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死にかけネクロマンス  作者: 絹のタオル
第ーーー章
5/12

今日から始める魔法学

 ここまで朝の風景をお見せしたが、少しおさらいと補足をしよう。


 まず、僕の名前はダイノス。苗字は母さんのあいまいな態度を見るに隠されていそうな気がするが、今のところはない。

 住んでいる村は食事の内容から察するにそれなりの規模で豊かな村と思われるが、実際に外に出たことはまだないので何とも言えないのが実情だ。

 ちなみに、村は村の名前がまだないほど新しいらしく、僕が生まれる数年前にできたようだ。両親に村の名前を尋ねてみると、『ビレッジ』というそのまんま村を示す名前が帰ってきたりした。


 両親はふんわりオーラの犬耳父さんのスサンと猫耳メガネのテキトーさんのクシナだ。

 父さんは村の護衛で村の中に魔物のような外敵が侵入しないようにする役目で、母さんは魔法院という魔道具店、兼、診療所を経営している。

 二人の役職は村の中でも重要なポジションらしく、それ故に、村の人々がいろいろ作物を分けてくれるので、我が家の食卓は彩豊かなのだそうな。二人以外の村人にはあったことはないが、僕は食卓に並ぶ野菜や肉のおいしさから、両親と同じくらいに彼らには感謝している。


 家の外に出してもらえない理由は魔物から子供たちを守るための村の掟らしい。

 いくら異世界でもその掟はおかしくないか、と僕は思う。

 困った時に助け会うためにも村の人と顔合わせして置くことは重要だと思うし、魔物を狩ってくる父さんからも村の周りにそこまで強い魔物が出てくるという話は聞いたことがない。

 そもそも子供の発育のためにも、適度な運動と人とのコミュニケーションは必要ではないのか。


 とはいえ、現実が想像を超えてくることは転生したことで実証済みなのだ。僕は一人でお留守番をしたり本を読んだりして、有意義な時間を過ごしている。


 一人で留守番を任されているのは母さんの魔法院が隣にあって、僕が物わかりのいい変わった子供だというのが理由だということは語ったと思うが、他にも、父さんや母さんの仕事は村の中でも重要である上に人手が足りないということがある。母さんの魔法院のような医療施設に至っては、薬を作れる人はいても魔法で治療を行える人は母さん以外にいないらしい。

 治癒魔法を使える母さんは魔法使いの中でも優秀な人物になるのだそうな。



 さて、念願の魔法書を読むのを楽しむためにそんな母さんの書斎にやってきた。


 書斎はあのテキトーな母さんの部屋である割には分別のしっかりとした部屋で、特に本棚に至っては本をしまう位置が決められていて、どこに何の本があるのかすぐにわかるようになっていた。

 この本棚の高さは三歳の僕の四倍は大きく、上の段に手を伸ばすためには椅子ではなく脚立を持ってこなければならないほどだった。魔法書や図鑑のある最上段に至っては、脚立に乗っても背伸びをしてなんとか取り出すことができるといった具合なので、不安定な姿勢で取り出した本が頭の上に振ってこないように気を付けなければならなかった。

 実際、一度図鑑が降ってきて、頭に当たらなかったものの肩にあざを作ってしまった時もあった。今では最上段の本と取ろうとするときは新しく作ってもらった梯子を使っているため、取り落すようなこともないが、今でも最上段の本を取り出そうとするとその時の痛みを思い出して手が震えることがあった。

