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素麺


 金曜の夜はどうしたって浮かれてしまう。土日ともに予定が入ってないので、家で引きこもるぐらいしかやることがなくても、だ。

 会社帰りにスーパーで買い物をして、明日は日持ちのする惣菜を作り置きでもしておこうかな。今日は何が安いだろうかと考えていたら、携帯がメールの着信を伝えてきた。


『素麺いらない?』


 ……瞳さん。メールが相変わらずとってもシンプルだわ。つい苦笑してしまう。

 電車を降りて、スーパーによる前に、電話をかけた。


「どうしたの?」

「あ、美弥ちゃん今大丈夫? あのね、お隣さんにお中元のおすそ分けですって素麺をいただいたのだけど、二人で食べきれる量じゃなくてねぇ」

「なるほど」

 お隣さんも、持て余してのおすそ分けと見た。素麺って贈答用予算だと結構なボリュームになるからね。少しなら夏のメニューとしてありがたいけれど、大量にはいらない。

「少しなら欲しいけど……そんなにたくさんはいらないなぁ」

 何故なら、茹でるのが暑いから。夏のメニューなんだけどね……食べる時はいいのだけど、支度が大変。

「あ、それなら、土日に帰るから素麺アレンジメニュー会でもする?」

「アレンジメニュー?」

「チヂミ風にしたり、マカロニサラダのマカロニ代わりに使ったりとか」

「あら面白そうね」

 瞳さんは自分ではオーソドックスな調理しかしないけれど、チャレンジメニュー(?)には否定的ではない。私が誘えば一緒に作ってくれるのだ。

「お酒のツマミになりそうなのも作れるから、明さんにビールよろしくって伝えといて」

「はいはい」

 すみませんね、飲むのが好きな娘(?)で。

「他にもメニュー考えてみるね」

 なんだかんだで、瞳さんと台所にたつのは楽しい。普段は自分一人だからつい手抜きをしてしまうのだけど、瞳さんは基本に忠実なので立ちかえれるというか。例えば出汁にしたって調味料を使ってしまうけれど、瞳さんはいつでも昆布出汁を冷蔵庫にストックしている。水だしなら昆布を洗って、容器にいれておくだけだから簡単は簡単なのだ。

 ただ、私だと仕事が忙しくなるとお弁当に頼ってしまうため使わずに捨てることが続くと作る(というほどの手間ではないけれど!)ことをしなくなる。そして調味料に頼ってしまうのだ。

 瞳さんは笑って「一人分と二人分の違いかしらね」と言ってくれたけど……うん、そうかもしれない。でも手抜きに慣れるのはよくないので、時々瞳さんと台所に立つようにしてる。私に出来ることなんて、家事手伝いぐらいだしね。

「美弥」

 電話をきって、さてスーパーに向かおうというタイミングで、名前が呼ばれた。

「あら? 今日は飲み会じゃなかったの?」

 振り返ると、予想通りの姿。明人がいた。

 クールビズなのでネクタイはしていない、カッターシャツにスラックスというどこにでもいるサラリーマンの姿のくせに、驚くほど様になるのは、この時間でもかわりはない。むしろ滲んでいる疲れが、無駄に色気となっている。その色気、私にも分けてください。

「メンバー揃わなくて流れた」

「それは残念だったわね」

 なんとなく一緒に歩く。って明人までスーパーに向かうのでいいの?

「今週は疲れたから丁度いい」

 だから寄り道せずに帰ったのだろう。そういえば今週、明人たちのチームはバタバタして忙しそうだった。

 私たちが借りている部屋は駅を挟んで反対側だ。そして私がよく行くスーパーは明人の部屋側にある。うちの方のスーパーのほうが夜遅くまで営業しているのだけれど、品物の質は明人側のほうが断然上なので、時間がある時は足をのばしているのだ。だからこその遭遇だった。

「飯まだだろ。どこかで食ってく?」

「疲れてるんだったら早く帰ったほうがいいんじゃないの」

 明人と二人で食事とか、勘弁してください。今……だけじゃなくていつもだけど、色気がだだ漏れしてる自覚ぐらい持ってほしい。この状況で下手に女性の多い店に行こうものなら、視線が怖い。

