魔法王の遺志
第一に感じ取った異変は、視界を覆い尽くす激しい光だった。幾年もの間、視覚は封印されていたのだ。その衝撃は半端なものではなかった。
「っぐぁ……っ!」
思わずこぼれた声が、ライルの耳には確かに聞こえていた。
――馬鹿な
そう思ったが、風の吹く音が、自分の呼吸音が聞こえる。先ほど失ったはずの聴覚も、取り戻されていた。
自らの体に起きている事態は、ゆっくりと回復していく視界が物語ってくれた。
――ああ、そういうことか
「……やってくれるじゃないか、魔法王」
右手を目の前に持ってくる。その手は、想像よりも随分と小さい。
見える風景も、かなり低い所に位置している。ライルの身長が縮んだためだ。
そう――
「俺が視覚を失ったのは十五歳になり元服をした時だから、それより前……十四ってところか」
――キリクが放った魔法によって、ライルは七歳ばかり若返った。
ライルは大分はっきりしてきた目で、満身創痍のキリクを見た。息も絶え絶えで、最早闘う力は残されていないように見えた。
その姿に複雑な感情を抱きながら、ライルは静かに口を開いた。
「何故そこまでして、自分の命を削るようなことをしてまで、俺に魔法を掛けた」
「言っただろう……私はお前の未来を救う、と」
「おかしいだろう……! 何で魔族が、人間を救おうという結論にたどり着ける!? しかも命を捨てるような真似をしてまで!」
キリクは優しく微笑んで、ゆっくりとかぶりを振った。
「……捨ててなどいない。これは言わば投資だ」
「自分のいない未来へのか? それに何の意味が……」
「私自身はいなくとも、私の遺志を継ぐ者は生きている! その者のために、私は命を燃やすのだ」
――ペルシア、私は案外お前のことをかっているんだぞ。
次代の妖精族を束ねるのはペルシア以外にいない。声に出したりこそしないが、それほどまでにキリクはペルシアに期待を寄せている。
ペルシアが頂点に君臨し、フランがそれを補佐する。
それが叶えば、妖精族は安泰だというのがキリクの考えだった。
――ただ、わがままを言うなら、
「……もう少し、あいつの成長を見ていたかった……」
――如何せん、まだまだ未熟だ。
キリクは薄れゆく意識の中で、懐からマジックストーンを一つ取りだした。
最後の魔力を込めて、ペルシアの元へメッセージを届ける。
「ペルシア……妖精族を、未来を、私の遺志を……お前に託したぞ」
暗くなって行く視界、重い瞼を微かに開けながら、キリクは少し前に、セバスとやった賭けを思い出していた。
――あの時は負けたが、今回は負けないさ。
砂時計の砂が落ちるようにゆっくりと途切れる意識で、最後にキリクは呟いた。
「大丈夫だ……お前がその気になれば……英雄にだってなれる」
それを最後にキリクは意識を手放した。
残ったライルは、亡骸にそっと近づき拳を固く握った。
「……何なんだよ。こんなの、聞いてないぞ。魔族にこんな人間らしいことが出来るなんて、聞いてない……!!」
キリクの最後の言葉は、とてつもなく大きな慈愛に満ちていた。
他人へ向けられた言葉のはずなのに、ライルが不覚にも聞き入ってしまったほどだ。
「何が違うんだ。人間と魔族と……変わらないじゃないか! 俺たちは、何でこんな争いをしているんだ!」
何が何だか、分からなくなっていた。
「この戦争にどんな大義がある!? 勝利の先に何が待っている……!?」
爪が食い込んだ掌から、血が流れる。その痛みすら感じぬまま、ライルは叫んでいた。
「魔族と人間――手を取り合えばいいじゃないか!!」
その声は、何もない大地に虚しく木霊した。
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一方、キリクの言葉を聞いたペルシアは、大いに戸惑っていた。
