Story3
「……おいチビ! 準備にどれだけかかってんだよ!」
廊下の一角に、リザルトは立っていた。目の前にはドアがあり、『オレのへや。』と汚い字で書かれた札が掛かっている。
そこはどうやらリレイトの部屋らしかった。中から能天気な、『いま行くー』という間延びした声が聞こえる。
リザルトは少しの間その場に立っていたが、ふいにドアが開いた。
「おまたせー」
「……は?」
中から出て来たその少年を見て、リザルトは思わず声を発する。
リレイトは、沢山の大きい鞄を持っていた。
「ごめんねおくれてー」
リザルトの少し引き攣った表情とは裏腹に、相変わらず気にさわるほどの明るさだ。
「やっぱりゲームはかかせないよねっ。P●PとG●AとD●は入ったんだけど、P●2とか大きいTVゲームがバックに入らなくてさぁ」
よく見れば、鞄の中には硬そうなものしか入っていないように見える。服等がしっかり入っているかは、信用できない。
リザルトは怒りマークのついた顔で、リレイトに近付く。
「だからとりあえずゲームキュ●ブを入れ゛ッ」
喋り終わる前に、リレイトの顎をリザルトの足がとらえた。げしっと音がして、リレイトの顔が上を向く。
「全ておいてこい」
そう言い切るリザルトに乞うようにして、リレイトはその場に座り込んだ。
「せっせめてD●だけでもっ!」
「死にたいか?」
声色からして、完全に怒っている。
リレイトは『む〜っ』と唸り、食い下がった。
「そーゆーリザはカバンの中に不必要な物は入ってないってゆうの?」
「当然だ」
リザルトの流し目が、リレイトを見る。そしてすぐに自分の鞄を取り出すと、中身を確認し始めた。
「金・食料・寝ぶくろ・地図・明かり……」
「おみそれいたしました」
ふかぶかと頭を下げるリレイト。
ちなみに、たまに『おみそれいたしました』を『お味噌食べました』と言う奴がいるが、それは完全なる間違いだ。
そんなこんなで、1時間後、二人はやっと旅に出ることができたのだった。
「しゅっぱーつ!」
拳を突き上げて叫ぶリレイトの隣には、『やたらに元気な……』とリレイトに呆れているリザルトがいる。
……そして……その後ろから、『ううううう』という唸り声が聞こえる。
二人は固まり、鞄は手から離れて落ち、しばらくの沈黙が流れた後、おもむろに後ろを向く。
女だった。俯せに倒れている。金髪に大きなリボン、ヒラヒラのドレスのような服……。
個性的と言ってしまえばそれまでだが、女は確かに異彩な雰囲気を放っていた。
……誰? あんた誰? お前誰? てゆーか誰? そもそも誰? だいたい誰? つーか誰? 何か誰? 全て誰? うわー誰? 元々誰? フツーに誰? マジで誰? 本気で誰? 誰ですか?
もんもんと二人の周りに立ち込める疑問の言葉。段々何を言いたいのかすらわからなくなってくる。
「す……すみません……少し……目眩が……しただけですわ……」
女はそう言いながら、ゆっくりと顔を上げた。化粧は厚い。見るからにどこかのお嬢様だった。
「あ……あの……食料をわけてもらえますでしょうか……」
大金持ちのお嬢様に餓えという言葉は、あまりに不似合いだった。しかし女は苦しそうな表情で、二人を見つめる。
「ヤダっ」
即答ッ!!!
そう思ったのと同時に女は心の中で「なんで?!」と叫ぶ。
無駄に早い返事だった。
「あ……あの……おなかがすいてしまいまして死にそうなのです……が……」
「ヤダっムリ!」
ひたすら否定を叫ぶリレイトに、リザルトは『何ムキになってんだチビが』とツッコむ。
すると、リレイトの瞳に涙が溢れた。潤んだ目でリザルトを見る。
「だっ……だってっこの人にごはんあげたらっ、オレのごはんが少なくなっちゃうじゃんか……っ」
それを無言で見詰めるリザルト。
彼はもはや『連れて来なきゃよかった』と激しく後悔していた。
しかしそれは後の祭り、リレイトは我が儘にも大声で泣き出す。女はびっくりした、というか引いたような表情で、それを見ていた。
仕方がなく、リザルトはポケットから何かを取り出す。
それはハーモニカだった。
静かに口を近付け、メロディを奏でる。綺麗な旋律に、大泣きしていたリレイトは突然『ぱああっ』という効果音と共に笑顔を見せた。
女は更に複雑な表情になる。
……お……父子に見えるのは気のせいかしら……ッ!?
泣き止み『次、いぬのおまわり●ん吹いてー』と調子に乗っているリレイト、『もうやめだ』とハーモニカをしまうリザルトを見て、女はそう心の中で叫んだのだった。
あやしてるっ!? 不自然っっ!!
声に出さず、激しくツッコむ。
周りから見れば一見、異様な光景だった。