「……コンビニ弁当の気分じゃない」

 うーん……。その気持ちは分からないでもない。

 疲れてる時に、しかも飲み会の予定が流れた日に、一人でコンビニのお弁当を食べるのって、寂しいよね。だからといって明人と二人で外食は遠慮したいし。

 となると、一つか。

「簡単なのでよければアキの部屋で作ろうか?」

「是非」

 即答だった。そんなにお腹すいてるのか……。

「じゃあ買い物して向かうから、先に帰ってて。メニューは任せてくれるわよね?」

「ああ、任せる。というか、作ってくれるんだし、荷物持ちぐらいするけど」

「んー、それよりビールでも冷やしといてくれたら嬉しいかな。あ、ご飯たいといて」

 だから二人で行動とか勘弁してくださいってば。スーパーってね、女性客多いのよ。分かってる?

 適当な理由をつけて別行動をとらせてもらった。嫌なら一人でお弁当買って食べれば、の一言があれば私の意見が通らないはずがないのだ。




 さて、何にしようか。

 疲れてるんだったらこってりしたメニューは避けたほうがいいよね。でも明人はたくさん食べるからボリュームは欲しいし……。うん、親子丼にしよう。お吸い物とおひたしでもつければ充分でしょう。

 お吸い物は、うちだったら材料あるし簡単に作れるけれど、明人の部屋に材料が揃ってるとも思えないから、インスタントにさせてもらって、と。なるべく食材は残していかないようにしないと勿体ない。

 調味料ぐらいは最低限あると信じたい。……けど、みりんは買っていこう。一番小さいサイズ。私は親子丼を作る時に少しだけ使うのだ。

 料理をしない一人暮らし男性の部屋に、醤油はあってもみりんがあるはずがないので、これは買わないとね。みりんって、油断するとすぐに揮発しちゃうよねぇ……。

 ほうれんそうが品切れだったので、おひたしはブロッコリーにした。ブロッコリーのお浸しは茹でて、醤油とごま油を少しかけるだけの簡単料理のわりに満足度が高いのでお気に入りです。



 一週間お疲れ様をビールで乾杯して。家なので「とりあえず生」って訳にはいかないけれど、明人が買ってくれたのはちょっと贅沢なやつだったので大満足です。

 ご飯の方は、明人が美味しいと言ってくれたので、出来は悪くなかったらしい。あとブロッコリーのお浸しが気に入ったようでたくさん食べていた。単につまみに出来るのがこれだけだったからかも。

「ねえ、明日の午後って予定はいってる?」

 明人がビールと一緒に買っておいてくれたアイスクリームを食べながら、問う。こちらも自分では買わない贅沢ブランドだ。うん、幸せ。

 一人暮らしの部屋は、ドラマでみるような立派なソファセットとかはない。こじゃれたちゃぶ台みたいなテーブルを挟んで私たちは座っている。

「午前中だけ」

「アキと会う前に瞳さんから電話があって、素麺アレンジメニュー会をしましょうって話になったの」

「……素麺? の、アレンジ?」

 ものすごく怪訝な表情をされてしまった。まあ、そうだよね。

「要するにね。いただきものの素麺が大量にあるから消費しましょう、って事。普通に食べるだけじゃ飽きるでしょ。だからアレンジメニューにして。もちろん素麺じゃないメニューも用意するつもり」

 いくらアレンジするといっても、素麺ばかり食べるのは辛いからね。

「午後は予定があいてるならどう? 食べる人が増えたら消費もはかどるし、お盆はタイミングあわなかったから、久しぶりに四人揃ったら明さん達喜んでくれるんじゃないかしら」

