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春風のいたずら

三年の春、今までの名曲喫茶から、もっと深夜まで働けるショットバーにバイトを変えた。そのバイト先で、本気になれそうな相手にやっと巡り会えた。バイト上がりの二回目のデートで私は自分の部屋の合鍵を彼に渡した。今までの人とは違う似た者同士の安心感を感じたから。ナオのように透明で、光のように優しかった。そして私のように無責任で自由。光以上の人がやっと現われたと思えた。

笑うと、きれいに整った白い歯が現れて、三日月目になる甘口のマスク。本通りのミスタードーナツで一緒にコーヒーを飲んだ時、何でもない私のせりふに笑った顔が目に焼きついて離れなくなった。

私はキスをしたり、戯れたりはしたけれど、意外と最後の一線には堅くて、それを許したのは光、ナオ、そして彼が三人目だった。彼の名は春人(はると)。春に生まれた人だった。出会いの日のそのままに、春のぽかぽかした雰囲気を持っていた。


同級生の春人は私と同じ、ちゃらんぽらんな大学生だった。広島市内に自宅があるのに、新築マンションで一人暮らしをしている車持ちのお坊ちゃん。単位はほとんど落としていたし、将来の目標もない。バイトは友達のピンチヒッターでやって、楽しかったから続けているだけ。見栄えが良くて、お金もあるし、車もあるから、けっこうもてて、今まで、適当に女の子とつきあってきたけど、本当の愛を感じたことがないと言う。好きと言われてつきあっても、持続できなかった。そして、適当な気持ちでは最後の一線は越えられなくて未だ経験なし。

「じゃけんゆづちゃん、知っとるんじゃったら教えて。」

そういうこと、広島弁でさらっと言うところがグッときた。

私がリードして、導いた。私はそっくり光のやり方を彼に教えた。彼は忠実に光の指を、唇を再現した。そしてそれ以上に、私を悦ばせようと努力してくれた。私の思い通りの動きをしてくれる春人は、最高のパートナーになった。

似た者同士。いやなことは先送りにして、楽なことだけやっている。二人でいると、気持ちよくて、楽しかった。春人といると、今まで私にまとわりついて離れなかったあのいやな赤い影が、だんだんと私から遠ざかっていく気がした。


 まん丸いテールランプがトレードマークの白のスカイライン。一緒に車でバイトに行って、一緒に車でバイトから帰る。バイト先では従業員同士の恋愛ご法度だったから、二人の仲は内緒。そ知らぬふりを装う。秘密の関係がまた楽しかった。二人でどちらかの部屋に帰って思いっきりいちゃいちゃする。そういう刺激があると燃えるのは自然の法則。

 とは言え、二ヶ月後ついにばれて、私も春人も同時にバイトを辞めた。私は求人雑誌を見て、当時カウンター嬢と呼ばれた今のキャバクラ嬢の走りのような仕事をみつけた。お酒を作ってにこにこして隣に座って話を聞いていれば時給二千円もらえる。ショットバーの時は時給七百円だったのに。

 ガソリン代や生活費とは別に、月五万のお小遣いをもらっていて、足りない時には追加もしてもらえる春人は、別段お金に不自由はなかったから、次のバイトは探さなかった。春人は私のお抱え運転手。私はスカイラインでバイトに行って、スカイラインで家に帰った。

 あんなに男癖の悪かった私だが、春人とつきあい始めてそんなふしだらなことはぴたっとしなくなった。心が安定して、春人さえいれば他の男なんていらなかった。お酒の相手をしていても、いつも春人のことばかり考えて、さっさとバイトを終えて会いたいなと思っていた。店では飲めない子を装って、いつもウーロン茶を飲んだ。酔ってしまうとちょっと自信がなかったから。


 私がわけもなく泣いても春人は平気で私をよしよしと抱きしめてくれた。髪をなでてくれた。もちろん、一番最初に泣いた時は、春人はちょっととまどっていた。だから、私は春人に言ったんだ。

「何も言わないで、抱きしめてほしいんだ。悲しいんじゃなくて、ただ、泣きたいだけだから。」

春人は私の要求通りに、私を抱きしめてくれた。髪をなでてもくれた。私も安心して泣けた。それ以後は、私が泣いても春人は全然平気で、「またかー」って笑いながら抱きしめてくれる。涙選手権があったなら、私が選手で、春人はサポーター。彼は名サポーターだった。


