涙のエイプリルフール
今思えば、あの嘘は彼女の心からの訴えだったのかもしれない。
高校生の僕は恋をしていた。
学校では明るさと優しさで人気者だった。彼女は光で、僕は影。
住む世界が違うと思っていた。
「初めまして、私は逆井真希。貴方は?」
僕はクラスに馴染めなくて屋上で本を読んでいた時だった。その時、屋上に来た彼女に初めて話しかけられた。
それから少しずつ話すようになって、昼休みは一緒にいることが多くなった。
「ねぇ、純平くんは余命宣告されたら何する?」
その質問は突然だった。
図書室で本を読んでいた時、隣に座って空を眺めていた彼女が突然聞いてきたのだ。
「僕は思い出を作るかな」
「思い出?」
「うん。自分に対しての思い出じゃなくて、自分以外の人の心に残るようにしたいんだ。僕が生きていたって証拠だから」
「純平くんらしいや」
逆行で彼女の顔は見えなかった。
僕が言った事を彼女はどんな風に受け止めたのだろう。
それから僕達は高校三年生になった。
彼女とは春休みも遊ぼうと約束をした。春休みの間に図書館に行ったり、映画を観に行ったり、色々なことをした。
そして-4月1日-
僕は長年の想いを彼女に伝えた。
「僕は真希が好き」
彼女は一瞬嬉しそうな顔をしたが、すぐに悲しそうな顔をしてた。
「ごめんね。純平くんは友達としか思えない」
彼女にはフられてから高校生活は変わった。
僕と彼女は話さなくなった。そして、始業式から2週間後から彼女は学校に来なくなった。
僕に会うのが嫌なのだろうか。負の感情が心に渦巻いてる時、彼女が学校に来なくなって2ヶ月経った日に僕は校長室に呼び出された。校長室には校長先生と知らない女性が座っていた。
40歳くらいの女性が僕の方を振り向くと
「入江純平くんね」
と聞いてきたのだ。僕が肯定の意味をあらわして頷くと女性はバックの中から1通の手紙を出した。
「私は逆井真希の母の美紀子です。これは真希から貴方への手紙です」
僕は手紙を受け取り、読むことにした。
『純平くんへ
私は純平くんに会えて幸せでした。
ずっとそんな日が続けばいいと思っていたけどそれは不可能でした。私は病気で余命宣告されました。
いきなりのことで、私は絶望で胸がいっぱいでした。でも、純平くんが思い出をつくると言った時、いつまでもウジウジしていちゃいけないなと思えた。だから、ありがとね。
純平くんといっぱい遊んで話をして、その思い出は私の宝物。
ねぇ、純平くん
私は貴方のそばにいられて救われました。
それから告白のことだけど、その日は4月1日。
今までありがとう 真希』
手紙を読み終えると美紀子さんが言った。
「真希は1ヶ月前に亡くなったんです。遺品整理をしている時にその手紙が机の中にあったの。純平くん宛だから渡した方がいいと思って持ってきたの」
真希は亡くなった。
それを聞いて僕は悲しかったのに涙も出なかった。
放心状態でどうやって家に帰ってきたのかは知らない。真希が死んだと聞いたのは嘘かもしれない。そう思っても手の中にあるものが現実だと思い出させられる。
「.....真希」
死んだと聞いてから3週間後、僕はもう一度手紙を読んだ。
『それから告白のことだけど、その日は4月1日。』
どういう意味か考えた。
4月1日.......エイプリルフール
嘘なのだ。
「じゃぁ......!」
僕と彼女は両想いだったのだ。
僕は手紙を握りしめながら、大声を出しながら、泣いた。
あれから5年、大学生の僕は彼女の命日になると花束を持ってお墓参りに行く。
「来たよ。久しぶりだね。大学は大変なんだ。今はーーーー」
僕は彼女の墓の前で世間話をした。普段していることやドジったこと、大学生活のこと。返事はないけど話した。
「そろそろ行くよ。.......また来るから」
そう言って墓地から出ると花を持った彼女のお母さんに会った。
「毎年、ありがとう」
彼女のお母さんは前より痩せていて顔色が悪くなっていた。一人娘をなくした母親の辛さは並大抵のものじゃないだろう。
僕は彼女のお母さんに頭を下げた。すると、笑顔を浮かべていた顔が哀愁を漂わせる表情に変わった。
「純平くん、もういいのよ。5年間、真希のことを想っていてくれたことは嬉しいわ。でもね、真希は死んだのよ。そして、純平くんは生きている。貴方は新しい人生を歩んでもいいのよ。真希を忘れても真希は貴方を恨まないわ」
