平和に向けての闘争
「聖騎士ライル様の指示により、ヘレンの軍勢が攻撃を停止しています!」
「アカツキ国が変心! 魔族奇襲に向かっていた五万の軍勢が猛然とこちらへ向かってきております!」
「本国より緊急連絡! 突如現れた軍勢に攻撃を受けているとの模様! その数は測定不能!」
「魔導王フウカ様の所在はいまだ不明! また、何ものかによって勇者の動きが止められている模様!」
悪い報せは次々とカガリの耳に入っていた。険悪な表情でそれを受け止めながら、カガリはラジニアに意見を求めた。
「どう思う」
問われたラジニアは、カガリの方を見ずに少し唸った。
「一番に考えられるのは……本陣の奪還に向かったゼリナたちに何かあったって事だろう。アカツキの反乱から鑑みるに、ノース率いる魔人軍に丸々引き抜かれちまったのかもな」
「本国に攻め込んだというのも、恐らくそれが大きく関係している」
「そうなると気になるのはゼリナがどうしてるのか……裏切ってノースに付いたか、あんたに忠を尽くして潔く散ったか」
「ノースを王だと認めたならば裏切るだろう。そう言う奴だからこそ俺は奴を手元に置いていたんだ」
「だとしたら……恐ろしいことになるぞ」
ラジニアの言った恐ろしいは、単にゼリナの戦闘力のことを指しているだけではなかった。ゼリナは聖騎士であり、覇王の右腕と呼ぶにふさわしい人物だ。当然、国の構造や防衛システムなども知り尽くしている。
もし本当に寝返ったのならば、如何に覇王国家トランザムと言えどあっという間に制圧されてしまうだろう。
「……向こうに残ってる兵はおよそ二百万。ノースに加えアカツキ軍、魔族軍の五画魔将まで向かっているのならば、守りきることは難しいだろう」
「それだけじゃない。人間界には魔人もいる。ノースがこれを使わないはずがない。軽く見積もっても三百万程度の軍が出来上がるぞ」
「……指令を出す」
もたもたしている場合ではなかった。大事なのは、兵に素早く指示を与えることである。
カガリは手が空いていそうなものを呼び寄せ、口を開いた。
「残存兵数はおおよそ七百万。これを二つに分ける! 四百万は俺が自ら率いて人間界の救援へ向かう。残り三百万の兵はラジニアが率いて引き続き魔界の攻撃を続行、及び所在不明な聖騎士ライルとその王フウカを探し出せ。また……」
カガリは一旦言葉を切り、大きな決断を下した。
「今この瞬間よりライルの聖騎士の任を解く! 尚、これより一時的に、魔導国家ヘレンの軍は覇王の預かるところとする。これをヘレン軍に伝えよ! 以上!」
覇王の命を受け、兵たちは方々へ飛んでいった。
カガリはさらに細かい命令をラジニアに伝えた。
「フウカを見つけ出したら、ラグナロクを使って人間界へ行くように言ってくれ。その際、ライルとリンクを連れてくるように頼む」
「勇者はどうするんだ。何かと闘っているらしいが放っておくのか?」
「勇者と同等に闘えるだけの実力者がいるのだとしたら、今それと刃を交えるのは得策ではない」
それもそうかとラジニアは頷いた。
その時、カガリの顔が少し見えた。それは、今まで見たこともないような切り詰めた表情だった。
――こいつ。
ラジニアはフッと笑ってカガリに声を掛けた。
「カガリ、お前もけっこう人間らしいところがあるんだな」
「……なんのことだ」
「心配なんだろ? フウカやゼリナのこと」
「…………」
突然の話題に少し沈黙して、カガリは一言言った。
「馬鹿言え」
「顔見りゃわかるさ。今のお前、どんな顔してると思う?」
「ラジニア。冗談もほどほどに……」
「恋人が入院したって連絡を受けた男と同じ、クソ情けない顔だ」
「……別にそんな感情は抱いていない」
仏頂面のカガリの肩にラジニアは手を置いた。
「カガリ、お前はまだ若い。若いが、お前の肩には人類の未来と期待が圧し掛かっている。けどな……ちょっとくらい自分の気持ち優先させても良いんだぞ。いや、むしろそうすべきだ」
「おい、いきなりどうした」
「お前の思う道を進め。多分それが正しい道だ」
それを最後に、ラジニアは背を向けた。
戦場へ向かうべく『ラグナラボ』に乗り込んで、胸元から携帯端末を取りだすと、ラジニアは数分前に届いたメールを開いた。
差出人はコウガ。
簡単なあいさつと謝罪から始まった文には、自分たち兄弟は魔人軍に付いたこと、アカツキが人間界を裏切ったこと、ゼリナが死んだことなどが記してあった。
「……魔族の実質的トップがカガリを待ち受けている、か。さて、どう転ぶかね」
世界が急速に回転していると思わざるを得なかった。
ラジニアは目を閉じ、ラグナラボを発進させた。
――恐らく、ライルあたりは魔族と闘うことに反対なんだろう。とすれば、それに影響される者がどれだけ出てくるか。
「もしフウカがそれに倣って来れば……カガリも」
不可能ではないのかもしれない。そう考えた時、一つの疑問が浮かんだ。
――むしろそれが一番理想的なのではないか……?
