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二話

 御幸線は町の中心部に向かうものではなく、山の合間を潜り抜ける路線だ。窓の外では青い田んぼばかりが過ぎ去っていく。

 ここでもまた栞奈は『銀河鉄道の夜』のあのシーンだ、とでも思っているのだろう。祥子には簡単に予想できた。何だかんだ言って祥子は栞奈のことをよく理解していた。

 祥子はもう一度田んぼをよく見た。けれどどれほどひねくって考えても、祥子にはやはりただの田園風景にしか見えなかった。


 栞奈はカンパネルラのことが大好きだ。なれることならば自分はカンパネルラになりたい。いや、カンパネルラのような人間になってみせる。中学時代の彼女の読書感想文にはそんな文があった。ともすれば私の役どころはジョバンニか。冗談じゃない。祥子は眉間に皺を寄せた。

 どんなに考えても自分の足は地についたままで、ふわふわと空を飛ぶことなど無理としか思えなかった。やはり自分はファンタジーとは相容れない。祥子にとってその考えは決して覆らないものだった。



 祥子は栞奈の横顔をちらりと盗み見た。目を伏せている彼女は儚い存在に思える。しかしどこか人を惹きつける。陰気な雰囲気を隠せない自分と違い、栞奈が一度ひとたび微笑めば人の笑みを誘うだろう。


 栞奈は他人から好かれる人となりをしている。祥子とはまるで真逆の人間である。それは祥子が心から認めていることだった。

 栞奈と祥子、二人が笑顔で並んでいれば誰もが栞奈の元へと寄るだろう。事実栞奈の周りにはいつも人の集団ができていた。人気者の栞奈ではなく、陰気な自分に近寄る人間は物好きぐらいのものだ。祥子はいつも自分を見下して考えていた。それが自他共に相応しい評価だと信じて疑わなかった。


 栞奈のそばにいると、どうしても自分が惨めな存在に思えてしまう。思わないようにすればそれでいいけれど、それをどうにもできないくらい子どもであった祥子は、年が経つにつれ、自然と栞奈と距離を置いていった。

 多感な時期であることもあり、栞奈もまた直感的に理由を悟ったのだろう、何も祥子に問い掛けてはこなかった。あるいは栞奈には祥子以外に多くの友人がいるのだから、「祥子」という一人の人間はどうでもよかったのかもしれない。いや、きっとそうだ。祥子はまた、自分を蔑んだ。



 だから祥子は、なぜ栞奈がわざわざ自分を白蛇祭に誘ったのか、その理由が分からなかった。

 元々幼馴染みという間柄も二人の両親の仲が良かったから、その流れで自然と生まれたものに過ぎない。幼馴染みだから誘ったというのは、理由には不十分だと思う。


 栞奈は人気者だ。陰気な自分に付き合う時間など無意味に違いない。おしゃれで、話も面白いお友達と町に出掛けた方が楽しいはずだ。どうして私なんかと田舎の祭りに出掛けようなどと考えたのか。このことについては、祥子は栞奈の考えがてんで読めなかった。

 どれほど考えても答えは見つからない。まるで無駄である。そう判断した祥子は思考を停止させた。


「失礼。合い席してもよろしいですか?」


 祥子と栞奈は同時にぱっと顔を上げた。二人に声をかけたと思われる人が通路で立ち尽くしていた。

 簡単に車内を見渡すと、どこも満席というわけではないが、そのどこもで必ず合い席をしなければならない状態であった。男性は頭に乗せていたと思われる帽子を胸に、申し訳なさそうな顔をしていた。女子高生二人の空間に割って入ることを遠慮していそうな、そんな顔だった。

 二人の席以外からは、小さな声ではあるが楽しそうな話し声が聞こえてくる。対する二人は始終無言であった。少しだけでも自分の気を楽にしたい、と彼は二人が座っているボックス席を目当てにしたのだろう。多少とはいえ、利己的ながら心を恥じるような態度を取る彼は親切そうなお人である。


 「もちろん大丈夫です。どうぞ。」栞奈は男性に微笑んで答え、祥子の隣に移動した。

 ありがとうございます。男性は律儀にも礼を述べた。お礼を言われるようなことをしたつもりはない、と素直に二人は思ったので顔が赤くなってしまった。祥子と栞奈が最初から同じ側の席に座っていれば、この場の誰もこんな思いをせずに済んだのだ。


「浴衣を着ているところを見ると、お二人は白蛇祭に行かれるのですか?」

「はい。そうなんです。」

「やあ、奇遇ですね。私もです。」


 祥子と違い社交的な栞奈でさえ、初対面の人との会話は緊張しているらしかった。頬をほんのりと赤くさせている。もしくはまた、あのシーンが、などと思いを馳せているのかもしれない。先ほど感じた恥ずかしさはどこかに吹き飛んだのか、祥子は栞奈に白い目を向けた。


「終点はまだまだ先ですね。」

「そうですね。」


 今度は祥子がぶっきらぼうに答えた。栞奈とは違う態度に、失礼とは思いながらも男性は思わずくすりと笑った。

 子供っぽい行動を取ったかもしれない。祥子は再び恥ずかしさを感じたが、今度は顔を紅潮させたりしなかった。


「お二人は白蛇祭の意味をご存じですか?」

「いいえ。」


 祥子は首を振った。彼女にとって白蛇祭とはただの夏祭りだ。浴衣を着て、屋台を回って、花火を見る。それだけの行事だ。

 ただ一点、述べるとするならば、その祭りに祥子と栞奈が毎年参加しているということだ。所詮は地域の祭りなのだが、同行者は違えど、二人は必ずの参拝を習慣としていた。


「大体日本の夏のお祭りは、盆にあやかって死者を慰めるものなんです。白蛇祭も、少し時期が早いですが、鎮魂を目的としたお祭りのようです。」


 初めて知った。祥子は目の前の物知りな男性に少し感心した。

 ただの夏祭りだと思っていたのに、そんな意味があると知った祥子は、これから向かう祭りに不思議な気持ちを抱いた。


「だとしたら、白蛇様が死者を迎えてくれるんでしょうか。」


 栞奈がぽつりと言った。かもしれません。白蛇は神の使いですから。男性は微笑した。

 そうだといいな。空想が大好きな栞奈にしては、声に悲哀の色が混じっていた。


「向こうでまた会えるといいですね。」

「はい。」

「そうですね。」


 栞奈が返事をした後、祥子も男性に答えた。今度はぶっきらぼうな答え方ではなかった。




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