不思議なメガネ
注:本文中の①~⑥は、聖書箇所を案内するためのものです。
その名の通り小さな小さな国、マスタードシード王国は、周りを深い緑に囲まれており、中央をライフリバーという名の川が流れている。国土はとても小さいが、石油や宝石などの鉱山資源が豊富で、近隣諸国との関係も今のところ良好で平和を保っている。王制度で統治されており、国教はキリスト教である。すべての決まりが聖書から作られ、それはかなり、徹底されている。
「①『あなた方の間で偉くなりたいと思うものは、皆に仕えるものになりなさい。あなた方の間で人の先に立ちたいと思う者は、みなのしもべになりなさい。』と聖書に書いてある通りに、国の上に立つ者として大事な事は、、、、、、、、、、」
”今日の父上は説教が長いな。どうしたんだろう?いつもならもうとっくに終わっている時間なのに、まだ全然終わる気配が無い。機嫌も悪そうだし……やっぱり噂のあの事が原因だろうか?”
と、第4王子ドンキ・マスタードシードは、朝礼の最中に考え事をしていた。
ドンキ王子の予想通り、マスタードシード王国の王であり、ドンキの父親であるミルトス・マスタードシード王は ’噂のあの事’ で非常に不機嫌になっていた。’噂のあの事’ とは簡単に言えば ’隣国アンジール王国の世継問題が近隣諸国に波及してきた事’ だ。
隣国アンジール王国は近年著しく経済発展が進み、とくにIT産業を得意としている、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いの王国。そして、アンジール王には息子が1人もいなかった。しかし、娘が4人いた。その4人とも類まれなる美貌の持ち主で、文武に秀でた男勝りな性格と評判だった。4人の娘たちは皆、国を継ぐ事を嫌がっていた。
そこで困ったアンジール王は、近隣諸国の王位継承者ではない王子達、合計12名に、アンジール国の城に1年間という期限付きで住んで、娘達の誰かが一緒に国を継いでもいいという結婚相手になってくれるように頼んできた。
この近隣諸国の中には我がマスタードシード王国も含まれており、マスターシード王国には4人の王子がいて、第1王子が王位継承者に決まっているため、ドンキを含む残りの3人の王子がこの要請を受けている。
マスターシード王国のミルトス王はこのアンジール王国の申し出にご立腹だ。ミルトス王は潔癖なほどのキリスト教徒で、厳しくもあるが愛情深くドンキ達を育ててきた。そして、ミルトス王はできればきちんとした聖書教育を受けている国内の女性と結婚して欲しいと思っている。
そして、ドンキ達には常日頃、
「キリストから離れるような事だけはあってはならない!」
と、口をすっぱくして言っている。
そのドンキ達が様々な惑わしがありそうなアンジール国で1年間も暮らし、その上、姫に気に入られて結婚などということになったらと考えると、ミルトス王としては決して承諾できかねる頼みなのだ。
しかし、ミルトス王は
②『あなたの隣人をあなた自身のようにように愛しなさい』
と、いうキリストの言葉を実行しないわけにはいかない事もわかっていた。後継者がいないことはどこの王国にとっても死活問題である。苦肉の策を講じたくなる気持ちもわからなくもなかったからだ。
他の王国ではこの申し出を喜んでいる国も多い。4人の姫君たちは見目麗しい才女ばかりと聞くし、時代の勢いに乗って追い風を受けているアンジール王国の王になれるとあらば、こんな逆玉も悪くないという所だろう。
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「おまえたちに聞きたい。隣国アンジール国の、花婿候補の王子達を1年間呼び寄せての行う後継者選びの事についてどう思うか?」
と、ミルトス王がドンキ達に意見を求めた。
第1王子のシープ兄さんは、
「わが国は王子が4人もいて、後継者にはとても恵まれています。僕は王位継承者なので、行けませんが、悪い話ではないのではないかと思います」
第2王子のホース兄さんはこう答えた。
「僕は数年前からお付き合いしている女性が国内にいるのです。
正式に結婚の話になったら父上に報告しようと考えていました。
彼女以外の女性と結婚は考えられません。
今回のお話ですが、僕は辞退させていただきたいです」
第3王子のキャメル兄さんは父王に質問をした。
「後継者選びに、なぜ1年もの長い期間が必要なのでしょうか?」
父王がその質問に答えた。
「アンジール国の姫君達は、誠実な男性を希望しているため、誠実さを判断するために1年間という時間が必要と考えたそうじゃ」
