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焼鳥屋

仕事帰りのビールは大変美味しいです

◇◆◇◆



 ディスプレイに、プログラムが正常終了したことが示されるのをみて、ほっと息をついた。

 私の受け持ち分はこれが最後。

 ログを保存して、プロジェクトリーダーに送付する。

「終わりました」

「ごくろうさん」

 リーダーは顔もあげずにねぎらいの言葉だけをかける。

「もう帰っていいですか」

 時計は九時半を示している。午前じゃなくて午後の、だ。予想外の残業だったので、空腹だ。この時間だったら軽く食べて帰ろう。さすがに、これから帰宅して料理をしようという気持ちにはなれなかった。

「もう少し待つなら奢るぞ」

 プロジェクトで残っているのは私たち二人だからか、そんな言葉が返ってきた。

 リーダーは今年四十になる妻帯者だ。一応性別女の私と二人で食事ってどうなんだろうと思ったけれど、そういう対象から外されているのだから気にしても仕方ないと結論づけた。対象外だから、こんな時間まで作業を抱え込む羽目になったのだから。

「じゃあ待ちます」

「現金なやつだな」

 即答すると、リーダーは笑った。

「しかし、まあ、災難だったな。このタイミングで追加テストが出るとか」

「仕方ないですよ。金曜夜はみんなデートとか合コンとか家族サービスで忙しいんだから。リーダーは大丈夫なんですか」

 絶賛おひとり様謳歌中の私が作業を引き受けたのはこういう事情だ。まぁいいよ。うちの会社、サービス残業はさせずにちゃんと残業手当払ってくれるから。

「平日は期待されていない」

「……偉くなるのも大変ですね」

 パソコンの電源をおとしながら、会話をする。

 うちの会社は役職があがるごとに忙しくなる。

 リーダーは、私が入社した頃からお世話になっている人ということもあってとても話しやすい。しかも今は周りに人がいないのでなおさらだ。ほら、普段の私は存在感薄目でがんばっているので。

「何奢ってくれるんですか」

 ちなみに、リーダーと私は酒の好みがとてもあう。

「どこでもいいぞ」

「前に行った焼鳥屋希望です。そろそろ冷やおろしが入る時期ですし」

 時間も時間なので、長居は出来ない。

 短時間で満足出来る店となると限られてくる。帰り支度をしながら心当たりを思い浮かべていると、フロアのドアが開いた。

 あ、嫌な予感。

「田崎さん、工藤。まだいたのか」

 予感的中。

 やってきたのは帰り支度万全の明人だった。ちなみに会社ではお互い名字で呼んでいる。

「ってことで三人で飯な」

 飄々と言うリーダーを思わず睨みつける。確信犯だ。

「メッセンジャーで工藤君がいるのは分かったから、俺が誘ったんだよ」

 リーダーの一番の問題点が、これだ。

 なんでも私と明人の会話がおもしろいらしく、二人を揃えようとする。こっちが必死に避けているのに。

「なんでまだいるのよ」

 リーダーに言っても無駄だから苦情は明人へ。

「それはこっちのセリフなんだけど。今日は早いんじゃなかったのか」

「……一条さんがデートだから、月曜ランチで引き受けただけ」

 明人はため息をついた。

「言えよ」

「なんで?」

 素で首をかしげる。

「プロジェクト違うんだから手伝ってもらえるわけでもないし。別に私が何時に帰ろうと、関係ないよね?」

 何故、明人に言わなきゃいけないんだろう。

 これで私が入社数年目の若い女子だったりとか、何かの間違いで恋人とかだったら心配で、とかなるんだろうけれど。同い年アラフォーの嫁き遅れ従姉妹だしなぁ。

「……」

「リーダー、何がおかしいんですかー?」

 肩をふるわせているリーダーに冷たい視線を向ける。ほんと、何が楽しいのだろう。よく分からない。

「いや、報われないなぁって思ってさー」

「誰がですか?」

 リーダーが同情(?)するのだから、私か明人のどちらかだろう。

「工藤と二人で飯行くけどってメッセージ送ったらすっ飛んできた奴が」

 私はそんなメッセージもらってない。

 ということは、リーダーいわく報われないのは明人ってことになるけれど……なんで?

「お腹すいてたの?」

 私の推測を聞いて、リーダーは爆笑した。

「田崎さん、もうそれぐらいで」

 それぐらいって何だろう。

 私には分からないけれど、明人とリーダーの間では通じたらしい。笑いがおさまったリーダーは「まぁがんばれや」と明人に声をかけていた。意味が分からない。

「んじゃ行くか。工藤、お財布増えたから好きな酒飲んでいいぞ」

「え、じゃあ純米大吟醸飲みたいです。今日ありますかね」

 あの銘柄の、と美味しいのだけど流通量の少ない名前をあげる。

「あるといいな」





 店につくと、顔なじみの店員さんが「カウンターしかあいてないんですが大丈夫ですか?」と申し訳なさそうに言った。

「構わんよ」

 リーダーはあっさり頷く。

 うん、私としても問題はない。

 店員さんに示された場所はカウンターの端から三席だった。一つあけて隣の人の手元には灰皿がおいてある。

「じゃあとりあえず私は生で。あ、リーダー真ん中座ってくださいね」

 さっさと一番端の席に座って注文する。

「工藤が中央座ればいいじゃないか」

「嫌ですよ。二人とも喫煙者でしょう」

「……それもそうか」

 私は吸わない。一緒に飲食している時に吸われるのは気にならないけれど、さすがに両脇でというのは遠慮したい。

 だから、私が端に座るのが無難。

 リーダーを隣に、というのは、少しでも心安らかに食事とお酒を楽しみたいからだ。明人の隣に座ると(それが二人きりでなくても!)女性からの視線がとても痛い。一人間に入るだけで、快適さがずいぶんと違うのは過去の経験からよく分かっている。