 春人はマンション暮らしだったけれど、そのいきさつは曰くつきだった。彼は最初、実家から車で大学に通うはずだった。その矢先、父親が内緒で新築マンションを購入し、浮気相手を住まわせていたことが母親にばれた。女性は母親によって追い出され、もう買ってしまったのだから、また誰かを住まわせたりしないように、そのマンションには春人が住むことになったのだ。

 些細な言い争いはしょっちゅうだけど、そのもとになるのは仕事のことか、私のこと、浮気なんて話は一度も耳にしたことがない我が家と違って、春人の両親にはそういうことが何度かあったようだ。

 私は春人の家に一度お邪魔したことがある。春人の家は基本的には放任主義だったけれど、つきあい始めた彼女は必ず一度家に連れてくるという約束があるというのだ。遊びに行って、家から行きつけの店にみんなで焼き肉を食べに行ったのだけれど、あとでお母さんは、私のことを

「今までで一番かわいくて、賢い子だ」

と言い、いつも、「うーん。」と首をかしげていた四つ上のお姉ちゃんは

「いいんじゃないの」

と言ってくれたらしい。中学の頃からのことだから、もう十人くらいにはなるみたいだけれど、いったいどんな女の子とつきあってきたんだろう。私の前の彼女の話は聞いたことがあるけれど、金髪で、分数の足し算ができなかったなんて言っていたし。

 春人の実家でのひと時はカルチャーショックだった。お母さんは、ベリーショートでとてもボーイッシュ。ちょっと鼻が低くて、決して美人ではないけれど、濃い化粧が似合う、宝塚スターのような華のある人だった。春人はお父さん似だった。お父さんも歯並びが綺麗で笑うと三日月目。浮気も納得の実年齢より若いかっこいいおじさんだ。春人の家は私には、とても円満で、言いたい放題の楽しい家庭に見えた。でもあまりにも下世話。おじさんはおおっぴらに私たちに言った。

「で、もうやったんか?」

春人はにやにや笑って答えなかったし、私はなんて言っていいかわからないから下を向いて恥ずかしそうにした。お母さんもお姉ちゃんも慣れっこなのか、あきれたように笑いながら、お父さんを見るだけだった。


 お母さんと会ったのはそれ一回きりだったけれど、お父さんとは何度か会った。なんと、お父さんの彼女とのダブルデート。理解できない組み合わせだけれど、春人は何にも思わないようだった。体のいいアリバイ作りだったんだろうけれど、四人で飲みに行ったこともあるし、お父さんのBMWでちょっと遠出したこともある。

 お父さんの彼女は二十六歳で、二十歳の私とそんなに変わらない。夜の商売をしていて、私も似たようなバイトをしていたから、二人、友達になれるとでも思ったのかな。彼女はお父さんのことを「まーくん」と呼んで、私たちの前で平然といちゃいちゃばかりしていて、とても友達になれそうにないタイプだったけれど。

「おばさんには内緒じゃけん」

そう言って私にウインクするまーくんと呼ばれた時のお父さんは、本当に、二十代に見えるくらいつやつやして若かった。むしろ十センチくらい背が低い分、春人よりも幼いくらいに見えた。


 お父さんの無茶ぶりには女として少し閉口だけれど、私は自然体の春人が大好きで、いつも一緒にいたかった。春人もそうだった。時にはこんな意味深な会話もした。

「ねえ、あたしたちっていつまで続くと思う?」

「うーん、わからん。俺、先のことは考えん主義じゃし。」

「結婚する?」

「してもいいし、どっちでもいい。どっちにしても、三十まではそんなんする気はない。」

その答えは私の気に入るものだった。そう、将来の約束なんて無意味だもの。


 春人のマンションと私のアパートを父親名義のスカイラインで行ったり来たりして、夜も、昼も、朝も、二人でいつもべったりじゃれあっていれば幸せ。二人の遊びはもっぱらドライブ。倉敷まで行ったり、浜田に行ったり、岩国に行ったり、時にはフェリーで四国にまで足を延ばしたり。毎日が楽しくて、あっという間の一年だった。春夏秋冬が一通りめぐって、二度目の春、 私たちは大学四年生になった。




