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最弱の魔王候補  作者: 木魚
第二章 第二次ラグナロク
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邂逅

 時は少しだけ遡る。ノースがゼリナの迎撃のために、戦場を離れた時まで。

 兵の指揮を取るアレンは、戦場の空気の微妙な変化を感じ取った。どういう訳か、敵の士気が突然上がったのだ。それと並行し、味方がにわかに押され始めた。

 ――何が、起こっている。

 形勢を逆転させるほどの影響力を持った存在。王や聖騎士と言った、英雄クラスのそれが出陣したと考えて良い。現状、控えている英雄クラスの実力者は、人間界には一人しかいない。


「……ついに、お出ましか」


 味方が怯えている気配が感じ取れた。無理もないだろう。わずか数分の間に、夥しい数の屍が積み上げられたのだから。

 尚も侵攻を続けるそれを止めるため、アレンは最前線に躍り出た。

 姿を捉えて、殺気を消す。音もなく近づき、炎の剣を振りかざした。


「不意打ちか……姑息な魔王が使いそうな手だ」


 その声は、アレンの背後から聞こえてきた。

 剣は空を斬っていた。躱されたことを一瞬で察知して、すぐに声の方へ振り向いた――と同時にアレンの顔面に拳が炸裂。

 弾が出るような勢いで、アレンは地に打ち付けられた。


「っは。そこそこやるな――覇王」

「思ったより弱いな、魔王」


 人間界最強、覇王カガリは掌をアレンに向け、覇道を集中させた。

 

「さっさと終いにしてやろう。勝った方がこの戦争の勝者だ。証明するのは――この場にいる雑兵十数万人だ。まあ、お前に勝ちは有り得んだろうが」

「言ってくれるじゃねえか。乗ってやる。手前ら! そこで見てな!」

「行くぞ」


 射出された超巨大なレーザーを、アレンは黒い炎の腕で迎え撃った。

 刹那、大爆発が巻き起こったかと思うと、二人は上空で拳を交えた。


「驚いたな、人間でも空を飛べるとは!」

「覇道を無理やり固めて足場にしているだけだ。最も、それでもお前より早く動けるが」


 そう言うと、カガリはかく乱させるかのごとくアレンの周りを超速で飛び回った。眼にも止まらぬ立体移動からの、連撃に次ぐ連撃。

 ――強い、純粋にただ強い。

 カガリは魔王血統者のような特殊能力も、魔族の各種族が備える身体的特徴も、聖騎士が持つような特別な武器は使っていない。

 武器や小細工なしでの、膨大な量の覇道と鍛え抜かれた肉体による強さこそが、覇王を人間界最強へ押し上げている要因である。

 これに加えて、カガリは一つ、覇王のみが使える切り札を持っている。とは言っても、カガリはこれまでの人生でそれを使うことなく全ての戦いに勝利してきたのだが。


「小細工ばかりに頼ってる貴様に、俺は倒せんぞ!」

「言ってくれるな! なら見せてやるよ……」

 

 アレンの左目に紋章が浮かび上がる。

 契約神ミスラの左目が、周囲の情報を瞬時に解析。動体視力の超強化により、カガリの姿を捉えた。


「手前の言う小細工の力……とくと見るがいいぜ」


 襲い掛かる拳を紙一重で躱し、カウンターの一撃。黒い炎がカガリの体に纏わりついた。

 灼熱の炎を振り払うカガリの背後に回って、さらに追撃を繰り出す。躱すのは困難と見て、衝撃を軽減すべくアレンの攻撃と同じ方向へ体を飛ばす。 

 

「シモン! 合わせ技だ!」

「……下か!」

「承知したぞ、主よ」


 カガリの背後を取る一瞬の間にシモンと分離していたアレンは、上空と地上からカガリを挟むことに成功した。


「黒き嵐炎で全てを焼き消失させよ――《ブラックテンペスト》」


 アレンの巻き起こした風とシモンが打ち出した黒炎が交わり、終焉を象る。

 遠目に見るだけでも、それに巻き込まれれば無事で済まないことは分かる。人間たちの間に動揺が走り始めた。


「覇王様が、押されてる……」

「馬鹿! これも作戦だろ! あの人が負けるわけ……」

「当たり前だろ! あのお方はこれまで一度も負けたことがないんだぜ」

「それより、あれがこっち向かってきたらまずくないか? 全滅だぞ!」


 瞬間、終焉の嵐は弾け飛んだ。攻撃魔導による力技で、カガリが打ち破ったのだ。魔導で魔法を打ち破ると言う、常識破りなやり方で、何とかピンチを脱することに成功した。


「……ふむ、俺に傷を負わせるか。あの世での自慢話が増えて良かったな」

「その余裕の面はいつまで続くかな!」

「これからずっとかもな」

「そうなるといいな。多分無理だろうが!」


 アレンは親指の腹を噛みきって血を出すと、右掌の魔方陣へ擦り付けた。


「メリウス! こっちへ来い!」


 魔力を転送して、後方にいたメリウスを召喚した――が、メリウスの様子が明らかにおかしかった。どういうわけか酷い傷を負っており、その回復の最中だったのだ。


「……あ、アレン、君……助かったわ、よ」

「……!? どうした、何が……」


 メリウスの治癒力が追いつかないほどの傷を与えるなど、アレンですら困難だ。しかも、メリウスは遥か後方で兵の傷を治療していた。それはつまり、体形の背後を突かれたことを意味する。

