開通
時は僅かに遡る。
ダウトはクライムとグスタフとの決着を付けるべく臨戦態勢に入った。あらゆる側面から考えて、ここで負けるのは避けねばならない。
「本気で行かせてもらうぞ――《サンダーエンジン》《フレイムエンジン》」
瞬間、ダウトはクライムの胸元へ飛び込んだ。肉体活性により限界まで引きだされたスピードとパワーで、一気に勝負を決めるべく拳を繰り出した。
「薙ぎ倒せ――」
が、クライムとて並の戦士ではない。瞬時に剣を前に構え攻撃を弾くと、剣先を向けて続きの言葉を呟いた。
「『崩壊の剣、オーディン』」
クライムの合図に呼応して、大剣はその猛威を振るった。超速で巨大化すると、そのはずみでダウトの身体を刺突。ダウトは自ら後方へ飛ぶことで衝撃を緩和したが、休む間もなくグスタフが接近してきた。
グスタフは眼にも止まらぬスピードで掌底を繰り出した。ダウトは両腕をクロスさせてガードし、直後に蹴りで反撃。グスタフがそれを躱すと、両者はしばしの間拳の応酬を繰り広げた。
最中、関を出したクライムにグスタフは声を掛けた。
「クライム、あなたは無理をしないように」
「心配すんな! このぐらいでへばったりしねえよ!」
「貴様ら随分と余裕のようだな……!」
ダウトの言葉に、グスタフはにっこりと笑みを浮かべ返した。
「実際、余裕ですよ」
同時に、グスタフの放った肘打ちがダウトの鳩尾にめりこんだ。
「なっ……」
「まだまだ行きますよっ!」
ダウトは蹴り上げからかかと落としの連撃で、地面に打ち付けられた。肺から息が漏れ、そして理解した。
――体術では分が悪い。
考えてみれば、敵にしているのは人間界で最も体術に精通しているであろう男だ。接近戦でいい勝負ができるのは魔王血統くらいだろう。
「……なるほど、妹が手こずるはずだ」
「やはりあなたはクイントの血縁者のようですね。よく似ていらっしゃる」
「妹と違って、俺はおまえを倒せるぞ」
「形勢は私にあると思うのですが?」
確かにそうである。序盤の流れは完全に持っていかれている。しかし、それは敵に有利な土俵で戦ったからだ。
ダウトは別に、何の展望もなしに二人との勝負を挑んだわけではない。確かな勝算を感じている。そしてその感覚は、これまでの攻防で確証に変わった。
「形勢逆転してやるさ。そのための下準備は――」
グスタフの右側の大地が隆起した。後方にいたクライムはすぐにやらんとしていることの察しがついた。
「――シュラウドが命と引き換えにしてくれた!」
「グスタフ、右だ! 右に気を付けろ!」
何のことはない。グスタフは前回シュラウドとの闘いで、右眼を潰されているのだ。ダウトがわざわざ接近戦を挑んだのは、右目が見えているか否かを見定めるため。
結果は黒。反応速度が左に比べ、随分と遅い。グスタフは今、右の視界を完全に失っているということだ。
ならば、そこを狙えば勝利はぐっと近づく。
「大人しく焼かれろ!」
機動力を重視して、ダウトは炎の龍を大地から射出させた。
反応は出来ても、回避は間に合わない。一撃が入れば、そこから立て続けに追撃を加えることが出来る。
――勝った。
そう思った刹那だった。
「やめろ」
と、ただ一言グスタフが呟いた。小さいが、ダウトにもしっかりと聞こえる声で。グスタフに宿る神の力がダウトにその猛威を振るった。
「これがっ……」
「『最高神ゼウスの声帯』。この力がある限り、ブリンド国は倒れません」
「……と、思うよな?」
ダウトは口角を上げた。
訝しく思い、眉間にしわを寄せたグスタフは、次の瞬間に右腕を焼かれた。
「……これは!?」
「お前のその力、一見無欠のように思えるが実は決定的な弱点がある」
「まさか……!」
ダウトは左――つまりグスタフが見えていない領域――に移動すると、右手を構え、素早く炎を射出した。
「ぐううお!!」
「簡単な事さ。あんたの言葉を聞かなければいい」
「……まさか、鼓膜を自ら破いたのか?」
「ご名答。読唇術を使えばある程度の言葉は分かるし、鼓膜は魔法で再生もできる。これ以上ない素晴らしい対処法だろう?」
ダウトは右手を天に掲げた。大火力で一気に勝負を決めるつもりだった。
「君臨せよ――《ドラゴニア》」
天空から、巨大な炎龍は雷を纏いながら急降下した。直撃すれば、如何にグスタフとて死は免れない。
「させるかよ……!!」
その時、クライムが飛び込んだ。剣を上に構え、大量の覇道を注ぎ込む。
