交錯する運命
62話にて記述していた兵士の数を修正しました。あまりにも少なすぎると判断したためです。(今以上に酷かった当時の作者の知識不足です)ストーリーの流れには影響ございませんので、何卒よろしくお願いします。
人間、魔族両軍の激突から早一週間が過ぎた。覇王カガリは自らを含め各国の軍事情に精通した者を招集し、軍議を開いた。
メンバーは魔導国家ヘレンから聖騎士兼軍事総司令官のライル、科学国家ニュート、宗教国家ブリンドからはそれぞれ王であるラジニアとグスタフが名を連ねる。これに、カガリの副官としてゼリナが加わり、総勢五名の軍議は開かれた。
第一声は、主宰者でもあるカガリの物だった。
「まず話し合うべきは……五大国の残存兵力、及びに次回の攻撃をいつごろ開始するか、だ」
現段階で魔界に生き残っている兵の数は、五国合わせて百八十万程度。もともと短期決戦を想定していたため、数よりも質を重視していたのである。
人間界がその気になれば、数百万規模の軍隊を編成することも容易ではあるが、兵站や行軍にかかるコストを考えて、今回は比較的少数の軍で編成を組んでいた。
しかし、このまま魔界に居座り続けることを考えれば、人の数が心もとない。
「結論から言おう。現在、我々は魔界の五分の一程度を占領している訳だが……近々、この地を中心に一国を作り上げる予定だ」
ゼリナを除く三人の目つきが、にわかに鋭くなった。が、無駄な声は挟まず王の言葉に耳を傾ける。
「魔族の方から攻めてくることはない。そういう条件で撤退を許したし、こちらには人質もいるからな。必然的に再戦の合図を鳴らす権利はこちらにある訳だが……」
一度言葉を区切り、カガリは言い切った。
「次の戦で、この戦争は終わりにする。魔族を徹底的に叩き潰す。そのためには、大量の兵、資源、食料を収容し、休息するための拠点が必要だ。それを作る」
国を作る、と言えば途方もない人出と金がかかりそうだが、実はそうでもない。もともとは魔族が住んでいた場所でもあるし、大規模な戦場になったとはいえ、それなりの土地は整備されており、畑や鉱山施設等も残っている。
何より、魔導がある。
フウカやライルほどの魔導士が主導すれば、一年足らずで満足のできる物ができるだろう。
それらを踏まえ、ラジニアが口を開いた。
「最初にトランザムとバーレンから言ってもらおうか。数だけならそこが一番多いはずだ」
「五百万」
現在、王を失った武装国家バーレンの指揮権は、聖騎士であるクライムと覇王のカガリが分割して所有している。
人間界一の大国と軍事国家なだけあり、両軍合わせての五百万は数の上でならば間違いなく最大である。
「一度に全部、という訳には行かんだろうが……『決別の森』を超えれるくらいの規模で、小分けにして徐々にこちらへ合流させる」
「なるほど頼もしいですなあ。となうと次に聞きたいのは……」
ラジニアはライルに目を向けた。数ではなく質において人間界最高レベルの兵を生む魔導国家の兵力も、早くに知っておきたいところだ。
ライルはしばし考え、冷静な口調で言った。
「一般兵百二十万、魔導士三十万の計百五十万。ラジニア殿よ、次は貴殿が情報を開示するのが礼儀だと思うが?」
「言われずともそのつもりさ。そうだな……機械兵は一分に一台のペースで生産できる。つまり、一日中生産し続けて千四百四十。一ヶ月だと四万三千二百。その製造ラインが三つあるから……まあ、次の戦争がいつかによって数が変わってくる」
その時、カガリが捕捉のように口を挟む。
「俺の想定だが、フウカが真面目に働くとして半年。が、それは有り得んから八ヶ月だと考えていてくれ」
「だとすれば、百四十万前後だな。メンテナンスなんかもしたいし、正確にこうとは言えん」
「十分だ。……グスタフ、最後はお前の所だ」
「そうですねえ」
前回の戦闘で重傷を負い、右目を潰されたグスタフは、眼帯をしている。病み上がりゆえか、普段よりさらに口数が少ない。
独り言のように、短く答えた。
「百八十万、その位は出せるかと」
「そうか。となると五大国合わせておよそ九百七十万。これに……」
「……? まだ何か?」
カガリが何かを言い掛けたことに疑問に思ったライルが、ふとそう漏らした。カガリは小さく頷き、
「アカツキに援軍を要請する」
そう言った。
刹那、微かに動揺が走った。
「誠でございますか」
「ああ。腕利きの戦士を二十万人よこしてくれるそうだ」
ここで、アカツキに付いて説明しておこう。
そもそも人間界では、覇王国家トランザムを頂点とし、そこに四つの大国が傘下として存在している。
