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最弱の魔王候補  作者: 木魚
第三章 四人の王
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イカロスの悪魔

 アレンとハーデスはほぼ同時に動き出した。両者、右の拳を握るとそこへ大量の魔力を集中させた。

 超高速で互いに接近、拳が顔面目掛けて繰り出された。

 アレン、ハーデスは、ともにそれをノーガードで受け止めた。常識はずれした威力を物語るように、余波が背後の大地を削った。

 直後、ダメージなどまるでないかのように上空へ飛びながらの連撃の応酬。互いの全てを出し切り、受け切る。そこに防御という概念はない。肉を切らせて骨を断つ、二人に共通しているのはこの点だけだった。

 だが、そんな闘い方をしていても付帯が倒れることはない。アレンには《血の記憶サタンクロニクル》の能力が、ハーデスには純粋な魔王の血脈と、それぞれ強力な治癒能力があるからだ。


 ――骨を断つでは埒が明かない。

 

 目指すのは、その先。限界の向こう側。

 ドクン、と。魔王の血が滾った。やはり何処まで行っても、魔王には戦いの宿命が待ち受けているらしかった。

 二人は一旦距離を取った。


「《血の記憶サタンクロニクル》――俺を含む百八の魔王、計八十七種の能力の中から……さらに八つを厳選する」

「抗え――魔王の剣バアル」


 アレンが覚醒させた能力の概要は単純明快。

 長い歴史の中で王と言われた、百八人の魔王血統たちの固有能力をその身に宿す。能力の総数は、重複したものを除いて八十七種。

 そこから使い勝手の悪い物(召喚魔法なしでは使いどころに困るアレン自身の能力など)も除くと、アレンが中心的に使う力は八種に絞られるという訳だ。

 それらの能力を推測するのは、ハーデスからすれば簡単だった。

 まず、傷を癒やす能力。そして、風を除いた六属性の魔力を無尽蔵に操る能力。百七代アレクサンダーの、雷を操る能力などがそれに分類される。

 ――あと一つは、何だ。

 微かな疑問はあるが、目の前の戦闘に比べれば些細な事だった。血の滾りに、そんなものは掻き消された。


「《エレメントドラゴン》」


 虹色の龍に乗り、アレンはハーデスの元へ飛び込んだ。


「さっさとくたばれ! ハーデスゥゥゥ!」 

「まだ終わらせないよ、《フェンリル》!!」


 ドラゴンとほぼ同サイズの黒い狼を生み出し、ハーデスは対抗した。狼とドラゴンの激突と同時に、アレンとハーデスも再び接近戦を再開した。

 しかも今度は、上級以上の強力な魔法を交えながらの激しいものだった。辺りは焦土と化し、空気は震え、その余波は遥か遠方の戦場までも届いていた。

 他者の介入など許さない、超次元の戦闘だった。


「まさに二つ名の通りだね! 『天変地異の魔王』!」

「そんなこと言ってる余裕があるのかよ!」


 アレンは雄叫びながら力いっぱいに魔法を繰り出した。ハーデスも魔剣の魔力を頼りにそれ以上の魔法を繰り出す。相殺しきれなかった分を甘んじて受け、アレンはハーデスに拳の一撃を加えた。

 互角だった。

 アレンが《血の記憶》に目覚めると一緒に、ハーデスも敗戦を糧に急激な速さで成長しているのだ。加えて、ハーデスには魔剣バアルがある。

 このままの調子では、三日三晩闘い続けたとて決着はつきそうになかった。

 ハーデスはそれでもよいが、アレンはそういう訳にはいかない。


「いろいろと忙しい身でな……! 悪いが早めに決着を付けるぞ!」

「決着ぅ? 面白いね! 何をしてくるのかな!」


 アレンは腰を低くすると、ただ一点のみを狙い猛然と駆けだした。

 ――狙うはその首一つ!

 いかにハーデスと言えど、首を斬れば死に絶える。力比べではキリがないのなら、急所を狙って勝負を仕掛けるしかない。

 ――許せハーデス。不本意だろうが、俺には時間がないんだ!


「契約神ミスラの名において――」


 アレンの左目に紋章が浮かび上がった。決着へのカウントダウンが始まろうとしていた。


「『強制契約』を行う!」


 ハーデスは攻撃を止め、じっとアレンの言葉を待った。


「なんでもいいよ。ボクは負けない……!!」

「これより、両者に魔法の使用を禁じる!!」


 意思は共有された。

 不退転の覚悟を決め、アレンは駆けた。 

 対するハーデスは剣を鞘に仕舞い、居合の構えを取った。


「おおおおおああああ!!」


 アレンがさらに加速し、ハーデスの間合いに突入した。

 刹那――

 ヒュッと、風の音が瞬いた。


「手ごたえ、アリだ……!!」


 必殺の感覚を掴み、ハーデスは血を吹き流すアレンを見た。


「……ぐぅ!」


 見て、ハーデスは驚愕した。


「まだ、だあぁぁぁ!」

「なんで動ける! 脳に傷がいってるはずだろ!」

「その剣よこせえええええ!」


 アレンはめいっぱい吠えて、ハーデスの手を蹴り上げ魔剣を離れさせた。

 

「終わりだ……ハーデス!」


 骨を断つでは足りない。目指すのはその先。

 空中に打ちあがった剣を手に取り、アレンは振り抜いた。

 ――骨を断たせて……命を砕く!