「何度も思いました。忘れよう、新しい恋をしようって。でも、無理だった。僕は死んでも真希が好きで好きで仕方が無い!.....両想いだったんです。.........真希と僕は、両想い、だったんです!僕は想いを消したくない.....だから、想い続けます。お母さんには悪いですけど.....忘れられない」
「そう。でも、いつまでも縛られてはダメなのよ。貴方はまだまだこれからなんだから」
彼女のお母さんの言葉を聞いてから僕は立ち去った。
それから僕は変わらず、彼女の命日には花を持って墓参りをした。
忘れることが出来なくて、あの時から一歩も踏み出していない。
社会人になって、仕事が安定してくると見合い話がきた。僕は断る理由もなく見合いに応じた。
それでも付き合うまではいかない。
そんな僕の行動に僕の両親がいまどき珍しい政略結婚をさせた。僕の家はそこそこのお金持ちで有名な会社でもある。
相手は社長令嬢。
僕は政略結婚をするしかなかった。
「不束者ですが宜しくお願いします」
妻となる女性が僕に挨拶をする。しかし僕は
「僕はあなたを愛することは無い。会社のために結婚したんだ」
と冷たく突き放した。
結婚はしたが、相変わらず真希の墓参りに行った。
子供が出来ても彼女の命日には花を持ってお墓に行く。
そんな時、妻は僕に怒鳴りつけた。
「純平さん、今日は透の入学式だったんですよ」
「僕は仕事で忙しい」
「私、知っているんですよ。入学式の日は仕事は休みだったって。私のことはいいです。でも、透はあなたの息子です。愛してあげてもいいじゃないですか!」
彼女は妻、透は息子。
そんなことはわかる。
大切にしないといけないことも、愛さなくてはいけないことも。
それでも僕は......
「僕は最初に言ったはずだ。僕は君を愛さない。会社のために結婚したと。それは息子でも変わりない」
彼女以外を愛せない。
「いつまで、死んだ人のことを思っているんですか!」
妻の言葉を聞き、驚いた。
「なぜ知ってる!」
「知ってます。貴方の両親に聞きました。真希さんのことを、貴方がどれだけ彼女のことを思っていたのかを。でも!彼女は死んだんです!愛情を私たちに向けてくれてもいいじゃないですか!どうして真希さんなんですか!妻は私です!今、そばにいるのは私です!透は貴方と私の愛の結晶何じゃないんですか!私は純平さんのことを愛しているんです。死んだ人じゃなくて、私を見てください」
心が一気に冷めていくのを感じた。
妻と結婚したのは会社のため、子供をつくったのは後継者のため。愛のカケラのこれっぽちもない。
「僕は真希を愛している。君を見ることはこれから先、永遠にありえない。透は君との愛の結晶じゃない。後継者をつくるためだ。最低でも、罵ってもかまわない。君にはその権利がある。もう一度言う。僕が愛するのもこれから先ずっと真希だけだ」
それだけ言い、家を出た。
真希が生きていたら何か変わったのだろうか?
大きくなくもいい。普通の家に住んで家に帰ると真希が笑顔で迎えてくれる。そして「ただいま」と言うとパタパタと元気なそして軽やかな足取りで僕と真希の子供が出迎えてくれる。
そんな普通の幸せ。
「真希......会いたい」
曇り空を見上げると自分の心の心のようだと感じる。
会社に向かうはずが僕は真希のお墓に来ていた。ただ何も話さずに真希のお墓を見つめる。
雨が降ってもただじっと見つめた。
すると頭上に傘が現れた。隣にはいつの間にか真希のお母さんがいた。前よりも白髪とシワが増えた。
「風邪、ひいてしまいますよ」
「前に.....真希を忘れて新しい人生を歩んでと言ってましたよね。僕は結婚しても子供が出来ても忘れられなかった。真希を忘れられないんです」
情けなく彼女の母親の前で泣いてしまった。
「あの時は純平くんの気持ちを考えていなかった。真希は幸せ者ね。こんな良い人に想われて......真希を忘れなくてもいいわ。貴方がそれで笑っていられるなら。私があの時、言ったのは貴方が辛そうに見えたからなのよ。ごめんなさいね」
「僕は真希が好きです。真希以外考えられない......でも、今日で最後にします。家族と、妻と息子と向き合います。じゃないと、死んだ時に真希に殴られてしまうから」
「そうね。あの子ならやりそうね」
真希
僕の心はこれからも永遠に真希のものだ。
だけど、今はごめん。
僕には家族がいる。君は厳しくて優しいから今の僕のままで死んだら怒るだろう?
だから、愛は捧げられないけど家族を大切にしようと思う。
僕が死んだら一番に真希が迎えに来て欲しいな。
話したいことが沢山あるんだ。それから、告白の返事を聞きたい。
「真希、好きじゃないよ」
4月1日
『真希、好きだよ』
エイプリルフール