date01:邂逅
投稿01-03まとめました。加筆修正しておりません。
とある王国の、辺境も辺境の村。
王都まで、馬車を使って片道4ヶ月。
歩いてなんて、考えるだけでも気が遠くなるような遠くにあった。
なので、行商人なんてくるはずもなく、ただのんびりと自給自足を行い、日々生活をしている。
そんな田舎の村で、赤子の泣き声が響いた。
「よくがんばったね、男の子だよ」
産婆の声が聞こえた。
「…あぁ、あぁ」
生まれたばかりの赤子を胸に抱いた。
「ふふ、あなたの面影があるわね」
傍で見守っていた男が、赤子の顔を覗き込む。
「そうか?おまえにだろう?」
男は、似てるか?と眉を寄せて赤子を見るも、すぐに柔和な表情を見せる。
「名前は…ユエ」
「ユエ?」
「どうかな?」
赤子は、きょとんとした瞳で二人の姿を映し出していた。
○ ○ ○
そんな日から、流れに流れ、ユエは5歳になった。
活発な少年に育ち、毎日庭や広場、川など、どこにでも遊びに出かけた。
母親に似たやわらかそうな、蜂蜜色の髪。
父親と同じ透き通る水色の瞳をもち、二人の面影をどことなく受け継いだ相貌をしている。
村には、年の近い子供が3人。
兄さん風を吹かせる8歳のコット、少しませた4歳のミナミ。
いつも3人で遊んでいる。
しかし、今日は1人だった。
コットは先程まで一緒だったが、家の手伝いの約束を破っていたらしくひきずられて帰っていった。
ミナミは、母親と隣村へ出かけているようだ。
なので、一人で暇をもてあまし、森へ探検にでかけることにした。
森は魔物もでるとのことで、村人もあまり近寄ることはない。
浅い部分には有用な薬草や、資源が手に入るので、全く未踏の地というわけでもない。
が、無闇に一人で近づくな、と忠告を受けてはいる。
ユエは、父親について森の浅いところに出入りしていたこともあり、軽い気持ちで探索することにした。
危険はないだろう、と軽く考えていたからだ。
だって、今まで魔物なんてみたことがない。
木々の間から、暖かい太陽の光が注ぎ、木陰では気持ちのいい風が肌を撫でて通り過ぎていく。
どこからか鳥のさえずりが響き、野生のうさぎやりすなどが移動する音が聞こえてくる。
そこに、自分の足音、葉や枝を踏み抜く音、草を踏む音が混じって、なかなか賑やかな気がしてくる。
ユエは、鼻歌を歌いながら森林浴を楽しみ、奥へ奥へと入っていく。
生えている葉の種類が変わり、森は薄暗さを増していく。
変わっていく景色、見知らぬ動植物。
そこは、知らないもので溢れていた。
それが楽しかった。
いろいろなところに目を走らせていると、視界に白く輝く蝶が移る。
「きれい!」
ふわふわと舞う蝶、それにつられるように蝶の後を追うと、みたこともない大輪の花が木に絡まり、花を咲かせていた。
蝶はそこに羽を休め、おいしそうに蜜を吸っている。
なんて名前だろうか。
帰ったら父親に尋ねてみよう。
こくこくと頷き、蝶を観察していると、またふわりと舞い始める。
それを追って歩いていく。
ユエは夢中になるが故に気づかなかった。
随分奥まで来ていることに。
気づかなかった。
もうすぐ、日が暮れてしまうことに。
蝶を追ってたどり着いたところは、少し開けた場所だった。
月の光をあびて、輝いている花々。
蝶はその花のひとつに留まってしまい、どこにいるのかわからなくなった。
月。
ユエは、ここではじめて夜になっていることを知った。
「あ…」
ここは、どこだろう…
「おとうさん、おかあさん…」
視界が滲み始める。
帰り道がわからない。
森のどこにいるのかもわからない。
