一万年越しの代理戦争
ペルシアと対峙したカガリは、背中から二振りの剣を抜き放った。
膨大な覇道を流し込み、カガリは力強く言い放った。
「泣き叫び食い荒らせ――『悲痛の剣ミゼラブル』『欲深き剣アギト』」
人間界最強。
覇王とは古来よりそう言う存在である。魔導王フウカの上をいく魔導、武王ゴルバストや聖騎士をも薙ぎ倒す剣の冴え、発明王ラジニアですら舌を巻く頭の回転、僧王グスタフより優れる扇動者としての才。
そんなカガリからすれば、本来の使用者であったリンクとアンク以上の性能を剣から引き出すことも難しいことではない。
「どのくらい持つかな? 魔王よ」
「あんたが戦争を止めると言い出すまでは倒れないさ……!!」
「……精々足掻いてみろ。その未熟な力で」
カガリは肉体強化を何重にも巡らし、ペルシアへ接近。高密度の覇道でコーティングされたミゼラブルで刺突を繰り出した。
――速い……!!
ペルシアは右へ体を傾け回避を試みた。が、すぐにそれが間違いだと気付いた。僅かに、ほんの掠った程度だったが、ミゼラブルの刃に触れてしまった。
「っぐあああああ!!」
「……判断を誤ったな」
悲剣ミゼラブルの能力は痛覚の操作。薄皮を斬る程度の一撃でも、体そのものを真っ二つのされたかのような痛みを伴う。拷問の用具としても用いられた歴史もあるほど、苦痛を与えるのに特化した剣である。
前もってドロシーから聞いていたものの、想像以上の痛みにペルシアは若干の恐れを抱いた。
――接近戦は無謀。距離を取らないと……
「《サンダーエンジン》」
機動力を上昇させ、ペルシアは後方へ下がった。十分に距離を離すと、右手をカガリへ向ける。
「削り取れ……《ライジングメテオ》!」
雷轟とともに、巨大な雷の球体が形成された。一度触れれば骨の芯まで焦がすほどの凶悪な魔威力を秘めたそれが、程なくカガリに向かって射出された。
カガリは焦ることもなく、落ち着いてアギトを構えた。
「この程度が本気か? 前の魔王はもっと強かったぞ」
アギトの名の如く、顎の形を模した剣がゆっくりと開かれた。カガリは大きく開かれた欲剣アギトを雷球に噛みつかせた。
「食い荒らし、我が糧にせよ!」
刹那、ペルシアの放った凶弾は噛み砕かれた。砕かれた雷球に籠っていた魔力はアギトを通じて覇道へと変換され、カガリの体に宿る。
カガリはその覇道を使って攻撃魔導を繰り出した。
「フウカとはいい勝負をしたようだが、俺とはどうかな?」
「舐めるなよ覇王……!! 《風神雷神》!!」
両者の攻撃は空中で壮絶な凌ぎ合いを展開した。空気が揺らぐほどの激しい物だったが、次第にカガリの放った魔導が圧しはじめた。
――馬鹿な……!!
ペルシアは呆然として、迫りくるエネルギー体を眺めていた。
「何が違うんだ……あいつとボクと、何が……」
「……知るわけねえだろ」
魔導はペルシアに直撃した。情け容赦など一切ない、殺しと破壊を目的とした攻撃。ペルシアは死にこそしなかったものの、意識が揺らぐほどの傷を負った。
――ああ、これか。
満身創痍の体に鞭を打って、何とか膝をつかなかったペルシアは、薄く眼を開けた。
「覚悟は決めたつもりだったのに……まだ足りなかったみたいだ」
ペルシアは思い出した。英雄たちの姿を。頼られ恐れられ、如何なる困難にも打ち勝ってきた者たちの強さの根源を。
――そうだ。彼らが力に目覚めたのは……
深呼吸。次いで、世界中に散らばる魔力に意識を向けた。これまでにない規模で、魔力をただただかき集める。
――英雄の力の根源は、いつだって同じ……
ペルシアは独り言のように呟いた。
「目の前の脅威に、心の底から殺意を憶えた時」
――足りないのはそれだったんだ。
殺意こそ最も醜い感情の表れであり同時に、最も強い覚悟の象徴でもある。
「考えてみれば当然だ。例え実力が同じでも、本当に殺す気の攻撃を迷いのある攻撃が砕けるはずがない」
――守る覚悟に加えられた殺意。守るための破壊の覚悟。
それがあるかないかが、自らとカガリの間にある差。そう思ったペルシアは、この時確かな殺意を持った。
しかし持つのなら、普通の殺意では足りない。
――個人の覚悟じゃ敵わない。だから……
「全魔族の傷と意思を以て、お前を倒す」
今までにないほど、ペルシアの精神は研ぎ澄まされていた。
――今ならやれる。
