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死にかけネクロマンス  作者: 絹のタオル
第ーーー章
4/12

異世界の朝食

今回は猫耳お母さん回。

 スサン父さんを見送った後、僕は遅起きしてきた母さんと一緒に食事をとることになった。

 見送った後そのまま書斎に行きたかったけれど、衣食住足りてこその勉強だ。ご飯をおろそかにしてはいけない。


 今朝の朝食はご飯、そして肉と野菜のコンソメスープだった。


 ……和の食べ合わせなんてもう忘れた。今の僕にとってはこれが朝食の定番メニューの一つだ。

 コンソメスープの味は前世のものと比べると雑味は多い気がしたが、それ以上に前世とは違う濃い味わいが成長期の僕には嬉しかった。

 味が違う気がするのは作り方が違うせいだろう。魔物の肉とかも使って作っているせいかもしれない。

 たしかコンソメスープってめちゃくちゃ時間をかけて灰汁もとったりしながら作る手間のかかる料理だった気がするが、クシナ母さんは「薬を作るノリで野菜やら肉やらテキトーに煮込んでたらできた」とか言ってた。

 説明から調理までうまくいってるのが不思議なくらいのテキトーっぷりだった。

 薬をテキトーに作っちゃあかんでしょう。


 ん?ツッコミどころがちがったかな?


 まぁ、いいや。とにかく僕は転生して以降、おいしい食事にありつけている。

 いくら便利な魔法道具が家にあったからと言って、産業や文明の発達が発達していない中世だとか、発達しすぎていて栄養を摂取するだけのサプリメントのような食材が跋扈する世界に転生していたら、きっと僕はまた不貞寝していたことだろう。

 衣・食・住は人が生きる上でとても重要なファクターだってことをたった三ヶ月で痛感したし、こんなにおいしい食事を食べられる家庭に転生できたのは僥倖としかいいようがなかった。


 そして、わが家には食事中は話をしてはいけないという決まりごとはなく、今日の朝食も親子のフリートークタイムとなった。


「母さん、僕の名前ってダイノスだよね?」

「…?そんな当たり前のこと聞いてどうしたの?またあんたが別の人になっちゃうとかそういう話?」

「いやいや、そうじゃなくて。僕って苗字とかないのかな~?って思って。」


 この家に生まれて以来、僕は自分のダイノスという名前と相性のダイという名前しか教えてもらっていない。

 今までこの世界ではないのかと思っていたが、つい先日読んだ本の中に「塔を制する者」という冒険譚があり、その主人公は苗字を持っていたので疑問に思ったのだ。


「あー、そうね、あの主人公かっこいいものねぇ。やっぱりそういうのに憧れちゃう?塔を黒幕ごとぶっ壊す最後の場面なんて爽快だもんねー。あれ?あの主人公君、名前なんて言ったっけ?」

「ルフィ・ホーエンハイムだよ。うーん、僕はそのシーンよりも崩れる塔からルフィが空を飛んで脱出するシーンの方が好きかな。人の身で空を飛ぶってすごく楽しそうだよね。」

「うーん、母さんもあの場面は好きだったけどねぇ、空を飛ぼうとしたことがあるだけになんともいいがたいわねー」

「え?母さん、空飛べるの?」

「ううん、むりむり。結局できなくて壁に顔をぶつけてお父さんに心配かけただけだったわよ」

「そっかー、やっぱりあの主人公ってすごいんだねぇ。」

「そりゃそうよ!なんたってあんたの母さんよりすごい魔法使いなんだから!きっと『まさしく英雄!』って感じの人だったんでしょうね」


 いやいや、英雄を比較対象にするとか母さんはどんだけすごい魔法使いなんだよ、とツッコミたい気持ちを抑えてジト目でクシナ母さんをみる。すると、さすがに恥ずかしいことを言った自覚はあったらしく、知らんぷりして黙々とスープを飲み始めた。

 しっぽが恥ずかしい気持ちを抑えようとしているのか、椅子の背もたれに巻き付いてもぞもぞしている。

 朝から和む風景だなー。


「で、何の話をしてたんだっけ?」


「ん?英雄の名前の話じゃないの?」

「それより前に何かなかった?」

「ん~、あんたが英雄にあこがれてるとかそんな内容だったような…」

「いや、違うよ、確か…そうだ!苗字だよ苗字!」


 やっべえ、会話が弾みすぎて素で忘れてた。

 言葉のキャッチボールだったら、使っていた野球ボールがいつの間にかラグビーボールにでも変わっていたかのような会話の変わりようだったな。


「…あー、苗字ね、苗字。うーん、あんたの苗字はねぇ、なんだったかしら?」

「母さんの苗字は?」

「母さんの名前はクシナです。」

「自分の苗字忘れてるの…?」


 母さんはあまり目立たない胸を張っているが、こっちはドン引きだ。

 自分の名前の一部を忘れるとか正直どうかしてると思う。


「あのね?母さんも決して忘れたくて忘れたわけじゃないのよ?この村のみんなは『魔法院のおねーさん』とか『クシナさん』とか言ってくれるものし、わざわざ長ったらしい名前なんて言うのは時間の無駄だから苗字なんて使わないのよ」

