異世界の目覚めは恐怖と共に
初投稿です。よろしくお願いします。
目が覚めるとそこには赤ん坊の腕があった。
うん、ビビった。
『パンッ』っていう、なんかの炸裂音がしたかと思えば目の前に得体のしれないものだ。
これでも、僕―黒崎大悟―はホラーやスプラッタな作品に対して耐性があると自負している。
医学生という血をよく見る職を目指すものであったことに加えて、「ホラーの基本はね。想像していない、そこにあるべきでないものが見えるからこそ恐怖することにあるんだ!」とのたまうホラー好きの妹がいらっしゃったので、そういった作品をよく見ていたから。
そうやって鍛えられていたおかげで「心臓に毛が生えているんじゃないか」とよく言われるが、それでも今回見たいに不意をつかれたときはビビる。
しかし、これだけならまだドッキリレベルだった。
その手の甲に書いてある文字を見たときには声も出せないほど、息をのんで恐怖してしまった。
【残り寿命 あと十年】
怖い。っていうか、このドッキリを考えた奴は誰だ。趣味が悪いにもほどがある!
寝起きに赤ん坊の腕と死の宣告をたたきつける発想には狂気を感じる。
しかも、二十六歳の僕にこの残り寿命は奇妙な生々しさがあって嫌だ。まだ十分後とか言われた方がホラーらしく心構えできる分、こんなにビビらなかっただろう。
ふぅ、今回ばかりは毛が生えているといわれる心臓がついに止まったかと思ったよ(泣)
股間の方は大丈夫かな?さすがにちびったりは......。
モレテーラ。なんか股から湿った感じがする。
マジかよ。いい年した大人が寝起きドッキリでおもらしですか。
ちくしょう、このドッキリは大成功だよ。並の奴だったら体中の穴から体液吹き出すところだと思うよ、こんなもん。
ん?でも、変だな?漏らした割にあまり足の方まで被害が及んでないみたいだ。布団にかかっちゃったかな?
そう思い、起き上がり股の様子を確認する。
そこで初めて気が付いた。
自分の体が赤ん坊のそれになっている。てか、さっきまで見てたのは自分の腕だ。
独力でしっかりと起き上がれているわけだし、この身長だと二歳とか三歳かな?立って歩くことも十分できそうな感じだ。ふにふにした手足が可愛らしく、自分の手だというのに両手を揉み合わせてその柔らかさを堪能してみてしまう。
うん、これは夢だな。さすがに。
これが夢ならと思えば、少しはこのうるさい心臓を落ち着かせることができそうだ。
にしても、赤ん坊になるならもう少し可愛らしい内容の夢の方が嬉しかったな。これも昨晩ホラー映画を見せられたせいだな、起きたら妹に抗議しなくては。
だが、同時にまた新しいことに気が付く。
腕や足のいたるところから血が垂れている。どうにも針で刺した程度の小さな傷が全身にあるようで、そこから血が細い線を描いている。死ぬほどの出血には見えないが、ようやく動悸が収まってきた心臓がまたバクバクと音を立てている。
このホラーな夢はまだ続くのか。いい加減やめてほしい。今も流れている血が肌を舐めていく感触が気持ち悪いし、出血しているところはチクチクと痛む。いくら夢とはいえ少し生々しさを手加減してほし......
あれ?痛い?夢なのに?
あー、ひょっとして転生かな?
死んでしまったけれど、魂はそのままで別の人間として生まれ変わるっていう、あの転生。
でも、おかしいな。
ちょっとー?神様?転生の管理責任者さーん?
死んだときの記憶を回想するとか、神様に会うとかそれらしいイベント僕こなしてませんけどー。
説明に出てきてください。お願いします。
いや、何の脈絡もなく、『あなたは死にました』みたいな状況に置かれるっていうのは不自然だろ。
目が覚める前の一番新しい記憶はベッドで寝る前に筋トレしまくったことですよ?これのどこに転生する要素があるんだ?
てか、どこだここ?若干視界がぼやけているけど、一応屋内だとわかる。壁や天井に丸太がそのまま使われているから、どこかのログハウスの中かな?
