君の顔もまだ知らない
少年は海岸に座っていた。
彼の名前は〈波原 裕介〉。彼は今日この海で死のうとしていた。親には迷惑をかかると思ったが今までなにもしてこなかった親に対して、あまり罪悪感は感じなかった
「綺麗な海だな」
何気なく彼は呟く。家でも学校でも一人ぼっちだった彼はひとり言を言うくせがついていた。それも周りの人から気味悪がられる原因ともなっているのであるのだが...
何時間も海を見ていた。
海を見ている彼の姿はとても今から自殺しようとしているようには見えない。彼は目をつぶった。そして海辺から離れ近くにある崖に歩き出す。
彼は崖を登りもう一度海を眺める。
するとさっきまでなにもなかった海辺になにか流れついているいるのを見つける。
「...気になるな、見てみるか」
なんとなく流れ着いた物が気になって飛び降りることができない彼は崖から降りて流れ着いた物を確かめることにした。
流れ着いた物はボトルメールだった
彼はすぐに瓶の蓋を開け、手紙を広げる。
手紙にはメールアドレスが書いてあった。何気なくそのメールアドレス宛にメールを送ってみた。
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こんにちは、海でメールアドレスを拾った者です。
見たら返事をお願いします
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打った後に気づいた。これでは返事のメールが届くまで自殺することができないではないかと。
数十分たっても返事が来ないので、彼は諦めて家に帰ることにした。 帰りの電車に乗っている時、なぜあんな程度のことで自殺しなかったのかというのが今更ながら疑問に思った。
もしかしたら彼は感じていたのかもしれない。このボトルメールが自分を変えてくれるのではないのかと
家に帰って五分後メールが届いていた。
宛名は〈成瀬 三咲〉という名前だった。
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えっ!?本当に届いたんですか!?どこで拾ったんですか??是非もっとお話ししたいです。
返事待ってます
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短い内容だった
彼はそれを見てクスッと笑って、すぐさま返事を打つ
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場所ですか...たしか〇〇〇海岸だったような気がします。でもどうしてこんなことをしようと思ったんですか?
返事待ってます
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返事を打ってすぐにメールが届く。彼女からのメールだと思いすぐさまメールを見る。
企業からの告知メールであった。
彼はため息をつく。同時に自分が非現実的なことに出会って、それを楽しみにしていることに気づく。
そんなことを考えているうちにメールが届く。今度はちゃんと彼女からのメールだった
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え!?私が流した場所と全く一緒...なんで!!せっかく知らない国や県の子と仲良くなれると思ったのに...
あっでもでもあなたが拾ったから嫌だってことはありませんからね!!むしろ光栄です!!
で、なぜこんなことをしようとしたかという質問ですが実はいまいちわからないんです。でもやってみたかったっていうのが一番の理由かな(笑)
突然ですが波川さんに問題です!!私は何歳でしょう?当たったらなんでも一つ言うことをききます!!でも外れたら私の言うことを一つなんでも聞いてくださいね!!
返事待ってます
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彼は少しだけ彼女の少しだけ長文になったメールを見て、すぐに返事を打つ
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うーん13歳くらいですか?ちなみに僕は17歳です。あと〇〇〇海岸の海は流れが特殊で夕方になると流したものは戻ってくるそうです。
返事待ってます
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コーヒーをいれて戻ると彼女からのメールが届いていた
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残念!!実は15歳です!!中学校3年生です!!ではなんでも言うことを聞いてもらいますからね。今はまだ使いませんけど(笑)海岸についてはあれから私も調べました。ビックリしました!!まさか一見なんでもない海が特殊な潮の流れだったなんて...
あと波原さんはいったい何をあの海でしようと思ったんですか?