「……全ては、覇王次第か。俺はそれに従うまで」
程なくして、カガリ率いる軍勢は人間界へ向かわんと進軍を始めた。
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同じころ、ライルはフウカと合流すべく歩を進めていた。
――ペルシア、信じるぞ。何とかカガリ様を説得してくれ。
そんなことを思っていたとき、聴覚に優れているライルは遠方から話し声を捉えた。
「それでね! カガリはこう言ったの。『超絶完璧天使フウカが王になるのに何の問題もない。文句がある奴ぁ言ってみろ……叩き切ってやるよ!』ってね」
「お嬢ちゃんのために……覇王ってのは格好いいな!」
「それもう惚れてる! 絶対フウカちゃんに惚れてるって!!」
「ちょっ、ちょっと……そんなわけないから! ないない! 絶対ありえない!」
――随分と能天気な……
苦笑して、ライルは声の元へ足を速めた。
「フウカ様、話は終わりました」
「お、ライルおかえり!」
ライルはフウカの周りの妖精族に視線を向け、笑顔を見せた。
「仲良くなったみたいで何よりだ。礼を言う」
「礼を言われることじゃないさ。彼女のような幼く純粋な者まで巻き込む戦争は早急に終わらすべきだと、改めて認識できたしね」
「むっ、だーれが子供だって!?」
「フフ、もうすぐ世界中でこんな光景が広がるようになるさ」
一瞬目を閉じて、ライルは妖精族に聞いた。
「時に、お前たちはペルシアたちの計画を知っているのか?」
「戦場に出てる魔族なら全員知ってるはずだ。と言っても、人間界突入後のことは知らされていないが……」
と、そこでフウカが割って入った。
「ストーップ!! なんかすごい不吉な言葉が出たけど……人間界突入ってどういうこと?」
「それは……」
妖精族の言葉を手で制して、ライルはペルシアから聞いた内容をフウカに伝えた。人間界へ攻撃を仕掛ける意味とその方法である。
全てを聞いたフウカは少し考えて言った。
「そんなの絶対ダメ!! ……とはあたしが言えないよね。今こうして魔界が戦場になってるのも、あたしがラグナロクって魔導を作って、人間が攻撃したからだもんね」
「……落ち着いてますね。もっと狼狽えるかと思っていたのですが」
「いつまでも子供じゃないのー! ……こんなあたしでも王様だもん。いつまでも子供のままじゃいられないよ」
普段は子供っぽいフウカだが、本当に大事な場面では王としてライルが驚くほどの冷静さを発揮する。
前魔導王がフウカを王に指名し、カガリがそれを認めたのも、これがあるからだ。
――だから俺はあなたのことが好きなんだ。
言葉にはせず、ライルは問うた。
「どうされますか、フウカ様」
「……この戦争を終わらせるために、力を貸してくれる?」
「微力ながら」
「ありがと。……よし」
フウカはすっと息を吸った。
「魔導王として命じるわ。これより覇王の元へ向かう。ライル、道を切り開きなさい!」
「御意」
頷いて、フウカは妖精族たちを見渡した。
「みんな待っててね。あの大馬鹿者を説得して、こんな戦争さっさと終わらせるから! そしたらさ……」
とびっきりの笑顔を向けて、フウカは続けた。
「またいろんなこと話そうね!!」
妖精族はこの時、不思議と確信した。
――この笑顔の為にこそ、ヘレンの軍はあれほど強いのだ。
「ライル! 行くよ!!」
