オデンとおでん
サブタイややこしい……
--前回までのあらすじ
串をぶん投げたらトカゲが消滅した。そして4段目の引き出しに隠された秘密とは……!?
オデンは困惑していた。串を手に取り、トカゲ男に向かって投げると決めた瞬間脳裏をよぎったヴィジョン。
自然と口から紡がれた言葉、それにグングニールという名前。
何より一切を消滅させるその威力に戦慄していたのだった。
「でもなんで串なんだよ……」
見事な結果を生み出したにもかかわらず、細かいことにこだわり続けるオデン。
『そんなことを気にするより、先にやるべきことがあるのでは?』
オデンが色々と思考していると、側から声をかけられた。そうだった。と思う反面、オデンは思う。お前が言うな!! と。
ともあれ、先ほどのトカゲ男に襲われていたであろう少女に声をかけることにする。いきなり自分を襲っていた存在が消滅してしまったことで、少女は状況が掴めていないようだ。
オデンは少女に手を差し伸べ……たところで気付く。
「なんだこれ……籠手……か?」
オデンの右手には甲冑の一部と思しき籠手が装着されていた。五指の先から肘の辺りまで覆われたそれは漆黒。
重量も感じず、全く違和感がないため、今の今まで気付いてなかったのである。
流石にこの手を少女に差し出すのはなんなので、オデンは改めて左手を少女に差し出した。
『少女の体温を肌で感じたいと……本当にいやらしいですねマスター』
「お前はちょっと黙ってろ」
オデンにはそのような目的はなかった。ほんとに、本当になかった。
どこか禍々しさを感じさせるその籠手を、年端もいかないであろう少女に向けて差し出すのは、流石に威圧してしまうのではないかと危惧したからだ。
「大丈夫か?」
「え……? あ、はい大丈夫です」
呆然とする少女がようやく差し伸べられた手の意図に気付く。少女はオデンの手を取り、立ち上がった。
「助けてくれた、んですよね。ありがとうございます!!」
「無事か? 間に合って良かった」
オデンは感動していた。生まれて初めての人との交流に、自分が助けた少女の手の温かさに。
『マスターの体温が上昇中。やはり少女の肌に触れたことで興奮を……』
そしてその感動は一瞬で台無しにされてしまった。
「あの、どうかしたんですか?」
オデンの様子を見て少女が不安そうに声をかける。
「いや、なんでもない。それより君はどこから来たんだ? 俺もちょっと迷ってたから、近くに町があるなら案内して貰えるとありがたい。」
どうやらメルの声は他人には聞こえないらしい。まあ屋台がいきなり喋ってたらびっくりするだろうしちょうどいい。オデンはそう理解した。
『あ、外部へも音声として伝達することは可能ですよ』
「せんでいい」
彼女の提案を一蹴するオデン。
『チッ』
舌打ちが聞こえた気がしたが、彼は聞こえなかったことにした。
「私の住む町がここから少し離れた場所にあります。そんなに大きくはないんですけど……」
「大丈夫だ。さっきも言った通り迷ってて困ってたんだ。良かったら俺が送っていくから案内して貰ってもいいか?」
「あ、はい。それは凄く助かります。でもお兄さんはどうしてこんなところに?」
どうやら今いる場所は「こんなところ」と呼ばれるような場所のようだ。それこそ少女がここにいることの方が不思議に思えてならなかったが、あえて触れないことにする。
「えーと、ちょっと旅をしてたら場所がわからなくなってな……」
「そうなんですか、旅をしてるんですね。もしかして行商の方なんですか?」
と、少女がオデンの後ろにあるメルの姿を見ながらそう尋ねる。
その様子を見てオデンは閃いた。ただの旅人と名乗るより、少女の言う通り行商人を装った方が都合が良いと。
「ああうん、もし商売になるようなら露店でも開こうかと」
「そうなんですね! お礼に私も何か買わせて貰おうと思います。何を売ってるんですか?」
そしていきなり突っ込んだことを聞かれて困ってしまう。商材については何も考えていなかったからだ。思いつきを口に出すのは良くないという良い例である。
『おでんです』
「えーと、おでんを売ってるんだ。ってちょっと待てお前おでん屋台なのかよ!!」
メルからフォローが入ったと思いきやいきなりツッコミを入れる。屋台でおでんを売っていて何がおかしいというのか。
「おでん……ですか? 聞いたことがないですけど……」
「え、マジか。おでんを知らないのか」
てっきり言葉が通じるし、髪の色も黒いから日本人かと思っていたオデン。残念ここは地球じゃない。
「はい、おでんとはなんでしょうか」
「えっと、こんにゃくとか大根とかを出汁で煮込んで作る料理なんだが……」
「料理……ですか?」
(おいメル、おでん屋台ってことは材料とかあるのか?)