極東に存在する小さな島国、アカツキだけが、例外として覇王の権力に屈していないのだ。
アカツキ以外の小国は遥か昔に淘汰されているのだが、たった一国だけが例外として残っているのにはそれなりの理由がある。
最たるものは、鎖国である。
外交を禁じることで、この国は異様な進化を遂げた。独自の文化、風習、兵器、兵法、制度を創りだしたのだ。長年の交渉によりそれが解けたのが、三十年前。
またアカツキでは、長きにわたり戦国の世が続いていた。それも一度や二度ではない。当然、戦闘に明け暮れる国民は技を磨く。強くなければ死ぬのだ。
ともかく、以上の事情でアカツキの兵は鬼のように強い。これは風土的なものとも言える。先祖代々の血で染まった記憶が、人を修羅にさせるのだ。
そんな訳で、五大国も無理に侵略しようと思えば手傷を負う。仕方が無いから、野放しにしておくほか選択肢が存在しない。
「奴らの力を借りては、ますますつけあがらせてしまうのでは?」
ライルが、問題点を的確に突いた。カガリも、その点は重々承知だ。
ゼリナに視線をやり、説明するよう促した。
「アカツキが出兵すれば、当然その兵は最前線に送り込みます。彼らは存分に敵を蹴散らすでしょうが、それだけ疲弊もする。つまり、鉄砲玉として奴らを使ってやろうと言う魂胆です」
「当然、向こうもそのことは理解しているだろうな。まあ、それでも景気良く援軍をよこしてくれるってことは……」
「望むところだと、そう言う事ですか」
「あるいは、魔族ごときどれだけ相手にしても平気だと、そう思っているのかもしれん」
鼻で笑うことも出来ない。それだけ、アカツキの兵は錬度が高い。まさに人間界の奥の手である。
咳払いをして、カガリは言葉を続けた。
「とにかく、これから千万を超える兵がこの地に集結する。それらが力を結集すれば、魔族を根絶やしにすることなど容易いだろう」
最終決戦は、およそ八か月後。
「ここに、覇王の名を持って命ずる」
空気がピンと張った。思わず姿勢を正すようなそれだ。
「魔族を狩る戦士たちを迎えるための大要塞を築き上げよ! この魔界の地に、人間界の旗をはためかせるのだ!!」
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同じころ、魔王城のとある一室。
『客将』という扱いを受けることになったダウトは、一人頭を抱えていた。
「妹か……」
予期もせぬ、突然の告白だった。
確かに、何となく他人の気はしない。それに、赤い髪や火の魔法を使うこと、切れ長の眼や龍の形を模した技を好むなど、考えてみれば思い当たる節はある。
「血の、繋がり」
さっきから、何度となくそう呟いている。
それが特別なものだという事は分かる。なんだかんだ言っても、他のどのつながりよりも強固な物なのではないだろうか。
が、考えるだけで頭が痛くなってくる。
――全く、親父の野郎。
憧れると同時に、忌み嫌いもした父親の忘れ形見とも言える。手放しに喜ぶことも出来ない。
「セバスと言い……どうも俺は、託しやすい雰囲気を持ってるようだ」
――そういえば、先代のアレク様にも一つ頼まれていたな。
微かに感傷的になりかけたその時、ドアをノックする音が響いた。
「……ノースか? 何の用だ」
「今後の方針で相談がある。入るぞ」
沈黙を承諾と受け取り、ノースはドアを開けた。コーヒーの香りが鼻を突いた。湯気は立ってないところを見ると、かなり冷めてしまっているらしい。
「話と言うのは、戦力の補充をどうするかだ」
「まあ、それを解決しない事にはどうにもならんからな」
「妖精族と吸血鬼族が抜け、戦力はほぼ半減した。この情報が人間界に伝わっていないのが、不幸中の幸いか」
「救いにもならんがな。……ちなみに、魔界中から戦士をかき集めるとして、どのくらいが集まりそうなんだ」
ダウトの問いに、ノースは真顔で、絶望的な数字を言った。
「前の闘いに加わったのが、百万。そこから戦死者が十二万、妖精族と吸血鬼族の数は……死者を抜いて四十五万。今回徴兵を掛けるとして、魔王の権限でかき集めるとして――三百万にも満たないだろう」
「魔王血統は、他には残ってないのか? 王位争奪戦に参加できなかった、百一位以降の者たちは……」
ノースはかぶりを振った。苦虫をかみつぶしたような顔で、
「ここ最近、分かっているだけでも二百人以上が殺されている。犯人は、恐らく勇者とペルシアだ」
そう言いのけた。さすがのダウトも、あんぐりと口を開けた。
「……敵も、馬鹿ではないか」
「もっと最悪な事を教えてやろうか?」