返事待ってます
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メールを見た瞬間目を見開いた
『何を海でしようと思ったんですか?』
〇〇〇海岸は特殊な潮の流れと同じくらい自殺の名所として有名なのだ。〇〇〇海岸について調べたのなら自殺の名所だってことを知るのは当然である。たぶん相手は分かっているだろう。
彼は本当のことを打とうとする。
しかし勇気がでない。
彼はすぐに消して新たなメールを打ち始める。
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うーんそうですねー理由ですかー。さっきの成瀬さんじゃないですけど理由は特にないです(笑)
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送信を押して、ベッドに飛び込む。時計は既に十時を示していた。三十秒もしない内に返事が届く
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そうなんですかー確かに特に理由がなくてもどこか行きたいって時ありますもんね(笑)私もどこか行きたいです。あなたもどこか行きたいところありますか?
返事待ってます
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彼女のメールを読み何となく嘘をついたことを後悔し始める。その後悔はどんどん大きくなる。彼は本当のことを言うべきと考えメールを打ち始める
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ごめんなさい。さっきのは嘘です。本当は今日、自殺しようと思ったんです。でもそこで成瀬さんのボトルメールがあったから何となく自殺ができくて...とにかくさっきは嘘をつきました。ごめんなさい
返事待ってます
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彼はメールを打ち終わり送信を押す。彼女がどんな反応しているのか気になってスマホを手放すことができなかった。五分ぐらいして返事のメールが届く。彼は緊張で息をするのも忘れてメールを開く
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今から私かなり失礼なこと言いますね。私今ちょっと自殺に感謝しています。だってあなたと出会えたきっかけを作ってくれたから(笑)
私は自殺を考えたことはありません。私、病気で一月もつかもたないかって言われてるんです。痛みもないので、全然そんな感じしないんですけど(笑)だから私自分から死のうと言う人のことがよくわからないんです。もっとあなたのこと知りたいな(笑)
返事待ってます
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彼女の返事は彼の予想を上回ることが書かれていた。自分は死にたい。彼女は死にたくない。でも死ぬ。そんな理不尽な世界だと彼は改めて痛感する
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そうなんですか...病気ですか。僕は体だけは丈夫なんですよね、他は弱いのに(笑)あなたが僕で僕が君だったらうまくいってたのかもしれませんね
返事待ってます
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そう打ち終わって布団のなかにくるまった。時計は既に十二時を回っていたからである。
「明日、学校か...」
胸がギュッと引き締められる感覚が彼を襲う。彼は自分自身を抱きしめ意識を手放した
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......
...
朝、目を覚ますとスマホが光っているのが見えた。彼はスマホのメールを開く
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うーんそれはちょっと(笑)それだとお母さんと一緒にいられなくなるからなー。あっそうだ!!これからはタメ口でしゃべって!!私学校行ったことないから、同級生とか一年上の人達とあまりしゃべったことないんだ。だからタメ口でしゃべってくれると嬉しいです!!よろしくお願いいたします!!
返事待ってます
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彼はその返事を見た瞬間。自分と彼女は違っていたことに気がついた。そして彼女は幸せだったことに気づいた。自分と違って周りの人達に愛されていたのだ。なのに自分は彼女と重ねて見てしまった。そんな自分勝手な思い込みに思わず自嘲的な笑みを浮かべる。その瞳には嬉しさや悲しみ複雑な色がごちゃ混ぜになっていた
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そうだな(笑)それじゃあそうさせてもらう。改めてよろしく。それじゃあ俺は学校へ行ってきます。
返事待ってます
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そう打ち終わる彼は鞄に教科書を無造作に詰め込み家を出た。彼は少しだけ怯えた目をしていた。
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......
...
学校が終わると彼はすぐにスマホの電源を入れてメールを開いた
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決まりだね!!改めてよろしく!!学校か...しばらくメールできませんね。ちょっと寂しいかも。でもこれは仕方がないですね(笑)
祐介学校頑張れ!!
