因縁の対決
ペルシアとライルが場を移そうとしたのとほぼ同時。
魔界軍からはドロシーとダウト。人間軍からはグスタフ、クライム、リンク。両軍の主力達が、最前線で向かい合った。
これから起こる激戦を察知してか、雑兵たちはすでに戦場を少し遠くへ移していた。
「来ましたわね……王と聖騎士」
「ハーデスは来そうにない。俺たち二人で切り抜けるぞ」
「憂鬱ですわね。前回は御意見番が手伝ってくださいましたけど……」
「幽霊族は適当な兵に憑依して共闘してくれているが……どういうわけか族長のサーペント自身は動いていない。自力でやるしかないぞ」
魔力を十分に漲らせながら、ドロシーは頷いた。ここが天下の分け目、といったところであろう。今からの戦闘の勝敗が、全体へダイレクトに響く。
警戒する二人を見据えながら、リンクが一歩前へ出た。
「随分余裕そうだね。ボクたちを目の前にしておいて」
「あら、相変わらずの強気ですこと。でも愛刀を失くした今のあなたでは必ずしも私に勝てるとは限らなくてよ」
「悲剣ミゼラブル、ね。あれは今……覇王さんが持ってるのかな。どちらにせよ、あんたは勘違いしてるね」
リンクの敵意が、ドロシーに向けられた。
その刹那、リンクは大地を蹴った。一瞬で距離を詰めると、剣を抜き放ちざまに一閃。ドロシーは自身の首元を狙った一撃を本能的に躱すと、獅子の爪で反撃した。
が、その程度の攻撃はリンクからすればどうということはない。
「例え使う剣が聖剣だろうとナイフだろうと――」
リンクは剣で弾くと、ドロシーの背後を取った。機動力は以前以上に増している。ダウトをもってして何とか食らいつけるほどの速さである。
通常の状態のドロシーの眼では、視認すら難しい。
「まずいッ! しゃがめドロシー!!」
「――お前ごときにはやられないよ」
放たれた刃は左胸を貫いた。
「……違う」
が、リンクは明らかな違和感を覚えた。今の感覚は生物、それも人間によく似たものを刺したそれではなかった。
異変に気付いたのは、そのあとすぐのことだった。ドロシーの体から、剣が抜けないのだ。原因は明白だった。
「凍ってる……ああ、氷魔法で身代わりを」
何でもないように言い、リンクは上を見上げた。そこにいたのは――
「《アイスドール》。そんなに早くはやられませんわ」
そう言いながら襲い掛かる、あまりにも神秘的な猛獣。ドロシーが完全に獣と化した姿だった。
「あいかわらず、見かけだけは強そうなハリボテだ。何をやろうと変わらないよ」
「それでも、何もしないわけにはいきませんの!」
雄叫びと共に、ドロシーの巨大な腕がリンクに向けて叩きつけられた。リンクは凍った剣を諦めてそれを回避すると、グスタフとクライムの元へと下がった。
クライムが頭を軽く小突いて、言った。
「勝手に突っ走んな。馬鹿弟子が」
「誰が弟子だよ。ボクの師匠になるなんて五億年早いよ」
「減らず口叩きやがる。で? 両方の相手任せても大丈夫か?」
「余裕、といいたいところだけど……」
リンクはダウトの方へ視線を向けた。ドロシーよりも遥かに強いことは感じ取れた。情報によれば、現魔王アレン(正式に王位を捨てたわけではないため)と同じ師を持ち、さらに短期間とは言え先代の魔王アレクサンダーにも教えを受けたという。
「あの赤い髪のやつは、ちょっと厳しいかもね」
「だろうな。言いたくないが俺でさえ手玉に取られた」
「あんたは単純だからね」
「うるせえよ。まあ、決まりだな。僧王さんよ! ちょいと付き合ってくれや」
「グスタフで構いませんよ。ゴルバスト王亡き今、あなたがバーレンの王と言っても差し支えはないですから。身分はほとんど同じです」
グスタフは微笑みながら続けた。
「ダウトは私とあなた、二人で叩きましょう。どうやら彼には……あなただけでなく私にも因縁がありそうだ」
「よし。ってわけだ。リンク、あの女王様を早いとこ片付けて助けに来いよ」
そこまで言って、クライムは咳込んだ。それもただの咳ではない。聞くだけで悪質なものだと分かる咳だった。
微妙な表情でそれを見たリンクが言った。
「……大丈夫なの?」
「ごほっ。……さあな。案外死ぬかも知んねえ。それよりお前剣はあるのか?」
「覇王様がくれたやつがある。調べてみたら、なかなかの業物だったよ」
リンクは背中に手を伸ばし、もう一本の剣を抜いた。以前、カガリに首を斬られかけた際に貰い受けたあの剣だった。
クライムの方をちらりと見て、リンクが呟いた。
「しょうがないから早めに行ってやるよ。あまり無理はするなよ、おっさん」