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「ノース……ペルシア……ついに本格的に動き出したな」
呟いて、アレンは銀色の瞳を空に向けた。
「……ん?」
そして気付いた。ぼんやりと何かが浮かんでいることに。
――なんだあれ。
疑問に思っていると、どこからか声がした。
「アレンちゃん……お久しぶりね。会いたかったわよ」
野太く、低い声。アレンはすぐに合点がいった。
「サーペントか。何の用だ」
「ちょっと話をしようと思ってね」
「俺にはそんな気はない。じゃあな」
「冷たいわねー! 良いじゃないの少しくらい……って、ホントに行くの!? ちょっと待って! お姉さん寂しくて死んじゃう! ウサギなの! ラヴィットなの!」
「うるせー! 本当のところは何をしにきたんだ!」
周りをくるくると漂うサーペントを鬱陶しく思いながら、アレンは乱暴に返事した。
「あたしが何のためにアレンちゃんをストーキングしているのか……知りたい? 知りたいのね? わかる、アレンちゃんの気持ちお姉さん凄くわかる! そう言えば知ってるアレンちゃん? 女の子はね、好きな人を前にすると……」
「さようならだおっさん」
「ウソよ! 謝るわ! ちょっとからかったことは謝るわ! 謝るからおっさんって言ったこと謝って! ちょっと傷ついた!」
「……本題に入るまで無視するからな」
「わかったわよ。真面目な話するわ。なんてことはない。伝言よ」
アレンは足を止め、サーペントを見て、反芻した。
「伝言? 誰から?」
「ノースちゃんとペルシアちゃんよ」
「……聞かせろ」
「二人曰く、アレンちゃんに『四人目の王』になってほしいって」
「四人目の王ね……っは」
アレンはさも可笑しいと言う風に噴き出した。
――あいつら、流石だな。
「クック、俺も同じこと考えてたよ! 考えることは誰でも同じみてえだ!」
「……とりあえず、あたしは見守ることにするわ。この目に、世界の転変をしっかりと刻み付けるつもりだわ」
「……なら、これから始まる壮大な救出劇も見ていくがいいぜ。つっても、定番の勇者が魔王から姫を救う話じゃなく――」
そこまで言ったところで、アレンが探していた人物は姿を現した。
白く輝く長い髪と、金色の瞳。腰には一振りの剣を携えて。
「――魔王が勇者をお助けするっていう、ちょっとヘンテコな話だがな」
絶望に染まった勇者と希望を見出す魔王。
幾つもの難関と障害を越えて、魔王はようやく勇者の元へ辿り着いた。
「ガキの頃は、こんな形で会うなんて思いもしなかったよな……俺のこと憶えてるか?」
「……黒い髪。討伐対象と認識してよろしいですね」
両者は剣を抜き放った。
「……運命を剥奪せよ――『命剣イブ』」
「運命に抗え――『魔剣バアル』」
太古の昔より、魔王と勇者はしのぎを削ってきた。勇者が死ぬこともあれば、魔王が死ぬこともあった。
両者の記憶は確かに受け継がれている。片や首飾りを通して勇者足りえる者に、片や血を通じ子々孫々に。
「……執行神ヴァルナの右眼」
「契約神ミスラの左眼」
闘う宿命は変えられない。ならばせめて、今回限りで終わりにしよう。
ほとんど人間の常識ハズレな魔王の存在で、常識は覆るかもしれない。
「『英雄の記憶』」
「『血の記憶』」
魔王と勇者の決闘。それは人間と魔族の戦争の縮図でもある。
一万年に渡る血塗られた歴史に終止符を打つべく、アレンは一歩を踏み出した。