根拠はないが、不思議とどこからか自信が沸いていた。
――危険な賭けでも、やるしかない。
「……魔力浸透率百パーセント」
「何をやる気だ。この期に及んで反撃の余地が……」
「あるさ。上を見てみなよ」
カガリは言葉に従い、空を見上げた。
「な……」
その異様な光景に、背後の兵たちも騒然としていた。
「戦場に流れた魔族の血に俺の魔力を流し込みコントロール……世界中からかき集めた。なかなか素敵な光景だろう?」
「馬鹿な……まさかそんなことが……」
展開されたのは、おびただしい量の血液で空中に描かれた巨大魔法陣。
「本来、召喚魔法は術者の血液を使う事でしか召喚契約を発動できない。そのために、強力な存在を召喚しようと思えば血を集めるだけでも長い年月がかかる。けど……キリクは長年の魔法研究の結果、そのルールに穴を見つけた」
カガリは冷や汗を流した。明らかにまずいことが起ころうとしていることは明白だった。
「魔王などの特殊な血統を除けば、術者の魔力を血に流すことで自らの血として扱うことが出来る……今みたいにな」
「……こんなのから召喚された何かが、お前に従うとでも?」
「それでも、やらないと勝負にならないなら仕方ないだろう……!」
ペルシアは最後の望みを掛けて、ありったけの魔力を流し込んだ。
「出てこい……鬼でも蛇でも神でも仏でも悪魔でもなんでもいい!!」
ペルシアが叫んだ直後、黒い稲光が瞬いた。
稲光は魔法陣を通過するとペルシアの体を貫いた。
その直後、黒い球体がペルシアを包み込んだ。カガリはそれに魔導を放ったが、破壊は不可能に見えた。
「何が起こっている……あの中で」
そう呟いた直後、球体にひびが入った。ひびは亀裂となり、黒い球体は卵の殻が割れるように崩れ出した。
やがて見えてきたペルシアの姿に、カガリは目を見開いた。
「黒い髪と……黒い瞳」
ペルシアの髪と瞳は、魔王血統特有のあの色に変わり果てていた。しかしそんなことは些細な問題だった。
問題は――
「これが……魔族に託された新たなる王の力」
ペルシアの背中に形成された、真っ黒な翼である。
「『魔神ルシファーの黒翼』……どうやら神になったらしい初代魔王が、快くプレゼントしてくれた」
「初代魔王……だと」
「今は魔族の神、魔神だそうだ。信じられないだろ? でも事実らしい」
ペルシアは少し息を吐くと、指を翼へ伸ばした。
「もう一度始めよう。今度はマシな戦いができそうだ」
羽をつまみ、引き抜く。抜かれた羽は、ペルシアの手の上でテニスボール程度の大きさの球体に変わった。
ペルシアはそれをカガリに向け、球体のまま撃ちだした。
――どうする?
得体のしれないエネルギー体に、カガリは少し困惑した。が、何の対処もしないという選択肢はない。
一瞬の思考の末、カガリはアギトを構え、球体に噛みついた。
瞬間、アギトは跡形もなく砕け散った。
「なっ……!?」
予想外の出来事に言葉が出なかった。ペルシアはその隙を見逃さず、空へ舞うと翼を大きくはためかせた。
同じような球体が、カガリを囲むように配置された。
――まずい!
咄嗟に障壁を張り巡らした直後、球体は光線を放出した。障壁は紙のように破られ、カガリは無数の光線に体を貫かれた。
「なんて無茶苦茶な……!」
「これが魔神の力。どうする? 話し合う気になってくれたか」
「……いい気になるなよ」
カガリはこめかみに青筋を立ててペルシアを睨み付けた。
「人間を……覇王を侮るなよ」
突如、カガリの体は金色のオーラに包まれた。
「覇王が最強たる所以を見せてやる」
カガリは雄叫びと共に周囲の黒を金色で塗りつぶした。
人間界が持ちえる最強の力が、その一部を見せた。
「『人神ロキの魂』」
覇王に受け継がれしその力を簡単に言うならば――敗北の否定。
「お前がどれだけ俺を追い詰めようと、ロキの魂がある限り敗北は有り得ない」
窮地に立たされれば立たされるほど、そこから逆転するだけの莫大な力を与えられる。覇王が最強と呼ばれるのは、この能力のお陰で負けることがないからだ。
「そしてロキこそ、古代のラグナロクで畏れ多くも神々を殺戮した初代魔王と闘い、命と引き替えに止めを刺した神だ」
「因縁を感じるね。最後の決着を付けろって事なのかもね」
カガリの黄金とペルシアの漆黒が、混ざることなく衝突した。




