後先考えず
唯々、痛ましい。
その戦闘を一言で表すならば、それに尽きた。
当然と言えば当然だった。痛覚を持ち合わせないアンクと攻撃中心の猪突猛進スタイルで闘うシュラウドが、一切の容赦なく命の取り合いをしているのだから。
――やられても良いからそれ以上の力でやり返す。そもそもの前提として、防御という選択肢がないのだ。
つまり、こういう事だ。
「おおらあぁああ!!」
と、シュラウドが雄叫びを上げてアンクを渾身の力で殴る。アンクはそれをまともに喰らいながらも、しっかりと踏みとどまりアギトで噛みつく。それと同時に、凄まじい速さで魔力が吸収されていく。
並の戦士ならばそれで致命傷だが、相手は魔界随一の耐久力を誇るシュラウドだ。ニヤッと笑ってアンクの顔面を両の手で鷲塚み、膝蹴りを炸裂させる。
あまりの衝撃に吹き飛ばされかけるが、アンクはそれすらも攻めに転じた。
決して剣の柄を離さず、衝撃を流動してシュラウドを大地に打ち付けたのだ。
とても僧とは思えない邪悪な笑顔を張り付けて、アンクは言った。
「久しぶりですねえ! あなたみたいな狂人を相手にするのはぁ!」
「どの口が言ってんだ! このクソ坊主!」
「この口だよバーカ!!」
「……調子に!」
言いながら、シュラウドは右手に魔力を集約した。灼熱の炎を灯し、その手をアンクの顔へ持って行った。
――キツイ灸を据えてやるぜ。
「乗るなよ……!!」
ぺちゃくちゃとうるさくしゃべる長い舌を詰まみ、引っこ抜かんとばかりに下に引いた。
これにはたまらず、指し物アンクからも苦痛の声が漏れた。
「ゲッホ……! 貴様ぁぁ!!」
「っは、まだまだ余裕だな。ならこいつはどうだ!?」
アンクの顎を、アッパーカットが襲った。火花が散るほどの衝撃と共に、脳が揺さぶられるのが分かった。
いかに痛覚がなくとも、脳震盪を起こされてはたまらない。数秒の間動けないアンクへ、シュラウドはさらに追撃を仕掛ける。
「若いやつらの援護に回りたいんでな。そろそろ仕舞いにしてやる」
「ア……ハハッ……舐める、なよ」
――この状況下で笑うか。クレイジーが。
アンクを表するならば、どうしようもないほどの社会不適合者、だろう。
こんな時代で無ければ、アンクの力は必要とされないだろうし、害悪としか見なされないだろう。
――闘うのが俺でよかったな。他の奴らじゃあ分が悪い。
正確には、若い世代にはこの獣と闘わせたくない、が本音だった。アンクの息の根を止めるには、完膚なきまでに叩きのめす冷酷さが必要。しかし、徹底的に痛めつけようとすれば、多少なりとも苦が生じる。
「それを背負うのは、年寄りの仕事だ」
「ヒャハハ……おーさまおーさま」
「これから先の時代、お前は害悪にしかならねえな」
「わたしが……ワタシガ……!」
――だめだこりゃ。
シュラウドは鋭い牙を喉笛へ向けた。
「あばよ」
「……うん」
噛みつきかけたその刹那――
「――バイバイ、あなたの両目」
――シュラウドから、光が消えた。
「……は?」
「油断しすぎですねえ……いけませんねえ……止めを刺す時こそ最も気を引き締めないといけないのに……」
状況を理解しなければ――その考えは、襲ってきた激痛で瞬時に掻き消された。
「グウアアアア……!! この……やりやがったな!!」
「目つぶしごときで何を騒いでいるんですか? まさかとは思いますが、フェアで健全な勝負を……なんて望んでませんよね?」
おぞましい声だった。道徳心や慈悲の心など欠片も持ち合わせてないような、それは虫唾が走るほどに不快な声だった。
――殺さなければならない。
例え差し違えてでも、ここでこの狂獣を始末しなければ、大変なことになる。直感がそう告げ、脳内ではけたたましい警報が鳴り響いていた。
「私は……王になる。絶対的な権力を手に入れ、全てを踏み台にして、やがてはこの世界を手に入れる!」