返事待ってます
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そのメールを見た瞬間祐介という文字に心臓が跳び跳ねる。そして頬が少し緩む。祐介、そんな風に呼ばれたのはいつぶりだろう、そんなことを考えながら彼は帰路につく。
これからも彼女にメールしよう。彼はそう思った。
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彼が彼女とメールを始めて二週間がたった。彼女とメールする機会が少し減った。彼女の病気が少しだけ悪化したのだ。
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でさー、病院の先生何て言ったと思う?〇〇〇って言ったんだよー。本当私のこと何歳って思ってんだか(笑)あの先生かなり過保護なんだよね(笑)勿論悪い意味じゃないよ!!それが私が今日面白かったこと。それじゃあ次祐介ね!!
返事待ってます
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彼と彼女は毎日面白かったことを話そうと言う決まりごとになっている。彼は最初こそ毎日楽しいことを書くことが苦になっていたが、しばらくすると楽しいことを難なく書けるようになっていた。探せばあるものだとも思った。彼は彼女とメールをしている今が少しだけ楽しく思えてきていた。
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その医者鳴瀬のこと好きなんじゃ(笑)
うーん今日の楽しかったことは庭に〇〇〇があってそれを見た俺のクラスの生徒が〇〇〇してて本当に面白かった(笑)
返事待ってます
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それはないでしょー。プロだからちゃんと仕事とプライベートは分けてると思うよ。たぶん(笑)。てか今日ふと思ったんだけど、祐介、宿題とか勉強大丈夫なの?ちゃんと勉強しないとだめだよー
返事待ってます
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勉強という言葉をみて彼は唸った。彼は元々二週間前に死ぬ予定だったのだ。勉強なんて自殺を決めたその日から全くしていなかったのだ。
「勉強...か」
そう言って彼はベットに寝転ぶ。
彼はこの二週間今後どうするか全く考えていなかった。考えないようにしていたのである。
彼は自問自答をする。今死にたいか?と聞かれれば彼は首を縦に降ることが出来なくなっていた。彼女との会話が楽しかったからである。しかしそれもあと二週間後は終わっている。その後自分はどうしていくのか全く見えてこない。彼女がいない世界に価値なんてあるのかそんなことを考えていた。しかし結論は出ない。
彼は制服を着たまままどろみに消えていった。
朝になり目を覚ますとメールが新たに届いていた。彼女からのメールである。
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今週の土曜日からしばらくメールが出来なくなりました。
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そのメールを見たとたん彼は足元が崩れ落ちるような感覚に襲われた。そして同時に気づく。
自分は彼女に依存していたのだ。
名前と性別しかわからないそんな彼女をどうしようもなく恋しく思ってしまっている。家族、昔いた友達、恩師、そんな誰よりも彼女に愛し狂ってしまった。彼は失意のまま目をつぶる。
そしてメールを打ち始める。ずっと思ってきた会いたいという願望を叶えるために
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あーそうなんだ、寂しくなるなー。じゃあ今週の金曜日どこかで会えない?十分ぐらいだけでもいいから。なんなら自分が病院に行ってもいいけど(笑)とにかくあなたに一度会ってみたいです。
返事待ってます
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そして送信をタップする。返信はすぐに返ってこない。彼はスマートフォンをずっと見つめていた。十二分後彼女からメールが届く
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えっ本当!?嬉しいなー!!たぶん20分ぐらいなら大丈夫だと思うよ。〇〇〇海岸で会わない?
返事待ってます
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彼女からメールは温かく明るかった。彼は安堵のため息をついて夜ご飯を作りにリビングへ向かった。あと二日で彼女と会える。彼はそれが嬉しくて仕方がなかった
次の日彼は学校を休んで髪を切りに行っていた。ボサボサに伸ばされた髪を短くそして今どきの男子風に切ってもらった。
怖くて出来なかったコンタクトも買った。
服も買いに行った。
たった二十分間の対面。
そのことが彼には嬉しくて尊かった。
家に戻ると彼女からメールが届いていた
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いよいよ明日だね...ちょっと最近運動してないんで太ってるかも...笑わないでね(笑)私外出久しぶりだから楽しみ。祐介はどう?
