大学時代~無責任
~大学時代
自由になれる大学。あこがれの大学生。だけど、大学は思ったよりつまらなかった。私は勉強するために大学に行った。なのに、講義はたいくつで、先生の持論をただ聞かされるだけ。一般教養の多くは、出ても出なくてもいいものだった。自分の望んだ大学じゃない。おまけに女子大だから周りは女ばかり。
入学してからたったの一週間、早くも私は学校をさぼりがちになった。寮でボーッと寝て過ごすことが多くなり、先輩からは異端児扱いされた。寮には入学時に希望した五十人位の一年生と入寮二年目の二年生がいて、寮の部屋は基本、一年生と二年生の組み合わせの二人部屋。文学部の私のルームメイトは家政学部の二年生。可もなく、不可もなくと言った感じの、当たり障りのない先輩。
お風呂は夕方四時から夜十時まで。銭湯のようなお風呂に銭湯のようなシャワーセットが十ある。公共の場の掃除当番は持ち回り。週に一回程度回ってくる。門限は十時。門限過ぎても電話で連絡さえ入れれば叱られることはないが、玄関に鍵がかかるので、入ることはできない。電話は事務室のドアの前にあるピンク電話一台。かかってきたら、寮長を始め、役員がいる時には役員が取り次ぎ、いないときには臨機応変、その辺にいる誰でもが取り次ぐ。ピンク電話は向こうからかかる分には固定電話と同じで、こちらからかける時に、お金がいるというしくみ。
今と違って個々に携帯電話を持ってるなんて考えられない時代だから、いざというときに連絡が取れるピンク電話があれば上等で、さほど不便は感じない。
光から、寮に電話が入ったのは、入学して二週間後くらい。取り次いでくれたのは二年生の寮長だった。
「よう、大学どう?」
私を包み込む優しい声に心がふっと軽くなる。いろいろ話しているうち、彼は明日、明後日と連休だと言う。周りに人がいなくなった、静かな廊下で、声をひそめて、
「会いたい。」
私の方が言った。
「ほんまに?」
光は意外だったみたいだ。私のことだから、もう、新しい世界にはまってると思っていたらしい。
「友達出来ひんのか?」
そんなことはない。寮だから適当に友達はいた。でも、私は女の子には本当の心が開けない。そして、男との接触は皆無だった。合コンの誘いはあったけど、めんどくさくて断っている。
「おまえな、せっかくがんばって大学入ったんやからサークル入ったり、合コン行ったり、もっと楽しもうとせなあかんで。」
「いい、別に大学やめて、放浪の生活したっていいんだし、そういうの、望むところだし」
「またそんな投げやりなこと言うて、おまえ、ほんまはそんなこと思うてないくせに」
「思うてるよ。説教がましいこと言わんでよ。」
「わかったわかった。せやし、ほんまこれだけは言うとく。今しかできひんこと、思いっきりやらなもったいないで。」
親身になってアドバイスしてくれるけど、今の私に必要なのは言葉じゃない。
「会いたい。」
もう一度絞り出すように言うと、光はしばらく考えて、
「行こうか?」
って言ってくれた。
私はうれしかった。本当に、心からうれしかった。ホームシックなんて思っていなかったけれど、私をわかってくれる人、心から信頼できる人に焦がれていたのだと思う。
約束通りの新幹線で光はやってきた。ウォークマンで鼻歌交じり。紺のTシャツにヒッコリーシャツ。ちょっとだぶついたジーンズはエドウィンのストーンウオッシュ。私は駅のホームまで出迎えた。駅を出て、市電に揺られ、ぶらぶらと平和公園を腕を組んで歩いた。
光と一緒に歩く広島の街は楽しかった。久しぶりに心が解放された気がした。大学での私は本当の私じゃなかったから。
会って私たちはいろんな話をした。自分のこれからのこと。光は会社の研修が終わったばかりでちょっと燃えていた。同期でリーダーを決めるから、ちょっとねらってるなんて、いつになく貪欲なところも見せた。私は器じゃないよと笑ってやった。そして私は、やっぱり将来は世界を回って紀行文を書きたいから、大学を卒業したら、足元は固めないでいろんなことしてみたい、なんて言っていた。もうその将来に片足は入っているというのに。
散々遊んで、すぐに夕方になった。光の帰る時間が近づいてくる。光は六時の新幹線で帰ろうとしていた。