「てめえみたいな野郎が何で宗教に……なんて思っていたが、なるほど。実力で国王の座につくためにはそれしかないからか」
アンクの言葉は、正に強欲を具現化したようなものだった。
シュラウドは溜息を吐いて、魔力を五体に行き渡らせた。
「そこそこ長い間生きてきた……ここで派手に散るのも良いかもな」
後先のことは考えてられなかった。
「――《デッドエンジン》」
計り知れないエネルギーが、シュラウドの体を駆け巡った。
光こそ戻らないが、目の痛みは消え、疲労もどこかへ行ってしまった。
冴え渡る感覚を頼りにすれば、消すべき相手がどこにいるかは克明に確認できる。
「吸血鬼族族長、シュラウド。一世一代の大花火だ」
轟音が辺り一帯を襲った。
振り抜かれた拳は確実にアンクを捉え、踏みとどまる暇も与えないまま彼方へ吹き飛ばした。神速でそれに追いつき、さらなる一発。シュラウドが目指したのは、雑兵たちの戦場だった。
「なめる、なぁあぁ!!」
アンクの反撃を気にすることもなく、さらなる追い打ちをかける。背水の陣同様の覚悟で臨むシュラウドに成す術もないまま、アンクの体は見る見るうちに破壊された。
――まずい、体が動かない。
そう思った時には、アンクは戦場で仰向けになり倒れていた。
「……な、アンク様!? 一体なにが……」
動揺する兵士たちに目だけ向け、アンクはシュラウドの狙いを読み取った。
「……なるほど。私を討ち取って兵の士気を低下させようと、そういう訳ですか」
アンクは口角を吊り上げた。
「悪きくない考えですが、《デッドエンジン》を使ったのは間違いですよ。その後先考えない行動は――」
羅刹と化したシュラウドがアンクに最後の一撃を喰らわせんと、貫手を繰り出した。
「――やがて悲劇を生むだろう」
不吉な言葉を最後に、アンクは事切れた。
「……討ち死に」
誰かが呟いた言葉は、瞬く間に広がった。
しかし、シュラウドにはそんなことに構っている時間はなかった。
「そこをどけ……雑魚どもおおお!!」
邪魔な敵兵を蹴散らし、アンクが向かったのは―――
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「ご報告します! 我が国の聖騎士、アンク様が討ち死に成されました!」
アンク死亡の情報は、すぐに王であるグスタフにも伝えられた。
報告を聞いたグスタフは、
「そうですか。このことを覇王へ」
とだけ言い、敵対しているクイントへ再度目を向けた。
「やれやれ。やられてばかり、と言うのも癪ですねえ」
右手を突き出し、覇道を集中させる。
「あなたの首を獲って、お相子という事にしましょうか」
「なめるなよ……そう簡単にやられてたまるか……!」
大規模な攻撃魔導と、クイントの放った炎魔法が衝突した。
通常、魔法に軍配が上がる『攻撃』の打ち合いだが、グスタフも伊達に王を名乗っている訳ではない。クイントを相手に、力負けしていなかった。
「その年でよくもまあそれだけの出力を出せますねえ。あと五年早く生まれていたら、私では勝てないかもしれない」
そんなことを言いながら、グスタフは左手で放つ魔導で、援護をしようとしている龍人族の兵をことごとく撃ち落とした。
「外野の者は余計な手出しをしない方がいい。私も、無駄な殺生はしたくありませんので」
聖人のような和やかな笑みを浮かべ、グスタフはそう言ってのけた。言外に「お前たちは役立たずだから余計なことはするな」と言っている訳だが、普通の兵には反撃するだけの力もない。
歯がゆい思いをする中、突如として胸をすくようなことが起こった。
――グスタフの笑顔を砕くように、破壊の拳が炸裂した。
「何とか……間に合いそうか」
「シュラウド、さん?」
「待たせたな。若いのによく頑張ってくれたぜ」
シュラウドに残された時間はほとんど残されていなかった。
しかし、それでも。
グスタフとクイント――開いていた力の差を埋めるには十分だった。