「いや、だからって自分の名前は忘れないでしょ。早く思い出してください。」


 すこし怒ったような調子で僕はクシナ母さんを問い詰める。

 前世で名前とは親との縁を示す大切な絆の一つだと僕は周りから教えられて育ってきたし、僕自身確かにそうだと思っている。

 そんな名前を「わすれちゃったー、テヘ」みたいな軽いノリで忘れられるのは、いくら文化も違うであろう異世界であっても許しがたい。


「そんなに怒らなくてもいいじゃない。英雄に憧れて自分も同じものが欲しいくそう言いたくなる気持ちもわかるけどね。苗字を好き好んで名乗るのはたいていの場合貴族とかそういうお堅い連中よ?」

「え?」


 英雄に憧れてるっていう母さんの勘違いにもツッコミたいけど、それよりも今のセリフは何だ?

 どうしよう、このお母さんはコンソメスープもノリで作ったとのたまう超の付くテキトー人間だけれど、ひょっとしてでかそうな伏線までテキトーに作りやがりました?


一.苗字は貴族のようなお偉い方々がもつものである。

二.母さんは何らかの理由で忘れたふりして苗字を隠そうとしている。

三.一と二より母さんはなんらかのお偉い方でその苗字は息子に伝えない方がいいものである。


 いい予感のしない伏線だけれどどうしよう。このセリフに対してなんと返すのがいいんだろうか。


「ん?黙っちゃってどうしたの?」

「えーと、母さんって貴族だったの?」


 ええい、聞いてしまえ。どうせ短い人生だ。フラグなんて速攻で回収してしまえ。


「違うわよ。それに別に貴族じゃなくたって苗字を持ってる人はたくさんいるわよ。住んでる国とかそのほかのいろんなの理由で、苗字を持ったり、持ってなかったりするのよ。

 でも、苗字は決して嫌なものじゃないけれど、気軽に人に教えるようなものではないの。


 だから覚えてたとしても、子供のあなたにはまだ教えられないわ。


 ま、そこら辺のごちゃごちゃした話は母さん得意じゃないから今度それが書いてある本をだしてあげるから読んでみなさいな」


 えーと、苗字は誰でも持ち得るものだけど、好き好んで苗字を名乗るのは貴族ってこと?

 自分を守るために気軽に語るものじゃないってことは結構重要そうなものだと思う。だけれど、それでも忘れてしまう程度のものだっていうのはどういう理屈なのか。考えてみてもよくわからない。

 まぁ、後で出してもらえる本とやらでどういうことなのか確認すればいいか。


 とりあえずさっきの僕の妄想は杞憂に終わったのだが...しょうもない勘違いが外れて恥ずかしいと言えばいいのやら、ほっとしたと言えばいいのやら。

 それよりも。


「えー、じゃあ、母さん本当に忘れちゃったの?」


「さっきもいったけど、よほどの場合にしか使わないからねぇ…あ、でもこの村の人なんかはほとんど持ってるわね。」


 みんな持ってるようなものでも忘れてるのかよ…。それとも、まだ忘れたフリなんだろうか、もうわけがわからなくなってきた。


 まぁ、いざとなったら村の人に聞けばいいということなのか、誰か聞いたことのある人もいるだろうし。

 ただ、それだと僕の場合、ある問題があるのだが。


「お母さん、僕まだ村の人に会ったことないよ?」


「あら、村の人を気にするなんて珍しいわね。ただ、子供のあんたを家の外に出すのはまだ早いって私も父さんも思うわね」

「僕もたまに村の中にまで魔物が入る話を聞くと好き好んで家の外に出たいと思わないけど、食べ物を作る畑とかいろいろ見てみたいものはたくさんあるし、一度くらい連れて行ってほしい、ってくらいは思うよ。」

「それでもせめてあんたの背丈がゴブリンよりは大きくなって貰わないとね…ゴブリンは動きも遅いし、子供でも倒せるような魔物だけど武器を持ってるのよ。あんたが素手でも楽勝に勝とうとすれば、せめてあいつらと同じくらいのリーチを持ってくれないと」


 本音を言うと、僕が村の人に三か月間会おうとしなかったのは魔物云々よりも、まだこちらの文化に慣れていなかったせいだ。

 ご飯をさじで食べたり、箸ではなく楊枝のようなピックを使っていたりするように、この世界は日本とは違う文化を持っている。

 そんななかで、お辞儀や言葉遣いといった日本人特有のしぐさをこの世界の人たちが見たら、これはどこの風習なんだろうと気にするに違いない。そう思うと、この世界の作法を一通り学ぶまでは迂闊に人前に出られなかった。この村で育ったのにも関わらず、この子は一体どこからこんな仕草を学んだのか、と注目されるのはあまり嬉しくない目立ち方だろう。

