独立
全軍撤退の魔王命令が出され、数時間後。各軍団長および族長は、例の如く魔王城の一室に集まっていた。
その雰囲気はまるで通夜の様に――実際、戦死した者もいるので間違いではない――暗く、静かなものだった。魔王アレンは、未だに来ない。
重い雰囲気の中、ふとノースが声を発した。
「……ハーデス、お前は俺があの場所を離れた後、アレンの元に居たそうだな」
突然問いかけられたハーデスは、瞑っていた眼を片方だけ開き、答えた。
「うん。そうだけど」
「あいつに何があった?」
「ボクが聞きたいよ。肝心なところは見てないし、知らないんだ」
「何かあったことは間違いない。アレンをあれほどの愚行に走らせる、何かが」
険しい顔で肘を付き、ノースは呻いた。
――俺を含め、この撤退に疑問を抱いている者は多いぞ。
ノースは一人一人の面持ちを確認した。怒り、戸惑い、疑問。形は違えど、皆、思うところはあるようだ。
その中でも特に強い感情を秘めているものが一人――ペルシアだ。さっきから瞬きの一つもせず、怖い眼で何かを考えている。
「おい、大丈……」
「待たせたな」
声を掛けようとした時、扉が開いてアレンは姿を現した。即座に視線が一箇所に集まるが、それを気にすることもなく席に付いた。
と、その辺で全員が疑問を抱いた。
「全員、揃っているようだな」
「待て。その前に聞きたいことがある」
「……髪のことか?」
アレンは右手で自らの髪に触れた。その色は本来の金髪ではなく、黒に変色したままだった。それでいて、瞳の色は銀に戻っている。
ため息を吐いて、アレンは言った。
「戻そうとしても戻らないだけだ。詳しくは分からんが、魔王の血の覚醒率が上がったって感じだろうな。恐らく」
「分かった。言葉を遮って済まなかったな。続けよう」
ノースの言葉に頷き、アレンは再び口を開いた。
「まずは、良く闘ってくれた。魔王として、心からの礼を言う。と言っても、またすぐに戦闘の幕は上がるだろうが……」
「そんな、白々しい言葉はいらないんだよ」
突如、席を立った者が現れた。
「ペルシア、魔王の御言葉の最中に席を立つとは無礼の極みですわよ。すぐに詫びて座りなさい」
「魔王……? 笑わせるなよ……!」
ドロシーの言葉も聞き入れず、堅く拳を握ったペルシアは、アレンを指差した。怒りに震える声で、それでも冷静に言葉を繋げる。
「あんた、どれだけの兵が死んだか分かってるか? 五万や十万じゃ済まないぞ」
アレンとて、そんなことは百も承知だ。数えきれないほどの命が消え、それ以上の悲しみが生まれた。
「その中にはキリクとシュラウド、僕らが生まれるよりずっと前からこの魔界を支えてきた英雄も含まれてる」
シュラウドの死に際に立ち会ったクイントは、眼を微かに見開いた。
――何のために、あの人は死んだんだ?
「ノースの妹、ミナミは一般人の命と引き換えに捕虜になった」
表情すら変えず言葉にも出さないが、内心ではノースも焦っていた。当然だろ
う。肉親が敵の手に渡っているのだから。今すぐ処断されてもおかしくないのだ。
「フランも重傷を負って、妖精族の戦力はガタ落ちだ」
魔導王フウカとの交戦で重傷を負ったフランは、魔法による治療で傷は塞いだものの、以前のように魔法を扱う事は困難になっていた。
キリク、ペルシアと並ぶ最高戦力を失い、妖精族の力が弱まったことは否めない。
「だけど……それでも、それだけの犠牲を払っても……」
ペルシアは糾弾するかのごとく叫んだ。
「あのまま進軍を続けていれば、勝機は十分にあったはずだ!!」
それは、その場のほぼ全員の感想であり、魔王に対する問いかけであった。
アレンは何もしゃべらない。ペルシアは尚も続ける。
「挙句の果てには、ドロシーとサーペントが捕えた聖騎士を解放するだと? クイントが渾身の力で放った一撃を消すだと?」
――ああ、また聞かれるな。
アレンは冷めたような眼で、ペルシアを見続けていた。
「あんたどっちの味方なんだよ……!」
「…………」
「何か言えよ!」
それでも、アレンは口を閉ざし続けていた。下手なことを言うよりは、黙っていた方が丸く収まると判断してのことだった。
「ダンマリかよ。ああ、そうだろうな。あんた、ほとんど人間みたいなもんだもんな。魔界にいる時間より人間界にいた時間の方が長いもんな。そりゃ人間に味方したいよな。……ふざけんなよ」
「……俺を見限るなら、それでも構わない」
一度強く歯を食いしばり、ペルシアは握り拳を机に叩きつけた。
「そうさせてもらう。お前には失望した」
荒んだ様子で、ペルシアはその場を後にした。しばらくの間、誰も何も言う事はなかった。
気まずいことこの上ない中で、クイントが沈黙を破った。
「……追いかけますね」
「好きにしろ」
