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 人生やり直すならいつ頃に戻りたいですか?という質問を投げかけられた。もしそうなるなら、……赤ん坊からやり直すのはなんか面倒くさい。

 それならある程度知能がついてやりたいことがいっぱいありそうな小学生がいい。そんなことを友達と話した記憶はある。


 あるけど、それが実現するなんて聞いていない!!


 広げた手のひらは三十路を越えた大人の手のひらではなくて、ひと回りもふた回りも小さい。それどころか、手も足も身体のどこもかしこもサイズが小さい。……胸も、元々なかったけど尚更ぺったんこ。だけど、それも重要だけども最重要箇所は……。


「どこよここ……」


 都会のコンクリートジャングル何処行ったし、裸足の下には踏んだことなんてほとんどない土だ。周囲に視界を広げれば、見渡す限りあるのは木!

 木がいっぱいある、ていうか木しかないね!!うわ~森かな、……はあ。

 着ているのはいつもの家着で、ロングシャツに短パン。ウエストが緩すぎて落ちるのを紐でぎゅっと縛る。


「……え、……どうしよ、うう、……誰かいないかな……?」


 立ち止まっても仕方ないし、とにかく誰か探さなきゃ。

 不安で泣きそうになったけどそれでも立ちすくんでいるわけにもいかない。意を決して、闇雲にでもいい。とにかく歩き出す。

 最初に居た場所からどれくらい離れたのか、はたまた戻ってきてしまったのか。景色の変わらない森で歩き続けていれば、体力はおろかなけなしの気力も尽きそう。


「……はぁはぁ、……はぁ、……っひく」


 もう不安で怖くて心が潰れそうだ。

 滲み出た涙を堪えようとすれば、益々喉が震える。

 足の裏は傷だらけだし、生い茂る葉であちこち肌が切れるし、お腹は空くし誰もいないし……もうなんなのよ。踏んだり蹴ったりじゃない。

 考えたくもない現実問題が頭から離れない。

 ああ、このまま自分はここで死ぬんだろうか。


 そう考えていた矢先、―――落ちた。


 そこにあるはずの土はなく、ぽっこりと開いた穴に滑って落ちた。

 頑張れば抜け出せそうだけど、もう我慢の限界だ。必死に堪えていた涙腺は大崩壊。かろうじて保っていた理性さえ粉々になっていた。


「っく、……ひ、っく……うぇ、うあああん!!!!」


 こんなに大きな声で泣いたのは何年ぶりだろう。と頭の片隅で思ったけど、それすらどうでもよくなった。泣き疲れて眠るまで私は泣いた。




「……?」


 ピクリ、と耳が動く。辺りを見回す。僅かな……気配?

 擦り切れそうな声。弱く小さな者が泣く、……()の声だ。


 ハッと我に返りその声の主を探す。泣き叫ぶ悲痛な声を聞き逃すわけにはいかない。だというのに声はどんどん小さくなっていく。――これは危険だと思った。

 走る疾る走る。風を切るように走り、耳を立て、その消え入りそうな声を逃さないように。だが声は途絶えた。立ち止まり気配を探す。聞こえる、姿が見えない。

 注意深く探ると近くに小さな穴を見つけた。そっと近づいて中を覗き込めば、穴の中には、―――泥と傷に塗れた小さな幼仔(おさなご)

 泣き疲れて力なく衰弱しきっている。触れた黒いさらりとした毛並みは幼仔特有で柔らかい。こんなまだ生まれたばかりのような仔がなぜこんな森の奥深くに?親はどうしたんだと辺りを見回したが、居た痕跡もない。今探すよりこちらの方が重要だ。

 この仔にこれ以上の傷をつけないように、土に立てた爪を戻し掬い上げるように慎重に抱き上げる。そのあまりの軽さに驚き腕の中に収めた。ぐったりとした身体を抱いて涙に濡れた頬を舐めると、体温の低さにも驚いた。

 一刻も争う緊急事態のようだ。出来るだけ振動をかけないように村へと急いだ。とにかく今はこの幼仔の身体が心配だった。





 遠くの方で声が聞こえる。

 近所の小学生の声だろうか。朝から元気だなあなんて目を開けてみれば、見慣れない天井。木材だ。上手く組み合わさったログハウス、だろうか。


 木の家なんて久し……ぶ、り……?


 目の前に翳した手はやはり小さく、急に動かした身体には痛みが走ったがあちこち丁寧に手当てされていた。――私以外の人はいた、その事実が嬉しくてそして安心した。


 天井は高く家具はどれも大きい。私が眠っていたこのベッドだってかなり大きい。

 大柄の男性に保護されたのだろうか、どんな人だろう。その人がきたら、色々説明してもらえるかな?そう思った矢先、部屋のドアが開いた。反動で布団をぎゅうっと握った。


「……起きたか、良かった」

「……あ、え、……い、いぬ?」


 布団の隙間から見えたのは予想外の光景だった。

 驚き絞り出た声にホッとしたような声をかけてくれたのは人ではなく、犬だった。

 犬が二足歩行で立ってるし、服着て喋っているではないか!?え、どゆこと?夢?夢なの?


