未来
各地での戦闘が着々と終息しつつある中、魔法王キリクと魔導国家ヘレンが誇る聖騎士ライルの激突は、むしろその勢いを増していると言ってよかった。
周りにいた雑兵が、既に遥か遠方へ移転してしまっているため、双方一切の遠慮なく闘える。辺りは完全な更地となり、盾にしたり、身を隠す障害物などはとうに存在してなかった。大規模な破壊、殲滅を得手とする者が衝突すれば、こうなることは当然だったかもしれない。
なんにせよ、両者の実力は拮抗していた。
このまま長引けば、どちらかは死ぬ。運よく勝てたとしても、重大な傷を負う事は容易に想像できた。
――さっさと片付けて救援に向かわねばならぬと言うのに
力を温存して勝てる相手ではなかった。かと言って、全力を出し過ぎてはペルシアたちの援護へ向かう事は出来なくなってしまう。
良好、とは言えない兆しに、キリクは苛立たしげに舌打ちした。
その音を聞き、ライルがからかうように口を開いた。
「面白くない、という顔をしているな。魔法王様は随分急いでおられるようだ」
「口の聞き方に気を付けろよ、若造。生憎だが、魔導王ごときにやられるほど、妖精族の軍は弱くない」
「……ふん。魔族に信頼などという感情があるのか。まあ、それは別にかまわん」
ギターの弦を指で弾きながら、ライルはにわかに殺気を迸らせた。
少し息を吸って、ライルはぼそりと呟いた。
「フォルテ」
突如、ライルの表情が鬼の形相に変わり、同時に腕が荒々しく破壊の音色を奏で始めた。
その音がキリクの耳に入るや、無数の斬撃が襲い掛かる。紙一重で避けて、キリクは魔力を練り始めた。
「――御前を、フウカ様を侮辱したことだ。貴様ら下等民族如きに、あの方が少しでも手こずると、そう思うのか?」
「……随分と魔導王にご執心のようだな」
適当に返しながら、キリクは魔法を放った。
水と土、その二つの魔力を掛け合わせて創りだすは樹木。
「最上級木魔法――《ユグドラシル》!!」
瞬間、どこからともなく現れた無数の木の根が大地を覆い尽くした。
全てをすりつぶさんとばかりに、根は大蛇のように蠢き、ライルへ襲い掛かる。しかし、当のライルは至って冷静に状況を見極め、『奏剣アルカディア』に波動を込めた。
「形態変化――」
刹那、張り巡らせた根はライルを一息に呑みこんだ――と思いきや、一瞬にして爆散した。
辺りには思わず聞き入ってしまうような、甘美な笛の音が響き渡っていた。
――その瞬間、キリクはこの戦闘で初めて恐怖の感情を抱いた。
本能が告げる警告に従って、空間魔法を発動。音が届かない場所まで無我夢中で転移した。
その直後、判断は正しかったと言わしめる事態が起こった。
辺りを覆っていた根が、轟音と共に跡形もはじけ飛んだのだ。
一瞬の静寂の後、ライルの良く通る声が響いた。
「其の二、激震のフルート」
ライルの手には、先ほどまでのギターから打って変わって、一本のフルートが握られていた。
――あれのどこが剣だというんだ。
他の聖騎士に比べ、あまりにも闘い方がトリッキーだ。剣の形状もそうだが、攻撃の数、演奏と言う異色の攻撃方法、闘いにくいことこの上ない。
だが、遠方から惨状を確認して、キリクは早くも先程の攻撃の正体に大方の目星を付けていた。
――超振動による対象の爆散。
要は、超大規模な電子レンジである。
先ず、覇道が練り込まれた超音波が物質の原子と共鳴、共振する。凄まじい振動により、物質は高温状態になり、しばらくした後――電子レンジにかけた卵の如く無残な姿に変わり果てる。
「さて、迂闊には近づけないな」
そう言って、キリクは傍とあることに気付いた。
――俺のいる場所が、分かっていない……?
キリクの立っている場所からは、ライルの姿が十分に視認できる。逆も然りなのだが、ライルは別の場所を見ており、キリクには気付いていない様子なのだ。
「……どういうことだ。何かの策か?」
もしそうだとしたら、迂闊に近付くのは危険だ。
危険だが――
今のキリクにとって、何もせずじっとしているのは一番の悪手である。こうしている間にも、同志たちは必死になって敵の軍勢と闘っているのだ。
一族の長として、早急に朗報をもたらしてやりたい。
「虎穴に入らずんば虎児を得ず、か。リスクなしでは何も生まれん」
一度深く呼吸をして、キリクは一気に魔力を解放した。
「我を導け――《テレポート》」
莫大な魔力と引き換えに、ライルの背後を取った。
同時に、ライルは素早くキリクの方向を向いた。
今までで、互いが最も接近した瞬間――キリクは何故ライルがこちらを見ていなかったのか、その謎の答えを得た。
――こいつ、まさか
ただ、今はそれにかまっている余裕がない。両手を目いっぱい広げ、詠唱を開始した。
「獰猛なる龍の化身よ、我が魔力を喰らい破壊の権化となり、天地を覆せ――」
「形態変化、斬空のギター」
キリクの魔力を糧に、無数のドラゴンが現れた。火、水、雷、土、風、光、闇、氷、溶岩などなど、数えればキリがないが、『魔法王』キリクが編み出した、恐らく古今東西探してもキリク自身にしか使えない、最強の魔法だ。
「《エレメントドラゴン》」
「フォルテッシモ!」
アルカディアをギターに戻し、ライルは対抗すべく渾身の力で弦をはじいた。今までになく巨大な斬撃がドラゴンを一体葬り去ったが、そんなものは焼け石に水。
――本気で行かねば。
流石に危機感を持ち、ライルは自らの内に眠る覇道を腕の形に形勢し、実体化するほどの密度を持たせて周囲に配置した。
「――特別コンサートだ。存分に堪能するがよい。アルカディア、オーケストラモード!」
ライルが叫んだ瞬間、多種多様の楽器が何処からともなく出現した。
全ての感覚を研ぎ澄まし、ライルは全ての楽器を演奏し始めた。ただ五月蠅く喚き散らすのではなく、それぞれの楽器の音を、ハーモニーを活かすように。
奏剣アルカディアは特殊すぎる武器だ。
演奏する人間がどれだけ剣術に長けていようと、卓越した演奏技術がなければ、扱う事すらできない。逆に言えば、音楽に精通した者が扱えば、剣術など知らなくとも莫大な破壊力を生み出す。
「――フルオーケストラ」
奏でられた音は、その美しさとは裏腹な、暴虐ともいえる破壊力を持ってドラゴンにぶつかって行った。
――互角、だと!?