「まだ、いいじゃん。」
「うう…ん。」
「晩御飯食べようよ。」
光は私に押し切られる。グランドホテルの回るラウンジで夜景を見ながら食事をして、再び駅に戻った。ホームまで見送ると言った私に光は「帰れ」と言った。私は目に涙を溜めて、首を振った。こんなふうに泣くのは久しぶりだった。
「おまえが泣くと、俺、帰れん。」
「帰ってほしくない。ずっといっしょにいたい。」
駅の改札口で二人は向かい合ったまま押し黙っていた。
時間だけが流れる。光は怒ったような、困ったような顔をして、遠くを見詰めていた。黙ったまま、一時間が過ぎた。時計を見ると、九時を回っていた。
「おまえ、そろそろ帰れよ。」
寮の門限は十時。
「…帰りたくない。」
頭上でまた、電車の通り過ぎる音が響く。泣きそうな顔をする私に
「明日、また会えるから。」
光は慰めるように言った。私の顔がぱっと明るくなる。
「さっきの、最終便やったみたいや。」
光はちょっと苦笑いして、私の頭をぽんとたたいて、緑の公衆電話に向かった。そしてすぐ横の壁の看板を見ながらダイヤルして、駅前のホテルを予約した。
「明日、なんか用あったん?」
聞いてみた。
「うん、まあ。」
はっきり言わない。
「デート?」
「…いや。」
「うそ、デートなんだ。彼女と。」
「しゃーないなあ。おまえが泣くから…」
光は話をはぐらかす。でも、私には彼女のことなんてどうでもいい。大事なのは、今、光が私のそばに居てくれること。私の基準はいつもそこにある。
「寮なんかに、帰りたくない。」
今までたまっていたものが一気に溢れ出す。駅の中、人目もある。なのに私は光の胸に抱きついた。光は両手で私の肩をつかんで、体を引き離した。
「みんな、見てるで。」
「いいの。」
田舎では、どこで知り合いに会うかわからない。だけど、ここではみんな見知らぬ人。私のことなんか、気にかける人なんていない。光に会うまではそれがさびしかったけれど、今はそれが快感。
もう一度抱き着いたら、光はちゃんと抱きしめてくれた。
「わかった。」
光はそう言って、さっき入れたシングルの予約をツインに変更した。私は同じ電話から、寮に外泊の連絡を入れた。
光がお風呂に入ってる。シャワーの音を聞きながら、私は落ち着かなかった。光が来ると言ってから、こうなりたいと望んでいたような気もする。いや、なるだろうと思っていた。だから今日、こんなピンクのランジェリーなんか選んだのだ。私の中のもう一人の私が導いて行く。まっすぐに。今、私の一番望むこと。
「おまえも入ったら?さっぱりするで。」
タオルで髪の毛のしずくをぬぐいながら、光はバスルームから出てきた。
「のぞくなよ。」
って言いながら、私は素直に従った。
「ばーか。俺ちょっと、買い出し行ってくるし。」
光はそう言って、部屋を出た。
私は全身を丁寧に洗った。そして、ちょっと迷ったけど、下着の上に、備えつけのバスローブを着込んだ。
私がお風呂からあがったと同時くらいに光が「買い出し」から戻ってきた。ビール、おつまみ、おにぎり、なんか、いろいろ買い込んでいた。広島だからね。田舎と違って、朝までだってお店はたくさん開いているんだ。光は私を見て、
「おお、サッパリした顔して。」
と言っただけで、特にリアクションはなかった。
自分は昼間のシャツとジーンズ姿のままだった。ベッドの脇の小さなテーブルセットに座って、まず、ビールで乾杯した。お酒を飲むのはほとんど初めてだった。子供の頃、調子に乗って飲んで、吐いたことがある。あれ以来、飲んでいない。
「苦い。」
そういうと、光は
「子供やなあ。」
と言って笑い、私の分まで飲んでくれた。
二本目のビールを開けて、光は少し無口になった。私は下を向いた。光は彼女との約束をすっぽかして、こうしてここにいることを後悔してるんじゃないか、そう思った。
「どした?」
光が私に気づいて言う。私は首を振る。
「なんでもない。」
いつものパターンだ。何でもないのに涙ぐむ。だけど、光はそういう時、わかってて、私の好きなようにさせてくれる。
私はいすから立ち上がって、光のひざに乗って抱き着いた。そして、またぐすぐす泣いた。
「よく泣くヤツ。」