「そうですか……誠実さを試されるということですね。
誠実さという点では、自分で言うのもなんですが、僕達兄弟はその条件はすでにクリアしていると考えていいと思います。兄さん達や僕や弟のドンキが誠実な人間である事は父上も良くご存知のはずです。
ですが、正直に申し上げますが、僕は他国で1年間暮らす自信がありませんし、誠実さのゆえに、もし選ばれてしまって、他国で一生暮らすなど考えたくもありません」
次はドンキの番だ。
父王と兄王子達が真剣な表情で、ドンキが答えるのを待っている。
「僕は、そのお話、承諾させていただきたいと思います」
と、緊張しながらドンキ王子が答えた。
「ドンキ本気か?」
「やめておけ!」
「後悔するぞ!」
「誰も行かないと王国の立場がまずくなるとかそんなこと考えて、我慢して言ってるんじゃないのか?」
と、父王と兄王子達が次々と口をそろえて心配しだした。
「違いますよ。僕は前から外の世界が気になっていたんです。
だから、単純に行ってみたいと思ったんです。
お姫様達も僕のようにどんくさい男を選ばないと思いますし、大丈夫です」
と、ドンキがのんきに答えた。
「考えが甘いぞ、ドンキ! アンジール王国の姫君達は、ツンデレ4姉妹とも言われてるんだぞ! ツンデレは基本、天然かわいい系が大好物なんだ。
おまえみたいな顔も性格も可愛い奴が選ばれないわけ無いだろ! 行くならアンジール国の王になるくらいの覚悟で行かないとやばいことになるぞ!」
と、兄王子達は青い顔をしながら、真剣に心配している。
「そうだぞ、ドンキ! もっとよく考えてから決めるのじゃ。
返事をするまでまだ時間があるからな」
と、父王にも言われて、ドンキはもう一度良く考える事にした。
そして、数日後……
「父上。ここ数日祈ってよく考えた結果、やはりアンジール王国の件お受けさせていただきたいと思います」
と、ドンキ王子は真剣な表情で、父であるミルトス王に報告した。
「そうか、やっぱり……昨夜、夢に主イエス・キリスト様が現れて、’ドンキ王子をアンジール王国へ行かせよ。案ずるな。ドンキには私がついている’ と言われたのだ」
と、ミルトス王が答えた。
「そうですか。主がそのように言ってくださるとは……このドンキ、身に余る光栄です……」ドンキは喜びのあまり、泣き出した。
「ドンキ! しかし、油断は禁物じゃぞ! いつでも、主に頼るのじゃぞ!」
と、ミルトス王。
「はい、父上!」
と、ドンキ王子。
「あと、これは夢で主がドンキに渡すように言われたメガネじゃ。
起きたら、枕元に置いてあった。これをはめて行きなさい」
と、何の変哲も無い普通の黒縁メガネをミルトス王はドンキ王子に手渡した。
「はい、父上。ありがとうございます。
しかし、このメガネはどういったものなのでしょう?」
「わしにもわからんが、主はこれを渡されるときに③『真理はあなたがたを自由にします』とだけおっしゃられた」
「その言葉は聖書の中の有名な言葉ですね。
このメガネとその聖書の言葉が何か関係しているのでしょうか?」
「たぶんそうだと思うが。そうだ! 今そのメガネをはめてみたらどうじゃ?」
「そうですね。父上はまだ、はめてみていないのですか?」
「主がおまえにと渡されたものを、私がはめるのは恐れ多くて、はめていないよ。別にドンキ以外の人がはめてはいけないとはおっしゃられなかったが、一応、主にいつも忠実でありたいからな」
「そうですか」
ドンキは父であるミルトス王のこういう所が大好きだった。いつも主の前に忠実でありたいと願い、その様に行動している姿に尊敬の念を抱かずにはいられなかった。
そして、ドンキが恐る恐るそのメガネをはめてみた。
「どうじゃ、何か変わって見えるか?」
ミルトス王が身を乗り出してドンキ王子に聞いた。
「え~っと、う~ん……」メガネをはめて、辺りを見回すドンキ王子。
「どうじゃ、わしは普通に見えるか?」ミルトス王のほうをドンキが向いた。
「あっ!父上の胸の辺りに何か文字が見えます」ドンキが驚いて答えた。
「なんと、わしの胸にか? それで、いったい何と書いてあるのじゃ?」
「え~っと、④『これは、わたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ』と書いてあります」
「なんと! お~、主よ。感謝します。私のような者にその様なお言葉、全くもって、もったいのうございます。うっ、うっ、うっ……」
ミルトス王は感激のあまり、泣き出してしまった。
「父上! もしかして、このメガネは神の目から見た真実が文字で見えるのではないでしょうか?」
「うっ、うっ、うっ……そうじゃ、その通りじゃ!