葬式顔負けのしんみりした空気になってしまった室内で、何も言葉がないまま、動けるはずもなく、十分ほど時が経っただろうか。
今ごろになって、予期せぬ組み合わせの二人が現れた。
「お前ら……」
「あら、久しぶりに見る顔がありますわね」
「フランと……もう片方は初めましてか?」
「ああ、ノース君は会ったことないのか。じゃあ紹介しておこう」
ハーデスが席から立って、二人を指差した。
「赤髪の彼はダウト。ボクの形式上の師匠で、元、龍人族族長さ。師匠であるセバスのお爺さんの遺志に従って、味方してくれるらしいよ」
「ほう。あなたが噂のダウトだったか。思ったより若いな」
「こっちも、噂は聞いているよ。参謀殿」
ダウトの身のこなしを見て、ノースはその実力を測った。
――強いな。戦闘だけなら、魔王血統を除いた現最強かもしれん。
味方になるならば、心強いことこの上ない。ノースは手を差し出した。
「よろしく頼む」
「こちらこそだ、それと……」
その手を握り協力の意を示してから、ダウトはアレンとドロシーを交互に見た。
「久しぶりだな。覚えているか?」
「親の仇を忘れられるほど、呑気な性格じゃねえぜ」
「今までどこほっつき歩いてたのか……まあいいですわ。それより、何でフランと一緒なんですの?」
ダウトは肩を貸していたフランを椅子に座らせ、事情を説明した。
「その辺を散歩していたら、呼び止められてな。聞けばまだ怪我が治ってないらしい。一人で歩くのは厳しいから肩を貸せ、と。一応知った顔だったから、こうして来たわけだ。まさか、重役会議の場だとは思わなかったが」
「ペルシアが尋常でない様子で帰ってきたからな。何かあったんじゃないかと、心配になっちまった」
屈託なく笑って見せた後、フランはふと感傷的になった。
「少しだけ、妖精族に付いての話をしよう。主には、キリクとペルシアのことだ」
「待て。いきなり身内話をされても困る」
「聞いてくれよ。これは忠告でもある」
「忠告だと……?」
片方の口角を上げ、フランは続けた。
「キリクが成し遂げた偉業は、数えきれないほどある。これは分かるよな? 実際、キリクと言うスーパースターのお陰で妖精族は魔界随一の力を付けた。じゃあ、そんなキリクが唯一認めたのは誰か……それがペルシアだ。あいつは、妖精族始まって以来とも言える神童だ」
「あいつが……本当かよ」
「今までは、キリクの陰に埋もれていただけだ。あいつは紛れもなく王の器を持ってる。じゃなきゃ、キリクが形だけでも息子にするはずない」
その時、ノースが割って入った。
「息子って、まさか」
「そう。知ってるやつはほとんどいないが、ペルシアはキリクの養子だ。まあ、本当に形だけだし、あいつは一度も父さんなんて呼んだことないだろうけどな」
傷が痛むのか、フランは少し言葉を切った。傷口を抑えながら、また続ける。
「話を戻そう。オレら妖精族にとって、キリクの存在はあまりにも大きい。故に、義理とは言え、ペルシアがキリクの息子だと分かれば……妖精族はペルシアに諸手を挙げて賛同する」
「そろそろ、本題に入ってくれ。結局何が言いたい」
「ペルシアには実力が伴ってる。あいつは魔法もそうだが、それだけじゃない。王として君臨するうえで、絶対的に重要なものを備えている」
フランは人差し指を立てた。
「人望だ。それもキリクみたいな、有無を言わせず付いてこさせるものじゃない。自分から着いて行きたいと思わせるような……魔王さん、あんたに似たようなそれだ。ひたむきな努力と生まれ持った性格によって、あいつはそれを知らず知らずのうちに持った」
立ち上がりつつ、フランは獰猛な笑みを浮かべた。
「キリクを失った悲しみを乗り越え、ペルシアと言う新たなトップを据え、一つの目標を持つことで妖精族は団結力を増した。いいか、よく聞け魔王様よ……!!」
フランはアレンの肩を持った。そのあまりの気迫に、アレンは微かに戦慄した。
「キリクの死を無駄にした罪は重いぞ……! 族長ペルシアは先刻、確かな意思表明をした。今から伝えるのは、『宣戦布告』だ」
――まずい流れだ。
よもや予期していなかった事態が、起きようとしているのかもしれない。
アレンは視線を険しくした。
「これより、我が妖精族、及び吸血鬼族は結託し、魔王国家からの独立を宣言する」
――リーダーが消失、もしくは人望を失くした組織は酷く脆い――
何処かの偉い人が言いそうな言葉を、誰からともなく考え始めていた。
キリクのイメージとしては豊臣秀吉みたいな感じですね。豊臣家は一代だけがスーパースター『過ぎて』(秀頼は決して凡愚ではない、むしろそこそこ優秀だったんじゃね、と言うのが私の意見です)滅びましたが、こちらはどうなるのか……は先のお楽しみでお願いします。