光が優しく笑って言った。
受け止めて、髪をなでてくれる。優しい声、優しい指。顔を上げると光は甘くキスしてくれた。それから、光は私を抱きかかえてベッドに運ぶ。
優しい抱擁、バスローブはすぐにはがれ、下着だけの私。その下着もあっという間にとられてしまった。電気を消して、間接灯だけの薄暗い中で、私は光に身を任せることに酔いしれていた。
光の愛撫は確実に進歩していた。指も舌も、二年前にはしなかったような大胆なことをする。私の中により深く入り込む。私は光に導かれるまま、体を流れに合わせていった。
快感は以前よりもずっと鋭く、激しかった。そして、光もいつしか自分の下着をとり、私の入り口にいる。光が私を押さえつけて、自分を私に滑り込ませようとする。ぐっと力を入れる。私にも力が入る。
「…おまえ…。」
光が驚いたように言う。
「もしかして、まだ?」
私の入り口は二年前とまったく同じに硬く閉ざされていた。
「うん。」
光は押えつける力をゆるめて今度は私を優しく抱きしめた。
「ええのんか?」
光が囁く。
「いいよ。」
だって、本当は、二年前のあの時、もう、いいって決めていたもの。
光は再び力を入れて、無意識のうちに光から逃げて上へ上へあがろうとする私の体を押さえつける。
「痛い。」
私はあの時と同じ、痛くて泣きそうになる。
「最初だけやから。」
光はおちついて言う。そうして、じわじわと私の中に入りこもうとする。
「力抜いて。」
そう言われて、投げやりになった時、ぐぐっと光が入って来たのを感じた。
「できた。」
光が動きながら余裕で笑う。そうなると、もう、あんまり痛みはなかった。ただ、違和感だけがあって、私にはどうでもいいような感覚でしかない。
「気持ち悪い。」
そう言うと、光は
「だんだんよくなってくるって。」
なんて言う。
「スケベおやじみたい。」
そう言って笑いながら、やっぱりまだ、少し痛い。「じゃ、ちょっと休憩」。
光が私に毛布をかけて慣れた手つきで、コンドームをつける。さっき、「買い出し」に行ったのはこのためだった。毛布を剥ぎ取り、
「じゃ、今度は本格的に。」
なんておどけて、光は激しく動いた。自分の世界に入ってしまった。私は取り残された。ただ、なんとなく、自分が光を気持ちよくさせているという満足感だけがあった。
終わった後、光は私の跡をきれいにぬぐって、抱きしめてくれた。でも、それだけじゃ、私はちょっと不満だった。前はもっとずっと長く、いつまでもいつまでも打ち続く波のように触っていてくれた。私は「終わる」ということを初めて体験して、なんだかそれを、受け入れられないでいた。でも、疲れていたせいもあって、私は光の腕枕でしばらくうとうとした。
ふと目が覚めると光はいすに座って煙草をくゆらせていた。
「何してんの?」
そう言うと、
「おまえの寝顔、ずっと見てた。」
って言う。そして私に近づいて、起き上がった私にキスをする。私は毛布を巻きつけていただけで、中は何も身につけていなかった。そのまままた、毛布をはぎ取られ、彼に全身を愛撫され、私は夢の中にいるようにふわふわした快感に浸った。
二度目のは、最初よりは痛みは少なかったけど、やっぱりまだ、不快感はあった。
「あんまりよくない。」
そう言う私を光は上にして、「自分のいいように動いて。」って言った。おそるおそる動いてみる。光もゆっくり私に合わせてくれる。自分のリズムがつかめてくると、快感が波のように押し寄せてくる。そうしてしばらく、ゆっくり動いて私は自分の手で果てる時の感覚に襲われた。
「どう?」
光に聞かれ、私は、恥ずかしくて、顔が見えないように抱き着いた。
光に抱かれ、何度も何度もキスをして、光を中に感じながら、てっぺんまで登りつめる。自分の指なんか比べ物にならないくらいぬくもりに満ちたエクスタシー。
翌日、私たちはチェックアウトぎりぎりの十時までホテルで過ごした。二人でホテルを出ると、私はすっかり新婚気分だった。
「もう、この手は放さない。」
そう言ってくっついて歩いた。昨日の行為はまだ、何かがはさまっているような違和感があって、傍目にはわからない程度だと思うけれど、私の歩き方は少しぎくしゃくした。
