不完全な勇者
魔界の最高権力者は、当然ながら魔王であるアレンだ。それより下の役職や権力の強さに付いては、以下のとおりである。
先ず、魔王に次ぐ五人の権力保持者、『五画魔将』。現在のメンバーには、ハーデスを筆頭に、ミナミ、シュラウド、ドロシー、クイントが名を連ねている。
そして、それとは別に魔王アレンの参謀役として、ノース、キリクも相当な発言力を有しており、相談役として幽霊族族長サーペントも肩を並べる。
当然だが、これら魔界の最高幹部には、それぞれの土俵――得手不得手がある。
一つは、戦闘を得手とし、戦の際に最も重宝する『武功派』。
反対に、内部の問題解決や、経済政策において真髄を発揮する『内政派』。
そして、どちらも高い水準でこなせる『中立派』。
この内、ミナミは典型的な内政派と言える。能力面からしても、戦闘には向いていないため、此度の戦も後衛で拠点の守備と言う比較的安全な役目を任されていた。
――安全だった、はずだった。
よもや誰が予測しただろうか。開戦直後から、いきなり本土へ殴り込みを仕掛けるなど。
「……これは、アカンやろ。いろいろと」
そう呟きながらも、ミナミは思考を張り巡らせていた。
冷静に考えて、残存戦力での撃退は無茶だ。物量が違いすぎる。圧倒的な力の前では、その場しのぎの策など無意味。数の暴力で粉砕される。
となれば、援軍を呼ぶしか手はない。
ミナミの双眸には、各地の戦況がリアルタイムで映し出されていた。
目の前の破壊兵器を撃退できるほどの力を持つ者は限られている。
考えられるのは、キリク、ハーデス、クイント、シュラウド、アレン、ノースと言った面々。
ただ、それぞれに自分の持ち場がある。キリクに至っては既に戦死、シュラウドも正に命の炎を燃やし尽くさんとしていたところだった。
クイントはとても余裕がない。ノースとアレンも敵本隊と目下激突中。
残るはハーデスだが、こちらも熾烈な戦闘を繰り広げており、とても離れられる状況ではない。
「……仕方ない、か」
不本意ではあるが、決断しなければならなかった。
――まあ、ある程度は予想してたし、なんとかなるか。
一度深く深呼吸したミナミは後ろを向き、従えている軍勢の中から、二人の男女を呼び出した。
「ダミヤ、リナリス。一回だけ言うからよく聞き」
ダミヤ、と呼ばれた方が男、リナリスが女。二人とも年は十になったばかり、背は僅かにダミヤの方が高く、目を引くのは灰色の髪。ちなみに双子だ。
二人は緊張した面持ちで耳を傾け、口を開いた。
「……本気ですか?」
ダミヤの言葉を、リナリスが引き継いだ。
「『投降』するって……」
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それからしばらく経った頃、カガリ――すなわち人間側本隊に、一つの報せが届いた。発信者は――ラジニア。
直々に応答したカガリに、ラジニアは開口一番、言う。
「私だ。グッドニュースだぞ」
「随分と嬉しそうだな。目立った戦果でもあげられたか」
ホログラム越しにも、ラジニアが微かな笑みを浮かべ嬉々としていることが見て取れる。
相変わらずの仏頂面のまま、カガリは無言で先を促した。
「五画魔将の一人、ミナミを拘束した」
「ミナミ……ああ、監視者か……」
「ああそうだ。勝ち目がないと見てか、投降してきた」
「その代わりに、攻撃を止めろと、そんなところか?」
ラジニアは頷き、再び口を開いた。
「で、どうする? 無視して突き進むことも出来るが……お前さんのことだ。何かあくどい事を考えてるだろ?」
「そうだな……」
カガリの脳内には、現状得られるだけの情報が凄まじい速さで駆け巡っていた。
――ミナミ、戦闘はあまり得意じゃなかったな。典型的な内政屋だ。
それ故に、ミナミを抑えたところで、魔界の戦力を大幅に削った、とは言えないだろう。だが、カガリの頭の中には、既に策が出来上がっていた。ミナミを使い、魔界サイドに大打撃を与えるであろう策。
「ラジニア、一旦待機だ。命令があるまで動くなよ。通信を切るぞ」
通信を切り、カガリは指を鳴らした。パチン、と小気味良い音が鳴る。と同時にゼリナが音もなく表れ、その傍に跪いた。
「話はだいたい聞いていたな? 五千の手勢を与える。側面から敵を突け。そうすりゃあ……」
視線を戦場に向け、カガリは口角を上げた。
「ノースが出てくる。ノースとミナミは実の兄妹だ。ゼリナ、言いたいことは分かるな?」
「……揺さぶる、そう言う事ですね」
「ああ。魔王血統とは言え、ノースには人間の血も流れている。肉親を人質にされていれば、こちらになびく可能性は十分にある」
「ですが、見返りなしで協力する男でしょうかね?」
ゼリナの指摘に、カガリはノースの性格を思い浮かべた。
数日前に実際に対峙して分かったことだが、ノースは紛れもなく王の器である。強者ぞろいの魔界でも五本の指に入るほどの戦闘力。名君と言われても遜色ない高度な政治能力。そして、より良い結果を引き寄せる非道さと決断力をも兼ね備えている。
それでいて、野心家の一面も併せ持つ。強かさは魔界随一である。
――何ゆえ、あれほどの英傑が魔王になれていないのだ?