返事待ってます
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彼は少しだけ頬を緩めて返事を打った。彼の打つ指は心なしか弾んでいるようだった
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どんだけ太ってるかによるなー(笑)明日が楽しみで寝れないかも(笑)
返事待ってます
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ひどーい!!女の子にそんなこと言っちゃうなんて、私のガラスのハートがー(笑)てか寝ないと駄目だからね。私はぐっすり寝るから(笑)
返事待ってます
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ガラスのハートって(笑)ダイヤモンドの間違いだろ(笑)
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......
...
とまぁいつの間にか11時過ぎたね。もう寝ないと明日の朝9時にね!!忘れたら駄目だよ!!おやすみ
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了解。おやすみ
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そう打ち終えて彼はスマホを充電する。そしてふと外を見ると星が輝いて見えた。
「さて寝るか」
彼は独り言を呟き布団に潜り込む。
朝五時、彼は目を覚ました。むろんほとんど寝ていない。彼はスマホの時計を確認して朝ごはんを食べ始める。
朝六時、髪形をセットし始める。彼は今まで髪形を気にしたことがなかったのでどうしても時間がかかってしまう。それでもどうにかして髪形今どきの感じにすることができた。
朝七時、コンタクトをつけ、ジャージから着替える。
朝八時、特にやることがなくなった彼はテレビをボーっと眺めていた。何となくスマホの電源をつけメールを打つ
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案の定あまり寝れなかったよ(笑)そっちはまだ寝てる?
返事待ってます
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朝九時、〇〇〇海岸に着く。彼女はまだ来ない。メールの返信もない。
朝九時半、彼女は来ない。メールの返信もない。
昼の十一時、彼女は来ない。彼は空を見上げる。曇っていた空からついに雨が降り始める。雨が彼の体温を奪っていく。
結論を言うと彼女は来なかった。夜の八時まで待って彼女が来ないことをようやく悟った。だがそれについて不思議と彼は落ち着いていた。考えてみれば来ない可能性は大いにあったのだ。普通の人はメールで知り合った人と会うことはしないだろうし、医者や家族の人にとめられた可能性も大いにある。
彼は濡れきった髪の毛をかき分け家に向かった。
彼は家に着くとメールが届いていないことを確認する、少しため息をついてメールを打ち始める。
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なんかあった?ちょっと心配です。
返事待ってます
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メールを送って、彼は外を見る。空は雨は降っていないが星はひとつも見えなかった。
彼女が本当に音信不通になって三日たつ。彼はメールを三十分に一回確認することを確認することが習慣となっていた。学校にも行っていない。そうしているうちに彼は彼女に依存していたということを改めて自覚した。
もし彼女が死んでしまっているのなら自分は...
そういった考えがぐるぐる回る
そして昼三時にそれは起こった
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鳴瀬 三咲の母です。あなたと話したいことがあります。今から会えませんか?
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その瞬間自分の中のなにかがぱちんと弾けた。分かってしまった。悟ってしまった。彼女に何が起こったのか。
彼は朦朧とした意識の中変事を打つ
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分かりました。ではどこで会いましょう?
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送信して一分もたたない内に鳴瀬 三咲の母親から返信が届く。
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では〇〇〇喫茶に四時に会いましょう。それでいいですか?
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彼はその喫茶店の名前を調べると家から二十分くらいで着くということがわかり返信を打つ
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分かりました。では〇〇〇喫茶に
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彼はそう打ち終わると人前に出れる格好をしてすぐに家から飛び出した。
彼女がどうなったか?