先ほどのように勢い良く口走って怪しまれるのを危惧したおでんは、思考でメルに話しかける。実際オデンとメルの精神は繋がっているので、口に出す必要がない。全くもって今さらである。
『はい、材料についてはマスターの精神力を消費して生成可能です。むしろ調理の必要もほとんどありません。ご指示頂ければアッツアツの出汁の中に切った状態の材料を生成出来ます。出汁についても同様です。ただし煮込む必要はありますので、具材を生成してすぐに召し上がれ!! とは言えませんが、出汁の温度調節も最適と思われる温度に設定してあります。出汁はカツオをベースに、昆布出汁を少々、もちろんからしも生成可能ですのでお任せください。いつでもアッツアツです。マスター』
何故か異様に饒舌になるメル。一体何が彼女をそうさせるのか。
(要は煮込む必要はあるけど、具材はいくらでも用意出来るってことだな)
『イェスマイマスター』
物凄く誇らしげに応えるメル。どうやら彼女はおでんに関して並々ならぬ情熱を持っているようだ。
(となると見せてやりたいが煮込む時間が必要か……)
『ご心配なく、こんなこともあろうかと、大根、じゃがいも、こんにゃく、ちくわは既に準備出来ております。残念ながらスジ肉とたまごに関しては生成するのに多少時間を要したことで十分に煮込む時間がありませんでした。悔しい』
いつの間に……と思わなくもないオデンだったが、確かにこのままアテもなく歩いていては、いつかは空腹に見舞われていたかもしれない。そういう意味では彼女の行動をバカにするわけにはいかなかった。
「よし、じゃあ少し休憩していくか。ちょうどいいからここで少し食べていこう。ほら、そっちに椅子があるから座って」
「え、ここで、ですか? でも私今お金持ってないんです……」
少女が少し残念そうに俯く。
「ああいいよ、道案内して貰うから案内料ってことで。それに君の町でおでんが売れるかどうかも感想聞きたいしね」
「本当ですか?」
その言葉を聞いてパッを顔を上げる少女。言葉遣いは丁寧だが、こういう仕草を見ているとやはりまだ子供なんだな、とオデンは思った。
早速おでんを更に盛ろうと、棚にあった皿を手に取り、おでんだねを掬っていく。
『マスター、おでんだねを救う時はそっちの穴空きお玉を使ってください。出汁はジャブジャブにならないように最後に出汁だけをかけてください。今はどこから出汁を掬っても構いませんが、今後はスジ肉のところからお玉半分ほど、その後にお玉一杯分をじゃがいものところから掬うようにお願いします』
(って細かいな!!)
内心でツッコミつつ、逆らうと怖そうなのでメルの指示に従い、具を皿に盛っていく。
見た目からしてそこまでたくさんは食べられないと思い、一つずつ取り分け、少女の前に皿を置いた。
「これが……おでんですか?」
やはり初めて見た。という風に、おでんをまじまじと見つめる少女。
箸は使えるかわからないから、とりあえずフォークを手渡しながら、おでんは少女の反応を見る。別に自分が作ったわけでもないのに。
少し不安そうに見ていた少女だったが、皿から立ち上る湯気と、香ってくる出汁の匂いに我慢できず、喉を鳴らす。
少女に皿を出した後、オデンも自分の食べる分を盛ることにした。別段腹は減ってるように感じなかったが、味見は大事だと心中で言い訳していた。
『フフフ、私がマスターに呼ばれるまで試行錯誤し続けたこのおでん。どうぞ召し上がれ』
頭の中で何か声が聞こえた気がするが気にしないことにするオデン。
そして少女がチラチラとオデンの方を見ていることに気付く。
(あ、そうか)
食べ方がわからないのか、はたまた自分から食べ始めるのは悪いと思ったのか、少女はおでんを気にしながらもオデンの方を伺っているようだった。
「よしじゃあ食べようか。別に食べ方とかもないから、自由に食べちゃっていいぞ」
「はい、いただきます!!」
「いただきます」
二人は自分の皿に盛られたおでんへと手を伸ばすのだった。
乗り物とはなんだったのか