「託すってなんだよ。そんな縁起でもない事……」
魔導王フウカと互角以上に渡りあい、敵を少しだけ後ろに退かすなど、獅子奮迅の働きを見せていたペルシアだったが、僅かな動揺が仇となった。
「無駄口叩くとかケッコー余裕じゃん!」
そんな声と共に放たれた巨大なエネルギーへの対処が一瞬遅れた。
炸裂した破壊の衝撃波が、大将ペルシアを含む妖精族軍に少なくない損害をもたらした。
「このっ……! みんな止まるな! 押し返すぞっ!!」
「無理だっちゅうの! この天才フウカ様に勝てるわけないじゃーん!」
「五月蠅いんだよ……! いい加減に黙れ!!」
怒りと共に両手を突きだし、ペルシアは大威力の魔法を放った。
「吹き荒れ破壊せよ――《風神雷神》!」
「万物を保護せよ――《イージスシールド》」
暴虐の限りを尽くす破壊の権化を、魔導最高レベルの盾が何とか受け切った。
が、その直後の無数の援護射撃で盾を破壊すると、ペルシアはさらに同様の魔法を放ち、人間側を押し返した。
――まさか、死んだわけじゃないだろうなキリク。
そんな訳がない、と心では思っていた。あれは殺そうとしても死なない。
「死なない……はずだよな」
闘いはまだまだ終わらない。むしろ、激化していると言っても過言ではなかった。
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同刻、科学国家ニュート陣営。
彼らの本拠はかなりの速さで地下を『進んで』いた。
全長七十メートル、高さは十メートルほど。キャタピラで走行し、全体をアダマンタイトによる装甲でカバー、ニュートの科学力を結集した完全武装。艦内にいるのは、選りすぐられた頭脳を持つ精鋭科学者数十名。さらに、人型戦闘マシーンを無尽蔵に製造する設備も完備。それ以外にも、ありとあらゆる戦闘用マシーンを製造できる。
その名も『ラグナラボ』。
ニュート国王ラジニア発案の元、フウカの兄であるコウガとヒョウガが中心となり設計。まさに、人間界の頭脳と技術の結晶だ。
各地に飛ばしたカメラから送られる映像を見ながら、ラジニアは誰に言うでもなく呟いた。
「俺たちは、魔導の才には恵まれなかった」
この世界で、魔導と魔法を使える者とそうでない者との差は大きい。
差別ではないが、そこには明確な『区別』の線がある。
強者と弱者、守るものと守られるもの。
「だが幸いにも、明晰な頭脳を生まれ持った」
弱者であり守られるものだったラジニアは、生まれ持った優秀な頭で考えた。這い上がる方法を。
答えは一瞬で出た。
「科学は魔法を超える。それを、この戦争で証明して見せよう」
怪しい笑みを浮かべ、ラジニアは手元のパネルを操作した。
「現在地は、魔界の心臓地の丁度手前。リンクが暴れてくれたおかげで、存外簡単に侵入できたな。夥しい数の生体エネルギーが確認できるが、大方一般市民の物だろう」
ラグナラボが、侵攻を再開する。
「ここを襲撃されれば、流石に堪えるだろう……!!」
速度を上げ、ラグナラボは地下居住スペースに突っ込んだ。
「ヒヒヒ……さあ、魔族狩りの始まりだ」
意気揚々と言ったラジニアだったが、突如ラグナラボは進行を止める障害物にぶつかった。
目前にあるのは、光の壁。かなりの高密度で、簡単に壊せそうではなかった。
「まあ、流石に無防備ってことはないか。どうやら、それなりの実力者を警備に付けているようだ」
そして、邪魔をする者の正体は目と鼻の先にあった。
赤いフレームの眼鏡の奥の強い意思を秘めた瞳で、その少女は毅然として睨みつけてきていた。
「五画魔将――『監視者』ミナミだったか。兄に劣らないほどの鬼謀を持つと言われるが、どれほどの物かな」
ラジニアは口角を歪ませ、さも嬉しそうに言った。
「知恵比べと行こうじゃないか」
過酷な籠城戦の火蓋が切られようとしていた。