丸太を切り抜いて作られた窓の外には明るい日差しに照らされた木々が見え、窓にはガラスがはめ込まれてないからか、森の澄んだ香りが漂ってくる。
見た感じ都会ではなさそうだが、森林浴ができる環境もこんなホラーな目覚め方では存分に楽しめない。もっと言えば、さっきから心臓がバクバク鳴り続けているせいで痛い。
だが、少なくとも打つべき一手はわかった。ここは人の住んでいる場所、そして、僕は赤ん坊。とくれば――
A.大声で泣く。
とにかく、泣いた。
演技でボロ泣きできるかどうか不安だったが、さっきからの恐怖体験で心細くてしょうがなかったのに加えて、赤ん坊であるからか涙腺がかなり緩んでいたので簡単に泣けた。
そして、泣き始めて十数秒。
猫耳のついたおねえさんがすごい剣幕で部屋に駆け込んできた。
一六〇㎝くらいのやや低めの背丈にダボダボの黒いローブを着て、黒い短髪から三角の猫耳が顔を出している。
顔はキレイ系でそのメガネをかけ、パッチリとした目は教師とか似合いそうな雰囲気のお姉さんだった。
「ダイ!どうしたのそのかっこ?!今すぐ診せて!」
そういって、お姉さんは僕の服を脱がしながら、急いで体中の傷を確認していく。
日本語ではなかったが、なんとなく意味がわかった。んでもって、僕の名前はダイということもわかった。前世の名前と似てるな。
それにしても、初めての異世界言語は聞いた直後こそ何を言ってるのかわからなかったが、一秒ほど経って「よく考えてみると......」となにかを思い出すような感じで言葉の内容がわかった。
なんだろうね、これ?異世界翻訳技能のちからってすげー、って展開なのだろうか。これがいわゆる加護ってやつなのかな?
ん?なんか忘れてないか?
ああ、そうそう、目の前のお姉さん猫耳でしたね。猫耳。ネコミミ。キャッツイヤー。
そうだね、今『異世界翻訳技能スゲー』って認めてたよね、僕。異世界転生ですか、そうですか。これで憑依の線は消えましたね。さすがに世界をまたいだ憑依ってのはあまりなじみがないし、妙にこの体がしっくりきてる感じもするし。
待てよ?ってことはひょっとして―――
「ふぅ、血が流れてるからビックリしたけど、死ぬほどの怪我じゃないわね。ダイ、お話は後でお母さんが聞いてあげるから、今はじっとしてなさい?―――“ヒール”」
そういいながら、触れてきたお姉さんの手から、温かい何かが流れ込み―――血が止まり、傷が治っていた。
やっぱり魔法があるんだなー。便利だなー。
そう考えていると、だんだん意識がもうろうとしてきた。
今までよくここまで冷静に考え事をできてるな、ってぐらい状況を眺めていられたが、ただ単にハイになっていただけみたいだ。
そりゃそうだ、起きたら残り寿命一〇年宣告を受け、赤ん坊に転生させられ、全身から血は吹き出し、転生先は魔法のある異世界。
起きた直後にこれだけのイベント詰め込まれたせいで、頭がガンガンする。
しかも、寝起きドッキリでずっと心臓は鳴りっぱなしだったし、赤ん坊の体で全身から出血してれば、この体もかなり疲れているのだろう。
もう瞼を開けているのもつらい。
目の前の猫耳お姉さん―そういや、さっきのセリフからするとお母さんなのかな?―には悪いが今は寝させてもらおう。
そうして僕は意識を手放した。
―――僕は、いや、僕の前世かな?黒木大悟は都会の大学に通う卒業したての医学生だった。
三月中旬、医師国家試験も無事に合格し、試験勉強で正月も実家に帰ることができていなかった僕は、久々に田舎にある実家に帰り家族団欒の時間を過ごしていた。 両親と僕と妹で四人家族。病院で働くようになれば、家族でそろうことは少なくなるだろうとみんな思っていたので、特に出かけることもなく、昼は家でバラエティ番組を眺め、夜は妹が借りてきたホラー映画を鑑賞したりして過ごしていた。