 あの時の肩の痛みはそれほどまでに痛かった。


 今も最上段の本を手に取ろうとしているため手が震えているが、今日の震えは痛みへの恐怖だけではない。


 なんといっても、今日から魔法書を読み始めることができるのだ、これが嬉しくないはずはない。僕ははやくこの魔法書を読みたいと武者震いをしていた。


 魔法の存在は転生初日に確認していたが、それ以来僕は魔道具以外で魔法に触れていない。


 魔法を早く学びたいという気持ちは強かったが、一般常識や語彙を学ぶ方が先だろうと思い、今まで魔法書ではなく、冒険譚とか伝記だとか歴史書の方を読むのを優先せざるを得なかった。しかし、これがまた読むのに時間がかかってしまった。とくに歴史書は前世でも中学、高校時代は世界史も日本史も得意でなかった苦手意識が働き、一冊だけでも読むのに一週間近い時間をかけてしまった。


 ...しっかり頭に入っている自信があるのは世界の地図、国名とそれぞれの特産品と食文化、とほとんど地理の内容だけだが、歴史書もきっと読んだという事実が役に立つこともあると思う、たぶん。


 優先して学ぶ必要があったとはいえ、魔法書というワクワクが止まらない本を読むのを我慢する日々は辛かった。それも今日でおさらばだ。


 それでは、レッツ魔法ライフ!





「ふぅ」


 あれから二時間ほど経ち、お昼近くになった。


 今回は最初ということで、はじめての人でもわかりやすそうな『今日から始める魔法学~初級編~』を手に取って読んでみた。熱中して読んだことに加えて、たぶん子供が魔法を勉強することも考えて書かれたのであろうそれが簡素な言葉で手短に書かれていたこともあり、たったこれだけの時間で読み終えてしまった。


 この本はタイトルこそ初級魔法を学ぶためのものであるが、初級魔法については巻末に簡単な説明が書かれているだけで、内容の大半は魔法の成り立ちとその原則についてだった。


 この世界の魔法は火・水・土・風の四大魔法と基本魔法、そしてその他に分けられる。


 四大魔法はそれぞれの属性に応じた現象を操るものであり、基本魔法はその大半が日常の炊飯や洗濯、掃除などで使うために四大魔法を小規模かつ微細なコントロールが効くように変化させたものだ。


 四大魔法を使用するためにはそれぞれの属性神に祈り、対価として魔力を捧げ、詠唱にそった内容を具象化してもらうらしい。火ならばサラマンダー、水ならウンディーヌ、土ならノーム、風ならシルフと決まった神にお願いをしなくてはならないそうだ。さらに、強力な魔法を使おうと思うとそれぞれの属性神についての深い理解が必要となり、前世でいうところの宗教学のような学問の勉強が必須になる。

 石造りの家を建てる土魔法の『建築』のように生活の役に立つような魔法から、目標に炎でできた矢を飛ばす火魔法の『フレイムアロー』のように狩りや戦いに使われる魔法までさまざまな種類があることを考えると、この世界の神様は人々の生活に密着した存在であることがよくわかった。

 ここまで人に親しい存在だと神様というより、精霊とか妖精なんじゃないかと思ったが、精霊魔法はまた別に存在しているし、妖精は種族として妖精族というのがいるらしい。


 また、基本魔法はその名の通り、生活や魔法そのものにとっても基本である魔法だ。この魔法は四大魔法と比べると数こそ少ないが、炊事に使う火の調節や、洗濯に使う水の操作、床のゴミを風で払ったり、小規模ながら土を耕すといった日々の生活の中で役立つ魔法であるため、世界で最も使用する人の数が多い。また、消費する魔力が少なく、習得が比較的簡単なのが特徴らしく、魔法の入門としてこれらの呪文を覚えることで魔力の使い方を練習するようだ。

 また、こちらは神様へ祈りをささげる必要はないため、神について明るくなくても問題はないらしい。

 