「犬族とは違う。俺は誇り高き狼族だ」

「あ、……そ、そうですか」


 狼自体見たことないけど、まあ、本人?が言うなら多分そうなのかな。……うん。


「あ、あの……触っても、いい?……ですか、その、……」


 毛とか耳とかは本物なんですか!?……もふ、て、してみたいな。

 ゴクリと生唾を飲みながら返事を待てばその人はすぐに側へ近づいてくれた。

 ベッドの空いた脇に座って彼から手を伸ばしてくれた。不思議と恐怖や不安はなかった。好奇心が勝ったせいかな。


「……不思議な幼仔(おさなご)だな。名はなんと言う」

「あの、は、春坂りん」

「ハ、リ?」

「えと、りん、が名前だよ」

「……リ、ン……不思議な音だ」


 犬、いや狼には発音しにくい名前なのかな?

 顔に触れた手は硬いけど毛は柔らかい。

 私からも手を伸ばし、顔に、鼻面から頰へ、そのまま頭の上の耳にまで手を伸ばし……。


「……わあっ、本物だ!……す、すごい」


 布団から抜け出し耳をコショコショと撫でると「くすぐったいぞ」と笑った。なんだか楽しくなってもっと撫でようと思ったら、今まで静かにしていたお腹の虫がぐう~~と鳴った。……ああ、恥ずかしい。


「忘れていたな。飯を食おう、腹減ったろ?」

「……うん、ぺこぺこ!……ふぁっ」


 軽々と私を抱き上げた狼。全身を毛で覆われ、かろうじて服は着ているが軽装だ。

 そうだ、聞き忘れてた。


「あの、あなたの、名前は?」

「ああ。俺は、クアラだ。この狼族の長をしている」

「く、あ、ら……クア、ラ?」

「ああ、そうだ。そう呼べ、リン。そしてここは俺の家だ、安心しろ」


 彼は、クアラはそう言って笑った。

 人間じゃなかったけど、とっても優しい狼なんだ。




 小さな口が、はふはふと粥を口へと運ぶ。誰もとらないからゆっくり食べろと言っても相当腹が減っていたようで、そのスピードは緩まない。

 リン、と名乗ったこの幼仔は見ていて本当に愛らしい。手当てしている時に色々確認してみたが、この辺にいるどの種にも当てはまらない。


 肌は柔らかく、爪は丸い。骨も細く力を入れてしまえばすぐに折れてしまうだろう。衰弱していたせいか全体的にガリガリだ。体重がなさすぎる。

 それに全身を覆う毛はなく、耳も横についていて小さい。口の中も見たが尖った歯はなく、舌も短い。成長と共に変わっていくのか、それすらもわからなかった。


 だが、ただ一つ分かることがある。

 この大地で一番脆弱な生き物であるということだ。

 推測だが恐らく突然変異で産まれ捨てられたのだろう。なんとも嘆かわしいことだ。まだこんな小さく、産まれたばかりの赤仔(あかご)のような幼仔(おさなご)を捨てる輩がいるとは、獣族(じゅうぞく)の風上にも置けぬ。まったく酷いものだ。狼族に限らずどの一族も仔狼(こども)の出生率は年々少なくなっているというのに、卑劣極まりない行為だ。……もし、リンが行く宛てもないならこの俺が育てよう。


「―――リン。こんなことを聞くのは酷かもしれないが、親はどうした?」


 ぽかんとした顔をして、その内におずおずとした様子で答えた。


「親は、……いない。ここがどこで、わたしはどこにも行く場所がないし、……あの、クアラ、……あの、もし良ければ、なんでもやるからここに置いてください!!」


 スプーンを強く握ったまま、恐怖からか震える身体、今にも泣きそうな顔で告げた頭を撫でる。


「ああ、なにもしないでいい」

「え、……あ、……」

「リンはなにもしないで、ただ飯食って遊んで寝ろ。安心して俺にすべてを任せろ。俺がずっと面倒みてやるから」


 どうしよう、置いてもらえない。どこかに行かなきゃなんない。

 不安が入り混じった表情のリンに俺はそう告げた。途端に次から次へと溢れる雫は、「嬉しい!ありがとう!!」と涙が語ってくれた。

 この幼仔をもう俺は手放せるわけがなかった。

 だってこんなにも可愛い仔を見たことがない。

 俺はまだ独身だが、庇護欲がこの数時間で芽生えてしまった。……これが、父性愛というものだろうか。



 まだ色々と話すことや決めることがあるけれど、一先ずは泣いたリンの笑顔を見つけることにしよう。



連載で書くことにしました。

色々修正箇所ありますが、気楽に読んで頂けると嬉しいです^^

11/28修正あり。書き直しと共にまた続けたいと思います。宜しくお願い致します。

5/20修正あり。

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