持ちのようだった。
掴まれた手から空へと持ち上がり浮遊する身体。上がる悲鳴の中、リンは投げ出されたことよりも空に太陽が二つあることに目を奪われた。
(ここは本当に異世界なんだ……)
地面へと打ち付けられる前に、ヒュンッと跳んだクアラに抱きとめられる。
「大丈夫か、リン!!」
「う、うん。……だいじょーぶ」
ほうっと心底安心したような声が聞こえたことでようやく実感する。
「ルージュ、リンはまだ小さいのよ!他の仔狼とは訳が違うのだから、丁寧に優しく扱わなきゃダメでしょ!!」
ルージュ自身もビックリしたのか、怒られてわんわんと泣き出した。
大狼たちに注意されすっかり耳が伏せっているのにリンも気づき、とっさに降りるようせがんだがクアラが下すはずもない。なので近くに行ってもらい、手を伸ばして頭を撫でる。
「ルージュ、おねーちゃん!だいじょーぶだよ、だいじょーぶだから泣かないで!!」
「ほんとう?リン、ごめん、っひっく、なさ……」
クアラごと抱きついて、またわんわんと泣き出す。怒り心頭のクアラだったが、さすがにこれ以上は怒れず「これからは気をつけるんだぞ」とその頭を撫でた。
一先ずこれにて顔合わせはひと段落したのだった。
後日、ミナラに採寸をしてもらい服のレパートリーも増えリン特注の靴も用意された為、活動範囲は広がったが逆にクアラの過保護溺愛は拍車をかけたのだとか。
余談だが、ミナラに採寸された後に狩りに出ていた連中とも顔合わせをし、その中にいた成熟期間近のアザリに会った。そのアザリがリンに一目惚れしたのは内緒の話。
この後に閑話をいれたいなー、アザリも出したいですね^^