 この五つの魔法がこの世界の魔法で、魔法術と呼ばれており、そのほかにも精霊魔法のような魔法があるものの、そちらは魔術と呼ばれているそうだ。




 さて、一通りまとめたところで、今度は実践に行ってみよう。


 僕は魔法書を抱えて書斎を出ると、春の日差しの差し込む廊下を渡り、木の板でできた高い柵で囲まれた家の庭へ向かっていった。


 今日の僕の服装は半そでの白いシャツと紺のズボンをはいた上に、白地に赤色で何やら複雑な模様の書かれたフード付きのローブを羽織っているといったものとなっている。

 ローブは母さん手作りのものだが、いかにも魔道具といった風体の代物で、フードの部分なんて不気味な目玉模様が描かれていたりする。ただ、母さんのお手製なだけあって着心地はとてもいい。

 春になって温かくなってきたとはいえ、外に出ると少し肌寒い。そんな日でもこのローブの中は風を通さずに赤子の柔肌を守ってくれていた。


 そんな春の風の吹く庭は木が点々と植えてある以外は後は適当な雑草が生えているだけ、というか全く庭として手入れがなされていないような庭だ。たまに父さんが剣やら槍やらの素振りをしているため、土はしっかりと踏み固められているが、それでも背丈の低い雑草が無造作に生えていた。

 父さんも好き放題に暴れているこの庭なら、いくらでも魔法のためし撃ちをしても平気だろう。


 庭の中心に靴を履いて出ると、まずは習得がもっとも簡単と呼ばれている基本魔法からやってみる。

 魔法書にも『まず基本魔法を唱えることで魔力が体の外に流れ出る感覚を学びましょう』と書いてある。


「えーと、基本の水、流れよ、【ウオッシュ】!」


 ...とくに何も起きないな。


 え~と、魔法がでなかったのは、まぁ、ビギナーズラックはそうそうないからいいとして。

 たとえ魔法の発動がうまくいかなくても、魔力が体の外に流れ出る感覚はかなり独特なものであるらしく、その感覚を学ぶことで魔力の制御を学んでいくらしいのだが...。


 僕はその感覚とやらが全く感じ取れなかった。


 間違えてパチものの魔法書が本棚に入ってたのだろうか?

 いや、魔法書は他の本と同様にしっかりと管理してあったし、この『今日から始める魔法学』シリーズはしっかりと中級魔法編まで本棚に揃っていた。さすがに、そんな紛い物ではないだろう。

 もう一回練習してみよう。





「基本の火、【キンドル】」「耕せ、【プラウ】」「払え、【ダスト】」


 その後も練習を続け、試しに他の火、土、風の属性の基本魔法を唱えてもみたが、魔法は発動しなかったし、魔力が出ていく感覚とやらもわからなかった。


 魔法書には基本魔法は初心者向けで、結構簡単にできるって書いてあるんだけどな。

 この本を書いている人のような人は才能のある人で、そういう人にとっては楽に発動できるっていう嫌みなんだろうか。流石にそれは捻くれた考えか。


 よくある可能性を考えると、まだ子供だから魔力を十分に扱えるだけの体ができていないとかかな?

 まぁ、可能性をいくらあげてもキリないか。


 とにかく、魔法使いは一日にしてならず。

 毎日繰り返して練習すれば、できるようになる。

 三〇歳まで貞操を貫ぬくことと比べれば、どちらの方がいいかは...わからないな。

 前世で毎年の誕生日に「あと○年で魔法使いか...」とか言ってたし、案外前世でもなれたかもしれない。


 午前中に魔法を扱う感覚とやらをつかむことはできなかったが、魔法書を一冊読み終えただけでも十分だろう。午後も魔法を使う練習をすれば、魔法を使う感覚もわかるようになるかもしれない。

 時間も太陽が真上にやってくるお昼時だ。日差しが眩しいのでフードをかぶっているが、じわじわと頭の上を暖められている感覚がする。


 ...このままだと魔法書が日焼けしてしまうな。

 母さんは本を大事にしているみたいだからそれは避けたい。


 ちょうど気分転換もしたかったところだし、お昼ご飯を食べてから仕切りなおしてみよう。


 そう思って僕は庭を後にし、昼ご飯の内容を想像しながらリビングに向かって行った。

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