「聞きたくない、という訳にはいかんか?」
無論だ、と言わんばかりにノースは淡々と告げる。
「獣人族、龍人族、幽霊族の中でも、ペルシアたちに加担するものが出てきている」
「味方がこうもアホだとはな……魔王への忠誠は、そこまで浅い物なのか」
「時流、と言う奴だろうな」
分からないでもない。妖精族と吸血鬼族ならば、二種族だけでも魔王軍と渡り合える。そして、民衆から見た今の魔王は乱心していると言っても過言ではない。
思い出しように、ノースがポツリと言った。
「……ダウトよ。クイントはお前の妹だったようだが、お前は妹を守りたいか?」
「唐突だな。いきなりどう……」
「俺は守りたいぞ。一時は殺したいと思うまで憎んだ俺が言えることではないかもしれん。だがな、俺はあいつを死なせない」
「……ノース、お前」
何か言おうとした瞬間、ダウトは目を見開いた。
――この男、
ノースの黒い瞳が、ダウトを見据えた。
――底が見えない。
「もしもミナミの身に危険が及ぶなら、俺はアレンを殺してでも救いに行く。ダウト、これだけは言っておく。血の繋がりを軽く見るな」
その眼に、ダウトは薄ら寒さを覚えた。その眼は、アレンやカガリ、ペルシアと同じ――
「お前、何を考えている……!?」
「革命だ。この混乱に乗じて世界を引っくり返す程の、大革命だ」
――人を率いる者、即ち王の面影がそこにはあった。
「時間があまりない。魔族を、引いては世界を救いたいなら、俺と共に行動しろ」
「お前まで、アレンを裏切るのか」
「俺は俺なりに考えて最善の答えを出す。そして恐らく、アレンはその過程で壁になる」
「……やはりお前は、誰かの下に付くようなタマじゃないか」
ダウトは溜息を吐いた。魔界が、否、魔界だけではない。世界が、変わろうとしている。
ノースが再び声を上げた。
「ダウト、もうアレンは……かつてのアレンではなくなった」
ダウトとて、薄々分かっていた。アレンは、いつからか狂ってしまった。もう、後戻りできないほどに。
「せめて、俺たちが軌道を修正させてやるんだ。俺たちにしか出来ない事だ」
「……また、俺にアレンを見捨てろと?」
「大まかな事情は聴いている。六年前、魔王になる望みの薄いアレンを見捨て、ハーデスに付いた事は知っている。それを承知で頼んでいるんだ」
「…………」
ダウトが黙ったのは、どう返答するかに悩んだからではなかった。
その視界に、ノースが微かに流したと思われる涙の痕を見たからだった。
「ノース、一つ聞かせろ。お前の最終目的は?」
「決まっているだろう」
その結論にたどり着くまでに、どれだけの葛藤をしたのか、他人には理解しえないだろう。ノースほどの秀才が、涙を流すほどに悩んだのだから相当だ。
それでも決断できる、非情とも言える覚悟こそが、王たる者の資格なのだ。
「俺は王となり――世界を平和へ導く」
「……心得た」
この男ならば、やれる。と言うより、ノース以外には無理であろう。
ダウトは、無理に納得した。
「俺は、何をすればいい。何なりと申し付けるがいい」
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時は時として、恐るべき速さで進む。音速だとか光速だとか、そんな次元は置き去りにするほどに速く。
あの大戦から八ヶ月。それぞれの想いを乗せ、時間は瞬く間に過ぎて行った。
歯車は、急速に、大きく、そして五月蠅いほどの音を立てて廻っている。
ここに、一人の青年がいる。まだ若干のあどけなさも残る、一人の青年だ。
「ついに、この時が来たか」
彼はニコリともせず呟いて、拳を握った。
これから彼は、その体に不釣り合いなほどの巨大な業を背負うことになる。
これより始まるのは、世界史上類を見ないほどの戦争である。それは壮大な悲劇であり、彼の世界を巻き込んだ『救出劇』でもある。
その劇の主役は六人。いずれも、世界を揺るがすほどの確固たる信念を持ち合わせている。
「これが、本当の最終決戦だ」
主役だけではない。脇役からエキストラに至るまで、全てが重要で、何が欠けてもこの壮大な劇は完成しない。
「待ってろ、リーシャ」
舞台は、全世界。キャストは全魔族、及び人間、及び魔人。
第二次ラグナロク。後にそう呼ばれるこの戦争が、此度の決戦で終結することを、ここに明記しておこう。
最後に、一つだけ。
――歯車は急速に、大きく、五月蠅いほど軋みながら、廻っている。
という訳で、これにて第二章完結です。次話より事実上の最終章に入って行きます。完結までもうしばらくお付き合いを……!!