木の根元に座り込んだ。
どうしよう
泣いてもどうにもならない。
でも、夜の森を歩き続ける精神力がなかった。
「おなか…すいた…」
そう、お昼から何も食べていなかったのだ。
膝に顔をうずめる。
知らず知らず涙が溢れてきて、袖を濡らしていく。
「ふぇ…」
どれくらいそうしていたか、ふと頭になにかがこすりつけられる感触がして、顔を上げた。
「…あ……」
目の前に、黒い狼がいた。
自分の身長よりも大きいのがわかる。
毛並みは立派で、乱れているところはどこにもない。
口元には、獰猛な牙が見え隠れしている。
た、食べられちゃう…
金色の瞳がユエをじっと射抜いていた。
逃げないと、そう思うのに、体は言うことをきいてはくれなかった。
腰が抜けたのか動くに動けず、そこに縫い止められる。
黒狼は何を思ったのか、彼の隣に体を横たえた。
動かない。
ただ、そこにいてくれるだけだとわかるのに、どれくらいの時間を要したか…
ユエは、そっと手を伸ばして、黒狼に触れた。
毛並みは少し堅かったけど、温かくて。
そっと寄り添って暖かさを感じ取る。
そのうち、トク、トクと音を感じる。
気持ちのいいリズムに誘われて、眠りに落ちた。
頬をざらっとした感触が襲う。
「んー…なに…」
目をこすりながら、ゆっくりまぶたを開けると。
目の前には金色の瞳が一対。
「うわっ」
まどろんでいた意識が一気に覚醒する。
黒狼は不思議そうにこちらをみていた。
「あ、ごめん」
思わず謝ってしまった、ユエ少年5歳。
彼にはまだ状況把握能力が足りていなかった。
「あ、の」
黒狼はじっと見つめてくるだけで、動かない。
「ぼ、ぼくをたべるの…?」
その言葉に金の瞳を細め、小馬鹿にするように鼻を鳴らす。
「あ、うん、ごめんなさい」
速攻あやまった。
なぜかいたたまれない気持ちになった。
「かえりたいんだけど、みちしらない…?」
とりあえずきいてみる。
黒狼は尻尾をぺしっと振ると、立ち上がる。
ついてこい、と言っているように顔を振ると、ゆっくり歩き出した。
しばらく、単調な足音だけが聞こえる。
しかも、自分の分だけ。
黒狼が歩いても、全然音がしないのだ。
音が出ないように、いろいろ工夫して歩いてみるけれど、ガサ、ガサと無粋な音が響くだけ。
その中でも、一番音が小さい気がする歩き方を選択して歩いてみる。
疲れるものの、少し黒狼に近づけたような気がして嬉しくなる。
そのまましばらく歩いていくと、川が流れていた。
黒狼は立ち止まり、振り向きこちらを一瞥した後に、水を飲み始めた。
そういえば、昨日のお昼から何も飲んでない…
急に喉の渇きを覚えて、黒狼に習って手で水を掬う。
水は澄んでいて、さらさらと流れいて。冷たくて気持ちいい。
生き返った気分になった。
勿論気分だけだ。
黒狼は、満足いくまで飲み終わるのを待っていてくれたようで、見計らってまた歩き出した。
「あの」
声をかける。
黒狼は、きっと言葉がわかっているのだと思って。
黒狼は立ち止まり、めんどくさげに僕の顔を見た。
「なまえ、つけてもいい?」
真意を図るように、金の瞳で全身を嘗め回す。
「あ、あの、こえかけるときこまるなって。そ、それになかよくなりたいんだっ」
慌てて言い訳を述べる。
「あ!ぼ、ぼくのなまえはユエっていいますっ」
黒狼はさも不思議そうに自分を見ている。
「クロウ」
黒い狼だから、クロウ。
素晴らしく安直なネーミングだった。
しかし、ダサくはないように聞こえるから不思議だ。
「クロウ。ど、どうかな?」
クロウは好きにしろ、という感じで、再び歩き出す。