 私は文学部、英米文学科。クラスメートはみんな、資格試験を受けたり、国家試験の勉強をしたり、外資系の会社にコネをもらったりしている。でも、私は、ただ英語が得意で、入りやすかったからこの学科に入っただけで、どこかに就職して働こうという強い意識に欠けていた。資格試験も高校の時にとった英検二級止まり。私は今やってるバイトで生活をしてもいいと思ってるし、別にそこそこ食べていければ何をやってもよかった。「人は食べるために生きるのではなく、生きるために食べるのである」と、そこだけはソクラテスのように強いポリシーを持っていた。だから就職によるしがらみや、責任は、パスしたかった。いつでもやめられる、思いついたらどこにでも行ける、チャンスがあれば何にでもトライできる、そんな状況でいたかった。世界中を旅して行ける、そんなチャンスを漠然と待っていた。

 ただ、卒業だけはしたかった。親にも留年は絶対させないと言われていたし、せっかく入ったのだから、ちゃんと出なきゃ。もう一年大学生なんてうんざりだ。遊び呆けただけの大学時代にはもう飽きた。

春人も、卒業したいという点では私とほとんど同じ考えだった。私と同じ、いい加減野郎。三年間で遊び疲れた。だから今年は、卒業するために、二人は大学四年目で、一番熱心に学校に通う羽目になる。他の同級生が週一日しか行かなくていいのに、私は週五日。春人は週六日。一年生よりひどい。「早期英語教育と母国語の形成の中立点」なんて追究して、卒論もがんばった。

 

前期試験が終わった七月、私はなんとかなりそうな状態だった。でも、春人は危なかった。ぎりぎりのくせに、朝に弱い彼は、一時限目の講義に遅れることが続いて、必須科目の一つを落とした。

「やっぱ留年かのう。」

そう言いながら、それほど焦ってもいない様子で

「なるようになるか。」

なんて居直っている。あと一息、肝心なところでがんばれないのは私以上だ。卒業できたら、まーくんの経営する運送会社に入る予定だし、留年しても、翌年卒業すれば条件は同じ。お気楽なものだ。車の運転は大好きなのだから、トラック野郎は彼にとっての天職と言えば天職かもしれない。おまけに社長のイスは自動的に用意されている。


「春人には夢はないの?」

そう聞いてみたことがある。

「別にない。」

即答だった。夢に向かって努力するというのがそもそも向いてないと言う。超現実主義。刹那主義。今を楽しむ人。だけど、だからと言って、今、なにかに燃えて楽しんでいるというわけでもない。ドライブ行こうと言ったら、二つ返事でOKだけど、あとはのんべんだらりと毎日を過ごしているだけ。大学だって、中学からのエスカレーター。中学受験の時にはそれなりに勉強はしたみたいだけれど、もともと頭は悪くはないから、別にそこまでがんばらなくても受かったようだ。

 努力してない点では同じだったけれど、これではいけないと思い始めた私と、これでいいと思ってる春人には、大きな隔たりがあった。一年経って、私はようやくその隔たりに気づいた。

 三年の夏と四年の春に私はバイト代を貯めて海外旅行をした。一度目はバイト先の仲間とグアム、二度目はセリとバリ島。春人も誘ってみたけれど、飛行機が苦手だからと行かなかった。春人は車のドライブなら何時間でも平気だし、高校時代は摘発されない程度の暴走族もどきもやっていたらしいのに、高いところは苦手なのだ。

「私はいつかは世界中を旅して紀行文を書きたいんだ。仕事としてじゃなくても、アルバイトをしながらでも…」

「へえ、おもしろいね。でも大変そう。」

私が夢を語っても、春人の反応はそれだけだった。高いところは苦手。高い夢を持つのも苦手。シャコタンでビリビリ振動を受けながら、いつまでも地べたを這いまわるのが好きなんだ。



 八月、私はお盆をはさんで一週間帰省した。二年になってからは長期休みもバイトを理由に、せいぜい一週間ほどしか実家には帰らなくなっていた。田舎の友達とは疎遠になっていたし、広島の生活が楽しくて、実家に帰る気なんてしない。