そんなことはもう彼の心のどこかでは分かっていた。それでもそれを認めない自分もいた。複雑の心境の中、彼は喫茶店にたどり着いた。いや、たどり着いてしまったと言った方が正しいのかもしれない。
彼は喫茶店の扉を開ける。
小さな喫茶店には店員の他に三人の客がいた。そして喫茶店の一番奥の席に三十代後半だろうかそれくらいの年齢の女性が少しだけ遠い目をして外を眺めていた。この人が鳴瀬 三咲の母親だと何となく分かった。
「すいません。僕は波原 祐介です。貴方が鳴瀬 三咲さんのお母様ですよね?」
彼は勇気をだして話しかける。すると彼女は彼の方を見て少しだけ笑った。
「あなたが波原くんか。三咲には少しもったいないくらいの子ね」
「そうですか?」
彼は向かいにある椅子に腰かけた。
「自己紹介してなかったわね、私は三咲の母親の鳴瀬 美琴です」
彼女はそう言ってニコッと笑った。しかしその笑う姿は彼には無理しているようにしか見えなかった
「よろしくお願いします」
彼はそう言って頭を下げる
「それで僕に何のようですか?」
「もう本題にいくのね...波原くん、あのね、もう何となく気づいていると思うんだけどあなたがよくメールのやり取りをしていた三咲はね」
彼女は少しだけ悲痛な表情を覗かせる。彼も「やめてくれ!!」という言葉を無理矢理飲み込む
「死んだの」
「...っ」
声が出てこない。予感はしていたのに、いざ聞かされると彼はなにも考えられなくなった。
「はい...」
かろうじで声を絞り出す。声は震えていた。
「三咲...さんってどんな人だったんですか?」
彼は聞きたかったことを聞く
「...そうね、元気でいい子だったわよ。でもね心なしか少し寂しそうだった。」
「そう...なんですか」
彼は彼女に表情を悟られないために自分の足元を見つめる。
「でもね二週間ぐらい前からなんか楽しそうだった。あなたのお陰よ」
そう言って美琴は少しだけ笑う
「...そうなんですか、あと...三咲さんの葬式とかは?」
「...昨日で終わったわ、そして三咲の私物の整理してたら携帯にね。」
彼女はそう言って少しだけばつの悪そうな表情を覗かせる。彼女を実際に見ることが叶わなくなったという事実に彼は少しだけ顔を歪めた。
「三咲...さんの写真とかありませんか?」
「...うんあるわ」
そう言って彼女は鞄の中から数枚の写真取りだし机に置く。鳴瀬 三咲は綺麗でかわいい普通の女の子だった。一枚一枚見ていくと彼女のいろんな表情が見えた。悲しんでいる顔、喜んでいる顔、落ち込んでいる顔。
そんな彼女を見て彼は美しい思った。
「...ありがとうございました」
そう言って彼は写真を返そうとする
「あげるわよ?」
「いや、いいです」
見ていると永遠に彼女の自縛にとらわれてしまいそうだから...
「そう...」
彼女はそっと写真をしまう。ふと時計を見ると既に一時間以上たっていた。
「でも最後にこれ」
そう言って彼女は便箋を渡した
「遺書...っていうものなのかしら。あなた向けに書かれたものよ。一人で読んでほしいって、じゃあ私はここで。会えてよかったわ。三咲を笑顔にしてくれてありがとう」
そう笑って彼女は喫茶店をあとにした。
二十分ぐらいに家に着く。
彼女がいない世界に価値はあるのか?
以前答えがでなかった質問を自分に投げ掛ける。
答えは否だった。彼女のいない世界なんて意味がない。
彼はしばらくしてから、彼女からの手紙の封を切る。封筒には波原 祐介へと書かれていた。
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なんでも言うことを聞くって約束覚えてる?それを今使います。
この世界を生き抜いてください。私の代わりに
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たったそれだけだった。彼女はわかっていたのだ自分がいない世界で彼はどんな行動に出るのかを。わかっていたからこんなことを書いたのだ。
「最後まで君は残酷で優しいんだね」
彼はそう言って涙を流した。今までずっと泣いていなかった彼が初めて泣いた。大声で泣いた。
暫くして、ふと彼が窓から空を見る。そこには雲一つない空が広がっていた。
これにて完結となります。最後まで読んでくださりありがとうございました