 後方にそれほどの敵が現れたとすれば、非常にまずい。

 事情を問い質すアレンの言葉を遮り、メリウスが言った。


「よく、聞いて。勇者が、現れたわ。悪いん、だけど、受けた傷が……深すぎるみたい。ちょっと、下がらせてもらう、わ……」

「勇者だと……くそ! あとどのくらいでここまで……」


 思考を巡らすアレンのそばで、シモンがはっとしたように声を上げた。


「アレン! うしろじゃ……!」

「うし……」


 振り返ると同時に、刃はすぐ近くで振り落とされようとしていた。


「……ろ」

「『英雄ヒーローズ記憶クロニクル』首斬の勇者、ヤングェル」


 神速の太刀筋が、アレンの首元に迫る。それを躱すべく、アレンも動こうとするが、剣の持ち主の顔を見て動きが止まった。


「……え?」

 

 ――リーシャ……?

 全身の毛穴が開くようだった。思考が止まり、目の前の光景を受け入れられない感覚に陥る。


「アレン君!」


 咄嗟に、メリウスはアレンを突き飛ばした。掠るだけで難を逃れたアレンだったが、振り返った見た景色はあまりにも残酷なものだった。 

  

「先刻の標的を再補足。討伐する」

「ようやく来たか、手を貸してやる」

「待て、お前……何で……! やめろおおぉぉぉ!」

「ごめんねアレン君。多分、あたしはここま……」


 全てを言うことも出来ず、超威力のレーザーが二方向からメリウスを挟み込んだ。人間界屈指の実力者である二人の挟撃である。

 メリウスの体は覇王と勇者、両英雄の攻撃魔導により塵と変わった。

 ――何で、あいつが、リーシャがいる?

 もう二度と復活できないように、原子レベルにまで粉砕される光景には、あまりにも現実感がなかった。実は躱したと言われても不思議じゃないほど、何も残っていなかった。 

 

「メリーさん……嘘だろ……」

「アレン! 落ち込んでおる場合ではないぞ! 今は闘え!」

「……無理だ。俺は、あいつとは闘えない……」

「何を言っておるのだ! しっかり……」

「無理だって言ってんだよ! 幼馴染と……一番大切な奴と殺し合いとか……出来るわけねえだろ!?」

「何……!?」


 その最中だった。

 シモンの体を、一振りの剣が貫いた。

 リーシャの剣だった。アレンはただ、その光景を見ていることしか出来なかった。

 ――リーシャが、勇者だっていうのか……?


「こ……の……」

「命剣イブ、あなたが攻撃を避ける全ての運命を剥奪した」

「これまでだな。その首獲らせてもらう」


 カガリはシモンの周囲に球状の魔導を無数に配置。


「もう、魔王の矛と盾は終わりだ」 

  

 一瞬、閃光が瞬いた。同時に、球から光線が射出されシモンの体を四方八方から貫いた。文字通り、蜂の巣状態となったシモンだったが、歯を食いしばり倒れるのを踏ん張ると、龍の体へその身を変貌させた。


「待てシモン! もう元の世界へ帰れ! その二人が相手じゃ……」

「断る!」

「俺の言うことが聞けないのか! お前まで失ったら……!!」

「……お別れの挨拶は済んだか?」


 カガリは口角を持ち上げて両腕に覇道を集約させた。同時に防御魔導で体全体を覆うと、シモンの口内へ自ら飛び込んだ。

 あまりにも屈辱的なその行動に、シモンは雄叫びを上げた。


「調子に乗るなよ貴様ああぁぁ!!」

「随分と弱々しい噛み付きだな」


 腕の光が更に強くなっていく。研ぎ澄まされた覇道は、金属ですらバターの様にスライスすることも可能だ。

 脚への肉体強化を施して、カガリは突き進んだ。両腕を振りながら、嬉々とした表情でシモンの体を駆け抜ける。


「ふん。案外あっけないもんだな」


 数十秒の間、蹂躙し尽くした後にカガリはシモンの体から脱出した。シモンは元の少女の姿に戻って、地に倒れていた。


「やめろ……もう、やめとけよ……!」

「これまでこいつの炎にどれだけの同胞が焼かれ殺されたか……それを考えれば仕方ないと……そうは思わんか? 魔王よ」

「クソが……図に乗るなよ……!!」


 遂に、アレンは飛び出した。硬く握った拳を振りかぶり、なりふり構わず感情のままに振り抜く――


「勇者、何もせず前に出ろ」

「…………」

 

 ――ことは出来なかった。 

 