光が笑いながら「これ、聴いてみて」と青いヘッドフォンを私の耳に押し当てた。軽快なパーカッションのあと、寺尾聡の甘い声。
~燃やしすぎた恋だから きっと忘れないぜ~
有川正沙子の詩が光の心にクロスして、スクリューブローのように胸に響いた。
楽しい時間はあっという間。楽しければ楽しいほど、時間はどんどん加速する。今日は、絶対帰らないといけない。光は明日、仕事だ。
昨日と同じ、夕方の駅で、性懲りもなく私はまた泣いた。昨日より、もっと激しく。光は人目も気にせずきつく抱きしめてくれた。そして、
「また来るから。」
そう言って、新幹線に乗った。
「いやだ。」
私は思わず光の後を追って、自分も新幹線に乗った。びっくりする光。もう、電車は動き出していた。
「次の駅で帰れ。」
そう言われても、私は首を振った。尾道駅についても、帰りたくない。離れたくない。それしか言えなかった。
とうとう、神戸まで来てしまった。私は駅の改札で清算した。光はすまなそうに
「ごめん、俺、もう金あんまりないんや。」
って謝る。私が自分のお金を使うのは、これが最初だった。
光は私とのデートで、一度も私にお金を使わせなかった。今日だって、昨日から着た切りすずめだった私に、服を買ってくれた。シンプルなクレージュの、パステルブルーのワンピース。下着まで買ってもらって、私は全身新しい衣服に包まれていた。たくさんお金を使わせてしまった。なのに、私は新幹線代を払うと、もう、帰りの切符代にも満たなかった。自分の浅はかさに嫌気がさす。でも、光はこうしてついてきた私を責めなかった。
何かを後悔することをしない。相手を責めない。それが光だった。
「寒くないか?」
薄手のワンピースを着た私をいたわってさえくれる。私は首を振って、光の腕に抱きついて、
「くっついてるから、大丈夫。」
って笑った。
新神戸駅から歩いて坂を下り、JR三ノ宮駅から地下鉄一駅。光は何も言わずに先へと進む。元町を十五分くらい歩いたら、閑静な住宅地に入った。
「ちょっと待っといて。」
そう言って、割と大きな一軒の家のチャイムを鳴らした。光の友達の家らしい。
何かこそこそ話して、光はお礼を言って私の方に帰ってきた。友達は私を遠目に一瞥した。少し好奇に満ちた笑みを浮かべて。
「とりあえず、晩飯食おう。」
光はそう言って、くったくなく笑ってる。
私はだんだん自分のしたことを後悔し始めていた。
光はさらに先へとどんどん歩いて行く。私は光に置いて行かれないように早足でついて行く。小さな喫茶店の前で光はやっと立ち止まって振り向いた。
「ここで、ちょっと待っといて。俺、着替えてくるし。」
光は目で向こうのメゾネット型の二階建てアパートを指して言う。光の自宅だった。
「うん。」
私がうなずいた時、光の目が私のうしろの方に注がれた。
「あんた、昨日からどこ行ってたん。」
唐突にうしろで野太い声が響いた。
大柄な中年女性は私と光を交互に見つめ、事の次第を推測した。私たちは有無を言わさず彼女の自宅に連れて行かれた。六畳ほどの小さな居間で並んで座った私たちを前に、光の母親は溜め息を吐く。推測通り、私たちが昨日から一緒にいて、私が広島から来たのを知ると、彼女は光を一方的に責めた。彼が私を連れまわしたと思っているのだ。
私は弁解も、反論もできず、ただ、うつむいて、膝の上できゅっと結ばれたお母さんの丸い指を見ていた。光も、何も言わず、黙って聞いていた。母親の言葉がやっと途切れた時、光が口を開いた。
「わかった、わかったし、もう、ええやろ。俺が悪いんやから。」
私は横目で光を見た。光は「いいから」というように私に目配せをする。その様子を見て、お母さんはまた口を開く。今度は私に向かって、優しい口調で。
「親御さんは知らへんのでしょう?」
「はい。」
「うちにも娘がおんねんけど、うちの娘やったら、悲しいで。もっと自分を大事にせなあかんよ。明日、学校はだいじょうぶなん?」
実は、あした、大事な行事があった。でも、そんなのどうでもよかった。
「はい。」
消え入るように答えた。
「もう、ええから、行くで。」
光が私を連れて立ち上がろうとする。
「ちょい待ち。」
母親がきつい口調で止めた。私を見て、
「あんたは今日はここで泊りなさい。」