キリクは歯軋りをして、さらに魔力を込めた。
「なめるなあぁぁ!」
「補助魔導、『クレッシェンド』!」
力を増した魔法に対抗するよう、ライルは『クレッシェンド』――時間経過と共に攻撃を強くする魔導――を使い、あらんかぎりの力を込めた。
――負けるわけにはいかない。
双方、その気持ちは一緒だ。
だが――
「俺は、負けるわけにはいかないんだよ……!! 『フウカ』のためにも!」
誰かを思う心でライルに勝る者は、片手で足りるほどにしかいない。
ライルの主君に対する、そして一人の少女に対する思いは恐ろしく強固であり、絶対的な武器である。
本人は決して認めないが、もしかしたらそれは、『恋』と言うものなのかもしれない。
「叶わないことは重々承知だ。だからせめて……俺はあいつの騎士で在り続ける!」
魔法も魔導も魔術も、思いの強さに左右される部分は多々ある。強い怒りや決意を持って使えば、それだけで通常の倍以上の能力を発揮する。
そしてこの時、ライルの思いはキリクの培ってきた技術を僅かながら超えていた。
「っく……そっ……!」
「御前からの命はお前を消すこと。これで、任務完了だ」
ライルの奏でた戦慄の旋律は、キリクの魔法を粉砕。勢いそのままにキリクをも呑み込んだ。
最後の一音を紡いで、ライルはがくっと膝をついた。荒くなった息を整えながら、倒れているキリクの元へ近づいた。
「魔法王……その首、獲らせてもらうぞ」
「……ちゃんと狙えるのか? お前――」
微かに朦朧とする意識の中で、キリクはライルを見上げた。視点は合っていない。それもそうだろう。何故ならライルは――
「視力を失っているんだろう」
「……捨てたのさ。御前への忠誠のために」
「見上げた忠誠心だ……うちのアホにも見習わせたいくらいにな」
――惜しいな。
ここまで一人の人間に尽くせる者は、これからの未来に必要だ。今までの闘いで、キリクはライルをとても高く評価していた。
――こいつが本当に輝くのは、こんな時代じゃない。
もう少し、あとほんの少し先の未来なのだ。
「……お前、闘うのはあまり好きじゃないだろ」
「いきなり何を言う。死ぬのがそれほど怖いか?」
「お前は! お前が本当にやりたいのは殺し合いなんかじゃないだろう!」
「……うるさいぞ、死にぞこないが」
ライルの手から放たれた攻撃魔導を、防壁を張って防ぐと、キリクは力を振り絞って、強引に立ち上がった。
「な、貴様……!」
「もし本当に闘うのが好きだと言うのなら! 何故光を犠牲にした! 音を聞き取る範囲には限界がある! 視覚ではなく聴覚を犠牲にした方が、闘うには都合がいいはずだ!」
「……知ったような事を」
「お前が本当にやりたいのは……!!」
鬼気迫る気迫でライルに近付き、キリクは腕を掴んだ。そして、その手にあるアルカディアを持って、叫んだ。
「――音楽、そうだろ?」
「違う! 俺は御前の武器だ! そんなものは」
「お前の過去は知らない、教えろとも言わん! だが――」
キリクは自分でも訳が分からなくなっている脳の中の、ただ一点はっきりしていることをぶつけた。
「お前の未来は、闘いという呪縛から解放してやらなければならない!」
――私の老い先はもう長くない。
だからこそ、日頃からこっそり考えていた。自らの、『命のふり方』を。
ライルは、自分が死んだ後の世界を引っ張っていく者の一人だろう。
アレンが創ろうとしている世界には、ライルのような熱い義の心を持つ人物が必要不可欠だ。
『人間と魔族の共存』。そんなことが可能なのかは分からない。しかし、キリクは既に腹を決めていた。
「俺の命に代えてでも、お前の未来を救う。今、そう決めた……!」
諸悪の根源は、奏剣アルカディアだ。
これを持つ限り、ライルの中では、『音楽と殺し合い』という全く逆の位置にある物が、表裏一体のものになってしまう。
「すまんなペルシア……後は任せることになるかもしれん」
ひっそりとそう呟き、キリクは一世一代の大博打を開始した。