聖書には⑤『神は愛です』と書いてある。じゃが、忙しく日々を過ごすうちに神に愛されている事を忘れて、不平不満や文句たらたらの毎日になってしまっていた。主よ、感謝します。今、その事を悔い改めます……うっ、うっ、うっ……」
ミルトス王の悔い改めの涙はしばらく続いた。
「父上、私はこの不思議なメガネをはめてアンジール国へ行きます。そして、アンジール国の方々や近隣諸国の王子様達に、すべての人は神に愛されている存在である事を伝えに行ってまいります!」
ドンキ王子が元気よく宣言した。
「よし、わかった! 行ってきなさい。
わしも兄さん達もお前の無事を祈っているよ」
「はい、ありがとうございます!」
こうして、ドンキ王子はアンジール王国の花婿選びのための旅に出発した。
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その日、アンジール王国では4人の姫君達が、10人の王子達の到着を楽しみにしていた。近隣諸国で呼ばれていた12名のうち、マスタードシード王国の第2王子と第3王子の2名がこの申し出を断ったため、参加者は10名となった。
まず、最初に到着したのは、グランド王国の王子3名だった。
アンジール王国の4姉妹は王宮内に数箇所設置されている防犯カメラ? の映像を、今回のために用意されたモニター室で王子達の様子を観察していた。
「あら、思ったよりイケメンね」長女ハル姫が嫌味っぽく言う。
「3人とも体格がいいわね」次女ナツ姫は問題の無い発言をした。
「何か運動とか、やってそう」三女アキ姫が闘争心らしきものを少し見せた。
「一言で言うなら、さわやか体育会系筋肉元気君といった所かしら?
やってる運動は右から、バスケ、サッカー、野球って、感じね」
四女フユ姫は、はっきりとした口調で言った。
「お嬢様たちの手にかかれば、若い女性なら誰でもあこがれるようなスポーツ万能、さわやかイケメン王子たちもかたなしでございますなぁ」
アンジール王国の執事が口を挟んだ。
「なによ、爺やったら、一番おもしろがっているのはもしかして、爺やなんじゃなくって?」
四女フユ姫が執事に言った。
「あっ、お嬢様達! 次の王子様達が到着したようですよ。
ええっと、あの方達は確か、ノーベル王国の王子様達でございます」
モニターに ’ドS王子’ っぽい風貌のイケメン3人が映っている。
「あっ、本当だわ。どれどれ……
あら、さっきとはまた違ったタイプのイケメンね」
またもや、長女ハル姫が嫌味っぽく言う。
「3人ともメガネをかけてるわね」次女ナツ姫も先程と同じく無難な発言。
「何か頭がよさそう」三女アキ姫の闘争心は今回も働いている。
「一言で言うなら、クールインテリ系細身メガネ君といった所かしら?
右から、医者、弁護士、科学者タイプってとこね、きっと」
四女フユ姫はハッキリ物を言わないと、気がすまない性格だ。
「お嬢様がたには、今、流行のS系王子は好みに合いませんでしたか……」
執事が今度は残念そうに、口を挟んだ。
「爺やったら、私達は感想を言っているだけよ。
誰も気に入らないとは言ってないわ」とフユ姫。
「そうでございました。申し訳ございません」と執事。
「あっ! 次に来るのはミニ王国の王子様でございます。その隣が、ファット王国の王子様で、またその隣が、ピカ王国の王子様のようです」
「あら、面白そうなブサメン・トリオね」
ハル姫が嫌味と興味が混ざった様に言う。
「3人とも個性的だわ」
ナツ姫は表面上はいつでも波風を立てない性格だ。
裏でどう思っているかは謎だが。
「何か、人には負けない特技がありそう」
アキ姫はどんなときも、負けず嫌いで競争意識が高い。
「一言で言うなら、え~っと……やっぱり一言で言ってしまうと倫理的に問題が出てきそうだから、少しオブラートにくるんだ言い回しにすると、右から小柄、脂肪、薄毛かしら?」
さすがのフユ姫も人の子だ。今回は、はっきり言うことができなかった。
「お嬢様方、今度の方たちには、興味がおありのようで」
今度は、執事が楽しそうに口を挟んだ。
「爺やは、本当に一番楽しんでるんじゃないの? 顔が笑ってるわよ。
でも、確かに、この3人は面白そうね。なんか気に入ったわ」