「命くれてやるから力を貸せよ……オーディン!!」
直後、崩剣は巨大化。龍と激突すると、勢いそのままに串刺し、消滅させた。
同時に、クライムは吐血した。剣が元に戻ると同時に、膝をつく。少し力を使うだけでここまで疲弊するほどに、クライムの体は限界を迎えていた。
「く……っそ……!!」
「クライム! 無理はするなと言ったはずですよ!」
「っは……ざまあねえな。二人掛かりで、このザマとは」
――少々、甘く見ていたようですね。魔族の力を。
このままでは敗北は必須。何かしらの手立てを考える必要がある。
さてどうしようかと思ったその時だった。
ドン、と。
大地を揺るがすほどの轟音が魔界中に木霊した。
「……今の音は一体」
「やったか、ノース!!」
「え……?」
事態が呑み込めず、グスタフは混乱していた。
しかしその中でも、これから何か大変なことが起こるというのは察しがついた。
「やはりあなたは……ここで倒します」
グスタフはそう言って、右腕に波動を込めた。
再び接近戦に持ち込めば、逆転の可能性はあるはず。
「覚悟……!!」
火傷で損傷した体に鞭を打って、グスタフは駆けだした。
ダウトとの距離を詰めるその一瞬――
――その僅か一瞬で、世界は在り様を変えた。
「ここは……」
思わず足を止め、グスタフは辺りを見渡した。
「……人間界……!?」
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数分前、ペルシアは準備を始めた。
精神統一をしながら、大量の魔力をかき集めるのだ。
傍らにいるライルが、口を開いた。
「今の轟音が、例の合図か。ノースは上手くやったらしいな」
「……ライル、止めるなよ。これは必要な事なんだ」
「……ああ。心得ている」
呟いて、ライルは遠方にそびえたつ魔王城を――そして魔王城から出てきた巨大な『岩』を見つめた。
この距離からでも分かる、禍々しい妖気を秘めたそれが、これから始まる大作戦の肝となる代物だった。
ペルシアは魔力の装填を終えると、ゆっくり目を開いた。深く息を吐いて、ライルに言った。
「じゃあな。一足先に行くぞ」
ライルは無言で頷き、フウカの待つ場所へ向かった。
「次元を繋げ――《コネクト》」
ペルシアがコネクトを使い向かった先にいるのは――
「ようこそ、魔人の国へ。歓迎するぜ、ペルシア」
「ご苦労だったな、ノース」
人間軍本陣を制圧した、ノース率いる魔人軍であった。
「予定通り、もうじき『アレ』が破壊される」
「いや、多分もう始まったで」
ミナミが《万能の眼》で確認し、そう呟いた。
『人間界突入作戦』は始まりを告げたのだ。
計画の概要はこうだ。まず、ノースが人間軍本営を制圧、終わり次第合図を送る。合図を受け取ったペルシアはノースたちの元へ移動する。
それと同時に、ペルシアの部下たちは大仕事を進める。それが魔王城から出てきた、例の大岩である。あれの正体は世界最大級のマジックストーン。
一気に破壊すれば、半年以上に渡って詰め込まれた天災クラスの魔法が破壊の限りを尽くす。
ノースはそれを用いて、『決別の森』を消し去ることを提案した。硬い障壁に守られ、何度焼こうが復活する奇妙な森であるが、瞬時に爆発的な衝撃を加えれば二度と復活することなく消失する。これは過去のデモンチョイスなどで知られている情報である。
さて、『決別の森』を焼き払った後はどう行動するのか。簡単なことである。
「来たぞ! 文字通り魔法の雨だ!」
史上最も大規模な破壊活動が行われた瞬間であろう。覆い尽くすように数えきれない魔法が降りかかり、空気が、大地が震え、森は完全な更地と変わった。
そして問題はここからだ。
「ペルシア、ぶちかませ!」
「ああ。人間界との空間を繋ぐ! 《マスターゲート》!!」
ペルシアは溜めた魔力を一気に解放した。創りだされるのは、横にも縦にも果てしなく広がる巨大な魔方陣。
もうお分かりだろうが、この先にあるのは人間界である。
「よし! 魔人軍戦闘用意! これより人間界へ突入する!」
「アカツキ軍も続けい!!」
道は開けた。
両軍合わせて二十万がどっと雪崩れこんだ。
それと同時に、ペルシアはダウトを大将とし、送れるだけの人数を人間界へ転送した。
人間界へ転送された魔人の数、凡そ五十万。
「あとは、異変を察知してここに来るはずの覇王を、俺が説得する……!!」
全ての準備は整った。歯車はもう止まらない。