クライムは無言で頷き、ダウトに向かって走り出した。続くように、グスタフも脚を動かした。
懐剣オーディンを抜き、吠える。
「久しぶりだな赤髪ぃ! 左腕の借りは返させてもらうぜ!」
「あの時は仕留め損ねたが……幸運がそう何度も続くと思うなよ」
「龍人族の族長、似ているところはありますが、前と違う方のようだ」
「あいつは妹だ。一応忠告しといてやるが、俺はクイントより強いぞ」
言いつつ、ダウトはドロシーに目で伝えた。
場所を変える、何とか持ちこたえろ、と。
ドロシーは首を振って声に出した。
「その心配はいりませんわ。温存していたとはいえ、この姿を保てるのは十分ほどが限界ですから。勝敗はどうあれ、短期決戦を仕掛けますわ」
「……生きろよ、ドロシー!」
巻き添えを避けるため、ダウトは二人を引き連れ遠方へ消えた。
直後、ドロシーの爪とリンクの剣がぶつかり、火花が散った。
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時同じく、一つのターニングポイントとなる戦いの幕も開こうとした。
対峙するのは二名。周囲には誰もいない。一人が口を開いた。
「この先に進みたいんだけど、駄目かな?」
「目的によるな。それによってはここで俺が殺す」
殺す、と言う言葉通り、濃密な殺気が振り撒かれた。
殺意を受け止めながら、にっこり笑って片方が言った。
「躊躇のない良い殺意だ。本当に、変わったね。いや……変わってしまった、かな。自分でもそう思うだろ? アレン君」
「そうだな。そして、もう戻れない」
感傷的に頷いて見せたアレンは、落ち着き払って話した。
「話を元に戻そうぜ。お前はこの先に行って何をするつもりだ、ハーデス」
「決まってるだろ? 勇者と再戦して――殺す」
ハーデスはそう言い切った。アレンはその言葉を受け止めて、右手を顔の前へ持ってきた。
「残念だ」
「そう? ボクは嬉しいよ。ようやく君と闘うことが出来るんだから」
アレンの周囲に、金色の魔力が吹き荒れた。同じように、ハーデスの周囲には漆黒の魔力が。
アレンが、何の脈絡もなしに話しかけた。
「思えば、お前には随分長い間引きずり回された」
「初めて会ったのは五年くらい前になるのかな」
「覚えてるぜ、いきなり訳の分からない理由で俺を殺しに来た」
「そうそう。それで、あともう少しって時にセバスじいさんに邪魔されて」
「あの敗北をきっかけに俺は成長できた。お前と同等に渡り合えるようになった」
「デモンチョイスのこと? 魔王になったのは君だけどあれはボクの勝ちでしょ」
アレンが魔王となるまでの五年間、そして魔王になった後も、ハーデスは常にアレンの好敵手として存在感を放ち続けた。
「そう言えば、魔王の権利を辞退したくせにお前は全く仕事をしなかったな。何してたんだ?」
「失敬な。有事に備えて私設部隊を作ったり、いろんな情報を集めたり、これでも頑張ってたんだよ? あ、あと魔王の血を残すための努力もしたよ」
「なっ! お前まさか子供いるのか!?」
「さて、ね。何人いるかは神のみぞ知るってやつだね」
「俺の知らないところで……呆れるぜ」
「そういう君は? 魔王なんだから、伴侶の五人や六人……」
「バーカ、俺には約束した相手がいるんだよ」
ハーデスは目を細めた。これから殺し合いが始まるというのに、あまりにも緊張感のない会話だった。しかしそれと同時に、もっと長く続けばいい、とも思った。
――他人のこと言えないや。ボクも、変わってしまったのかね。
「その約束した相手ってのが、勇者かい? 君がまだ人間界に居た頃の親友?」
「そう。俺にとっての希望であり、生きる意味」
「……ボクには分からないな。そうまでして守りたいものがないから」
あるいは、実はすでにいるのかもしれない。ただ、認知できていないだけで。
もしそれに気付く時が来れば、その時こそがハーデスの才能が完全に目覚めるときである。
「ボクを君と同じ境地まで引き上げてくれ、アレン君」
「来れるもんなら来てみろ」
この時、アレンとハーデスの表情はまるで反対の性質だった。
アレンは眉間にしわを寄せ、悲しむかのような仏頂面。
対してハーデスは、おもちゃを目の前にぶら下げられた子供のように、少し楽しそうな笑顔。
しかしながらどういう因果か。発せられた言葉はほぼ同じものだった。
「全力でお前をぶっ殺す!! ハーデス!!」
「三度目の正直だ。ボクの全てを掛けて……今度こそ君を殺す!!」
五年に渡る殺し合いにも、ようやく終着点が見えようとしていた。