 一瞬の静寂の後、ハーデスは首から血を流し後ろによろけた。


「が……ぁ……」


 まさに首の皮一枚で何と繋がっているが、もはや助かりそうにはなかった。

 ――ここで終わるのか。

 そんなことが頭をよぎった。 


「ハーデス、もういい。もう、お前は終わっていい」


 頭から血を流しながら、アレンが泣きそうな声で言った。

 ――そう言えば、何でアレン君は無事なんだろう?

 その疑問にはすぐに合点がいった。アレンから『魔導』を使って傷を急速に塞いでいる気配を感じたからだ。強制契約の条件は、『魔法』の使用を禁止する、と言うものだった。魔導と魔術は制限されないというカラクリだった。

 ――これはやられたね。ボクの負けだ。


「……ぁ」


 何か言おうと思ったが、声が出なかった。声帯がやられているからだろう。

 ――まあ、いいか。

 どのみち、これが当初からの計画だった。最後にアレンと闘い、すべて出し切ったうえで死ぬのだ。むしろ、理想と言える。

 ――本当に? これで終わるのか?

 薄れゆく意識の中、その問いかけが五月蠅いほどに鳴り響いた。


 ――お前、まだ死にたくないだろ?


 夢か幻か、自らの姿がまぶたの裏でそう言ってきた。


「……あ、あ」


 ――そうだよ。

 ハーデスは再び目を開いた。


「ぼ……く、は……」

「……おい、嘘だろ?」


 ――まだ終われない。

 死ぬその直前になって、まだ生きたいという強い欲求が溢れ出てきた。

 ――何故だ?

 それは――


「ま、だ」


 まだ、全てを出し切ったわけじゃない。まだやれることはある。

 生存欲求の理由。突き詰めるとそれは――


「ボクは闘う事でしか生きられない……! まだやっていないことが一つあった……! まだボクは死ねない……!!」

「何の冗談だ。傷が、塞がってるだと……?」


 この状況からの逆転。

 起死回生の一手は、ハーデスには一つしか浮かばなかった。

 しかし、それを行うには契約神ミスラの強制契約が邪魔をしてくる。

 ――邪魔だ。

 ハーデスから溢れ出る魔力に、アレンは嫌な予感を感じた。


「本当に来るかよ……俺と同じ領域に」


 ――そこを退けろ神とやら。


「ボクの前に立ちふさがるな……!!」


 悪魔は顔をもたげた。

 

「契約破棄だ!! 《デッドエンジン》!!」


 ハーデスを中心に、死と破壊の衝撃波が広がった。

 一部始終を見たアレンは呆然として呟いた。 

  

「神殺し……」

「今なら自信を持って言える! ボクは歴史上最強の生物になった!」

「ああ、今のお前には初代魔王でも叶わねえかもな……けど……」


 アレンは強く拳を握り、震える声で言った。


「そんな力……俺たちには扱いきれない」


 明らかに過ぎた力だった。

 乾電池にロケットを打ち上げるようなエネルギーは存在しない。同じように、魔族や人間と言った存在では、それだけの力を扱いきれるはずがない。

 オーバーヒートでその身が朽ち果てるのは、眼に見えている。


「なあ、ハーデス。最後に答えてくれ。結局どうだった? お前に守りたいと思う何かはあったのか?」

「……そうだねえ」


 ハーデスの体のいたるところから、血が流れ始めた。大きすぎる力に身体が耐えきれず、崩壊を始めたのだ。

 

「…………」

「ハーデス、答えろ!!」

「変な話だよね。ボクみたいなやつが、こうやって心配されて死んでいくなんて」

「ハーデス……!」


 ハーデスは笑顔を見せた。それは恐らく、ハーデスがこれまで見せてきた笑顔の中で最も純粋で、晴れ晴れとしたものだった。

 

「じゃあね、アレン君」  


 ――そして、みんな。

 死の間際、ハーデスには確かに見えていた。魔界で共に戦った者たちの姿が。 

 ――自己満足でもいい。それでもいい……


「ボクの仲間を……平和な世界へ導いてあげてくれ」


 ――あれは多分、ボクが守りたいと思ったものだ。


「……ハーデス、魔剣は貰っていく」 


 アレンはそう言い、魔剣を鞘に納めた。

 立ち止まっている暇はなかった。


「待ってろリーシャ。今、行くぞ」 

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