フユ姫も今回は本当に楽しそうだ。
「あと、最後のお1人の王子様が来られていませんが、どうされたのでしょうか?」執事が心配そうに口を挟んだ。
「あとはマスタードシード王国の王子様がまだ来ていないわね」ハル姫が言った。
「え~、あっ、はい、そのようですね。資料によりますと、まだ見えていない王子様はマスタードシード王国の第4王子様でございます。お嬢様、よくご存知でいらっしゃいましたね」執事が今回の花婿候補者の資料を見ながら答えた。
「マスタードシード王国といえば、二人の王子が辞退した国よね?」
とナツ姫が聞いた。
「そうでございます。よくご存知でいらっしゃいますね」
「そうね。少しショックだったから、私も覚えてたわ」とアキ姫。
「マスタードシード王国が断られた理由は、第2王子様は婚約者がおられたためでお嬢様方に非があった訳ではございません。あまりお気になさりませんように」と執事。
「爺やは忘れちゃったの? 私たち4人は昔、一度マスタードシード王国へ行った事があるのよ。その時、小さいけれど本当にとても素敵な国だったから、マスターシード王国の王子様達の事を一番楽しみにしていたから、それでショックだっただけ。それに、1人でもその国の王子様が来てくれるんだから、いつまでも気にしてばかりいられないわね」とフユ姫。
「あっ! お嬢様方、見えましたよ。そのお待ちかねの方が!」
モニターに映るその姿に、全員一瞬、黙ってしまった。
まずハル姫が口を開いた。
「あの服はどうしたのかしら?」その王子様は普通の王子様達が羽織っているような上着ではなく、平民の女性物の上着を羽織っているようだった。
次にナツ姫が口を開いた。
「乗っている動物はもしかして、ロバかしら?」その王子様は普通の王子様が乗っているような白馬ではなく、ロバに乗っていた。しかも、子供のロバだった。
次にアキ姫が口を開いた。
「本当に男性かしら? まるで天使のような愛らしさだわ!」
次にフユ姫が口を開いた。
「一言でいうと……か、可愛いっ!!!!!」
アンジール王国4姉妹はその王子様に一目で恋に落ちてしまったのだった。
そして、4人ともその事をなんとなく感じ取った。
「やはり、予想していた事が起きてしまったようね」とハル姫。
「私達は男性の好みが似ているから……」とナツ姫。
「こういうときは、公平に抜け駆け無しって約束よね」とアキ姫。
「じゃあ、向こうから来てくれたらOKって事ね」とフユ姫。
「お嬢様方、1年間かけずとも、もうお目当てが決まってしまわれたようですね」と執事。
「決まったわけじゃないわ。私達、男性に素直になるのが不得意なんですもの。こっちが気に入っても、向こうはどう思うかわからないわ!」とフユ姫。
「そうでございますね。なんだか楽しみになってまいりました」と執事。
「爺やったら、やっと、本音を吐いたわね」とハル姫。
「これからの一年間、何か新しい事が起きそうな予感がするわ!」とナツ姫。
「これは、恋の勝負ね!」とアキ姫。
「一言で言うと、’恋愛ファンタジー’ ってカンジかしら?」とフユ姫。
まさかモニターで見られていたとも知らず、当の王子様達は大広間に通され、緊張した面持ちで姫様達が来るのを待っていた。
そして、マスタードシード王国第4王子ドンキ・マスタードシード王子は主イエス・キリストから渡されたというメガネをはめてみた。
すると、目の前にいるすべての人の胸に
⑥『私の目にはあなたは高価で尊い、私はあなたを愛している』
という文字がはっきりと見えた。
ドンキ王子はその文字を見て、
”やはり、神はすべての人を愛しておられるのだ。
主よ、私をここへ遣わしてくださって感謝します。
僕は、ここにおられる人々や、この国に、神が愛してくださっておられる事を、伝えたいと思います。
どうぞ、主よ、あなたの御心のままをなさってください。”
と神に感謝と献身の祈りを捧げたのだった。
※本文中の『』内の言葉は、下記の聖書箇所から引用しています。
①新改訳聖書のマタイ20章26節
②新改訳聖書のレビ記19章18節、マルコ12節31節
③新改訳聖書のヨハネ8章32節
④新改訳聖書のマタイ3章17節
⑤新改訳聖書の第一ヨハネ4章16節
⑥新改訳聖書のイザヤ43章4節