「くそ……畜生……」

「…………」

「殴れるわけ、ねえだろうが!!」


 カガリの手によって、シモンの息の根が止められた。

 魔王候補時代からの戦友二人との別れは、あまりにも突然で、残酷だった。

 幾多もの困難を乗り越え、魔王の座を勝ち取ったのは、二人の力があったからこそだった。それが今は――もういない。

 ――ふざけんなよ、クソども……


「こんな気持ちは、いつぶりだろうな……」


 初めてではない。これはそう、


「六年前、親を殺された時以来か……!」


 噴火寸前の火山のような、大雨で氾濫し今にもダムを破壊しそうな激流のように、アレンの怒りのボルテージは急激に上がっていく。


「……そういや、俺が魔王の力に目覚めたのもあの時だったか」


 魔王の血が、その中に眠る記憶が、数に勝る人間の血を踏みつけ見下し壊し淘汰し置き去りにし雄叫びを上げ喜びと怒りに震えながら殺意を漲らせて――


「……それがキーなのかもな。身近な存在を目の前で失うって言うのが……」


 ――魔王アレンの才能を、力を、完全に開花させた。


「もう誰も俺を止められねえぞ。辿り着いちまったからな。魔王の力の――最終到達点。神の領域へ、足を踏み入れるその場所まで」


 与えられた力の名を、魔王は呟いた。


「《サタンズ記憶クロニクル》」


 アレンを含む百八人の魔王の魂が、呼応した。


「あらら……なーんか、すごいことになってるね、アレン君」


 その時、アレンの少し後ろでそんな声がした。

 その方向へ視線を向け、アレンは声の主の名を呼んだ。


「ハーデス……俺はこれから修羅の道に入る。構わないか?」

「『世界平和計画』やめるのかい?」

「リーシャが勇者だと分かった以上、あの計画はだめだ。勇者を殺さないような筋書きを考え直す」


 ハーデスはリーシャに目を向けた。

 そして、数時間前にクライムへ向けたのと同じ質問をぶつけた。

 

「そんなに大事かい? あの子が」

「ああ」

「あの子を守りたいから、君は強くなれるのかい?」

「あいつがいるから強くなるんじゃない。あいつがいるから、約束を果たすためにも俺は死なないんだ」

「命を懸けてでも、守りたい?」

「あいつとの未来のために闘っているんだ。死んだらダメに決まってるだろ」

「じゃあ、次が最後の質問」


 ハーデスはほんのわずかの間、沈黙した。

 ――頼むよアレン君。ボクを失望させることはしないでくれ。


「何を犠牲にしてでも、君はあの子との未来を望むかい?」

「例え『世界』を犠牲にしようが、俺はそれを諦めねえ。俺の中でリーシャとの未来は、絶対にして全てで、何を置いても守るべき最優先事項だ」

「……安心したよ。やっぱり君は頭がおかしい」

「失敬な奴だな。お前が言えることか」


 ハーデスはにこっと笑って、言った。


「……で、これからどうするの?」

「ああ。覇王とちょっとした交渉をする」


 アレンは再び視線をカガリに向けた。一度リーシャの姿も見て、すぐに戻した。


「覇王よ、一つ提案がある」

「何だ? 全面降伏でもするか?」

「いや……」


 首を振って、アレンは続きを言った。


「一時休戦しないか?」

「……話だけは聞いてやる」

「ここの戦況は別として、他の場所ではウチが優位な所が多い。それに、報告によればこちらは聖騎士を捕虜として確保している」


 続いて、アレンは上空を指差した。指先にあるのは、クイントが繰り出した超破壊力を秘めた炎の龍。


「あれを消そう。さすがのあんたでも、あれの対処は厳しいだろう?」

「…………」

「おい。一応言っておいてやるぞ」


 アレンは掌を開いて向けた。


「今の俺なら、リーシャを除いたお前ら全員、今すぐ全滅させることも出来るんだぞ?」

「そんなことが」

「出来ないと思うか? ここを片付けたら次はすぐ近くの魔導国家ヘレンだ。リーシャを除く人間すべてを滅ぼしても良いんだぞ……!?」

「お前、どっちの味方だ。この交渉は魔族にとって不利なものだろう。それでいて人間を滅ぼしても良いだと? 何を考えている」


 冷めた目で、アレンはその問いに答えた。


「魔王の血は薄いから、身体的には人間。ただし立場的には魔族だな。けど俺の意思は……リーシャにある。俺は人間とか魔族とかじゃなくリーシャの味方だ」

「なるほど、狂っている。俺も他人のことは言えんかもしれんがな」

「……で、結局どうするんだ?」


 両者の間に、沈黙が続く。その間にも、それぞれの思惑が目まぐるしく交差する。人間と魔族、それぞれの存続を担う二人だからこそ、道びいき出される結論もまた、一緒だった。


「要求を呑んでやる。条件は今お前が言っていた通り」

「賢明な判断だ。これで、俺に考える時間が出来た」


 こうして、第二次ラグナロクは一度その幕を下ろした。

 ただし、この交渉は魔界にとって非常に好ましくないものだ。それを独断で決行した魔王アレンに非難が集まることは言うまでもない。

 ともかくこの事件は、後の『大魔王』アレンが引き起こした事件の一つとして、人々に語り継がれていくことになる。   

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