 顔をみせるのが親孝行。……という状況まではいってないし、私は月に二回は顔を出しているけれど。やはり会いにいくと喜んでくれるのが嬉しい。

「私はお昼前には行って、瞳さんとご飯作るから、夕方ぐらいに来てくれたら丁度いいと思うの。どうかしら?」

「それなら大丈夫」

「ん。じゃあ時間分かったら連絡してね」





 朝のうちに工藤家に着く。そのまま明さんを運転手に、瞳さんと買い物に出かけた。

「あら、じゃあ昨日はあの子のうちに行ったの?」

 買い物をしながら、夕方には明人も来るから、と伝える流れで昨夜のことを話す。

「ご飯だけね。食べてすぐ帰ったから、残業たくさんする日より早かったし」

「まあ……せっかく家にあげたのに帰らせるなんて」」

 瞳さんは何か呟いているけれど、店内放送がかぶったのでよく聞こえなかった。

「ごめん、聞こえなかった。何?」

「なんでもないの。気にしないで」

「そう? あ、ピザ用チーズってある?」

「粉チーズしかないわねぇ」

「じゃあ買っていこう」

 明人に声をかけて良かったことが、消費がはかどる以外にもう一つ。

 準備は手伝えないからと、買い物費用を出してくれたのだ。樋口さん一枚。だから予算の心配なく買い物をすすめられる。明さんが車を出してくれたので、持ち帰りの心配もいらない。なんて素敵なのかしら。

 瞳さんには簡単に「こんな感じのを作ろうと思う」と伝えてあるので、必要なものをピックアップしていく。


 今日のメニューは、お昼は簡単に。肉じゃがをメインに、工藤家に常備されている胡瓜の浅漬けとお味噌汁でご飯を食べる。肉じゃがは多めに作って、夜のおかずにもする。明人は食べてないからいいよね。


 そしてメイン(?)の素麺料理たちは。


 私が持ってきた、通販で買った冷凍のカットアボガド(とても便利です)とトマトと生ハムで、冷製カペリーニ風素麺。

 素麺をハーブ系の塩で味付けしたものを、ピザ用チーズでカリっと焼きあげたもの。とてもおつまみです。

 上のと被るけれど、素麺のチヂミ風。まあ味付け違うし……。

 マカロニサラダならぬ素麺サラダ。箸やすめ的に丁度いいよね。

 温かいものも欲しいよねってことで、鴨南蛮風つけ素麺。これは瞳さんがメインで作ってくれた。とても美味しいです。


 こんな感じで五品作ってみました。

 味付けが違うとはいえ、素麺だけだと飽きるので、昼の残りの肉じゃがと、鶏肉が安かったのでチキンステーキも。

「この家は、コンロが三口あるからいいよねぇ」

 うちは一口コンロなので、同時調理が出来ないのだ。そして何故か明人のところは二口。……宝の持ち腐れだと思います。勿体ない。羨ましい。

 ほぼ仕上がったところで、明さんが明人を待たずにフライングで飲み始めたので、私もお相伴に。もちろん、後片付けをしてからです。

 夏だし、やっぱり最初はビールよね。明さんはチヂミ風がお気に入りらしい。

「明さーん、アキが来る前になくなっちゃうよ?」

「遅いのが悪い」

「……いや、夕方って言ったの私だし」

 そんな会話をしているうちに明人が到着した。

「おかえりー」

 声をかけると、すごく複雑な表情をされた。嬉しいような、嬉しくないような。

「どうしたの?」

「なんでもう飲んでるんだよ」

「明さん一人で飲むの、かわいそうじゃない」

 瞳さんは殆ど飲まない人なのだ。だから明さんは私や明人が一緒だと、嬉しそうに飲む。

「アキも飲む? 最初はビールよね?」

 グラス用意しなきゃ、と立ち上がろうとしたら、「いいから座ってろ」と制された。自分で準備するらしい。

「ちゃんと手を洗いなさいよ」

 台所から瞳さんの注意がとんだ。

「分かってるよ」

 何歳になっても親は親、子供は子供ってところか。

 この家族のなかに私も加えてもらっているのがありがたい。この家に着いて「ただいま」と言うのも、誰かを「おかえりなさい」と迎えるのも、今となっては全く違和感がない。

「どうした?」

 黙りこんだ私に、明さんが声をかけてくれる。

「うん? 幸せだなって思ってね」




お久しぶりです。

この時の美弥は、明人の気持ちなんてこれっぽっちも気付いてないので、おうち訪問に抵抗はありません。

外食するぐらいなら家に行く方がマシらしいです。独身女性が男性の部屋に行く危険は「家族なんだから何かあるはずないし」で考えもしてません。

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