「就職はどうするの」

母に聞かれ、

「してもしなくてもいいと思うてる。あたし、そのうち世界中を旅するから。」

なんて大真面目に答えると、そこにいた父からものすごい大目玉をくらった。

「なんのために大学に出したと思うとるんか。おまえは働くと言うことをどう思うとるんか。ちゃんとした会社に就職しないんなら家に帰ってうちの会社を手伝いなさい。」

母に目で助けを求めても、母も同じ顔で私を見ていたから、バイトでいいやなんていう甘い気持ちがこの時一気に吹き飛んだ。私には、遠い将来まで見据えて今を生きるということができないから、会社に就職するということと、バイトとの違いが今一つよくわからない。だけど、もう親の目を気にするような生活なんて二度としたくないし、こんな田舎でくすぶりたくない。だから私は親の目の届かないところに、形だけでももぐりこもうと思った。

 セリはすでに、地元の大手繊維メーカーに、親戚のコネで内定していた。彼女は一見、私と同じでふらふらしているようで、決めるところはきちっと決める。ゼミで唯一進路が決まっていない私は、みんなにやり方を聞いて、遅ればせながら大学の事務課で手当たり次第書類に目を通して、私でもできそうな仕事を探した。その仕事で一生やっていこうとか、そんな決意はまったくないものの、適当に仕事して、三年くらいで寿退社、なんていう結婚願望もまったくない。どこか適当に、おもしろそうで、できれば親も納得する、体裁のいいところに所属できれば十分。バイトの延長戦のような気分で。


責任は負いたくないくせに、男と肩を並べて働くということには憧れていた。だから、お茶汲みやコピー取りに明け暮れるようなベタなOLは嫌だった。男女雇用機会均等法は可決されたけれど、まだ施行されていない。こんなお嬢さん大学に来る案内なんてたかが知れていたけれど、そんな中で、目に留まった一社があった。大手バス会社が、来年から子会社として新しい旅行会社を設立するというもので、そのスタッフを若干名募集していた。多くのバスガイドを抱える会社だからこそ、男女の差なく、広く幹部候補生を求めているという内容だった。

 旅行業のことなんて、なんにもわからなかったけど、なんとなく夢を売る楽しそうな仕事に思えた。世界中を旅することもできるかもしれないから一石二鳥。

 私はさっそく履歴書を送ろうと所在地を見ると、なんと神戸。一瞬考えた。だけど、私を広島に執着させるものは何もなかった。 どこでもいい、神戸も悪くない、そう思って入社試験の申し込みをした。運命の糸なんて信じないけれど、もしかして…なんてことも頭の隅にちらっとかすめた。


春人は私の予定を聞いて、ぽかんとしていた。私はずっと、彼のそばにいるものと思い込んでいたから。

「なんで。」

そう言ったきり黙り込んでしまった。


ふわふわの生ぬるい春風が、突然冬の寒風に変わってしまったような変化に春人はついて来られないでいた。春人とのちゃらんぽらんな生活は楽しい。ずっと、何も考えないで、快楽だけを感じていたい。けれど、このままずっと大学生でいられるわけはない。私たちはもう、いつまでも、昼下がりのお昼寝を楽しんではいられないのだ。

「でも、まだ受かるかどうかわからんから。」

そう濁して、私は春人と、今まで通りの仲良しごっこを続けた。べったりと寄り添って、春人に頭をなでられながら、私は時々ふと、別の人を思い出したりしていた。




少し肌寒くなった十月。各社の入社試験がほぼ一斉に始まった。目指す会社に向かって、私は朝早く、広島駅からひかりに乗った。銀の柵を通って降り立った神戸の街は三年前とちっとも変わっていなかった。森英恵のスーツを着込み、大人の顔した私でも、あの頃と同じにすっぽりと受け入れてくれる、懐かしさとくすぐったさがあった。

筆記試験と面接は十時から。予定通り、お昼には終わった。どうしても入りたい会社でもないし、結果なんてどうでも良かった。私の心は、この神戸に降り立った瞬間から、このところ、消えかけては現れていた光との思い出でいっぱいになった。

三宮の街中、人込みのどこかに、光が歩いていないかと絶えず目をこらして歩いた。元町の、光のアパートへの行き方はまだ覚えてる。だけど、会おうなんてそんな気はない。だって、もう、三年も会ってない。最後の電話は二年前の春。


ナオと別れ、春人に出会うまでの一年四ヶ月、気持ちが沈んだ時には光に電話して、元気づけてもらったりした。バイト代をためて電話を引いてからは光からもたまに、思い出したように電話が入った。だけど、光が電話をくれた時は私はいつも新しい彼と盛り上がっていて、光につれなかったり、思いっきりのろけたりした。光の方も、彼女とよりをもどしてよろしくやっているようだった。ただの電話友達。元恋人。そんな位置づけで、二人はお互いの近況をただ伝え合った。

