新人歓迎会
お酒はハタチになってから。居酒屋の飲み放題メニューのカクテルって、これアルコール入ってる? ジュースじゃね? 的なものがあるじゃないですか。今回の内容もそれぐらいの薄さです。
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今日の主役である新人たちの挨拶が終わり、部長代理である鈴木さんが乾杯の音頭をとる。近くの人たちでジョッキをあわせる音がなった。
私も同じテーブルの人たちと「おつかれさまでした」とグラスをあわせた後、数口ビールを飲む。
やはり仕事をした後のビールは至福だ。
うちの部は部長がドクターストップで飲めない人なので、アルハラは起きない。飲める人が美味しいと思えるだけ飲めばいいじゃないか、が飲み会のモットーだ。しごく平和な部だと思う。
もっとも、システムエンジニアやプログラマといった仕事の性質上、客先常駐の社員も少なくないので部や課単位での飲み会は少なくなっている。同じプロジェクトのメンバーとその日に思い立っていくのは珍しくないのだけど。
「工藤はあっちいかなくていいのか? こっちだとオジサンばかりだろ」
ベテランな先輩に聞かれたのには理由があって。
今日は部の新人歓迎会だ。入社して二ヶ月の研修を終えた若人たちが各部に配属されたのだ。配属されてから初の週末ということもあり、駅前の居酒屋では他の部や課でも新人歓迎会が開かれている。
もちろん来れない人もいるけれど、参加人数は二〇人を越えていていつもより多い。
当然テーブルもいくつかに分かれている。
自然と若手が多い机、ベテランが多い机……となってしまうのだ。全員と親しくしてるわけじゃないので、どうしても顔見知りのいるテーブルに向かうので仕方ないというか。
あっち、と先輩が示すのは、明人のいるあたりだ。明人がいるので同年代も何名かいるし、なにより女性が多い。
「いきませんよ」
先輩なりに気遣ってくれたのは分かるけれど、あそこは怖くて近寄りたくもない。おっさ……失礼。オジサマたちの方が一緒に飲んでて気が楽だ。
ちなみに彼らは途中から焼酎お湯割りに切り替えるので、気づいたら作るようにはしている。喜んでもらえるし、何より酔いがまわってきたように見えたら薄目につくることで、飲み過ぎ防止ができるのがいい。酔いすぎると絡み酒になる人がいないわけではないのだ。
「電話対応して出遅れたんですよ。知ってる人いて、席あいてるのがここだったんで。混ぜてくださいね」
表向きの説明をすると、快く受け入れてくれた。
うん、いい人たちだ。
コース料理も何品かでてきて、盛り上がってきたころ、明人のいるテーブルで大きな声があがった。騒いでいるのは今日の主役の一人、新人の女の子をはじめとした若い子たちだ。
聞こえてきた感じだと、明人に彼女はいるのかから始まって、熱烈に自分をアピールしている。
「……相変わらずあいつも大変そうだなぁ」
鈴木さんが呆れ半分、同情半分で呟くと、全員で同意した。羨ましいにはならないらしい。羨望の前に、若い女子の勢いに圧倒されている。まあオジサマたちの大半は結婚して妻子いるしね。
「そういえば、私が入社した頃、会社に入って年とったなぁって思うのは一〇年たった時じゃなくて、自分と同じ干支の新人が入った時、って言ってたのは川口さんでしたっけ」
「あー……言ったかな。俺かも」
その川口さんに、お湯割りを渡しながら聞くと、首をかしげながらも頷いた。
「今、その気持ちが分かった気がします」
騒いでいる彼女たちの中には、同じ干支の子もいる。
しみじみと「若いなぁ」と見守ってしまう私は十分にオバサンだろう。
「でもさ、一番年とったのを実感できるのはあれだよな」
鈴木さんが会話に入ってくる。この人は飲まないのでウーロン茶を飲んでるのにししゃもをつまむ姿がとても新橋のガード下サラリーマンぽくて、飲んでるのがお茶とはとても見えない。私が配属されたばかりの頃、飲んでるのは当然アルコールだろうと思ってたので、お茶と聞いた時にはとても驚いた。
「どれですか?」
「うちの娘と同い年の新人が入ってきたとき」
あー、と何人かが遠い目をした。
「え、鈴木さんの娘さんって、もうそんなに大きいんですか?」
ちょっと待ってほしい。以前の飲み会で大学受験がどうのと聞いた記憶があるのに、もう就職? せいぜい一、二年ぐらいのつもりでいたのに、時の流れが早すぎる。
身近に小さい子がいると、やれ入学だ卒業だといった節目があるので年月の流れを把握しやすいけれど、大人ばかりだと気づくと数年過ぎているのでびっくりだ。恐ろしい……。
「そうだよ。うちのもあんな感じでやってんのかねぇ」
どうなんでしょうねぇ、と曖昧に受け流す。
そうか……確かに自分の子供と同い年の新人は感慨深いものがあるだろう。
そんな感じで、歳月の経過についてしみじみ語り合っていたテーブルに、席を移動してきた人がいた。
「ちょっと、混ぜて」
宴会途中の席移動は珍しくない。というよりも最初から最後まで同じ座席にいつづけるほうが珍しい。
やはり日頃あえない人があちらこちらにいるので、軽く挨拶でも、と動くのだ。
だから人がやってくる事自体は驚きではないけれど、それが明人だったのには驚いた。
「珍しいな。どうした?」
飲み会の席では女子に囲まれてるのがお前の仕事だろと断言した川口さんに突っ込みをいれる人は誰もいない。
「たまには逃げたいですよ」
持ってきたグラスの中身をあおってから、明人はため息をついた。
「色男も大変だなぁ」
鈴木さんが同情するように肩をたたいた。
「あ、俺も焼酎がいい。何で割ってもいいから作って」
「いいけど……焼酎って珍しいわね」
未使用のグラスに、お湯割りをつくる。もちろん薄目にしておく。
「疲れたから飲みたい」
マドラーでぐるりと混ぜてなじませたのを渡すと、それを一気に半分ぐらい飲み干した。……薄く作っておいて良かった! その飲み方は危険だ。
「気をつけてね」
おかわりはすぐに必要になりそうだ。自分で作らせるよりは安全だろうと、先回りして薄目に作っておく。
「じゃあ私、あっちに挨拶いってきます」
明人と同じテーブルに長居するつもりはない。だってほら、新人ちゃんがガン見してるし。誤解されたくないので一緒にいる姿は見せたくない。
「ちょっと待って」
さっさと立ち去ろうとしたら、服をつかんで引き留められた。
「これ、どれぐらいいれたらいいの?」
……お湯割りも自分で作ったことないのか。
あー、でも、会社の飲み会だったら周りの女子が先を争って作ってくれるし、普段から焼酎飲む人じゃないし。
……まったく、仕方ないなぁ。
「今日の工藤君だったら、指一本より少し下ぐらいまで焼酎いれて、あとはお湯かな。薄く感じるだろうけど、あまり酔っぱらうと若い子にお持ち帰りされちゃうからほどほどにね」
最後の一言に吹いたのはオジサマたちだった。
お湯割りなら指二本ぐらいまで注いでもいいんじゃないかなぁと思います。好みですが。以前お湯割りなのにハーフアンドハーフで作られて全然温かくなかった寂しい思い出が…。温かいなが飲みたいからお湯割りにしたのに!焼酎の飲み方としてはロックが好きです。