カガリが率直に抱いた感想はそれだった。もっと言えば、自らの部下に欲しいとまで評価している。
「……ノースは、あの金髪の魔王には過ぎたるものだ」
「では、どのように致しましょう」
カガリが味方に付いた際に見込める働き、そして個人の能力を計算し、カガリは口を開いた。
「この戦争が終わった暁には、魔界の土地を三分の一ほどくれてやってもいい。ゼリナ、何としても引き抜け」
魔界の三分の一。破格の好条件である。流石のゼリナも、カガリに異を唱えた。
「あれがそこまでの人物ですか? 確かにそこらの者とは格が違いますが……」
「もう一度会ったらよく見極めてみろ。あいつは俺と同等の王の器を持っている。俺にはな、なんとなくわかるんだ。そいつの素質、歩む道、未来が」
「だから、あたしを拾ってくれたんですか?」
それには答えず、ゼリナの頭を二度叩くと、信頼を込めた声で言った。
「頼んだぞ」
「御意」
人間界最強と準最強。二人の間には、圧倒的な強さに裏打ちされた信頼関係が構成されている。言うなれば、戦友。
背中を預けておけば、絶対に負けない。
その強い確信が出来上がっていた。
立ち上がり、場を去ろうとするゼリナに、カガリは一言声を掛けた。
「交渉に応じないようならやむを得ない。殺していいぞ」
「……え? ほんとですか?」
「ウソを言ってどうする。あれほどの奴が敵に居たら、脅威以外の何物でもない」
「…………」
しばしの間沈黙し、ゼリナはぱっと笑顔を咲かせた。それはもう、花のような。
弾む声の調子で、踊りださんとばかりに言う。
「じゃあ、『二本』使っても良いですよね?」
「勝手にしろ」
「やった!」
アドレナリンが抑えられないなど、危ない言葉を口走りながらゼリナは消えて行った。一人残ったカガリは、誰に言うともなく呟いた。
「……さて、勇者様はどこで何をしてんだ?」
万が一に備え、勇者であるリーシャは手の届く位置に置いておきたい。
「切り札ってのは、いつでも使えるようにしておかねえと意味がない」
そして、そのタイミングは近いうちにやってくる。早ければ、今日中にでも。
「まあいい。俺も――そろそろ出るとするか」
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その勇者はと言えば、現段階魔界最強の男と激しい戦いを繰り広げていた。
辺りに鳴り響く金属音。魔剣バアルと命剣イブがぶつかり合い、運命を取り合う音でもある。
常に魔剣へ高密度の魔力を送り続けなければ、命剣イブは瞬く間にハーデスの運命を奪い取る。そうなれば一巻の終わり。常に魔力を消費する、圧倒的に不利な状態で闘わなければならないのだ。
「反則でしょ……! 勇者の力ってやつはさぁっ!」
「…………」
無表情で、リーシャは剣を振り下ろした。避けるのは困難と判断し、ハーデスは真正面から受け止める。が――
リーシャの身に着けている首飾りが、強く光を放ち始める。
「『英雄の記憶』剛勇の勇者、アトラス」
「ッい!?」
突如、リーシャの背後に霧のように霞む体を持つ大男が現れた。かと思うと、その影はリーシャの肉体に溶け込んだ。
直後、細腕からは想像出来ない重さの剣の一振り。咄嗟にその衝撃を受け流したものの、僅かにできた隙をリーシャが――否――リーシャに眠る勇者の記憶が、見逃すはずがなかった。
「砲爆の勇者、バリトラン」
眼鏡をかけた青年の霧が現れ、ここぞとばかりに強力な攻撃魔導が雨あられと襲い掛かる。
――まずいな、躱せない。
すぐにそのことを悟り、ハーデスは前へ踏み出した。