少し嬉しくなって、口の中で何度かクロウの名前を転がして幸福感に浸った。
歩き続けること数時間。
クロウと歩くことが楽しくて仕方なく、長時間歩いているにもかかわらず、疲れは一向にやってこなかった。
始めの頃に比べると、随分と静かに歩けるようになった。
おかげで、周りの音がよく聞こえるのだ。
それも、少年の道程を楽しくさせていることの一因だったりする。
それから10分ほどたった時、目の前に、アメーバ状の緑色の物体がボトボトと降ってきた。
文字通り、降ってきたのだ。
しかも、1つじゃなくて、いっぱい。
「ひーーーっ」
思わずクロウに抱きついた。
クロウは邪魔だと言わんばかりに僕に冷たい一瞥をくれる。
そんな目で見ないでほしい。
生まれて初めてみる魔物…と思われるモノなのだ。
ユエは気づかない。
ならクロウは一体なんだというのか。
どこかズレているユエだった。
クロウは鼻を気だるげにふんっと鳴らすと、近くに落ちていた枝をくわえて僕に渡してきた。
アメーバ状の魔物は、ゆらゆらと動きながら近づいてみたりお互いくっついてみたりときままに活動をしているようだった。
でも、しっかりと距離は狭まってきている。
「た、たたかえってこと?」
ユエはこれまでコットと棒切れを振り回して騎士ごっこをしたことしかなかった。
お遊び程度の腕前で、一体何ができるというのか。
クロウがこちらを見ることなく、棒切れを押し付けてくるので、仕方なく受け取る。
なぜか、ずしっと重みを感じた。
棒切れを渡したことで、クロウは目の前のアメーバ状のモノに意識を集中したようだ。
といっても、気だるさは変わっていないようだが。
とんっと音がしたかと思うと、クロウはアメーバ状のモノたちの中にいつの間にかいて、鋭い爪でそれらを切り裂いた。
ひとたまりもなかったようで、緑の汁を撒き散らしながら光の粒子となって消えていく。
空中に飛散したものも、例外なく光となって消えていく様を、ただ呆然とみていた。
不覚にも、美しいと、そう感じてしまったのだ。
クロウは軽やかに舞う。
跡には、光がキラキラとしていて。
場違いだけど、きれいだと思ってしまったのだ。
そんなユエの前に、一匹アメーバ状のモノがやってきていた。
気がついたときには目の前で、ユエを食べようとしているのか、自身を薄く延ばしながらとびかかってきた。
「うわぁぁぁぁぁっ」
目を瞑って、手にした棒切れを思いっきり振り回し、地面に尻餅をついた。
手には、何も感触が伝わらず、来たる痛みに備えるも、何も襲ってこなかった。
そーっと目を開けてみると、クロウが目の前に座っていて、じっと見つめていた。
「…たすけてくれたの?」
クロウは、ふんっと小馬鹿にしたように鼻を鳴らすと、頬をべろっと舐めた。
なぐさめてくれているような気がして。(小馬鹿にされたことはもう忘れている)
「ありがとう、クロウ」
笑ってお礼を言ったら、そっぽを向いて、歩き出してしまった。
「あ、まって、おいていかないで」
手に持った棒切れを放り出して、ユエはクロウの後を追ったのだった。
その後は、何かに襲われることもなく、無事に村の入り口までたどり着いた。
これが、僕にとってのはじめての冒険だったのは言うまでもない。
家に帰ったら、父さんと母さんにこってりしぼられた。
昨晩は行方不明であったため、村中総出で捜索されていたようで。
僕は1件1件謝りにまわったという…
その後、クロウはどうしたのかというと。
村まで送り届けてくれた後、また森に帰っていった。
また会える、そんな予感だけはしていたから、さよならは言わなかった。