 そのあたりは明人も分かっているのでおとなしく私から離れた席に座った。

「じゃあ、とりあえず生三つ。あとはいつもの感じでお任せ」

 リーダー行きつけのお店だから、お任せでオーダーが通る。店の人も分かっているので、飲み物メニューだけ置いていった。

 すぐ出てきた生ビールで乾杯をする。週末のビールはとてお美味しい。

「……二人でよく来るんですか」

 数口飲んだ口を湿らせた明人がリーダーに問う。

 割り箸をキレイに割って、お通しの煮染めに箸をつける仕草をなんとなく見守る。

 明人の手は、とてもキレイだ。指が長い。節だっているので男らしい手なんだけど、形容詞はキレイになる。

 あとは動作が洗練されているので、何気ない仕草でもはっと見とれる時がある。……何故それが私にも身に付かないのかがつくづく惜しい。

 私は、最低限のマナーというか、見苦しい食べ方はしていないつもりだけれど、そこどまりだ。

「んー……まあ時々」

 どこか居心地悪そうにリーダーは答える。そのジョッキはもう半分ぐらいに減っている。

「さすがにリーダーが結婚してからは少なくなりましたよね。せいぜい二ヶ月に一回ぐらいで」

 何も間違いなど起きないけれど。勘違いされては奥さんに申し訳がない。ああ、そう考えると、明人が今日来たのはいいことだったのか。その辺考えて呼んだのかな。結構そつない人だからなぁ。

「……ああ、うん」

 ぐい、とジョッキを空にするのを見て、飲み物メニューを広げた。

「次何にしますか? 日本酒にします?」

「そっちは?」

 私のジョッキは残り三分の一程度だ。すぐにあく。

「勿論日本酒ですよ。あればあのお酒って決めてましたから」

 美味しいけれど、置いてある店も限られるうえにお値段もすてきなのであまり飲めない。冷ケースに、求めるお酒の一升瓶があるのは真っ先に確認済みだ。

「じゃあ同じので」

「……少しは自分で考えたらいいと思います」

「工藤の選択を信じてるんだよ」

「違うのにして、一口くれるという選択肢はないんですか」

 何故かリーダーと明人が同時に噎せた。

「田崎さん……」

「いや、違うから」

 何が違うんだろう。

「じゃあ私が選びますね。いいですよね」

 男二人が何やら小声でやりとりしているのを放置して、店員さんに二つの銘柄を注文する。もちろん、お冷やもだ。日本酒にはチェイサー必須。明人のジョッキは半分ぐらい残っているのでまだ大丈夫だろう。

「お前さ、もうちょっと俺に気を使ってくれ」

 明人との会話が終わったらしいリーダーは、眉間をもみほぐしながら言った。

「……使ってますよ?」

 社会人ですから。

「今、寿命が縮んだ」

「よく分かりません」

 ちょうど、注文した日本酒が届いたのでこのよく分からない会話はここで終わりになった。私の意識も、日本酒に奪われる。

「リーダー、工藤君。ありがとうございます、いただきます」

 チェイサーで口の中をスッキリさせてから、猪口だけじゃなくて桝までなみなみと注がれた日本酒を一口。

「うーん、久しぶりです。やっぱり美味しい……」

 ああ、幸せ。

 仕事終わりのビールとは違った幸せがある。

 そして日本酒と、ねぎまのあうことといったら。

「そんなに美味いのか?」

 堪能していたら、明人が呆れているのを隠そうともせずに聞いてきた。

「うん。美味しいよ。一口飲んでみる?」

 口をつけた箇所を指で拭って、猪口をすすめてみる。

「…………」

「あ、でも日本酒苦手だったよね。じゃあ」

「飲む」

 え?

 ひこうとした私の手から猪口を奪って、明人は飲んだ。

「……せめてチェイサー……」

 口の中、ビール残ってない?

「いやそういう問題じゃないよな?」

 リーダーは冷静に指摘する。

「どういう問題? あ、リーダーより先に飲ませちゃったから」

「それも違う」

「じゃあ一体……」

 リーダーは曖昧に笑って、私との会話を終わらせた。

 気になるんですけどー?

「で、どうだった?」

 明人から猪口をとりあげたリーダーは、日本酒を味わうように飲みながら聞いた。もちろん、チェイサーを飲んでからだ。

「……酒の味がする」

「「当たり前だ」」

 明人の感想に、リーダーと私の声がハモった。

 もう二度と、明人に自分の日本酒は飲ませないと誓った瞬間だった。



日本酒の味をかえるときはお水(チェイサーとか和らぎ水とか呼び方は様々ですね)飲んで口のなかをリフレッシュすると、味の変化が楽しめるのでぜひ。オススメです。飲み会でやると飲兵衛扱いされることもあります。水頼んで飲兵衛扱いって……!


2015/07/10 特定銘柄の名前を出すのをやめました

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