そして、転生する前の最後の晩では、「ゾンビはのろまなんかじゃない!走ることだってできるんだ!」と妹がのたまいながらDVD鑑賞を始め、映画の中ではその言葉通りにゾンビが走り回り、逃げ惑う人々をハンティングしていた。僕の家族のみんなはそれを仲良くリビングのソファに座りながら見ていた。
他の三人はそれほど怖がってはいなかった。一方で僕は久々に見た映画に心臓を握られていた。
それなりに妹のホラー趣味には慣れていたが、久々の再開を祝してチョイスされてきたその映画は、勉強漬けでホラー耐性の落ちた僕を震え上がらせた。
そのせいで、その夜はなかなか寝付けなかった。
少しでも恐怖を紛らわせたいと思った僕は、昔通っていた空手道場で教わった拳立てや腹筋を行った。
汗をかけば気分が変わるなんて脳筋かよ、と筋トレ中にふと思いもした。
だが、これが気分転換としてうまくいったようで、シャワーを浴びて汗を流してきたころには肉体的な疲労も相まってすぐに眠りについた。
そうやって落ちていく眠りの中で僕は仕事が始まるまでの家族団欒の時をどう過ごすかをぼんやり考えていたのに。
どうして目が覚めたら異世界に来てしまっていたのか。
今考えても伏線となるようなものはなかったと思うのだけれど。
昨晩の筋トレも気分転換程度のもので、死ぬほど疲れるようなものでもなかったはずなのに。
いったいどうして転生なんてしているのか。
ああ、目が覚めていく感覚がする。
せめて、目を開いたら元の家の天井が広がっていますように――――
再び目を覚ますと犬耳の付いた男の人の顔があった。
転生確定。絶望した。覚悟してたけどきついわ、これ。
あ、でもおもらししたオムツは変えてあるみたいだ。股間が清々しい。
「やあ、ダイ。気分はどうだい?昨日はクシナがすごく心配してたよ?」
えーと、この耳は犬耳かな?垂れ耳の犬の獣人さんだ。高身長だが、物腰の柔らかさや容姿の雰囲気から、カッコいい系よりかわいい系に分類される男の人だな。んでもって、飲み会のときとかに「かわいい」って言われて少し悔しそうな顔をするタイプだと見た。
っと、質問されたからには返事をしないと。聞きたいこともあるし、相手もすごく心配そうな顔をしてる。
「もう一日たったんですか?気分はだいぶ良くなりましたからもう大丈夫そうです。ありがとうございます。」
「ん?...それはよかった。後でお母さんにもちゃんとお礼を言うんだよ?今呼んでくるから。」
少し不思議そうな顔をしたが、犬耳のおっとりした男性はそう言った後、部屋のドアを開けて去って行った。きっと寝ずに様子を見ててくれていたのだろう。その目の下にはクマがあった。
様子から察するにあの人が父親なのかな。
つい前世と同じように他人行儀に話してしまったせいで、一瞬怪訝な顔をさせてしまったが、特に問題はなさそうだ。
何歳かまだよくわかっていないが、赤ん坊が敬語を使って親としゃべるのはそりゃ不思議がるよね。この人も昨日の母親もフランクな話し方を好むようだし、どこで敬語を学んだのか疑問に思うかもしれない。
僕としてはなんでスラスラ異世界言語を話せたのかの方が気になるけど。
でも、そんなことを考えるよりも先に確認しなくてはいけないことがある。左手だ。確か昨日は【残り寿命 あと十年】と日本語で書かれていた。それが現実かどうか確認しなくては。
…まぁ、現実だろうとは思うのだけどね、正直あれは夢として前世においてきて欲しい、なんて思うわけですよ。
そんなことを考えながら確認したところ、やはり昨日見た黒いアザは左手にミミズのような字で日本語を描いていた。
さすがにこれも夢じゃなかったか、と少し諦観交じりに僕がその手を見てみると、
手の甲には【残り寿命 あと九年】と書かれていた。
「..............。」
―――あれ?減ってない?年単位なのに減るのが早すぎるでしょ?!
驚きすぎて声も出なかった。
あまりに残酷でリアルなファンタジーにショックを受けた僕はもう一度意識を手放した。