 とっかえひっかえ男を変える私を、光は

「おまえももう二十歳なんやし、もう少し大人になったら?」

と言った。

「一度決めたら一人の男と一生つきあうのが大人なん?」

「そういうわけやないけど、もっと地に足つけて、自分を大事にすればええのに。」

「あたし、そういうの嫌い。いつも自由でいたいんだもん、いつも旅してるってのが理想なんだ。」 

そう、「Just wanna go a-travelin’」 心はいつもトラヴェリング。あの、カポーティのクールなホリー・ゴライトリー。だけど本当は、ホリーになれそうで、決してなれない。そんなにまっすぐには生きられない。


「従姉の姉ちゃんもな、そんなこと言うとった。おまえ、なんかちょっと似てるんや。姉ちゃん、今は結婚して、幸せになってる。」「『ティファニーで朝食を』もいいかもしれんけどな、結婚して一番大事なのは今の幸せを壊さない、安定した生活だって言うとったで。」

私は光の従姉の姉ちゃんとは違うし、会ったこともない姉ちゃんのこと聞かされてもピンとこない。でも、その従姉の姉ちゃんは光にとって絶大な存在のようで、女の生き方めいた話になるとよく出てきた。お父さんは否定したけれど、お母さんが私に似ていると言った人。


 春人とつきあうようになって、私は光に本当のお別れの電話をした。

「本気で好きになれる人ができた。」

そう言って、暗に光にもう、電話をしないこと、してこないでほしいことをほのめかした。察しのいい彼は、

「わかった。おめでとう。がんばれよ。今度は本物やとええな。」

なんて言って、それからぷつりと連絡が途絶えた。それが二年前の春だ。光とかわした最後の会話。光は本当に、あれから二度と電話をかけてこなかった。最後通告をつきつけたのは私。だけど、いつだって、そんなの全然おかまいなしに、絶妙のタイミングでかけてきたくせに。


どんなに目をこらしても、光は偶然私の前を通りすぎたりしなかった。そんなこと、わかってる。私は夕方までなんとなく三宮をぶらぶらして過ごし、ほんのり日が落ち始めた頃、光と入ったことのある喫茶店でコーヒーを飲み、ピンク電話の前に立った。

こんなに早く、家に帰ってるはずない。わかっていたけど、どうしても、電話せずにはいられなかった。指がまだ、光の家の電話番号を正確に覚えていた。回す度、じーっと戻ってゆくダイヤルが、光との時間を一つ、また一つと巻き戻す。

「はい、もしもし。」

懐かしい、人のよさそうなお母さんのちょっとハスキーな声が聞こえた。丸っこい指をきゅっと膝で結んで、真剣に私に説いてくれた人。

「広島の棟家ですが、お久しぶりです。」

面接試験もこなしていたので、ちょっと大人の気分でお母さんに挨拶した。シルバーグレーのタイトなスーツに身を包んだ私は、傍目に見れば、立派な社会人に見えただろう。

「あら、まあ、元気やった?」

お母さんは覚えていてくれて、懐かしそうに返してくれた。


「ちょっと用事で神戸に来たもので、電話してみたんですけど。」

正直に言うと、お母さんはすぐに察してくれて、

「あの子まだ帰ってへんけど、いつまでおるん?連絡してみようか?」

なんて言ってくれた。私は「ドミノ倒し」という喫茶店の名を伝え、あと、一時間くらいここにいることを告げた。だけど、喫茶店の電話はそれから一度も鳴らなかった。ドアがカランコロンと開くたびに目を向けたけど、懐かしい顔は現れなかった。

四十分後、私は状況を確かめるために再び彼の家に電話をかけた。お母さんは光の会社に電話してくれたけど、彼は出ていたので、会社の人に伝言を頼んだらしい。すまなそうにもう一度連絡をとってみると言ってくれるお母さんに、私は曖昧に返事して、もうしばらく待ってみますと言った。

一時間経っても何の連絡もなく、私はさすがに苦笑いするしかなかった。本人に連絡がつかなかったのか、光が私に連絡する気がなかったのか。前者だと思いたい。一時間半がすぎて、私は再度光のお母さんに連絡を入れ、もう帰る旨を伝えた。お母さんはあきらめた様子で、あっさりと、「元気でがんばりや。」なんて励ましてくれた。