「ただで傷は負わないよ。《ダークメテオ》」
攻撃を受けながら、ハーデスは右手を突き出した。それと同時に、リーシャの右目が怪しい光を放つ。
「あたしに攻撃しないで」
「……は?」
「……ごめん、もう遅かったね」
黒いエネルギー弾がリーシャに炸裂した刹那――激しい頭痛がハーデスを襲った。頭の中を虫に食い荒らさられるような激痛に、思わず呻き声が漏れる。
「っく……三種の神器、三つ揃うとここまでの力になるかい!」
敵の運命を奪い取る『運命の剣イブ』
歴代勇者の力をその身に呼び起こす首飾り『英雄の記憶』
契約に背くものへ罰を与える『執行神ヴァルナの右眼』
勇者を勇者たらしめる三つの力が、ハーデスを確実に追い詰めていた。
――とんでもないな、勇者って奴は。
ため息を吐いたその時――
「ボクとアレン君がタッグを組んでようやく勝負になる、ってところかな」
何気なく呟いたその言葉が、魔族の、人間の、いや――世界の運命を変える発端であることを、誰も知る由がないだろう。
「……え?」
「……ん?」
「あ……れ、ん」
「…………ん?」
いきなり動揺したリーシャへの反応に困りながら、ハーデスは何とか言葉を出した。
「アレン君が、どうかしたかい?」
「あれん……なんだっけ……? すっごく、あたしにとって、すごく大事なもの……?」
「事情が呑み込めないなあ……」
じんわりと、確実に、リーシャの内で何かが引っ張り出されそうになる。
「きぼーの、ひかり」
それはリーシャにとって、最早象徴的なものにすらなっていた。幼き日の、勇者の力に支配される以前の記憶が、懸命に呼びかける。
まだ、消えていない。勇者リーシャはまだ、村娘リーシャを殺し切れていないぞ。希望は、決して消えない。何度砕かれても、何度でも這い上がる。
「それが……絶望より過酷だとしても……あたしは……」
「なに? いったいどうしたって……?」
「……だって、約束したんだもん……アレンは、また戻ってくる……そしたらあたしは……『おかえり』って……」
雰囲気が、明らかに違っていることをハーデスは感じ取った。先程までの殺意ではない、か弱い少女の懇願。
――今なら、やれるか?
そう思った瞬間、さらに雰囲気が変わった。
「うああああああ!!」
「――っ!?」
「なんて意志の強さ……しょうがない、一度退くか」
「はあ? いろいろと訳分かんないんだけど」
リーシャは微かに笑うと、返答した。
「構わない。じゃあ、あたしを追わないでね。追ったら痛いよ?」
「久しぶりにイラッと来たよ……んなこと言われて……」
下がるリーシャを追尾するべく、一歩踏み出したその瞬間、またもや頭痛が襲い掛かる。
「また……!!」
「受けすぎると死ぬよ」
「この……」
「それじゃ、またね」
「ふざ、けるなっ!」
「『英雄の記憶』神速の勇者、ライトニング」
手を振って、リーシャはその場から掻き消えた。
残されたハーデスは歯軋りをして、悔しがった。それもそうだろう。明らかな敗北だ。ここまで徹底的にやられるなど、前代未聞。
「クソが……」
その悔しさが、苛立ちが、ハーデスの才能のタガを外そうとしている。
「……ボクは、まだ強くなれる。そうだろ……?」
絞り出すような声で、続ける。
「あの勇者はまだ不完全だ。じゃあ、完全な勇者はどのくらい強いんだろう?」
ふつふつと、感情が積もって行く。
「それと同じレベルで戦えたら、どれだけ楽しいんだろうね?」
ハーデスの持つ魔力の質が、少しづつ変わっていく。より凶悪な、破壊力と殺傷能力を持ったものに。
「次は……いや、もう負けない。誰よりも、強くあってやる」