 まぁ、今のところ日本に近い食生活だったり、靴を脱いで家の中を歩いたりと住環境も似ているところが多いため、激しいカルチャーショックと呼べるものは受けてないのだが。


 それにしても、この世界のゴブリンはどれほど弱い魔物なのだろうか、と心配になるレベルの貧弱評価だ。たしかにこの間の本でも単独では百戦戦っても百回勝つといえる魔物だと書いてあったが、子供でも勝てるレベルだというのは初耳だった。


 しかし、家の外に出る基準がゴブリンと戦えること、か。書斎にあった図鑑に書いてあったゴブリンの身長はたしか一〇〇センチ前後だったはず。


「それだと五歳くらいまで外に出られないよ。それに、別に家の外に出なくても、魔法院に来る人たちに会うくらいはいいんじゃないの?」


 クシナ母さんは魔法院という異世界らしいお店を経営している。

 村の名前も場所もどれくらいの規模かもまだまだ知らないことは多いが、それでも、この魔法院という謎のお店が村で唯一のもので村中の人々が一回はここに来たことがある、というのはスサンから聞いていた。

 ならば、そこで村の人と話せる機会があるんじゃないかと僕は考えていた。


「そうねぇ。あんた魔法院がどんなお店かお父さんから聞いてる?」

「たしか、家にあるような魔道具を売ったり、メンテナンスをするところだって聞いたよ」

「半分はそれであってるんだけどね、ウチの場合は村で怪我をした人の治療もしてるのよ。」


 へー、治癒魔法を使えるのは知ってたけど、診療所としても運営しているのか。


「それだと何がいけないの?」

「あんたはまだ小さいからわからないかもしれないけど、自分が血を流して傷ついてる姿を見られて嬉しい人はまずいないわよ。特に、ダイみたいな子供だとね。そういう人って急に担ぎ込まれてくるから、そういう人を見ちゃうかもしれない店先に置いとくわけにはいかないのよ。」


 あー、確かに血とかスプラッターなのは子供の情操教育にはよろしくないですよね。っていうか、たいていの子供は見たら泣くよね。母さんはああ言っているが、実際は緊急事態に泣いてる我が子がいたら、気が散って邪魔になってしまうだろう。それは確かによろしくないと思う。


 これは泣いたりはしないから、心配ご無用だとはさすがにいえないな。

 前世でスプラッターやらグロには完全な耐性が付いちゃっているせいでそういったことを全く考えていなかったのは反省しておこう。


「そう、ならわかったよ...でも、この村って子供は僕だけなの?」

「あんた以外にもいるけれど...家の外に出る条件は魔物に万が一あっても大丈夫であること、っていうのがこの村の数少ない掟の一つなのよ。だから外に出られるような子はみんなあんたよりも少なくとも三つは離れてるわね。歳が離れてる子だと話が合わなくてつまらないかもしれないわよ?」


 うーん、そのくらいの歳の子でも話し相手になってくれるなら十分嬉しい、貴重な情報源としても日々の潤いとしても新しい風を吹き込んでくれるに違いないだろう。

 ただ、お店に来た子に子供の面倒を見てもらうっていうのは母さんとしては勧められないだろうな。

 それに転生したときに血まみれになっていたせいで、母さんはできる限り僕をそばに置いておきたいだろうし、ね。

 それならこれ以上はごねないで留守番生活を続けておこう。


「僕はそれでもいいから誰かに会ってみたいけど、母さんがそこまで心配してくれるならあきらめる。それと、ごちそうさま。今日もまた母さんの本を借りるね。」


 そういって、僕は今日の朝食を食べ終わった。

 今日のご飯も大変おいしゅうございました。


「お粗末さまでした、と。...ああ、本はちゃんと元にあった場所に片づけてね。あと、あんたならしないと思うけど、火はいじっちゃだめだからね。じゃ、お母さんはお店の方に行ってくるから。お昼までいい子にして待っててね」


 僕よりも一足先に食べ終わっていた母さんは僕の食器を片づけながら、魔法院に行くための準備をし始めた。

 とはいっても、いかにも魔法使いですって感じの黒いローブを着ただけだったけれど。

 黒のローブは母さんの毛色と溶け合って自然な一体感を見せていて、夜の結晶がそこにあるみたいだった。


「りょーかい、お母さんもお仕事がんばってね。」

「ええ、じゃぁ、行ってくるわね」


 そう言って、母さんも父さんを同じように見送った僕は母さんの書斎に向かい始めた。


魔法の説明は次話になります。

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