その後、アパートにも電話がかからなかったことから考えると、光は連絡を受けていて、私に連絡をするのを避けたと考えるのが一番妥当だと思える。

― 別にいいじゃない、そんなに避けなくても。

ちょっと悲しかった。壁にかけたグレーのスーツが、九州へと誘ってくれた光を拒んだあの日の私を思い出させた。


春人には光のことは言ってない。今回のことも言わない。だからその分春人に甘えた。春人は「落ちたらええのに。」と何度も繰り返して言った。私ももう、就職なんてどうでもよくなっていた。春人と一緒にわざと留年でもいいかな、努力しても留年だったと言ったら、親も仕方なく認めてもくれるかな、なんて投げやりに思っていた。人のこと言えない甘ったれ。

だけど、英会話少々、言われれば北極でも南極でもどこでも行きます、なんてはったりが効いたのか、しっかり受かってしまった。それはそれで嬉しかった。そうと決まればその方向で気持ちを立て直す。私は順応性が高い。


就職が内定し、卒業も確定し、周りの雰囲気に感化され、私は徐々に新しい生活に希望を燃やしていた。大学の四年間は閉ざされた時代だった様な気がする。自分の責任で、自分のやりたいことをやりたいようにやってきた。だけど、何をしてきたかと言えば、くだらないことばかりで、これといって挙げられるものなんて何もない。自分の道を切り開くために大学に行くんだ、なんて張り切って入ったくせに、一週間で挫折した。私はもっと、実りのある生き方がしたかった。自分にどんな力があるのか、何ができるのか、試してみたかった。それには、春人は邪魔だった。

彼といると楽しかったけど、それだけで、それ以上のものはない。彼と離れて一人で生きて行くためにも、私は神戸という新境地で新しい自分になるんだ。春人と今の環境で別れる自信はない。こんなに居心地のいい場所はなかなか捨てられない。彼と一緒に車に乗ってはしゃいだり、ぼーっとして、いちゃついてばかりいる自分に見切りをつけて、自分の生きる道を能動的に切り開いてみたかった。それには、彼と必然的に離れなくてはならない環境が必要。私はもう、一人じゃ寂しい十八の女の子ではない。もうすぐ二十二歳になろうとしている。神戸への就職は新しい私になるための好条件になっていた。スーツの似合う、一人でも生きられる私に。


春人は留年を決定的にして、居直っていたけれど、私の神戸行きが確実になってから、少し変化が見え始めた。退学して自分も神戸でフリーターすると言ってみたり、これから自分は一年留年して、いろいろ勉強して、親のコネじゃなく、ちゃんとした企業に就職するから、その時は一緒に暮らそう、なんて言ったり。

「何それ?」

ととぼけると、

「プロポーズ」

なんて照れて言う。

つきあって丸二年、ほとんど同棲のように一緒にいたけど、今まで一度もそんなこと言った事ないのに。将来の事なんか真剣に考えない、約束なんかできないけど、私の事、そのまま、今、好きだと言ってくれるとこがよかったのに。

多分、光より、春人の方が好きの密度が濃いと思う。一緒にいた時間がぜんぜん違う。彼の事、すべてわかってる。だから、よけい怖かった。「愛」だとは思ったけれど、一緒に堕ちていくような「愛」はいらない。

わかりあえるから、安心できたけど、その分つらくもあった。春人の悪いところも知りすぎていた。嫌だと思う密度も濃い。

「あたし、卒業したら仕事に生きるんだ。」

本当にそんな気になっていた。

 春人はもう何も言わなかった。私の決意が固いのを見て、無意味な引き止めはしなかった。


三月。引っ越し荷物は全部送り、小さなボストンバッグ一つ抱えて私は神戸に旅立つ。春人は白のスカイラインで広島駅まで送ってくれた。助手席から盗み見る春人の横顔は鼻筋が通ってすっときれいで、見とれてしまうほど。運転しているときの顔が一番好きだった。いつもは優しい三日月目が、きりっと上がって凛々しくなる。だけど私は助手席に座って彼を見ているだけで終わりたくはないから。

私たちはホームで笑って手を振った。恋人同士のまま、会う約束なんてないまま。


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