そしてわが子をきっとにらんで、
「あんたはどこでも好きなとこ行ったらええねん。でも、この子はうちで責任持ってあずからんとあかん。もし何かあったらうちの責任や。」
「はあ?」
光と私は顔を見合わせたが、母親の強い意志に仕方なく従うしかなかった。
光の家はまだ夕食前で、握り寿司の出前をとって彼の妹と、両親、みんなで寿司を囲んだ。かつて彼の家には何度も行ったけど、こうして家族と顔を突き合わすのは初めてだった。快活なお母さんと、それに合いの手を入れる小柄でちょっと影が薄いけれどおもしろいお父さん。妹はもう高校生だったから、微妙な顔をしていた。
「棟家さんて、あの、棟家鉄工所の?」
なんてお父さんに聞かれ、父親の仕事のことまで答えたりして。私は幼いころからいつも、「あの棟家鉄工所の…」と言われて育ったのだ。
「古川のあたり、昔じいさんと住んでたんやで。あんたのじいさん、しゃんとした人やったなあ、寺の檀家総代しておいでたわ。」
お父さんはそんな思い出話までしてくれた。お父さんは古川で幼少時代を過ごしたのだ。うちの父とは少し年代が違うし、そんなに長くいたわけでもないようで、面識はないようだったけれど祖父の印象はおぼろげにあったようだ。
浅野一家四人と部外者一人。楽しそうな雰囲気は作ってくれても、あまり、場は盛り上がらない。お母さんが私が姪のゆきちゃんに似ているとか言い出して、お父さんはそんなことない、この子の方が数段かわいいとかなんとか。光は苦笑いのような何とも言えない顔でエビをほおばっているし、妹は無言。気を遣われれば遣われるほど、私は居辛くなっていた。
お母さんが四畳半の妹の部屋に私の布団の用意をしている時、光が私に目配せする。私たちはお母さんの目を盗んで、そっと抜け出した。
家からかなり離れたところで光は私を抱きしめた。
「ごめんな。」
「ううん。」
謝るのは私の方だった。
「さて、どこ泊まるか。」
光は迷っている。昨日のようなビジネスホテルだと、お金がかかる。このあたりはさっき通った繁華街。裏道に安い宿泊施設がある。お泊り、ご休憩、と料金が書いてあるところ。一番安いのは四千円くらいからあった。
「ラブホテル、行こう。」
私から言った。
光はまじめな目をして
「おまえをそんなとこ、連れて行きたくない。」
と言った。
「なんで?」
私は別に平気。
「俺がおまえをどんどん堕としていくような気がするんや。」
「あたし、堕ちてる?」
光は苦笑した。
「俺と会わんかったら、おまえ、ちゃんといい子でいたやろ。」
そんなんじゃないよ。光とだから、あたしは一緒にいたいんだよ。心の中だけでつぶやいて、私は笑って彼の手をひいて、裏道に入って行った。光は渋るようなそぶりはしたけれど、それ以上はもう、何も言わなかった。
友達にいくらお金を借りたのか、光はそこそこの部屋を選んだ。彼は結構慣れた感じ。私はもちろん初めてだったから、興味津々。
丸い大きなベッドがひとつ、部屋の真ん中にあった。赤いカーテン、赤いベッドカバーが、品のない興奮を掻き立てるかのようだった。
「ふろ、入る?」
そう聞かれてお風呂を見ると、そこはガラス張り。
「ひとりじゃやだ。」
そう言うと、光は笑った。
電気を消して、ふたりでお風呂に入って、ふたりでベッドに入って、朝までずっとくっついていた。何度も何度も体を合わせて、私たちはただ、体の快楽に身を任せた。赤いカーテンの隙間から、白々と細い光が射しこむまで。
光が時計を見て、起き上がった。
「俺、もう、支度せな、やばい。」
私はさすがに、もう、いやだとは言えない。ホテルを出て、ファーストフードのお店で、自宅に戻った光を待った。
三十分くらいして帰ってきた光は、私の知らない大人の光だった。
「スーツ、似合わへんやろ。」
光が先に言う。答える代わりに私は笑った。
「そんなあからさまに笑うことないやろ。」
笑ったけど、光が一瞬で遠くなったような気がした。光のスーツ姿、それなりに似合ってた。地下鉄に乗って、三ノ宮駅で、私は自分から「もういいよ」って手を振った。私は乗り換えて新神戸駅へ、光は会社へそれぞれの行先に分かれた。 体はもうくたくただった。早く自分の布団で休みたかった。




